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【発明の名称】 高靱性を有する鋼材
【発明者】 【氏名】中村 茂
【氏名】河野 佳織
【氏名】大村 朋彦
【氏名】阿部 俊治
【課題】過酷な油井環境で使用される鋼管に最適な、高靱性を有する鋼材を提供する。

【構成】(1) C:0.17〜0.32%、Si:0.1〜0.5%、Mn:0.30〜2.0%、P:0.030%以下、S:0.010%以下、Cr:0.10〜1.01%、Mo:0.01〜0.30%、sol.Al:0.001〜0.100%、B:0.0001〜0.0020%およびN:0.0070%以下を含有し、残部はFeおよび不可避不純物からなり、同時にオーステナイト粒界に析出する炭化物中のMo量[Mo]およびオーステナイト粒度番号Gが下記(a)式および(b)式を満足し、降伏強度が703〜803MPaであり、かつインライン熱処理により製造されたことを特徴とする鋼材である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.17〜0.32%、Si:0.1〜0.5%、Mn:0.30〜2.0%、P:0.030%以下、S:0.010%以下、Cr:0.10〜1.01%、Mo:0.01〜0.30%、sol.Al:0.001〜0.100%、B:0.0001〜0.0020%およびN:0.0070%以下を含有し、残部はFeおよび不可避不純物からなり、同時にオーステナイト粒界に析出する炭化物中のMo量[Mo]およびオーステナイト粒度番号Gが下記(a)式および(b)式を満足し、降伏強度が703〜803MPaであり、かつインライン熱処理により製造されたことを特徴とする鋼材。
[Mo]≦exp(G−5)+5 ・・・(a)
G≦5.5 ・・・(b)
ただし、GはASTM E 112法によるオーステナイト粒度番号を示す。
【請求項2】
質量%で、C:0.17〜0.32%、Si:0.1〜0.5%、Mn:0.30〜2.0%、P:0.030%以下、S:0.010%以下、Cr:0.10〜1.01%、Mo:0.01〜0.30%、sol.Al:0.001〜0.100%、B:0.0001〜0.0020%およびN:0.0070%以下を含有し、さらにTi:0.005〜0.04%、Nb:0.005〜0.04%およびV:0.03〜0.30%の1種または2種以上を含み、残部はFeおよび不可避不純物からなり、同時にオーステナイト粒界に析出する炭化物中のMo量[Mo]およびオーステナイト粒度番号Gが下記(a)式および(b)式を満足し、降伏強度が703〜803MPaであり、かつインライン熱処理により製造されたことを特徴とする鋼材。
[Mo]≦exp(G−5)+5 ・・・(a)
G≦5.5 ・・・(b)
ただし、GはASTM E 112法によるオーステナイト粒度番号を示す。
【請求項3】
質量%で、C:0.20〜0.28%、Si:0.1〜0.5%、Mn:0.35〜1.4%、P:0.015%以下、S:0.005%以下、Cr:0.10〜1.01%、Mo:0.01〜0.30%、sol.Al:0.001〜0.050%、B:0.0001〜0.0020%およびN:0.0070%以下を含有し、さらにTi:0.005〜0.04%、Nb:0.005〜0.04%およびV:0.03〜0.30%の1種または2種以上を含み、残部はFeおよび不可避不純物からなり、同時にオーステナイト粒界に析出する炭化物中のMo量[Mo]およびオーステナイト粒度番号Gが下記(a)式および(b)式を満足し、降伏強度が703〜803MPaであり、かつインライン熱処理により製造されたことを特徴とする鋼材。
[Mo]≦exp(G−5)+5 ・・・(a)
G≦5.5 ・・・(b)
ただし、GはASTM E 112法によるオーステナイト粒度番号を示す。
【発明の詳細な説明】【技術分野】
【0001】
本発明は、過酷な油井環境で使用される鋼管に最適な、高靱性を有する鋼材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、石油を採取する環境はますます過酷なものとなり、現地で使用される油井用鋼管は深井戸化に加え、炭酸ガス等を含む油井環境に曝されるようになる。このため、これらに用いられる鋼材には、強度や靱性を具備することが求められる。特に、これから開発されようとしている油井は、高深度の井戸、水平堀の井戸が対象とされるので、使用される鋼管には、従来の要求以上の更なる高強度化、高靱性の性能が要求されることになる。
【0003】
これらの要求に対応するため、従来から、靱性を確保するために鋼材のオーステナイト結晶を細粒化させたり、高価な添加元素を用いて焼入性を向上させて、高性能の油井用鋼管を製造するようにしている。例えば、特許文献1では、このような観点から、高強度、高靱性を特徴とするシームレス鋼管の製造方法が提案されている。
【0004】
上記公報で提案された製造方法は、一般的には細粒化が困難とされているシームレス圧延からの直接焼入れにおいても、オーステナイト結晶粒径をASTM No.9以上にするというものであり、耐硫化物応力腐食割れ(耐SSC)性に優れるとともに、高強度、高靱性の性能が確保できるとするものである。
【0005】
すなわち、上記公報で提案された製造方法は、高靱性の鋼を得ることを目的とし、従来から周知であるオーステナイト結晶粒の細粒化という手法を、熱間シームレス圧延からの直接焼入れにおいても、実現しようとするものであるため、オーステナイト結晶粒の細粒化にともなって焼入れ性の劣化を招くことが予想される。鋼の焼入れ性が劣化すると、靱性や耐食性が劣化することになる。一般的に、鋼の焼入れ性を劣化させないためには、Moのような比較的高価な元素を多量に添加することが必要になる。
【0006】
さらに、上記公報で提案された製造方法では、圧延後の加熱された状態からそのまま焼入れしその後焼戻しする、直接焼入れ方式またはインライン熱処理を前提とする方法であるため、厳密な圧延条件の管理を必要とし、コスト合理化、生産効率の面では不満が残り、最近の油井用鋼管の製造に要求されている生産効率の向上、省エネルギー、およびコスト低減を達成できないという問題もある。
【0007】
一方、オーステナイト結晶粒径が比較的粗粒であっても、油井環境で優れた性能を発揮することができる油井用鋼管の製造方法が提案されている。例えば、特許文献2では、鋼材の高強度化にともなって粒界割れが破壊の起点になることから、P、S、Mnを低減し、Mo、Nbを添加し、直接焼入れによってオーステナイト結晶粒度を4〜8.5の範囲で管理することによって、耐硫化物応力腐食割れ性に優れた継目無鋼管を製造する方法が提案されている。
【0008】
また、特許文献3では、鋼成分と熱間圧延条件を調整することにより、オーステナイト結晶粒度を6.3〜7.3になるようにして、高強度で耐硫化物応力腐食割れ性に優れた油井用鋼管を製造する方法が提案されている。
【0009】
しかしながら、提案されたいずれの方法であっても、油井用として要求される靱性の確保に関する言及がなく、高強度および高靱性を兼備する油井用鋼管の製造方法として採用することができない。
【0010】
ところで、鋼材の靱性を確保するには、オーステナイト結晶の細粒化に代えて、オーステナイト結晶粒界そのものを強くすることが有効であり、その手段としてオーステナイト結晶粒界に析出する炭化物をコントロールする方法が知られている。つまり、粒界は粒内に比べて炭化物が析出し易く、また炭化物同士が凝縮し易い場所であるため、粒界そのものの強度が低下する傾向にある。したがって、オーステナイト結晶粒界での粗大な炭化物の析出や炭化物の凝縮を防ぐことにより、結果的に鋼材の靱性を向上させることができる。このようなことから、前記の特許文献2や特許文献3に開示された鋼のように、そのオーステナイト結晶粒径が比較的粗粒である場合には、粒界に析出する炭化物を制御しなければ、高い靱性を得ることができないことになる。
【0011】
このような観点に基づき、最近では、オーステナイト結晶粒界で粗大化しやすい炭化物の析出を抑制する方法が注目されている。CrとMoを含む低合金鋼中の炭化物には、M3C型、M73型、M236型、M3C型およびMC型がある。これらのうち、M236型炭化物は、熱力学的に安定しているので析出し易いと同時に、粗大な炭化物であるため、鋼材の靱性を低下させる。また、M3C型炭化物は、その形状が針状であるから応力集中係数が高くなり、耐SSC性を低下させる。
【0012】
上述の理由から、M236型炭化物やM3C型炭化物の析出を抑制する方法が提案され始めている。例えば、特許文献4、特許文献5、特許文献6、特許文献7および特許文献8には、M236型炭化物を抑制した鋼、或いは鋼管が開示されている。しかし、これらの公報で開示された方法では、M236型炭化物の制御のみに着目して、オーステナイト結晶粒径の影響を考慮していないため、鋼の焼入れ性を犠牲にしていると言わざるを得ない。
【0013】
以上の状況を言い換えると、高強度および高靱性で、かつ耐硫化物応力腐食割れ性(耐SSC性)に優れた鋼、或いは鋼管を低コストで製造するには、オーステナイト結晶粒の細粒化のみによる手法、または粗大化し易い炭化物の抑制のみによる手法のいずれを採用しても、その目的を達成することができない。このため、油井環境用として優れた鋼、或いは鋼管を低コストで製造できるように、炭化物の影響とオーステナイト結晶粒径の影響とを統合した新しい指標が望まれる。そして、オーステナイト結晶粒が比較的大きい場合においても、前記性能が確保できる手段が得られれば、その意義は大きいものとなる。
【0014】
【特許文献1】特許第2672441号公報
【特許文献2】特開昭58−224116号公報
【特許文献3】特許第2579094号公報
【特許文献4】特開2000−178682号公報
【特許文献5】特開2000−256783号公報
【特許文献6】特開2000−297344号公報
【特許文献7】特開2000−17389号公報
【特許文献8】特開2001−73086号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
前述の通り、オーステナイト結晶粒の細粒化のみによる手法で靱性を高めようとすると、鋼材の焼入れ性が低下する。焼入れ性が低下すると、鋼材に必要な性能が得られなくなることから、低下した焼入れ性を補うために、高価な元素を添加して所定の性能を確保することが必要になる。したがって、オーステナイト結晶粒の細粒化のみによる手法では、高価な添加元素を増やすこととなり、全体として鋼材の製造コストが増大する。
【0016】
さらに、比較的粗粒の鋼材を用いて油井用鋼管を製造しても、所定の靱性を確保することが困難になる。また、靱性を確保するためには、粒界に析出する炭化物をコントロールして、オーステナイト結晶粒界そのものを強くすることが有効であるが、オーステナイト結晶の粒径の影響を無視して、炭化物の形態制御のみに重点を置くのであれば、鋼材の焼入れ性が低下し、結果的には高い靱性が得られない。
【0017】
このため、炭化物の影響とオーステナイト結晶粒度の影響の両方を最適に組み合わせた指標の導出、およびその指標を活用することによる高靱性油井用鋼管の開発、特に、オーステナイト結晶粒径が比較的大きいままで高靭性を実現できる油井用鋼管の開発が望まれている。
【0018】
本発明は、上述の課題に鑑みてなされたものであり、今後、一層過酷になる油井環境で使用される鋼管に最適な、高靱性を有する鋼材を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは、上述の課題を解決するため、種々の化学組成の鋼材を溶製し、熱処理条件を変えてオーステナイト粒度を変化させ、粒界での炭化物の析出挙動と成分組成との関係、さらにこれらと靱性性能との関係について検討を行った。
【0020】
前述の通り、オーステナイト結晶粒が大きくなるほど、鋼材の焼入れ性能は上昇するが、オーステナイト結晶粒界に粗大な炭化物が析出し易くなり、粗大な炭化物の析出にともなって靱性が劣化する。オーステナイト結晶粒が小さくなれば、靱性が向上するが、さらに詳細に調査した結果、上記の効果に加えオーステナイト結晶粒界が小さくなることによって、粗大な炭化物の析出が抑制される。これは、炭化物の析出し易い場所を増加することにより、析出が分散され、個々の炭化物が小さくなることに起因するものである。さらに、オーステナイト結晶粒界での炭化物の特性について、次の(a)〜(d)の知見を得ることができた。
【0021】
(a)オーステナイト結晶粒界に析出した炭化物の組成を分析すると、炭化物内の元素はCの他に、Fe、Cr、Moなどが主体であった。そして、オーステナイト結晶粒界に析出する炭化物よりも粒内に析出する炭化物の方が小さいことが確認された。そこで、粒内に析出した炭化物の組成を調べると、その炭化物はMoを殆ど含むことがない。
【0022】
(b)一般的に、焼戻し温度で炭化物の形状(針状か球状か)が決まるとされるが、炭化物中のMo量が異なると、同じ焼戻し温度でも炭化物の形状が異なることになる。
【0023】
(c)上記(a)および(b)の知見を踏まえて、炭化物中のMo量が炭化物の形態や大きさに影響を与える因子であると仮定し、オーステナイト粒界に析出した炭化物の組成を分析した結果、粗大な炭化物ほど炭化物中のMo量が多く、小さな炭化物になるほど炭化物中のMo量が少なくなる。換言すると、炭化物に含有されるMo量を少なくすると、オーステナイト結晶粒界に析出する炭化物の粗大化が抑制でき、鋼材の靱性を改善することができる。
【0024】
(d)さらに、オーステナイト結晶粒径の変化にともなって、炭化物中のMo量が炭化物の粗大化に及ぼす影響も変わってくる。このため、オーステナイト結晶粒径の変化に合わせて、粒界に析出する炭化物中のMo量を制御することによって、オーステナイト結晶粒界に析出する粗大な炭化物を適切に抑制することができる。
【0025】
本発明は、上記の知見に基づいて完成されたものであり、下記の(1)〜(3)の鋼材を要旨としている。
【0026】
(1)質量%で、C:0.17〜0.32%、Si:0.1〜0.5%、Mn:0.30〜2.0%、P:0.030%以下、S:0.010%以下、Cr:0.10〜1.01%、Mo:0.01〜0.30%、sol.Al:0.001〜0.100%、B:0.0001〜0.0020%およびN:0.0070%以下を含有し、残部はFeおよび不可避不純物からなり、同時にオーステナイト粒界に析出する炭化物中のMo量[Mo]およびオーステナイト粒度番号Gが下記(a)式および(b)式を満足し、降伏強度が703〜803MPaであり、かつインライン熱処理により製造されたことを特徴とする鋼材である。
[Mo]≦exp(G−5)+5 ・・・(a)
G≦5.5 ・・・(b)
ただし、GはASTM E 112法によるオーステナイト粒度番号を示す。
【0027】
(2)上記(1)の鋼材では、さらにTi:0.005〜0.04%、Nb:0.005〜0.04%およびV:0.03〜0.30%の1種または2種以上を含ませるようにするのが望ましい。
【0028】
(3)さらに望ましい化学組成として、質量%で、C:0.20〜0.28%、Si:0.1〜0.5%、Mn:0.35〜1.4%、P:0.015%以下、S:0.005%以下、Cr:0.10〜1.01%、Mo:0.01〜0.30%、sol.Al:0.001〜0.050%、B:0.0001〜0.0020%およびN:0.0070%以下を含有し、さらにTi:0.005〜0.04%、Nb:0.005〜0.04%およびV:0.03〜0.30%の1種または2種以上を含み、残部はFeおよび不可避不純物からなり、同時にオーステナイト粒界に析出する炭化物中のMo量[Mo]およびオーステナイト粒度番号Gが上記(a)式および(b)式を満足し、降伏強度が703〜803MPaであり、かつインライン熱処理により製造されたことを特徴とする鋼材である。
【発明の効果】
【0029】
本発明の鋼材は、本発明者らの得た独自の知見に基づき、オーステナイト結晶粒界に析出する炭化物中のMo量およびオーステナイト粒度番号が所定の関係を満たすよう規定したことから、オーステナイト粒度番号が比較的小さい、粗粒領域であっても、今後、一層過酷になる油井環境で使用される、高靱性を有する油井用鋼管を、コスト合理化、生産効率の向上、さらに省エネルギーのいずれも満足させながら、高効率に生産することができる鋼材である。上記のとおり、本発明の鋼材は、オーステナイト粒度番号が小さい領域においても、優れた特性を確保できることから、インライン熱処理に特に適合した鋼材となり得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
本発明において、オーステナイト結晶粒界に析出する炭化物中のMo量、鋼の化学組成および製造方法を上記のように限定した理由を説明する。まず、本発明の主な特徴である、オーステナイト結晶粒径の変化に合わせて、オーステナイト結晶粒界に析出する炭化物中のMo量を制御することについて説明する。
【0031】
1.オーステナイト結晶粒界に析出する炭化物中のMo量
通常、鋼材に強度とともに高靱性を具備させるには、オーステナイト結晶粒径を小さくして、焼入れ、焼戻し処理を行う方法が用いられる。オーステナイト結晶粒径を小さくすることで、個別の粒界にかかる衝撃力が分散され、全体として靱性が向上することになる。すなわち、オーステナイト結晶粒の細粒化は、オーステナイト結晶粒界そのものを強くすることではなく、衝撃力の負荷方向に垂直に対面する粒界面積を小さくし、衝撃力を分散して靱性を向上させている。
【0032】
オーステナイト結晶粒界そのものを強化することによっても、鋼材の靱性を向上させることができる。まず、粒界に偏析して粒界を弱くする元素、例えばP等を排除することによって、粒界を強化することができる。Pの偏析を抑制するためには、Pの含有量を最小化することが求められるが、製鋼工程での脱燐コストとの関連から、一定レベルのP含有量で飽和している。
【0033】
オーステナイト結晶粒界そのものを強くする他の手段として、オーステナイト結晶粒界に析出する炭化物をコントロールする方法がある。しかも、この粒界の強化方法による効果は、炭化物の粗大化を有効に防ぐことができれば、P偏析の抑制による鋼材の靱性改善の効果より大きなものとなる。
【0034】
そこで、本発明では、オーステナイト結晶粒界に粗大析出して粒界を脆くする炭化物をコントロールすれば、高い靱性を得られることに着目した。すなわち、オーステナイト結晶粒界に粗大な炭化物が析出するか、または炭化物が凝集して析出すると靱性は劣化するが、オーステナイト結晶粒界に分散して比較的小さな炭化物が析出すると靱性は良好になる。
【0035】
次に、オーステナイト結晶粒界に析出する炭化物中のMo量を最適な含有量にコントロールすれば、炭化物の析出形態を制御でき、その結果として、高靱性を有する鋼材が得られることに着目した。すなわち、オーステナイト結晶粒界に析出する炭化物中のMo量が少ないほど、炭化物の粗大化が防止できるが、炭化物中のMo量が多くなると、炭化物の粗大化が促進される。
【0036】
図1は、オーステナイト粒度番号(ASTM E 112法による)とオーステナイト結晶粒界に析出する炭化物中のMo量(質量%)との関係を示す図である。オーステナイト粒度番号Gは、その数値が大きくなるほどオーステナイト結晶粒径が小さくなることを意味する。靱性特性の評価は、例えば、ASTM A 370に規定されるシャルピー試験片を用いて、遷移温度が−30℃以下となる特性を具備するか否かで行っており、遷移温度が−30℃以下を満足する場合に高靱性と評価している。なお、いずれの靱性評価においても、3セットを単位に試験を行っている。
【0037】
図1から明らかなように、オーステナイト結晶粒界に析出する炭化物中のMo量を少なくすれば、オーステナイト結晶粒度が粗粒であっても、遷移温度が−30℃以下を満足する高靱性の領域を出現させることができる。このことは、オーステナイト結晶粒界に析出する炭化物中のMo量を少なくすることにより、オーステナイト結晶粒界に析出する炭化物の粗大化や凝縮を防止することができること、さらに炭化物の形態制御や鋼材の靱性特性に及ぼすMo量の臨界値が、オーステナイト結晶粒径によって異なることを意味する。
【0038】
図1に示す結果から、高靱性を要件として、炭化物中のMo量[Mo]およびオーステナイト粒度番号Gが下記(a)式を満足すればよいことが分かる。
[Mo]≦exp(G−5)+5 ・・・(a)
そして本発明においては、インライン熱処理では一般に粗粒化しやすいという背景を踏まえ、特に、オーステナイト結晶粒度が比較的小さい領域においても、高い靭性を確保しようとする狙いに基づき、オーステナイト結晶粒度を下記(b)式により表される範囲に限定する。
G≦5.5 ・・・(b)
【0039】
オーステナイト結晶粒径は、主に焼入れ条件により制御することができ、さらにAl、TiおよびNbの1種以上を添加することによって制御できる。一方、炭化物中のMo量を制御する要素は、焼入れ条件、焼戻し条件および添加元素(特に、Mo)を調整することである。焼入れ条件を変えることによって、炭化物の再固溶、均一分散の度合いが変わり、炭化物中のMo量が変化する。また、焼戻し条件を変えることによって、鋼中における添加元素の拡散速度が変化し、結果として炭化物中のMo量が変化する。一方、炭化物中のMo量は、添加元素の影響、特にMo添加量と炭化物形成元素の影響を大きく受ける。このように、オーステナイト結晶粒径および炭化物中のMo量を制御するには、熱処理条件や添加元素を適切に調整する必要がある。
【0040】
本発明においては、オーステナイト粒界に析出した炭化物中のMo量は、抽出レプリカ法とEDX(Energy Dispersive X-ray spectrometer)とを組み合わせた方法を用いて調べることができる。ここで、EDXとは、蛍光X線分析装置の一種であり、半導体検出器を用いて電気的に分光する方法である。
【0041】
本発明におけるオーステナイト粒界に析出した炭化物中のMo量の測定手法は、オーステナイト結晶粒界を2000倍の倍率で、任意の視野を5箇所測定し、一視野内で大きな炭化物を3つ選択し、合計15個の平均値をその炭化物中のMo量とした。
【0042】
2.化学組成
以下に、本発明の鋼材に有効な化学組成について説明する。ここで化学組成は、質量%を示す。
【0043】
C:0.17〜0.32%
Cは、鋼材の強度を確保する目的で含有する。しかし、含有量が0.17%未満では焼入れ性が不足し、必要とする強度を確保することが困難である。そして、焼き入れ性を確保しようとすると、高価な添加物を多量に添加する必要がある。また、0.32%を超えて含有させると、焼き割れが発生し、それと同時に靱性が劣化する。そのため、C含有量は0.17〜0.32%とした。望ましくは0.20〜0.28%である。
【0044】
Si:0.1〜0.5%
Siは、脱酸元素として有効な元素であると同時に、焼戻軟化抵抗を高めて強度上昇にも寄与する。脱酸元素としての効果を発揮するには、0.1%以上の含有が必要であり、また、0.5%を超えて含有した場合には、熱間加工性が著しく悪化する。このため、Si含有量は、0.1〜0.5%とした。
【0045】
Mn:0.30〜2.0%
Mnは、鋼の焼入れ性を向上させ、鋼材の強度確保に有効な成分である。しかし、0.30%未満の含有では焼入れ性が不足し、強度、靱性ともに低下する。一方、2.0%を超えて含有させると、鋼材の肉厚方向での偏析を増長させ、靱性を低下させる。そのため、Mn含有量は0.30〜2.0%とした。望ましい含有量は0.35〜1.4%である。
【0046】
P:0.030%以下
Pは、結晶粒界を強化するために、その含有量を最小化することが求められるが、不純物として鋼中に不可避的に存在する。従来から脱燐プロセスが開発、改善されているが、Pの含有量を低くしようとすると、プロセスにかかる時間が長くなり、そのため溶鋼の温度が低下し、その後のプロセスでの操業が難しくなることから、一定のレベルの含有量で飽和している。Pの含有量が0.030%を超えると、結晶粒界に偏析して靱性を低下させるので、その含有は0.030%以下とした。望ましくは0.015%以下である。
【0047】
S:0.010%以下
Sは、不可避的に鋼中に存在し、MnまたはCaと結合してMnSやCaSの介在物を形成する。これらの介在物は熱間圧延によって延伸され、介在物の形状が針状となるため、応力集中を発生し易くなり、靱性への悪影響を及ぼす。そのため、S含有量は0.010%以下とする。望ましくは、0.005%以下である。
【0048】
Cr:0.10〜1.01%
Crは、焼入れ性を向上させる元素であると同時に、炭酸ガス環境において炭酸ガス腐食を防ぐ作用を発揮する有効な元素である。しかし、過剰に添加すると、粗大な炭化物を形成し易くなるので、その含有量の上限値は1.01%とする。一方、Cr添加の効果を発揮させるために、含有量の下限値は0.10%とし、望ましくは0.15%とする。
【0049】
Mo:0.01〜0.30%
Moはオーステナイト結晶粒界に析出する炭化物の析出形態を制御する作用を発揮し、高靱性を有する鋼材に有用な元素である。さらに、焼入れ性を高める作用、Pによる結晶粒界脆化を抑制する作用もある。これらの作用を発揮させるため、0.01〜0.30%とする。
【0050】
sol.Al:0.001〜0.100%
Alは脱酸のために必要な元素であるが、sol.Alで0.001%未満の含有では脱酸不足によって鋼質が劣化し、靱性が低下する。一方、過剰に含有させると、かえって靱性の低下を招くことになるので、その上限値は0.100%とし、望ましくは0.050%とする。
【0051】
B:0.0001〜0.0020%
Bを添加すると著しく焼入れ性を向上させることができるので、高価な合金元素の添加量を削減できる。特に、厚肉の鋼管を製造する場合であっても、Bを添加することによって、目標強度を容易に確保できる。しかし、0.0001%未満の含有では、これらの効果が発揮できず、一方、0.0020%を超えて含有させると、結晶粒界に炭窒化物が析出し易くなり、靱性劣化の原因となる。このため、B含有量は、0.0001〜0.0020%とする。
【0052】
N:0.0070%以下
Nは、不可避的に鋼中に存在し、Al、TiまたはNbと結合して窒化物を形成する。特に、AlNやTiNが多量に析出すると、靱性に悪影響を及ぼすため、その含有量は0.0070%以下とする。
【0053】
Ti:0.005〜0.04%
Tiは、添加してもしなくてもよい。添加するとTiNの窒化物を形成して、高温域での結晶の粗大化を防ぐので有効である。この効果を得るためには、添加する場合には、0.005%以上を含有させる。しかし、含有量が0.04%を超えると、Cと結合してTiCの生成量が増加し、靱性に悪影響を及ぼすことになる。したがって、Tiを添加する場合には、その含有量は0.04%以下とする。
【0054】
Nb:0.005〜0.04%
Nbは、添加してもしなくてもよい。添加するとNbC、NbNの炭窒化物を形成し、高温域での結晶の粗大化を防ぐので有効である。この効果を得るためには、添加する場合には、0.005%以上を含有させる。しかし、過剰に含有させると、偏析や伸延粒の原因となるので、その含有量は0.04%以下とする。
【0055】
V:0.03〜0.30%
Vは、添加してもしなくてもよい。添加するとVCの炭化物を形成して、鋼材の高強度化に寄与する。この効果を得るためには、添加する場合には、0.03%以上を含有させる。しかし、含有量が0.30%を超えると、靱性に悪影響を及ぼす。このため、Vを添加する場合には、その含有量は0.30%以下とする。
【0056】
3.製造方法
本発明の製造方法では、上記の化学組成を含有する鋼材を素材として圧延し、オーステナイト域より焼入れし、次いで焼戻した後、オーステナイト結晶粒界に析出する炭化物中のMo量[Mo]およびオーステナイト粒度番号Gが前記(a)式および(b)式を満足する工程を採用する。ここで、焼入、焼戻工程としては、インライン熱処理プロセスを採用する。
【0057】
インライン熱処理プロセスでは、圧延後、オーステナイト状態を保持するため、900
℃〜1000℃の温度範囲で均熱して水焼入れするか、または、圧延後、オーステナイト状態のまま水焼入れし、その後、鋼材が所定の強度、例えば、降伏強度が758MPa近傍になるような条件で焼戻しを行う。
【0058】
なお、本明細書において、比較のために記載するオフライン熱処理プロセスでは、圧延後、鋼管を一旦常温まで空冷し、その後焼入れ炉で再加熱して、900℃〜1000℃の温度範囲で均熱して、水焼入れし、その後、鋼材が所定の強度、例えば、降伏強度が758MPa近傍になるような条件で焼戻しを行った。
【実施例】
【0059】
本発明の鋼材の効果を確認するため、表1に示す12種の鋼種を準備した。
【0060】
【表1】


【0061】
上記の各鋼種からなる外径225mmφのビレットを作製し、1250℃に加熱した後、マンネスマン−マンドレル製管法にて、外径244.5mm×肉厚13.8mmの継目無鋼管を製管した。そして表1の鋼種A、C、E〜G、IおよびJについては引き続いて、製管された鋼管にインライン熱処理プロセスを施した。参考例として比較するために、その他の鋼種(すなわち鋼種B、D、H、KおよびL)、ならびに鋼種A、C、E〜GおよびIについてはオフライン熱処理プロセスを施した。
【0062】
インライン熱処理プロセスでは、製管圧延後、オーステナイト状態を保持するため、種々の温度条件で均熱して、水焼入れし、その後、鋼管の降伏強度が758MPa近傍になる温度で均熱30分間の焼戻し処理を実施した。オーステナイト粒径の影響を調査するために、焼入れ前のオーステナイト保持温度は、900℃〜980℃の範囲で変化させた。
【0063】
一方、参考例としてのオフライン熱処理プロセスでは、同一条件で製管圧延した後、鋼管を一旦常温まで空冷し、その後焼入れ炉で再加熱して、種々の温度条件で均熱をした後、水焼入れし、降伏強度が758MPa近傍になる温度で均熱30分間の焼戻し処理を実施した。オフライン熱処理でも、同様に、焼入れ前のオーステナイト保持温度は、900℃〜980℃の範囲で変化させた。また、さらに細かいオーステナイト粒径を得るため、2回焼入れ焼戻し処理も実施した。
【0064】
上述の熱処理プロセスを経た鋼管の長手方向から、API規格の5CTに規定される弧状引張試験片、およびASTM A 370に規定されるフルサイズのシャルピー試験片を採取し、引張試験およびシャルピー衝撃試験を実施し、降伏強度(MPa)と破面遷移温度(℃)を測定した。
【0065】
同時に、粒度測定試験片とミクロ観察試験片を採取し、オーステナイトの結晶粒度の大きさ(ASTM E 112法に規定される粒度番号)と、オーステナイト粒界に析出した炭化物中のMo量を抽出レプリカ法およびEDXを組み合わせて測定した。これらの結果を表2に示す。なお、シャルピー衝撃試験は、3セットの単位で試験を行っている。
【0066】
【表2】


【0067】
表2またはこれを図示した図1の結果から分かるように、オーステナイト結晶の粒径が小さいと、オーステナイト結晶粒界に析出している炭化物中のMo量が多くても、靱性に影響を及ぼしにくく、オーステナイト粒度番号が8を超える領域ではほぼ安定した靭性を確保できるが、オーステナイト結晶の粒径が大きくなると、炭化物中のMo量が増加すると靱性が悪化している。これは、前述の通り、粒界に析出している炭化物中のMo量が増加すると、炭化物が粗大になりやすく、そのためにオーステナイト結晶粒界が脆化することに起因している。
【0068】
また、省エネルギーで生産効率が高いインライン熱処理プロセスは、オフライン熱処理プロセスと比べ、オーステナイト結晶の粒径が大きくなる傾向にある。そのため、従来方法では、インライン熱処理プロセスを採用して高靱性を満足するのは困難であった。しかしながら、本発明では、オーステナイト粒界に析出する炭化物中のMo量およびオーステナイト粒度番号の範囲を規制することによって、インライン熱処理プロセスを採用した場合であっても、高靱性を具備することができる。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明の鋼材は、オーステナイト結晶粒界に析出する炭化物中のMo量およびオーステナイト粒度番号が所定の関係を満たすよう規定したことから、オーステナイト粒度番号が比較的小さい、粗粒領域であっても、今後、一層過酷になる油井環境で使用される、高靱性を有する油井用鋼管を、コスト合理化、生産効率の向上、さらに省エネルギーのいずれも満足させながら、高効率に生産することができる鋼材である。したがって、本発明の鋼材は、高価な添加元素の含有量を高めることなく、しかもインライン熱処理により製造できる高靭性鋼材として、特に油井用鋼管分野において広範に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】オーステナイト結晶粒度(ASTM E 112法による)とオーステナイト結晶粒界に析出する炭化物中のMo量(質量%)との関係を示す図である。

特許の図
【出願人】 【識別番号】000002118
【氏名又は名称】住友金属工業株式会社
【出願日】 平成19年9月12日(2007.9.12)
【代理人】 【識別番号】100103481
【弁理士】
【氏名又は名称】森 道雄
【公開番号】 特開2008−38255(P2008−38255A)
【公開日】 平成20年2月21日(2008.2.21)
【出願番号】 特願2007−236107(P2007−236107)