トップ :: C 化学 冶金 :: C21 鉄冶金




【発明の名称】 鋼材の焼入れ方法
【発明者】 【氏名】四十物 剛介

【氏名】奥宮 正洋

【氏名】永井 隆之

【氏名】朝田 繁

【氏名】冨田 美浩

【要約】 【課題】高強度ボロン鋼等の鋼材の焼入れ方法において、焼入れ後の鋼材表層の不完全焼入れ組織を防止し、均一な組織を得ることにより、鋼材の機械的性質を改善しうる焼入れ方法を提供する。

【解決手段】高強度ボロン鋼の焼入れにおいて、冷却開始の時点から処理物の温度が急落する時点までの経過時間である蒸気膜崩壊時間を焼入れ油の特性決定のための管理項目とし、この蒸気膜崩壊時間が所定時間以下(JIS K 2242に規定された冷却性能試験方法において2.1秒以下)となるように調整された焼入れ油で焼入れを行う。蒸気膜崩壊時間の調整は、鉱物油を基油とし、分子量の高い各種ポリマーを蒸気膜崩壊時間短縮のための添加剤として配合した焼入れ油を作成することにより行う。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
焼入れ油を用いて鋼材を焼入れする焼入れ方法において、
焼入れ油の冷却曲線における冷却開始の時点から前記鋼材の温度が急落する時点までの経過時間である蒸気膜崩壊時間を焼入れ油の特性決定のための管理項目とし、
前記蒸気膜崩壊時間が所定時間以下となるように調整された焼入れ油を用いることを特徴とする焼入れ方法。
【請求項2】
前記焼入れ油は、JIS K 2242(2006年度版)に規定された冷却性能試験において、蒸気膜崩壊時間が2.1秒以下となるように調整される請求項1に記載の焼入れ方法。
【請求項3】
前記焼入れ油は、鉱物油を基油とし、添加剤としてポリマー又は石油系高分子重合油を添加することにより調整される請求項1又は請求項2に記載の焼入れ方法。
【請求項4】
前記鋼材は、ボロン鋼である請求項1から請求項4のいずれか1つに記載の焼入れ方法。
【発明の詳細な説明】【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材の焼入れ方法に関し、特に、自動車用ボルト等に用いられる高強度ボロン鋼を焼入れする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高強度を必要とする自動車用部材(例えば、各種締め付けボルト、コンロッドボルト、シリンダーヘッドボルト)を形成するための鋼材として、構造用鋼にボロンを添加した鋼(いわゆるボロン鋼)が多く用いられている。ボロン鋼においては、ボロンの添加により鋼の焼入れ性を著しく向上できるとともに、構造用合金鋼のニッケル、モリブデン、クロムなどの高価な合金元素を節減できるので、鋼材の高強度化とともに低廉化を達成することができる。
【0003】
従来、このような高強度ボロン鋼の焼入れは、クロムモリブデン鋼等の他の鋼材と同様の方法で実行されていた。しかしながら、クロムモリブデン鋼、ニッケルクロムモリブデン鋼を代表とする高級鋼の場合、焼入れ性向上元素を多く含むため、焼入れ後の鋼材表層が均一な焼入れ組織となるのに対して、高強度ボロン鋼の表層には、焼入れ後に不完全焼入れ組織が多く含まれてしまうという問題点がある。
【0004】
詳しく説明すると、ボロン鋼においては、焼入れ加熱中に表層のボロンが拡散放出されて濃度低下する現象(いわゆる脱ボロン現象)が生じる。ボロンは、極微小濃度の添加でも素材の焼入れ性を向上するものである一方、完全に脱ボロンすると素材の焼入れ性は逆に大きく低下してしまう。このため、焼入れ工程において、部材表層において脱ボロン現象が起こると、部材表層部分に不完全焼入れ組織が発生してしまう。
【非特許文献1】社団法人日本鉄鋼協会発行「鉄と鋼」1983年第11号、p.1494−1501(井上毅、落田義隆、辻邦夫著「ボロン鋼における脱ボロン現象とその計算モデル」)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このようなボロン鋼材表層の不完全焼入れ組織を改善する方法としては、焼入れ炉内の雰囲気調整による表層脱炭防止法や、浸炭法が知られている。しかしながら、これらの方法は、表層の合金成分が変動しないクロムモリブデン鋼等に対しては効果があるが、ボロン鋼における脱ボロン現象対策としては、十分に効果を発揮するとは言えない。すなわち、ボロン鋼の場合、焼入れ炉内の雰囲気調整を行っても、不完全焼入れ組織は完全には消滅しない。また、素材の炭素量を超えるまで微浸炭しても不完全焼入れ組織は残るうえ、浸炭は、鋼の遅れ破壊の原因となるため、特に高強度ボルトの焼入れにおいては採用できない。このため、高強度ボロン鋼においても表層に不完全焼入れ組織が発生しないような焼入れ方法が望まれていた。
【0006】
本発明は、このような問題点に鑑みてなされたもので、高強度ボロン鋼等の鋼材の焼入れ方法において、焼入れ後の鋼材表層の不完全焼入れ組織を防止し、均一な組織を得ることにより、鋼材の機械的性質を改善しうる焼入れ方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明では、焼入れ油を用いて鋼材を焼入れする焼入れ方法において、焼入れ油の冷却曲線における冷却開始の時点から前記鋼材の温度が急落する時点までの経過時間である蒸気膜崩壊時間を焼入れ油の特性決定のための管理項目とし、前記蒸気膜崩壊時間が所定時間以下となるように調整された焼入れ油を用いる。
【0008】
前記焼入れ油は、JIS K 2242に規定された冷却性能試験方法において、蒸気膜崩壊時間が2.1秒以下となるように調整されるようにしてもよい。
前記焼入れ油の調整は、鉱物油を基油とし、添加剤としてポリマー又は石油系高分子重合油を焼き入れ油に添加することにより行われるようにしてもよい。
【0009】
前記鋼材は、ボロン鋼であってもよい。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、蒸気膜崩壊時間(焼入れ油の冷却曲線における冷却開始の時点から鋼材の温度が急落する時点までの経過時間)が所定時間以下(例えば、JIS K 2242に規定された冷却性能試験方法の条件で2.1秒以下)となるように調整された焼入れ油を用いて鋼材の焼入れを行うので、例えばボロン鋼の焼入れを行った場合でも、表層部分に不完全焼入れ組織が発生しないようにできる。すなわち、本発明では、焼入れ油の蒸気膜崩壊時間、つまり焼入れ初期段階において焼入れ油の蒸気膜が鋼材を覆うために鋼材が急冷しない期間が、十分短く調整されているので、蒸気膜崩壊時間中に進行しやすい不完全焼入れ組織の発生が抑制される。例えば、ボロン鋼の焼入れの場合、鋼材の表層部分は脱ボロン現象によって焼入れ性が低下しているため、蒸気膜崩壊時間における温度600〜700°C近傍においてフェライト変態してしまいやすいが、本発明の方法では、焼入れ工程において焼入れ油が蒸気膜崩壊時間内で温度600〜700°C近傍にある期間が十分短く調整されているので、フェライト変態が抑制される。したがって、鋼材表層の組織を均一化することができるので、鋼材の機械的性質が改善され、良質な鋼材を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、添付図面に基づいて本発明の実施形態について説明する。
本実施形態では、ボロン鋼の焼入れ方法において、使用される焼入れ油として、特に、蒸気膜崩壊時間が所定時間以下となるように特性が調整されたものを用いる。ここで、蒸気膜崩壊時間とは、加熱した処理物(鋼材)を冷却して焼入れる場合に、冷却開始時点から蒸気膜が崩壊して処理物(鋼材)の温度が急落する時点までの時間(すなわち、冷却曲線の初期における屈曲点に至るまでの時間)である。すなわち、焼入れ油による冷却初期段階の数秒間においては、蒸気膜の存在により処理物(鋼材)の温度は急速に冷却されることはないが、蒸気膜が崩壊すると、その時点から処理物(鋼材)は急冷され、冷却曲線には屈曲点が生じる。この屈曲点までの時間が蒸気膜崩壊時間である。
【0012】
本実施形態では、蒸気膜崩壊時間が短い焼入れ油を用いて焼入れを行うことにより、ボロン鋼表層におけるフェライト変態を抑制でき、不完全焼入れ組織の発生を有効に防止できる。従来の焼入れ方法では、焼入れ油の特性を決定するために、蒸気膜崩壊時間は特に考慮されていなかった。これに対し、本発明の焼入れ方法は、蒸気膜崩壊時間を新たに管理項目として追加し、蒸気膜崩壊時間の十分短い焼入れ油を用いることにより、鋼材の特性を大幅に改善するものである。
【0013】
蒸気膜崩壊時間の具体的な数値としては、JIS K 2242(2006年度版)に規定された冷却性能試験方法における測定において、2.1秒以下となるように調整する。このような設定により、鋼材表層における不完全焼入れ組織の発生を抑制できるが、この根拠となる実験結果については、図2とともに後述する。
【0014】
蒸気膜崩壊時間の調整は、精製方法(基油の種類)の選択及び添加剤の添付等により行われる。基油としては、例えば、パラフィン系鉱物油(一例として、API分類(アメリカ石油協会分類)のグループIIIに属する基油(硫黄分0.03以下、飽和分90%以上、粘度指数120%以上、主成分i−パラフィン))を用いる。また、蒸気膜崩壊時間短縮のための添加剤としては、例えば、分子量の高い各種ポリマーや石油系高分子重合油を用いる。
【0015】
焼入れ油の種類及び蒸気膜崩壊時間以外の基本特性は、特に限定されず、焼入れ油の蒸気膜崩壊時間以外の基本特性は、例えばJIS K 2242に規定された熱処理油1種又は2種に基づいて設定する。
【0016】
具体的な焼入れ工程および設備は、特に限定されず、従来と同様のものを用いればよい。例えば、必要に応じて成形加工した部材を、変態点温度以上まで加熱した後、焼入れ油中に浸漬し、急冷することにより、焼入れ変態させる。この場合、焼入れ油の特性については、適宜抜き取り試験を行い、必要に応じて添加剤の添加等により調整する。
【0017】
次に、図1を用いて、本実施形態の作用について説明する。図1のグラフは、本実施形態及び従来法における焼入れ油の冷却曲線(冷却時間−温度曲線)を表すもので、本実施形態で用いられる焼入れ油の冷却曲線(本発明法の焼入れ冷却曲線)を実線で、従来法で用いられる焼入れ油の冷却曲線(従来法の焼入れ冷却曲線)を破線で、それぞれ示している。
【0018】
図示されるように、本発明法の焼入れ冷却曲線において、処理物(鋼材)の温度は、冷却開始時点Aから屈曲点Bに至るまでは、急速に冷却されることはなく、なだらかに低下して行くが、屈曲点Bに至ると、蒸気膜の崩壊に伴って急速に低下し、焼入れ変態線に至る。このこの冷却開始時点Aから屈曲点Bに至るまでの時間が、本発明法による蒸気膜崩壊時間となる。同様に、従来法の焼入れ冷却曲線において、処理物(鋼材)の温度は、冷却開始時点Aから屈曲点Cに至るまでは、急速に冷却されることはなく、なだらかに低下して行くが、屈曲点Cに至ると、蒸気膜の崩壊に伴って急速に低下し、焼入れ変態線に至る。この冷却開始時点Aから屈曲点Cに至るまでの時間が、従来法による蒸気膜崩壊時間となる。
【0019】
本グラフには、これらの冷却曲線に加えて、ボロン鋼素材のフェライト変態線が二点鎖線で、脱ボロンした鋼材表層のフェライト変態線が一点鎖線で、それぞれ示されている。図から分かるように、従来法の焼入れ冷却曲線は、脱ボロンしていないボロン鋼素材のフェライト変態線とは交わることはないが、脱ボロンした鋼材表層のフェライト変態線に対しては交差してしまう。このため、この交差点でフェライト変態が発生してしまい、鋼材表層部分は不完全焼入れ組織を含むものとなってしまう。すなわち、鋼材表層は脱ボロンにより焼入れ性が低下しているため、蒸気膜崩壊時間中の温度600〜700°C近傍においてフェライト変態しやすく、この温度領域は、従来法よりも早く冷却する必要がある。
【0020】
これに対して、本発明法の焼入れ冷却曲線は、従来法の焼入れ冷却曲線と比較して、蒸気膜崩壊時間が十分短く調整されているので、脱ボロンした鋼材表層のフェライト変態線と交差する前に屈曲点Bに至り、フェライト変態線と交差しないまま素早く冷却され、焼入れ変態線に至る。したがって、ボロン鋼表層には不完全焼入れ組織が生じることはなく、良質なボロン鋼を生成できる。
【0021】
図2には、本発明法と従来法のそれぞれにおいて、鋼材表層でのフェライト発生状況を確認した実験結果を一覧表で示す。なお、本実験結果は、JIS K 2242に規定された冷却性能試験方法の条件でなされたものである。また、本実験に用いた試験材料の化学組成は、一覧表の下方に示したとおりのものである。
【0022】
一覧表に示されるように、蒸気膜崩壊時間が2.4秒から2.8秒である従来法のサンプル1〜12では、鋼材表層にフェライトの発生が認められる。一方、蒸気膜崩壊時間を2.1秒以下に調整した本発明法によるサンプル1、2では、フェライトの発生を皆無に抑制できている。このように、蒸気膜崩壊時間を2.1秒以下とすれば、高強度ボロン鋼部材の表層は、完全焼入れ可能であり、表層組織は均一化する。
【0023】
図3は、本発明法と従来法のそれぞれにおける鋼材の硬さの表内差(表面硬さと内部硬さの差)を示すグラフである。図示されるように、本発明法によれば、鋼材の表層組織における硬さは、従来法に比較して、硬度が高く又ばらつきの小さいものとなり、表層組織の強度及び均質性が高まっていることが分かる。
【0024】
以上のように、本実施形態の焼入れ方法によれば、焼入れに用いる焼入れ油の品質を、蒸気膜崩壊時間が所定時間以下となるように設定した(JIS K 2242に規定された冷却性能試験方法に基づく測定において2.1秒以下となるように設定した)ので、脱ボロン現象が生じているボロン鋼表層部分において不完全焼入れ組織発生の原因となるフェライト変態が生じるより早くに、焼入れ冷却曲線の屈曲点に達し、急冷されることにより、焼入れが行われる。したがって、高強度ボロン鋼材の表層における不完全焼入れ組織の発生は防止され、表層組織は均一化され、また表層の硬さ低下は抑止される。よって、ボルト製品を初めとする高強度ボロン鋼材の静的強度や疲労強度が向上する。また、低廉なボロン鋼であっても高品質な表層組織を有する鋼材を製造できるので、高価なクロムモリブデン鋼やニッケルクロムモリブデン鋼に代えてボロン鋼の使用が可能となり、部品の低廉化によるコスト削減や、金属資源節約を達成できる。
【0025】
なお、上記実施形態では、本発明の焼入れ方法を高強度ボロン鋼に適用した場合を例に説明したが、本発明の適用範囲は、ボロン鋼の焼入れに限られず、例えば質量の大きい部材や焼入れ性の低い鋼材を用いる構造用部材全般の焼入れにおいて、焼入れ組織の改善のためにも適用し得る。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本実施形態おける焼入れ油及び従来法におけるる焼入れ油の冷却曲線と、ボロン鋼のフェライト変態線との関係を示すグラフである。
【図2】本発明法と従来法のそれぞれにおける鋼材表層でのフェライト発生状況を示す一覧表である。
【図3】本発明法と従来法のそれぞれにおける鋼材の硬さの表内差を示すグラフである。

特許の図
【出願人】 【識別番号】390003986
【氏名又は名称】ティーアールダブリュ オートモーティブ ジャパン株式会社
【識別番号】596062004
【氏名又は名称】奥宮 正洋
【識別番号】506383157
【氏名又は名称】株式会社 永井商会
【識別番号】506382220
【氏名又は名称】日本グリース株式会社
【出願日】 平成18年11月15日(2006.11.15)
【代理人】 【識別番号】100089705
【弁理士】
【氏名又は名称】社本 一夫

【識別番号】100140109
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 新次郎

【識別番号】100075270
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 泰

【識別番号】100080137
【弁理士】
【氏名又は名称】千葉 昭男

【識別番号】100096013
【弁理士】
【氏名又は名称】富田 博行

【識別番号】100106644
【弁理士】
【氏名又は名称】戸塚 清貴


【公開番号】 特開2008−121094(P2008−121094A)
【公開日】 平成20年5月29日(2008.5.29)
【出願番号】 特願2006−308991(P2006−308991)