トップ :: C 化学 冶金 :: C21 鉄冶金

【発明の名称】 金属線材の延性回復方法
【発明者】 【氏名】大野 義昭

【要約】 【課題】熱処理後の金属線材の引張り強さおよび曲げ強度を犠牲にすることなしに、延性を回復する方途を与える。

【構成】引張り強さが4000MPa以上の金属線材に、250〜400℃の温度範囲にて熱処理を施すに当たり、当該温度域における保持時間を、該熱処理後の金属線材におけるFe拡散距離X(m)が1.00×10-13<X<1.00×10-11となる範囲に制御する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属線材に、250℃以上400℃以下の温度範囲にて熱処理を施すに当たり、当該温度域における保持時間を、該熱処理後の金属線材におけるFe拡散距離X(m)が1.00×10-13<X<1.00×10-11となる範囲に制御することを特徴とする金属線材の延性回復方法
【請求項2】
前記金属線材は、引張り強さが4000MPa以上である請求項1に記載の金属線材の延性回復方法。
【請求項3】
前記熱処理は、減圧下または不活性ガス中にて行うことを特徴とする請求項1または2に記載の金属線材の延性回復方法。
【発明の詳細な説明】【技術分野】
【0001】
本発明は、金属線材の延性回復方法に関する。ここで、金属線材とは、特にコードの構成要素である素線を製造する際の出発材となる金属線材のほか、該金属線材を伸線加工して得られる金属素線を含めた総称とする。
【背景技術】
【0002】
コードの構成要素となる金属素線には、様々な特性が要求されている。例えば、近年の環境問題の観点から、特に自動車の低燃費化を促進するのに寄与するタイヤの軽量化が急務である。そのためには、タイヤの補強材となるコードを高強度化して、その使用量を減らすことが希求されている。
【0003】
コードを高強度化する手法としては、コードを構成する素線自体を高強度化することが有効である。この素線の高強度化には、伸線加工して得られる素線の出発材である金属線材について、その成分組成を調整したり、或いは伸線加工に工夫を凝らすことが行われている。これらにより、高強度化を達成しているが、一方で高強度化に伴って金属線材の延性が低下することが問題になる。
【0004】
従来、金属線材の延性を回復する手段としては、金属線材に低温かつ短時間の熱処理、いわゆるブルーイング処理を施すことが一般的である。該ブルーイング処理を金属線材に施すことで延性の回復を図っている。
【0005】
例えば、引張り強さが3000MPa未満のスチールコードに、400℃付近の温度域で一定の保持時間でなされるブルーイング処理を施すことによって、スチールコードの破断伸びを高めている。(特許文献1および特許文献2参照)
【0006】
また、スチールワイヤに伸線加工、めっき処理および340℃以上500℃以下の温度域にて数秒〜数十秒のブルーイング処理を施すことによって、弾性伸びを増加させている(特許文献3参照)。
さらに、炭素鋼線に250℃以上440℃以下の温度域で保持時間を6秒以上15分以下の間で調節するブルーイング処理を施すことによって、炭素鋼線の内部摩擦の最大値を、180℃以上220℃以下の温度域において、好適な範囲とすることで延性を向上させている。(特許文献4参照)
【特許文献1】特開平9―228274号公報
【特許文献2】特開平2001―512191号公報
【特許文献3】特開平2000―80441号公報
【特許文献4】特開平11―269557号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のように、従来、高強度化した金属線材の延性を回復する手法は、ブルーイング処理が一般的であった。
【0008】
しかし、金属線材にブルーイング処理を施すことで、延性が回復すると同時に、金属線材の引張強さが15%以上も減少してしまう。また、金属線材の内部組織であるセメンタイトが球状化するため、曲げ強度が低下してしまう。なぜなら、ブルーイング処理によって、延性は回復するが、同時に、例えば伸線加工によって加工方向に延びたラメラー構造(フェライトとセメンタイトの層状組織)が分断される結果、曲げ強度が低下し、さらに歪除去に伴う強度低下を超える強度低下が起こる。
【0009】
ここで、曲げ強度とは、図1に示す引掛け試験において、2本の金属線材1をループ状にして互いに引っ掛け合い、それぞれの金属線材1を引張試験機のグリップ2間の中央に、同一の金属線材が平行に接触するように固定して、金属線材の引っ掛け部分の曲率が一定になるようにし、金属線材を引っ張って破断したときの荷重を意味する。
【0010】
そこで本発明の目的は、熱処理後の金属線材における引張り強さおよび曲げ強度を犠牲にすることなしに、延性を回復する方途を与えることにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
金属線材の延性を回復するにあたっては、熱処理の条件を調整することによって、改善してきた。しかし同時に、熱処理後の金属線材は、引張り強さおよび曲げ強度が低下してしまうため、両方をバランス良く向上させることが困難であった。
【0012】
そこで発明者は、熱処理後の金属線材について、引張り強さおよび曲げ強度を低下させずに延性を回復する手段を鋭意検討した結果、金属線材に熱処理を施す際、その条件である熱処理温度と保持時間を調整することによって、金属線材の引張り強さおよび曲げ強度を犠牲にすることなしに延性が回復することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明の要旨構成は次の通りである。
(1)金属線材に、250℃以上400℃以下の温度範囲にて熱処理を施すに当たり、当該温度域における保持時間を、該熱処理後の金属線材におけるFe拡散距離X(m)が1.00×10-13<X<1.00×10-11となる範囲に制御することを特徴とする金属線材の延性回復方法。
【0014】
(2)前記金属線材は、引張り強さが4000MPa以上である前記(1)に記載の金属線材の延性回復方法。
【0015】
(3)前記熱処理は、減圧下または不活性ガス中にて行うことを特徴とする前記(1)または(2)に記載の金属線材の延性回復方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、金属線材に熱処理を施す際、熱処理温度および保持時間をバランス良く調節することによって、金属線材の引張り強さ並びに曲げ強度を犠牲にすることなく延性を回復できるため、高性能の金属線材を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明は、金属素線および該素線の製造に供する金属線材について、特に高強度化に伴って低下した金属線材の延性を熱処理を施すことによって、回復することを所期したものである。
すなわち、金属線材に250℃以上400℃以下の温度範囲にて熱処理を施すにあたり、当該温度域における保持時間を、該熱処理後の金属線材におけるFe拡散距離X(m)が1.00×10-13<X<1.00×10-11となる範囲に制御することを特徴とする。
【0018】
ここで、金属線材に施す熱処理の温度を、250℃以上400℃以下の範囲としたのは、次の理由によるものである。すなわち、250℃未満では、金属線材の成分であるFeがほとんど拡散せず、歪に炭素が移動して固着することで硬化する歪時効のみが発現し、かえって延性が低下してしまう。
一方、400℃超では、Fe原子の移動が活発化し、歪除去以外にセメンタイトが球状化し易くなり、Fe拡散距離X(m)を1.00×10-13<X<1.00×10-11の範囲とするためには、熱処理の保持時間を1秒以下としなければならず、かような短時間保持は、その制御が困難である。
より好ましくは、250℃以上350℃以下の温度範囲とする。
【0019】
そして、上記の温度域にて、熱処理を施すに当たり、保持時間を熱処理後のFe拡散距離X(m)が1.00×10-13<X<1.00×10-11となる範囲に制御することが肝要である。なお、Fe拡散距離X(m)は、下記式(1)式にて算出するものとする。

X=√2・D・t ----(1)
但し、D:D0・e(-Q/RT)
t:保持時間(s)
ここで、D0:拡散係数 2.80×10-4 (m/s)
-Q:活性化エネルギー 251 (kJ/mol)
R:気体定数
T:温度(K)
【0020】
ここで、保持時間をFe拡散距離X(m)で制御することの意義は、歪がFeの結晶格子欠陥として導入されており、該歪を除去するには、Fe原子の微少な移動(拡散)が必要となることから、熱処理の条件である保持時間を該Fe拡散距離X(m)で制御すれば歪の除去が確実に行えることにある。
【0021】
従って、熱処理後の金属線材におけるFe拡散距離X(m)が1.00×10-13<X<1.00×10-11となる範囲にあれば、熱処理後の引張強さの低下は10%以下に抑えられる。また、伸びの大きな変化もなく、曲げ強度が向上する。
【0022】
すなわち、Fe拡散距離X(m)が1.00×10-13以下となる保持時間では、十分な歪除去が出来ず、炭素が歪へ固着することにより、歪時効が優先的に発現するため、十分な延性回復が得られない。
また、Fe拡散距離X(m)が1.00×10-11以上となる保持時間では、歪が除去されるが、一方で該歪除去を担うFe原子の拡散を伴う反応であるセメンタイトの球状化または再結晶が発現し、強度が大幅に低下することになる。
より好ましくは、5.0×10-13<X<5.0×10-12とする。
【0023】
そして、上記の熱処理は、引張り強さが4000MPa以上の金属線材に適用することが好ましい。なぜなら、4000MPa以上の金属線材はデラミネーションなどによって顕著な延性低下が発生し易いから、このような線材に本発明の熱処理を適用して、その延性を回復させることは有効であるからである。
【0024】
また、金属線材に熱処理を施すには、減圧下または不活性ガス中にて行うことが好ましい。なぜなら、金属線材に250〜400℃の熱処理を大気中で施した場合、金属線材の表面が酸化してしまい、該表面が酸化した金属線材をタイヤ等の補強に用いた際、ゴムとの接着が悪化するおそれがあるから、酸化の抑制に有効な減圧下または不活性ガス中にて行うことが好ましい。また、金属線材の酸化皮膜を除去することもできるが、該除去プロセスを金属線材の製造工程に付加するよりは、金属線材の表面の酸化を抑制する減圧下または不活性ガス中にて熱処理を実施することの方が効率的である。
【実施例】
【0025】
引張り強さが4500MPaの金属線材に表1に示す条件の下で熱処理を施した。該熱処理後の金属線材について、引張り強さ、破断歪およびFe拡散距離X(m)を測定した。これらの結果を表1に併記する。
【0026】
なお、表1におけるFe拡散距離(m)は上記式(1)に準拠して求めたものである。
【0027】
また、熱処理後の金属線材の引張り強さは、JIS Z 2241に準拠した引張り試験に基いて、応力―歪線図を作成し、その応力―歪線図から最大応力を求めて、その値を引張強さとした。
【0028】
熱処理後の破断歪は、JIS Z 2241に準拠した引張り試験に基いて、応力―歪線図を作成し、その応力―歪線図から破断伸びを求めて、その値を破断歪みとした。
【0029】
さらに、該曲げ強度特性指数は、先に示した図1の引掛け試験にて測定した曲げ強度について、従来例の曲げ強度を100としての指数化したものである。
【0030】
【表1】


【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】曲げ強度を測定する引掛け試験の説明図である。
【符号の説明】
【0032】
1 金属線材
2 試験機のグリップ
【出願人】 【識別番号】000005278
【氏名又は名称】株式会社ブリヂストン
【出願日】 平成18年8月4日(2006.8.4)
【代理人】 【識別番号】100072051
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 興作

【識別番号】100107227
【弁理士】
【氏名又は名称】藤谷 史朗

【識別番号】100114292
【弁理士】
【氏名又は名称】来間 清志


【公開番号】 特開2008−38199(P2008−38199A)
【公開日】 平成20年2月21日(2008.2.21)
【出願番号】 特願2006−213931(P2006−213931)