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【発明の名称】 鉄により生産が抑制される生物生産物の製造方法
【発明者】 【氏名】福田 克治

【氏名】松村 憲吾

【氏名】入江 元子

【氏名】秦 洋二

【要約】 【課題】鉄により生産が抑制される生物生産物を効率よく製造することができる方法を提供する。

【構成】穀類を用いた醸造により得られるもろみまたはその粕のプロテアーゼ分解物を培地に添加することにより、鉄により生産が抑制される生物生産物を効率よく製造することができる。代表的には、清酒粕を用いる。また、代表的には、麹菌を用いてデフェリフェリクリシンやレクチンを生産させる場合に有効である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
醸造により得られるもろみまたはその粕のプロテアーゼ分解物を含む培地を用いて生物を培養する工程と、培養物から鉄により生産が抑制される生物生産物を回収する工程とを含む、鉄により生産が抑制される生物生産物の製造方法。
【請求項2】
生物が微生物である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
微生物が糸状菌である請求項2に記載の方法。
【請求項4】
微生物がアスペルギルス属微生物である請求項3に記載の方法。
【請求項5】
培養に使用する培地が、鉄濃度2ppm以下の基礎となる培地にもろみまたはその粕のプロテアーゼ分解物を添加したものである請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
培養に使用する培地の鉄濃度が2ppm以下である請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
もろみまたは粕が、清酒、焼酎、味醂、ビールからなる群より選ばれる少なくとも1種の酒類のもろみまたは粕である請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
培地が液体培地である請求項1〜7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
もろみまたは粕が粕であり、培地中の粕のプロテアーゼ分解物の含有量が、乾燥重量に換算して、0.05〜5w/v%である請求項8に記載の方法。
【請求項10】
もろみまたは粕がもろみであり、培地中のもろみのプロテアーゼ分解物の含有量が、乾燥重量に換算して、0.05〜5w/v%である請求項8に記載の方法。
【請求項11】
培地が固体培地である請求項1〜7のいずれかに記載の培地。
【請求項12】
もろみまたは粕が粕であり、培地中の粕のプロテアーゼ分解物の含有量が、乾燥重量に換算して、0.05〜5重量%である請求項11に記載の方法。
【請求項13】
もろみまたは粕がもろみであり、培地中のもろみのプロテアーゼ分解物の含有量が、乾燥重量に換算して、0.05〜5重量%である請求項11に記載の方法。
【請求項14】
鉄により生産が抑制される生物生産物が、シデロフォア、又はレクチンである請求項1〜13のいずれかに記載の方法。
【請求項15】
醸造により得られるもろみ又はその粕のプロテアーゼ分解物を含む、鉄により生産が抑制される生物生産物の製造用の培地。
【請求項16】
鉄濃度2ppm以下の基礎となる培地にもろみまたはその粕のプロテアーゼ分解物を添加したものである請求項15に記載の培地。
【請求項17】
鉄濃度が2ppm以下である請求項15又は16に記載の培地。
【請求項18】
もろみまたは粕が、清酒、焼酎、味醂、ビールからなる群より選ばれる少なくとも1種の酒類のもろみまたは粕である請求項15〜17のいずれかに記載の培地。
【請求項19】
培地が液体培地である請求項15〜18のいずれかに記載の培地。
【請求項20】
もろみまたは粕が粕であり、粕のプロテアーゼ分解物の含有量が、乾燥重量に換算して、0.05〜5w/v%である請求項19に記載の培地。
【請求項21】
もろみまたは粕がもろみであり、もろみのプロテアーゼ分解物の含有量が、乾燥重量に換算して、0.05〜5w/v%である請求項19に記載の培地。
【請求項22】
培地が固体培地である請求項15〜18のいずれかに記載の培地。
【請求項23】
もろみまたは粕が粕であり、粕のプロテアーゼ分解物の含有量が、乾燥重量に換算して、0.05〜5重量%である請求項22に記載の培地。
【請求項24】
もろみまたは粕がもろみであり、もろみのプロテアーゼ分解物の含有量が、乾燥重量に換算して、0.05〜5重量%である請求項22に記載の培地。
【請求項25】
鉄により生産が抑制される生物生産物が、シデロフォア、又はレクチンである請求項15〜24のいずれかに記載の培地。
【請求項26】
基礎となる培地に、醸造により得られるもろみ又はその粕のプロテアーゼ分解物を添加する、鉄により生産が抑制される生物生産物の製造用の培地の製造方法。
【請求項27】
基礎となる培地の鉄濃度が2ppm以下である請求項26に記載の方法。
【請求項28】
得られる培地の鉄濃度が2ppm以下となるように、基礎となる培地に、醸造により得られるもろみ又はその粕のプロテアーゼ分解物を添加する、請求項26又は27に記載の方法。
【請求項29】
もろみまたは粕が、清酒、焼酎、味醂、ビールからなる群より選ばれる少なくとも1種の酒類のもろみまたは粕である請求項26〜28のいずれかに記載の方法。
【請求項30】
培地が液体培地である請求項26〜29のいずれかに記載の方法。
【請求項31】
もろみまたは粕が粕であり、得られる培地中の粕のプロテアーゼ分解物の含有量が、乾燥重量に換算して、0.05〜5w/v%となるように基礎となる培地に粕のプロテアーゼ分解物を添加する請求項30に記載の方法。
【請求項32】
もろみまたは粕がもろみであり、得られる培地中のもろみのプロテアーゼ分解物の含有量が、乾燥重量に換算して、0.05〜5w/v%となるように基礎となる培地にもろみのプロテアーゼ分解物を添加する請求項30に記載の方法。
【請求項33】
培地が固体培地である請求項26〜29のいずれかに記載の方法。
【請求項34】
もろみまたは粕が粕であり、得られる培地中の粕のプロテアーゼ分解物の含有量が、乾燥重量に換算して、0.05〜5重量%となるように基礎となる培地に粕のプロテアーゼ分解物を添加する請求項33に記載の方法。
【請求項35】
もろみまたは粕がもろみであり、得られる培地中のもろみのプロテアーゼ分解物の含有量が、乾燥重量に換算して、0.05〜5重量%となるように基礎となる培地にもろみのプロテアーゼ分解物を添加する請求項33に記載の方法。
【請求項36】
鉄により生産が抑制される生物生産物が、シデロフォア、又はレクチンである請求項26〜35のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄により生産が抑制される生物生産物の製造方法、この方法に特に適した培地、及びこの培地の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物に代表される生物は、種々の有用な物質を生産する。これらの中には、鉄濃度が低くなると生産が亢進し、鉄濃度が高くなると生産が抑制される物質がある。例えば、麹菌は、シデオロフォアの1種であるフェリクロームやレクチンを生産するが、これらは鉄により生産が抑制される。フェリクロームは鉄をキレートすることから医薬品などとして有用であり、レクチンは糖検出試薬として有用である。
【0003】
微生物に有用物質を生産させるにあたっては、培地中のアミノ酸などの窒素源量を多くすれば、微生物の増殖速度が向上するとともに、種々の物質生産量が増大することが知られている。
【0004】
培地に添加される窒素源としては、ポリペプトンや酵母エキスなどが汎用されている。しかし、このような汎用の窒素源は鉄が含まれているものが多いため、鉄により生産が抑制される物質の製造のための窒素源としては適さない。一方、合成培地では、窒素源として、硝酸塩、アンモニウム塩、アミノ酸などが用いられるため、鉄含量を低くすることができる。しかし、合成培地は貧栄養培地であり、微生物の生育が悪いため、効率よく有用物質を生産させることができない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、鉄により生産が抑制される生物生産物を効率よく製造することができる方法、並びに鉄により生産が抑制される生物生産物を効率よく製造することができる培地、及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために本発明者らは研究を重ね、穀類の醸造により得られるもろみまたはその粕のプロテアーゼ分解物を培地に添加することにより、意外にも、鉄により生産が抑制される物質の培地当たりの生産量が極めて高くなることを見出した。
【0007】
本発明は上記知見に基づき完成されたものであり、下記の培地、及び物質製造方法を提供する。
【0008】
項1. 醸造により得られるもろみまたはその粕のプロテアーゼ分解物を含む培地を用いて生物を培養する工程と、培養物から鉄により生産が抑制される生物生産物を回収する工程とを含む、鉄により生産が抑制される生物生産物の製造方法。
【0009】
項2. 生物が微生物である項1に記載の方法。
【0010】
項3. 微生物が糸状菌である項2に記載の方法。
【0011】
項4. 微生物がアスペルギルス属微生物である項3に記載の方法。
【0012】
項5. 培養に使用する培地が、鉄濃度2ppm以下の基礎となる培地にもろみまたはその粕のプロテアーゼ分解物を添加したものである項1〜4のいずれかに記載の方法。
【0013】
項6. 培養に使用する培地の鉄濃度が2ppm以下である項1〜5のいずれかに記載の方法。
【0014】
項7. もろみまたは粕が、清酒、焼酎、味醂、ビールからなる群より選ばれる少なくとも1種の酒類のもろみまたは粕である項1〜6のいずれかに記載の方法。
【0015】
項8. 培地が液体培地である項1〜7のいずれかに記載の方法。
【0016】
項9. もろみまたは粕が粕であり、培地中の粕のプロテアーゼ分解物の含有量が、乾燥重量に換算して、0.05〜5w/v%である項8に記載の方法。
【0017】
項10. もろみまたは粕がもろみであり、培地中のもろみのプロテアーゼ分解物の含有量が、乾燥重量に換算して、0.05〜5w/v%である項8に記載の方法。
【0018】
項11. 培地が固体培地である項1〜7のいずれかに記載の培地。
【0019】
項12. もろみまたは粕が粕であり、培地中の粕のプロテアーゼ分解物の含有量が、乾燥重量に換算して、0.05〜5重量%である項11に記載の方法。
【0020】
項13. もろみまたは粕がもろみであり、培地中のもろみのプロテアーゼ分解物の含有量が、乾燥重量に換算して、0.05〜5重量%である項11に記載の方法。
【0021】
項14. 鉄により生産が抑制される生物生産物が、シデロフォア、又はレクチンである項1〜13のいずれかに記載の方法。
【0022】
項15. 醸造により得られるもろみ又はその粕のプロテアーゼ分解物を含む、鉄により生産が抑制される生物生産物の製造用の培地。
【0023】
項16. 鉄濃度2ppm以下の基礎となる培地にもろみまたはその粕のプロテアーゼ分解物を添加したものである項15に記載の培地。
【0024】
項17. 鉄濃度が2ppm以下である項15又は16に記載の培地。
【0025】
項18. もろみまたは粕が、清酒、焼酎、味醂、ビールからなる群より選ばれる少なくとも1種の酒類のもろみまたは粕である項15〜17のいずれかに記載の培地。
【0026】
項19. 培地が液体培地である項15〜18のいずれかに記載の培地。
【0027】
項20. もろみまたは粕が粕であり、粕のプロテアーゼ分解物の含有量が、乾燥重量に換算して、0.05〜5w/v%である項19に記載の培地。
【0028】
項21. もろみまたは粕がもろみであり、もろみのプロテアーゼ分解物の含有量が、乾燥重量に換算して、0.05〜5w/v%である項19に記載の培地。
【0029】
項22. 培地が固体培地である項15〜18のいずれかに記載の培地。
【0030】
項23. もろみまたは粕が粕であり、粕のプロテアーゼ分解物の含有量が、乾燥重量に換算して、0.05〜5重量%である項22に記載の培地。
【0031】
項24. もろみまたは粕がもろみであり、もろみのプロテアーゼ分解物の含有量が、乾燥重量に換算して、0.05〜5重量%である項22に記載の培地。
【0032】
項25. 鉄により生産が抑制される生物生産物が、シデロフォア、又はレクチンである項15〜24のいずれかに記載の培地。
【0033】
項26. 基礎となる培地に、醸造により得られるもろみ又はその粕のプロテアーゼ分解物を添加する、鉄により生産が抑制される生物生産物の製造用の培地の製造方法。
【0034】
項27. 基礎となる培地の鉄濃度が2ppm以下である項26に記載の方法。
【0035】
項28. 得られる培地の鉄濃度が2ppm以下となるように、基礎となる培地に、醸造により得られるもろみ又はその粕のプロテアーゼ分解物を添加する、項26又は27に記載の方法。
【0036】
項29. もろみまたは粕が、清酒、焼酎、味醂、ビールからなる群より選ばれる少なくとも1種の酒類のもろみまたは粕である項26〜28のいずれかに記載の方法。
【0037】
項30. 培地が液体培地である項26〜29のいずれかに記載の方法。
【0038】
項31. もろみまたは粕が粕であり、得られる培地中の粕のプロテアーゼ分解物の含有量が、乾燥重量に換算して、0.05〜5w/v%となるように基礎となる培地に粕のプロテアーゼ分解物を添加する項30に記載の方法。
【0039】
項32. もろみまたは粕がもろみであり、得られる培地中のもろみのプロテアーゼ分解物の含有量が、乾燥重量に換算して、0.05〜5w/v%となるように基礎となる培地にもろみのプロテアーゼ分解物を添加する項30に記載の方法。
【0040】
項33. 培地が固体培地である項26〜29のいずれかに記載の方法。
【0041】
項34. もろみまたは粕が粕であり、得られる培地中の粕のプロテアーゼ分解物の含有量が、乾燥重量に換算して、0.05〜5重量%となるように基礎となる培地に粕のプロテアーゼ分解物を添加する項33に記載の方法。
【0042】
項35. もろみまたは粕がもろみであり、得られる培地中のもろみのプロテアーゼ分解物の含有量が、乾燥重量に換算して、0.05〜5重量%となるように基礎となる培地にもろみのプロテアーゼ分解物を添加する項33に記載の方法。
【0043】
項36. 鉄により生産が抑制される生物生産物が、シデロフォア、又はレクチンである項26〜35のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0044】
清酒や焼酎などの醸造に代表される、穀類を用いた醸造により得られるもろみ、又はその粕のプロテアーゼ分解物を含む培地を用いて生物を培養することにより、その生物による、鉄により生産が抑制される物質の生産の効率が著しく向上する。
【0045】
特に、醸造粕は、産業廃棄物であるため、これを培地成分として有効利用すれば、鉄により生産が抑制される物質を、低コストで製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0046】
(I)鉄により生産が抑制される生物生産物の製造のための培地
本発明の培地は、鉄により生産が抑制される生物生産物の製造のための培地であって、穀類を用いた醸造により得られるもろみまたはその粕のプロテアーゼ分解物を含む培地である。
【0047】
鉄により生産が抑制される生物生産物としては、代表的には、フェリクロームなどのシデロフォアが挙げられる。例えば、麹菌の生産するデフェリフェリクリシンがこれに該当する。また、麹菌が生産するレクチン(フコース特異的レクチン)も、鉄により生産が抑制される物質である。
【0048】
穀類の種類は、特に限定されず、米、麦、そば、あわなど、醸造に用いられる穀類を制限なく使用することができる。例えば、米を用いた醸造により得られるもろみ・粕としては、清酒もろみ・粕(普通もろみ・粕、液化もろみ・粕)、焼酎もろみ・粕、味醂もろみ・粕などが挙げられるが、一般に精白度が高い清酒、味醂のもろみ・粕が好ましい。この他、麦を用いた焼酎やビールの醸造のもろみ・粕を用いることもできる。
【0049】
本発明において、もろみは、穀類、水に麹若しくは酵母、又はその両方を混合して発酵させたもの、発酵中のもの、及び仕込んだ直後のものをいう。また、粕は、もろみから液体部(例えば酒類)を搾ったあとに残る固形物をいう。
【0050】
もろみまたは粕のプロテアーゼ分解物は、例えば、以下のようにして得ることができる。粕は、固体であるため、水やバッファーを添加して流動状にしたものにプロテアーゼを作用させればよい。また、もろみは液状または流動状であるため、そのままプロテアーゼを作用させればよい。プロテアーゼの作用温度、時間は、特に限定されず、そのプロテアーゼが活性を示す条件とすればよい。
【0051】
プロテアーゼの種類は特に限定されず、公知のプロテアーゼを制限なく使用できる。また、プロテイナーゼ(エンドペプチダーゼ)を用いてタンパク質をペプチドにまで分解してもよく、ペプチダーゼ(エキソペプチダーゼ)を用いてタンパク質をアミノ酸にまで分解してもよい。培養する微生物が利用できる程度にタンパク質が分解されていればよい。
【0052】
粕含有液、またはもろみにプロテアーゼを作用させて得られる産物をそのまま培地に添加しても良い。このプロテアーゼ分解物の中には、タンパク質がプロテアーゼにより分解されて生じたアミノ酸やペプチド、水溶性タンパク質の未分解物、少量のアルコールのような水溶性成分と、水不溶性タンパク質、穀類残渣、麹菌や酵母のような水不溶性成分とが含まれる。アルコールは少量しか含まれないため、生物の生育を実質的に阻害しない。
【0053】
また、粕含有液、またはもろみにプロテアーゼを作用させて得られる産物を濾過または遠心分離して水不溶性成分を除去し、残った水溶性成分を添加しても良い。液体培地にプロテアーゼ分解物を添加する場合は、目的生産物を単離し易くするため、水不溶性成分を除去しておくことが好ましい。
【0054】
粕、又はもろみのプロテアーゼ分解物をそのまま培地に添加する場合も、水不溶性成分を除去したものを培地に添加する場合も、さらに乾燥してから添加することができる。これにより、添加量を正確に制御することができる。
【0055】
培地中のもろみまたは粕のプロテアーゼ分解物の含有量は、プロテアーゼ分解物の乾燥重量に換算して、液体培地の場合は、0.05〜5w/v%程度であることが好ましく、0.2〜1.5w/v%程度であることがより好ましく、0.3〜0.7w/v%程度であることがさらにより好ましい。また、固体培地の場合は、0.05〜5重量%程度であることが好ましく、0.2〜1.5重量%程度であることがより好ましく、0.3〜0.7重量%程度であることがさらにより好ましい。上記範囲であれば、生物の増殖を十分に促進するとともに、得られる培地中の上記プロテアーゼ分解物に由来する鉄含有量が多くなりすぎることがなく、その結果、目的生産物を効率よく得ることができる。
【0056】
本発明の培地は、基礎となる培地に上記プロテアーゼ分解物を添加することにより得られる。基礎となる培地は、鉄含有量が2ppm以下のものを用いることが好ましく、1ppm以下のものを用いることがより好ましく、鉄を実質的に含まないことがさらにより好ましい。その他の成分は特に限定されない。合成培地を用いれば、鉄含有量を制御し易い。もろみまたは粕のプロテアーゼ分解物を添加することにより、生物の生育に必要な窒素量を十分に確保できるため、合成培地のような貧栄養培地を用いても十分な生物生育速度が得られる。
【0057】
基礎となる培地としては、液体培地では、代表的には、真菌類の培養に汎用される培地であるツァペックドックス培地であって鉄を含まないものが挙げられる。また、固体培地としては、蒸米等が挙げられる。
(II)鉄により生産が抑制される生物生産物の製造方法
本発明の方法は、鉄により生産が抑制される生物生産物の製造方法であって、穀類を用いた醸造により得られるもろみまたはその粕のプロテアーゼ分解物を含む培地を用いて生物を培養する工程と、培養物から鉄により生産が抑制される生物生産物を回収する工程とを含む方法である。
【0058】
生物は、培地で培養されるものであればよく、微生物、植物の細胞や組織、動物の細胞や組織などが挙げられる。代表的には微生物であり、中でも真菌が好ましく、糸状菌がより好ましく、アスペルギルス属糸状菌がさらにより好ましい。
【0059】
培地は上記説明したものを用いる。培養方法は、回分、流加、連続などのいずれの方法であってもよい。培養温度は、使用する生物の生育、及び目的物質の生産に適した温度とすればよい。培養時間は、生物及び目的物質の種類に応じて適宜決める事ができる。
【0060】
例えば、全体重量に対して清酒粕のプロテアーゼ分解物を乾燥重量に換算して0.5w/v%程度含むツァペックドックス培地を用いて、アスペルギルス・オリゼの培養によりデフェリフェリクリシンを生産する場合は、25〜35℃程度で3〜7日間程度培養すればよい。また、同様の培地を用いて、アスペルギルス・オリゼの培養によりフコース特異的レクチンを生産する場合は、25〜35℃程度で3日間〜7日間程度培養すればよい。
【0061】
目的生産物は、培地ごと回収することもできるが、さらに公知の手段により精製してもよい。
実施例
以下、本発明を実施例を示してより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
実施例1(窒素源の種類の検討)
(1―1)供試菌株
麹菌アスペルギルス・オリゼO−1013株(平成9年11月20日にFERM P−16528として独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(日本国茨城県つくば市東1-1-1 つくばセンター中央第6)に寄託済み)、及びアスペルギルス・オリゼO−1018株(平成8年9月4日にFERM P−15834として独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託済み)を用いた。
(1―2)清酒粕のプロテアーゼ分解物の調製
液化粕の凍結乾燥品10 gに蒸留水50mlを加え均一にし、市販プロテアーゼであるサモアーゼ(アマノエンザイム社製)を0.2g加え60℃で3時間攪拌しながら反応させた。100℃で10分加熱し酵素を失活させた後、遠心分離により不溶性の残渣を除去し、上清液を凍結乾燥し、液化粕サモアーゼ分解物の乾燥粉末を得た。
(1―3)培地の調製
培地1:基本培地としては、鉄制限ツァペックドックス培地 (0.2w/v% NaNO, 0.1w/v%KHPO, 0.05w/v%KCl, 0.05w/v%MgSO・7HO, 2w/v% glucose, pH 6.0)を用いた。
培地2:鉄含有の対照培地として、上記鉄制限ツァペックドックス培地に最終濃度0.001w/v%となるようにFeSO・7HOを添加した培地を調製した。
培地3:上記鉄制限ツァペックドックス培地にカザミノ酸(Difco社製)を最終濃度0.5w/v%となるように添加した。
培地4:上記鉄制限ツァペックドックス培地にイーストエキス(Difco社製)を最終濃度0.5w/v%となるように添加した。
培地5:上記鉄制限ツァペックドックス培地にダイゴポリペプトン(日本製薬社製)を最終濃度0.5w/v%となるように添加した。
培地6:上記鉄制限ツァペックドックス培地に液化粕サモアーゼ分解物を最終濃度0.5w/v%となるように添加した。
培地7:上記鉄制限ツァペックドックス培地にスピルリナ(大日本インキ社製)を最終濃度0.5w/v%となるように添加した。
(1―4)培養
上記2麹菌株を保存スラントからポテトデキストロースアガープレート(ニッスイ社製)に塗布し、胞子を形成させた。各株の胞子を回収し、上記の各培地40mlに10個/ml胞子を植菌し、30℃で7日間、振盪培養した。
(1―5)菌体湿重量の測定
培養終了後の菌糸を回収し、乾いた布を用いて水分を搾り取った後の菌体湿重量を測定した。これを培養液の液量で除し、培地あたりの菌体湿重量(mg/ml―broth)を算出した。
(1―6)デフェリフェリクリシン生産量の測定
培養上清100μlに10μlの0.2M クエン酸バッファー(pH4.0)、10μlの3000ppm FeCl溶液を添加し、デフェリフェリクリシン(Dfcy)に鉄をキレートさせフェリクリシン(Fcy)とした。
【0062】
これをHPLC(SHIMADZU社製;Prominence)を用い逆相クロマト分析に供し、Fcyに特異的な吸収波長である波長430nmを指標にFcyピークを同定した。そのピーク面積からFcyの定量を行った。定量したFcy量に、分子量比より0.93(744/800)を乗じてDfcy量を算出した。
(1―7)フコース特異的レクチンの調製および活性測定
アスペルギルス・オリゼのフコース特異的レクチンを、Biosci.Biotechnol.Biochem.66,1002−1008(2002)に記載の方法に準拠して調製した。即ち、培養物から菌糸を回収し、1.0mM PMSFを含む50mMリン酸カリウムバッファー (pH7.0)中で海砂を用いて磨り潰し、細胞抽出液を得た。このホモジネートを10,000×gで10分間遠心し、上清を分離した。こうして得た細胞抽出液上清を用いフコース特異的レクチンの赤血球凝集活性を測定した。即ち、U型96穴マイクロプレートのウェル中で、50μlの500―7.8μg/mlの2倍希釈系列の細胞抽出液上清に50μlのウサギ赤血球2%(v/v)を加え、室温で1時間放置後、赤血球凝集を目視で判定し、最小凝集濃度を算出した。レクチン活性を1U(1%ウサギ赤血球に対して1mg/mlが最小凝集濃度である凝集素1μgの凝集活性)と定義し、各々の最小凝集濃度とたんぱく質量を乗じて得られた総活性を培地量で除することで培地あたり活性(U/dl)を各培地でのレクチン生産量として比較した。なお、細胞抽出液、赤血球溶液の希釈には50mM PBS(pH7.2)を用い、たんぱく質濃度の測定はブラッドフォード法で行い、BSA換算量として求めた。
(1―8)結果
培地容量当たりの菌体湿重量、培養上清中のDfcy濃度、培養上清中のフコースレクチン活性を、図1に示す。図1横軸の数値1〜7は培地1〜7を示す。アスペルギルス・オリゼO―1013株、及びO―1018株の双方において、液化粕サモアーゼ分解物を添加した培地では、その他の窒素源を添加した培地に比べて、Dfcy濃度、及びフコースレクチン濃度のいずれも格段に高かった。特にレクチンは、実質的には、窒素源として液化粕サモアーゼ分解物を使用した場合のみ生産された。特に、鉄含有量が少ないと考えられるカザミノ酸を添加した培地より、液化粕サモアーゼ分解物を添加した培地を使用する方が、Dfcy、及びレクチンの生産量が格段に高くなることは注目すべきことである。
【0063】
また、スピルリナやイーストエキスを添加した培地では、菌体湿重量が多くても、Dfcy、及びレクチンの生産量は低いが、液化粕サモアーゼ分解物を添加した培地を使用した場合は、菌体質重量が高く、かつDfcy生産量、及びレクチン生産量も高かった。
【0064】
実施例2(分解酵素の種類の検討)
(2―1)供試菌株
実施例1と同様である。
(2―2)清酒粕のプロテアーゼ分解物の調製
プロテアーゼ1:実施例1と同様にして、液化粕サモアーゼ(アマノエンザイム社製)分解物を調製した。
プロテアーゼ2:サモアーゼに代えてプロチンFA(アマノエンザイム社製)を用いた他は、実施例1と同様にした。
プロテアーゼ3:サモアーゼに代えてYP―SS(ヤクルト社製)を用いた他は、実施例1と同様にした。
プロテアーゼ4:サモアーゼに代えてスミチームLP(新日本化学工業社製)を用いた他は、実施例1と同様にした。
プロテアーゼ5:サモアーゼに代えてプロテアーゼSアマノ(アマノエンザイム社製)を用いた他は、実施例1と同様にした。
プロテアーゼ6:サモアーゼに代えてトリプシン(和光純薬社製)を用いた他は、実施例1と同様にした。
(2―3)培地組成
実施例1と同様の、鉄制限ツァペックドックス培地 (0.2w/v%NaNO, 0.1w/v%KHPO, 0.05w/v%KCl, 0.05w/v%MgSO・7HO, 2w/v%glucose, pH6.0)を用いた。これに、液化粕の各種プロテアーゼ分解物を全体に対して0.5w/v%添加した。
(2―4)培養
実施例1と同様にした。
(2―5)菌体湿重量測定・Dfcy濃度測定・フコース特異的レクチンの調製および活性測定
実施例1と同様にした。
(2―6)フコース特異的レクチンの生産量の確認
実施例1と同様にして、培養物から菌糸を回収し、1.0mM PMSFを含む50mMリン酸カリウムバッファー(pH7.0)中で海砂を用いて磨り潰し、細胞抽出液を得た。この細胞抽出液上清を各レーン5μgとなるようにSDS―PAGEに供しフコース特異的レクチンの生産量を確認した。精製フコース特異的レクチンはSDS―PAGEにおいて単一バンドを与えることが上記文献によって示されておりその分子量は35,000である。分子量35,000の位置に出現するバンドから、各種培養におけるフコース特異的レクチンの生産性を比較した。
(2―7)結果
菌体湿重量、Dfcy濃度、及びレクチン活性の結果を図2に示す。図2横軸の数値1〜6は、プロテアーゼ1〜6を示す。また、細胞抽出液のSDS―PAGEの結果を図3に示す。いずれのプロテアーゼを用いた場合も、高い菌体湿重量、及びDfcy濃度が得られた。また、レクチン活性は、プロテアーゼ3(YP―SS)及びプロテアーゼ4(スミチームLP)を用いた場合に、他のプロテアーゼを用いる場合より低かったが、SDS―PAGEにより、プロテアーゼ3、4を用いる場合にもレクチンが十分に生産されていることが分かる。細胞抽出液中に活性測定を阻害する因子が含まれているために測定できなかったと考えられる。
実施例3(粕の種類の検討)
(3―1)供試菌株
アスペルギルス・オリゼO−1018株を用いた。
(3―2)清酒粕のプロテアーゼ分解物の調製
粕として、清酒粕(普通粕および液化粕)、米焼酎粕、及び味醂粕をそれぞれ用いた。プロテアーゼSアマノ(アマノエンザイム社製)を用いて、実施例1と同様にして各種粕のプロテアーゼ分解物を得た。
(3―3)培地組成
基本培地としては、実施例1と同様の上記鉄制限ツァペックドックス培地を用いた。これに、各種粕のプロテアーゼ分解物を全体に対して0.5w/v%添加した。また、粕分解物を添加しない培地も対照として用いた。
(3―4)培養
実施例1と同様とした。
(3―5) 菌体湿重量測定・Dfcy濃度測定・フコース特異的レクチンの調製および活性測定
実施例1と同様とした。
(3―6)鉄濃度測定
各種粕プロテアーゼ分解物の0.1w/v%溶液を調製し、原子吸光(Perkin Elmer社製、AAnalyst800)にてFe含量を測定した。この結果から、各種粕プロテアーゼ分解物の粉末あたり、又は粕プロテアーゼ分解物を0.5w/v%添加した培地あたりの鉄含量を算出した。
(3―7)結果
菌体湿重量、Dfcy濃度、及びレクチン活性の結果を図4に示す。図4横軸の1は液化粕、2は普通粕、3は焼酎粕、4は味醂粕のプロテアーゼ分解物を全体に対して0.5w/v%添加した培地での各値、5は粕分解物を添加しない培地での各値を示す。また、各種粕のプロテアーゼ分解物の鉄濃度を以下の表1に示す。
【0065】
【表1】


【0066】
いずれの粕を用いた場合も、菌体湿重量、Dfcy濃度、及びレクチン活性が高かった。表1によれば、焼酎粕には比較的高濃度の鉄が含まれるが、Dfcy及びレクチンの生産量は、その他の粕を用いた場合と余り変わらなかった。このことから、添加するプロテアーゼ分解物由来の鉄量が培地あたりの鉄濃度に換算して1ppm程度では、鉄制限がかからず、Dfcy及びレクチンの生産量に影響しないことが分かる。粕やもろみの鉄含量が低いことだけが、これらの物質生産に寄与しているのではなく、粕分解物を添加することにより、ペプチドやアミノ酸を鉄含量が低い状態で添加することができたため、鉄により生産が抑制されたと考えられる。
実施例4(清酒粕のプロテアーゼ分解物添加量の検討)
(4―1)供試菌株
アスペルギルス・オリゼO−1013株を用いた。
(4―2)清酒粕のプロテアーゼ分解物の調製
実施例1と同様にして、液化粕サモアーゼ(アマノエンザイム社製)分解物の乾燥粉末を調製した。
(4―3)培地組成
実施例1と同様の、鉄制限ツァペックドックス培地 (0.2w/v%NaNO, 0.1w/v%KHPO, 0.05w/v%KCl, 0.05w/v%MgSO・7HO, 2w/v%glucose, pH6.0)を用いた。これに、液化粕のサモアーゼ分解物の乾燥粉末を全体に対して0.5〜1.5w/v%添加した。
(4―4)培養
実施例1と同様にした。
(4―5)Dfcy濃度測定
実施例1と同様にした。
(4―6)結果
Dfcy濃度の結果を図5に示す。図5横軸の数値は、清酒粕のプロテアーゼ分解物の添加濃度w/v%を示す。いずれの濃度で清酒粕のプロテアーゼ分解物を添加した場合も、高いDfcy濃度が得られた。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】菌体湿重量、デフェリフェリクリシン濃度、及びレクチン活性に対して、培地に添加する窒素源の種類が与える影響を示す図である。
【図2】菌体湿重量、デフェリフェリクリシン濃度、及びレクチン活性に対して、培地に添加する清酒粕分解物を生産する際のプロテアーゼの種類が与える影響を示す図である。
【図3】培地に添加する清酒粕分解物を生産する際のプロテアーゼの種類がレクチンたんぱく質の生産状況に与える影響をSDS―PAGEで示す図である。
【図4】菌体湿重量、デフェリフェリクリシン濃度、及びレクチン活性に与える粕の種類の影響を示す図である。
【図5】デフェリフェリクリシン濃度に与える清酒粕のプロテアーゼ分解物添加量の影響を示す図である。
【出願人】 【識別番号】000165251
【氏名又は名称】月桂冠株式会社
【出願日】 平成18年8月31日(2006.8.31)
【代理人】 【識別番号】100065215
【弁理士】
【氏名又は名称】三枝 英二

【識別番号】100076510
【弁理士】
【氏名又は名称】掛樋 悠路

【識別番号】100118382
【弁理士】
【氏名又は名称】多田 央子


【公開番号】 特開2008−54579(P2008−54579A)
【公開日】 平成20年3月13日(2008.3.13)
【出願番号】 特願2006−235303(P2006−235303)