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【発明の名称】 4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルの製造方法
【発明者】 【氏名】二宮 康裕

【氏名】渡邉 健

【氏名】斉藤 隆幸

【氏名】滝川 優弥

【氏名】佐藤 栄治

【要約】 【課題】高濃度な4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルを得る製造方法を提供する。

【構成】1,3−ジハロ−2−プロパノールとシアニドドナーとから、酵素反応によって4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルを製造する方法において、反応開始後、反応系内の4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルが0.3mol/kgとなった以降、反応系内の1,3−ジハロ−2−プロパノールの濃度を0.8mol/kgを超えないようにすることを特徴とする、4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルの製造方法。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
1,3−ジハロ−2−プロパノールとシアニドドナーとから、酵素反応によって4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルを製造する方法において、酵素反応を開始し、反応系内の4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルの濃度が、0.3mol/kgとなった以降、反応系内の1,3−ジハロ−2−プロパノールの濃度を、0.8mol/kgを超えないようにすることを特徴とする、4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルの製造方法。
【請求項2】
1,3−ジハロ−2−プロパノールが0.01〜0.8mol/kgとなるよう、1,3−ジハロ−2−プロパノールを添加する、請求項1記載の方法。
【請求項3】
酵素反応中、シアニドドナーが0.05mol/kg以上となるように維持する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
酵素反応中、シアニドドナーが0.05〜1.5mol/kgとなるように維持する、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
1,3−ジハロ−2−プロパノールと酵素が接触する前に、シアニドドナーを反応系内に存在させておく、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
酵素が、ハロヒドリンエポキシダーゼである、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
ハロヒドリンエポキシダーゼが、コリネバクテリウム(Corynebacterium) sp.N−1074のハロヒドリンエポキシダーゼ遺伝子(hheB)由来するものである、請求項6記載の方法。
【発明の詳細な説明】【技術分野】
【0001】
本発明は、1,3−ジハロ−2−プロパノールとシアニドドナーとから、酵素反応により4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルを製造する方法に関する。4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルは、種々の医薬品や生理活性物質の合成原料として有用な物質であり、特にL−カルニチンの合成原料として有用である。
【背景技術】
【0002】
1,3−ジハロ−2−プロパノールとシアニドドナーとから、酵素反応により4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルを製造するに際し、使用される酵素として、ハロヒドリンエポキシダーゼが例示できる。
【0003】
ハロヒドリンエポキシダーゼとしては、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属、ミクロバクテリウム(Microbacterium)属、アグロバクテリウム(Agrobacterium)属、オウレオバクテリウム(Aureobacterium)属に属する微生物が産生する酵素が知られている。
【0004】
本出願人らは、先にコリネバクテリウム属、ミクロバクテリウム属、オウレオバクテリウム属の脱ハロゲン化酵素の作用により、1,3−ジハロ−2−プロパノールから光学活性4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルを製造する方法(特許文献1、特許文献2参照)、及びエピハロヒドリンから光学活性4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルを製造する方法(特許文献3参照)を提案している。さらに遺伝子組換え技術を利用し、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属由来のハロヒドリンエポキシダーゼ酵素遺伝子DNAを有する組換えベクターを得、この組換えベクターを導入した形質転換体を使用し3−ヒドロキシブチロニトリルを製造することに成功している(特許文献4、特許文献5、非特許文献1参照)。
【0005】
また、Janssenらはアグロバクテリウム ラジオバクター(Agrobacterium radiobacter) AD1株、マイコバクテリウム(Mycobacterium)sp.GP1、アースロバクター(Arthrobacter)sp.AD2が産生するハロヒドリンエポキシダーゼを見出している。アグロバクテリウム ラジオバクター(Agrobacterium radiobacter) AD1株においては、その酵素の立体構造を明らかにしている。(非特許文献2,3)
【0006】
しかしながら、上述の酵素を用いた4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルの製造方法においては、得られる該ニトリルの蓄積濃度は0.1mol/kg程度と生産性が低く、工業的に好適な方法ではなかった。
【特許文献1】特許第2840722号公報
【特許文献2】特開第2001−25397号公報
【特許文献3】特許第2840723号公報
【特許文献4】特許第3073037号公報
【特許文献5】特許第3026367号公報
【非特許文献1】Biosci. Biotech. Biochem.,58(8), 1451-1457,1994
【非特許文献2】The EMBO Journal.,22(19), 4933-4944, 2003
【非特許文献3】J.Bacteriology 183(17), 5058-5066, 2001
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、生産性が高く、工業的に好適な4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために、酵素法による4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルの製造方法について検討した。その過程において、4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルを蓄積させようとした際、該ニトリルが反応系内に0.3mol/kg以上、蓄積した時点で反応が突然停止することが分かった。
【0009】
この問題を解決するために鋭意検討を行った結果、4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルが0.3mol/kg生成した時点以降、1,3−ジハロ−2−プロパノールの濃度が0.8mol/kgを超えないように制御することにより、反応が停止することなく、高濃度に4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルを蓄積できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、
(1)1,3−ジハロ−2−プロパノールとシアニドドナーとから、酵素反応によって4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルを製造する方法において、酵素反応を開始し、反応系内の4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルの濃度が、0.3mol/kgとなった以降、反応系内の1,3−ジハロ−2−プロパノールの濃度を、0.8mol/kgを超えないようにすることを特徴とする、4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルの製造方法。
(2)1,3−ジハロ−2−プロパノールが0.01〜0.8mol/kgとなるよう、1,3−ジハロ−2−プロパノールを添加する、前記(1)記載の方法。
(3)酵素反応中、シアニドドナーが0.05mol/kg以上となるように維持する、前記(1)又は(2)に記載の方法。
(4)酵素反応中、シアニドドナーが0.05〜1.5mol/kgとなるように維持する、前記(1)〜(3)のいずれか1つに記載の方法。
(5)1,3−ジハロ−2−プロパノールと酵素が接触する前に、シアニドドナーを反応系内に存在させておく、前記(1)〜(4)のいずれか1つに記載の方法。
(6)酵素が、ハロヒドリンエポキシダーゼである、前記(1)〜(5)のいずれか1つに記載の方法。
(7)ハロヒドリンエポキシダーゼが、コリネバクテリウム(Corynebacterium) sp.N−1074のハロヒドリンエポキシダーゼ遺伝子(hheB)由来するものである、前記(6)に記載の方法。である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、反応系内に4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルを高濃度で蓄積させることができるため、生産性が高く、工業的に好適な4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルの製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明に関して詳細に説明する。
本発明に係る4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルの製造方法(以下、単に「本製造方法」と称す)とは、水及びハロヒドリンエポキシダーゼを含む反応溶媒中で、1,3−ジハロ−2−プロパノールとシアニドドナーとから、酵素反応により4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルを製造する方法である。
【0013】
(1)4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリル
4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルとは、下記一般式(1)で表される化合物のことをいう。
【0014】
【化1】


(式中、Xはハロゲン原子を示す。具体的にはフッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子であり、塩素原子、臭素原子が好ましく、塩素原子が最も好ましい。*は不斉炭素を示し、その立体配置は(R)体、(S)体、ラセミ体のいずれでも構わないが、(R)体が好ましい。)
【0015】
具体的には4−フルオロ−3−ヒドロキシブチロニトリル、4−クロロ−3−ヒドロキシブチロニトリル、4−ブロモ−3−ヒドロキシブチロニトリル、4−ヨード−3−ヒドロキシブチロニトリルが挙げられ、好ましくは4−クロロ−3−ヒドロキシブチロニトリル、4−ブロモ−3−ヒドロキシブチロニトリルである。
【0016】
また、光学活性4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルとは、一方の鏡像異性体(例えばR体)が他方の鏡像異性体(例えばS体)より多く含まれている4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルのこと、または、いずれか一方の鏡像異性体のみからなる4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルのことをいう。なお、4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルがいずれか一方の鏡像異性体のみからなる場合、光学純度100%という。
【0017】
(2)ハロヒドリンエポキシダーゼ
本製造方法に際して使用される酵素としては、ハロヒドリンエポキシダーゼが挙げられる。ハロヒドリンエポキシダーゼとは、下記一般式(2)で表される1,3−ジハロ−2−プロパノールを脱ハロゲン化水素し、下記一般式(3)で表されるエピハロヒドリンを合成する活性、及びその逆反応を触媒する活性を有する酵素(EC number: 4.5.1.-)を意味する。
【0018】
【化2】


(式中、X、Xはハロゲン原子を示す。フッ素、塩素、臭素、ヨウ素が好ましく、塩素、臭素が特に好ましい。具体的には1,3−ジフルオロ−2−プロパノール、1,3−ジクロロ−2−プロパノール、1,3−ジブロモ−2−プロパノール、1,3−ジヨード−2−プロパノール等が挙げられ、好ましくは、1,3−ジクロロ−2−プロパノール、1,3−ジブロモ−2−プロパノールである。)
【0019】
【化3】


(式中、Xはハロゲン原子を示し、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素が好ましく、塩素、臭素が特に好ましい。具体的にはエピフルオロヒドリン、エピクロロヒドリン、エピブロモヒドリン、エピヨードヒドリン等が挙げられ、特に好ましくはエピクロロヒドリン、エピブロモヒドリンである。)
【0020】
この酵素を産生する微生物としては、コリネバクテリウム(Corynebacterium)sp.N-1074(FERM BP-2643)、ミクロバクテリウム(Microbacterium)sp.N-4701(FERM BP-2644)、アグロバクテリウム ラジオバクター(Agrobacterium radiobacter) AD1、マイコバクテリウム(Mycobacterium)sp.GP1、アースロバクター(Arthrobacter)sp.AD2等が挙げられる。
【0021】
特に好ましい微生物は、コリネバクテリウム(Corynebacterium)sp.N-1074(FERM BP-2643)である。
【0022】
ハロヒドリンエポキシダーゼは、例えば、GenBankに公表されており、コリネバクテリウム(Corynebacterium)sp.N-1074由来のハロヒドリンエポキシダーゼ遺伝子(hheB)のAccession番号はD90350である。
【0023】
前記ハロヒドリンエポキシダーゼは、上記微生物からの抽出によって調製することができる。また、ハロヒドリンエポキシダーゼをコードする遺伝子をクローニングし、当該遺伝子を組み込んで作製した遺伝子組換え微生物によっても生産することができる。さらに天然型のハロヒドリンエポキシダーゼ遺伝子を改変し、酵素機能を改変したハロヒドリンエポキシダーゼについても、本発明に用いることができる。
【0024】
酵素の抽出は常法によって実施すればよく、調製物にはハロヒドリンエポキシダーゼ以外の成分が含まれていても反応に悪影響を与えなければ特に精製する必要はない。ハロヒドリンエポキシダーゼ遺伝子を組み込んで作成した遺伝子組換え微生物を培養して得られるハロヒドリンエポキシダーゼが、調製が容易なことから好ましく使用される。
また、形質転換に用いる宿主微生物としては大腸菌(Escherichia coli)あるいはロドコッカス(Rhodococcus)属細菌に属する微生物が挙げられるが、特にこれらに限定されるものではなく、他の宿主微生物を用いることも出来る。
【0025】
前記ハロヒドリンエポキシダーゼを生産する微生物を培養するための培地としては、通常これらの微生物が生育し得るものであれば何れのものでも使用できる。炭素源としては、例えば、グルコース、シュークロース、マルトースやフルクトース等の糖類、酢酸、クエン酸やフマル酸等の有機酸あるいはその塩、またはエタノールやグリセロール等のアルコール類等を使用できる。窒素源としては、例えば、ペプトン、肉エキス、酵母エキスやアミノ酸等の一般天然窒素源の他、各種無機、有機酸アンモニウム塩等が使用できる。その他、硫酸、塩酸、燐酸やホウ酸などの無機酸あるいはその塩、用いられる微生物が利用可能なナトリウム、マグネシウム、カリウム、カルシウムなどを含む無機塩、鉄、マンガン、亜鉛、コバルト、ニッケル微量金属塩、微生物育成促進剤としてビタミンB1、B2、C、K等のビタミン等が必要に応じて適宜添加される。本発明の微生物の培養は、通常は液体培養で行われるが、固体培養によっても行うことができる。
【0026】
培養は10〜50℃の温度で、pH 2〜11の範囲で行われる。微生物の生育を促進させるために通気攪拌を行ってもよい。培養により得られた微生物は、培養液そのまま若しくは該培養物から遠心分離等の集菌操作によって得られる微生物菌体、若しくは菌体処理物(例えば、菌体破砕物、粗酵素、精製酵素)あるいは常法により固定化した菌体または菌体処理物の形で、ハロヒドリンエポキシダーゼとして利用することができる。
【0027】
(3)シアニドドナー
シアニドドナーとは、反応液中に添加した際にシアンイオン(CN)又はシアン化水素を生じる化合物を意味し、特に制限されないが、シアン化水素(HCN)、シアン化カリウム(KCN)、シアン化ナトリウム(NaCN)、アセトンシアンヒドリン(ACH)が例示される。シアン化水素、シアン化カリウム、シアン化ナトリウムが好ましく使用される。
【0028】
(4)酵素反応
本製造方法の酵素反応は、水または緩衝液へ、シアニドドナー、1,3−ジハロ−2−プロパノール及びハロヒドリンエポキシダーゼを反応系に添加することにより開始する。緩衝液としては、例えば、青酸、リン酸、ホウ酸、クエン酸、グルタル酸、リンゴ酸、マロン酸、o−フタル酸、コハク酸又は酢酸等の塩等によって構成される緩衝液、トリス緩衝液あるいはグッド緩衝液等が例示される。その内、青酸とその塩によって構成される緩衝液、トリス緩衝液が好ましい。緩衝剤由来の不純物が混入しない点で、青酸とその塩によってのみ構成される緩衝液が特に好ましい。
【0029】
上記緩衝液への、シアニドドナー、1,3−ジハロ−2−プロパノール、ハロヒドリンエポキシダーゼの投入順序については、特に制限されないが、1,3−ジハロ−2−プロパノールとハロヒドリンエポキシダーゼが接触する前に、反応系内にシアニドドナーを存在させておくことが、反応開始時に高い反応速度を得られる点、及びエピハロヒドリンの副生を抑えることができる点で好ましい。存在させておくシアニドドナーの濃度は、反応開始時において、0.01〜1.5mol/kgが好ましく、0.8〜1.5mol/kgがより好ましい。シアニドドナーの濃度は1.5mol/kgを超えると酵素の安定性の観点から好ましくない。
【0030】
1,3−ジハロ−2−プロパノールは、反応開始時において0.01mol/kg以上となるように予め反応系内に存在させておくことが、反応開始時に高い反応速度を得られる点で好ましい。反応開始時から4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルが0.3mol/kg蓄積するまでの間、1,3−ジハロ−2−プロパノールの濃度は特に制限されないが、酵素の安定性の観点から1mol/kg以下とするのが好ましい。
【0031】
ここで、4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルが、反応系内に0.3mol/kg蓄積した時点で、1,3−ジハロ−2−プロパノールの濃度が0.8mol/kgを超えている場合には、水やシアニドドナーなどを添加し、1,3−ジハロ−2−プロパノールの濃度が0.8mol/kg以下となるように調整する。それ以降、反応速度向上、高生産性の観点から1,3−ジハロ−2−プロパノールを0.8mol/kgを超えないように追添加することがさらに好ましい。0.01〜0.8mol/kgとなるように追添加することがさらに好ましい。
【0032】
また、シアニドドナーは反応進行により消費されるため、追添加することが好ましい。その場合、反応系内に0.05mol/kg以上存在させておくよう、追添加することが好ましいが、酵素の安定性の観点から1.5mol/kgを超えないようにすることが好ましい。
【0033】
シアニドドナーの使用量は、最終的に使用する1,3−ジハロ−2−プロパノールの1〜2当量とすることが、反応速度の向上、及びシアニドドナーの効率的な利用の観点から好ましい。
【0034】
ここで、最終的に使用する1,3−ジハロ−2−プロパノールの量とは、反応開始から反応終了までに使用した1,3−ジハロ−2−プロパノールの全量のことを意味する。
【0035】
酵素反応時の温度は、0〜30℃とすることが酵素の安定性が良く、円滑に反応が進行する点から好ましい。
【0036】
反応が進行するに従い、反応液中にハロゲン化水素が生成するためpHが低下していく。よって、反応系内にアルカリを追添加することにより、系内のpHを酵素の活性が発揮される領域に調整、維持することが好ましい。そのpHは7.0以上とすることが反応の円滑な進行の点から好ましく、8.5以下とすることが副反応の抑制の点から好ましい。
【0037】
使用するアルカリとしては、ハロゲン化水素と塩を形成し、その塩の水溶液が酵素の活性が発揮されるpH領域にあるものであれば特に制限されず、例えば、アルカリ金属またはアルカリ土類金属またはアンモニアの、水酸化物あるいは弱酸との塩が例示される。水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニア水、シアン化ナトリウム、シアン化カリウムが好ましい。アルカリの使用形態としては、特に制限されないが、取り扱いの容易さから水溶液が好ましい。
【0038】
ハロヒドリンエポキシダーゼの使用量は特に制限されず、反応が円滑に進行する量を使用すればよい。例えば、反応開始時において反応液1gあたり1U〜1000U使用することができる。ここで、1U(ユニット)とは、20℃、pH8.0の緩衝液中において、1,3−ジクロロ−2−プロパノールから1分間に1μmolのエピクロロヒドリンを生成することができる酵素量のことを意味する。
【0039】
反応系内の1,3−ジハロ−2−プロパノール、及び4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルの濃度は、例えば高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によって定量することができる。また、反応系内のシアニドドナーの濃度は、例えば滴定によって定量することができる。これらの定量結果を反応進行の指標として、追添加する1,3−ジハロ−2−プロパノール及びシアニドドナーの量を決定することができるが、以下に示す方法で1,3−ジハロ−2−プロパノール及びシアニドドナーの濃度をより容易に管理できる。
【0040】
つまり、反応開始以降、pHコントローラーを用いてpHを一定に維持すると、生成したハロゲン化水素と理論上、等モル、すなわち反応により消費された1,3−ジハロ−2−プロパノール及びシアニドドナーと理論上等モルのアルカリが投入される。このアルカリの投入量が反応進行の指標となるので、反応系に1,3−ジハロ−2−プロパノール及びシアニドドナーを追添加する際の目安とすることができる。
【0041】
例えば、反応開始時に1,3−ジハロ−2−プロパノールを0.5mol/kg、シアニドドナーを1mol/kgとした際に、反応開始時以降、pHコントローラーを用いてpHを一定に維持することにより投入されるアルカリと等モルの1,3−ジハロ−2−プロパノール、及びシアニドドナーを追添加することで、1,3−ジハロ−2−プロパノールの濃度を0.5mol/kgを超えないよう、シアニドドナーの濃度を1mol/kgを超えないように維持できる。
【0042】
反応時間は、基質等の濃度、菌体濃度、又はその他の反応条件等によって適時選択するが、1〜120時間で反応が終了するように条件を設定するのが好ましい。
【0043】
上述の方法により、4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルを、途中で蓄積が停止することなく、反応系内に0.3mol/kgを超えて蓄積させることができる。反応液中に生成、蓄積した4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルは公知の方法を用いて採取及び精製することができる。例えば、反応液から遠心分離等の方法を用いて菌体を除いた後、酢酸エチルなどの溶媒で抽出を行い、減圧下に溶媒を除去することにより4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルのシロップを得ることができる。また、これらのシロップを減圧下に蒸留することによりさらに精製することもできる。
【0044】
5.基質の再利用
酵素反応終了後の反応液を蒸留することにより、未反応のシアニドドナー及び1,3−ジハロ−2−プロパノールを再度、本反応に利用することもできる。
【0045】
具体的には下記工程(3)に示すように、未反応のシアニドドナー及び1,3−ジハロ−2−プロパノールを回収し、再利用することが好ましい。すなわち、以下の工程を含む、4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルの製造方法である。
(1)シアニドドナーを含む水溶液に、1,3−ジハロ−2−プロパノール及び酵素を添加し、反応系内のシアニドドナーが0.05〜1.5mol/kg、1,3-ジハロ−2−プロパノールが0.01〜1mol/kgとなるように制御しながら、4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルを0.3mol/kgまで蓄積させ、
(2)前記工程(1)で4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルを0.3mol/kgまで蓄積した以降、反応系内の1,3-ジハロ−2−プロパノールの濃度を0.01〜0.8mol/kgとなるように管理し、
(3)前記工程(2)で得られた反応液を蒸留し、4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルを主成分とする水溶液と、未反応のシアニドドナー及び1,3−ジハロ−2−プロパノールを含む水溶液をそれぞれ回収する。
【実施例】
【0046】
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。なお、1,3−ジクロロ−2−プロパノール、エピクロロヒドリン、及び4−クロロ−3−ヒドロキシブチロニトリルの定量は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて表1に示す分析条件で行った。
【表1】


【0047】
[調製例1]
ハロヒドリンエポキシダーゼ発現形質転換微生物の培養
ハロヒドリンエポキシダーゼ活性を持つ大腸菌(Escherichia coli)JM109/pST111を、LB培地(1%バクトトリプトン、0.5%バクトイーストエキス、0.5%NaCl、1mM IPTG、50μg/mlアンピシリン)100mL×20本植菌し、37℃で20時間振盪培養した。
【0048】
培養菌体を50mM トリス−硫酸緩衝液(pH 8.0)で洗浄し、50mM トリス−硫酸緩衝液(pH 8.0)を20gになるように加え、懸濁した。この菌体懸濁液0.25gを50mM トリス−硫酸緩衝液(pH 8.0)100mLに加え、さらに50mMとなるように1,3−ジクロロ−2−プロパノールを加え、20℃で10分間反応した。
【0049】
HPLCにより反応液中のエピクロロヒドリンの量を測定したところ、11mMであった。すなわち、10分当たり1100μmolのエピクロロヒドリンが生成したことになり、この菌体懸濁液の活性は菌体懸濁液1gあたり440Uであることがわかった。
【0050】
この菌体懸濁液を50mM トリス−硫酸緩衝液(pH 8.0)で菌体懸濁液1gあたり400unitになるように希釈した。
【0051】
なお、pST111は、コリネバクテリウム(Corynebacterium)sp.N-1074のハロヒドリンエポキシダーゼ遺伝子(hheB)を含むBamHI-PstI1.1Kb 断片をpUC118に結合させたプラスミドである(図1)。
【0052】
また、pST111は、特開平5−317066公報に記載されており、JM109/pST111は、FERM P-12065として、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1−1−1中央第6)に平成3年3月1日付け寄託されている。
【0053】
<実施例1〜4>
以下の表2に示す条件で反応を行った。反応は、pH電極及びpHコントローラーにより制御されたアルカリ投入配管を装着した300mL容4つ口フラスコに、所定量の水、HCNを投入し、30% NaOHで所定のpH(I)に調整後、1,3−ジクロロ−2−プロパノール(DCP)を加え、均一に溶解するまで攪拌した。
【0054】
次いで、調整例1の菌体懸濁液20.00g(8.00kU)を加え、所定の温度、pH(II)で反応を開始した。反応開始後は、反応系内のpHを制御するために、pHコントローラーを設定し、30%NaOHにてpHのコントロールを行った。
【0055】
pHコントロールで使用したNaOHとほぼ等モルの割合でDCP及びHCNを追添加し、DCP及びHCNの濃度を所定値の範囲内に維持した。
【0056】
なお、収率は以下の方法により算出した。
収率(%)=DCP転化率×CHBN選択率
・DCP転化率(%)=100−{(系内全量×DCP濃度)/(DCP仕込量+DCP累計追加量)}
・CHBN選択率(%)={(系内全量×CHBN濃度)/(DCP仕込量+DCP累計追加量)}×DCP転化率
【0057】
その後、35%HClで所定のpH(III)を調整後、窒素ガスを毎分5mL吹き込みながら常圧蒸留し、2℃に冷却した冷却管を用いて留出液を得た。
【0058】
各実施例の反応プロファイルについては、表3、表5、表7及び表9に示した。また、各実施例の留出液・釜残組成に関しては、表4、表6、表8及び表10に示した。
【表2】


【表3】


【表4】


【表5】


【表6】


【表7】


【表8】


【表9】


【表10】


【0059】
上記の結果より、反応液内に残存していた1,3-ジクロロ-2-プロパノールおよびHCNを60〜80%の回収率で回収できた。生成物である4-クロロ-3-ヒドロキシブチロニトリルはほぼ全量釜残に残り、ロスは殆どないことがわかった。
<実施例5>
【0060】
実施例1で得られた留出液の100.0gを使用し、それに水31.25g、HCN3.41gを加え、30%NaOH 0.65gで、pH7.5に調整し、1,3-ジクロロ-2-プロパノール7.3gを加えて、均一に溶解するまで攪拌した。次に調整例1の菌体懸濁液20.00g(8.00kU)を加え、実施例1と同様に反応を行った。
【0061】
反応開始23時間後、30%NaOHは、22.0g投入されており、反応液の全量は200.78gであった。
その後、35%塩酸を0.8g添加し、pHを2.0とした後、窒素ガスを毎分5mL吹き込みながら、110Torr, 50℃で減圧蒸留し、2℃に冷却した冷却管を用いて129.92gの留出液を得た。反応終了液、留出液、釜残の組成を表11に示した。
【表11】


【0062】
上記の結果より、蒸留した水、未反応の1,3-ジクロロ-2-プロパノールおよびHCNをリサイクル使用しても、酵素反応にはまったく悪影響がなく、新しい水、HCNおよび1,3-ジクロロ-2-プロパノールを使用した場合となんら変わらない反応結果が得られた。
また、反応液内に残存していた1,3-ジクロロ-2-プロパノールを75%の回収率で回収できた。生成物である4-クロロ-3-ヒドロキシブチロニトリルはほぼ全量釜残に残り、ロスは殆どないことがわかった。また、4-クロロ-3-ヒドロキシブチロニトリルの光学純度は蒸留の前後において94.8%eeであり、蒸留による光学純度の低下はみられなかった。
<比較例1>
【0063】
実施例1〜4の4つ口フラスコに、0.1mol/kgリン酸緩衝液(pH7.5)55.52gを入れ、DCP10.00g(0.0775mol)を入れ、均一に溶解するまで攪拌した。
【0064】
調製例1の菌体懸濁液20.00g(8.00kU)を加え、20℃で反応を開始した。系内のpHを7.5〜7.6に維持するようpHコントローラーを設定し、30%NaOHにてpHのコントロールを行った。反応開始後、DCPを20分間隔に1.09g、HCNを10分間隔に0.55gの割合で追添加した。反応結果を表12に示す。
【表12】


【0065】
上記の結果より、60分後、CHBNが0.302mol/kg蓄積した以降、DCPの濃度を0.8mol/kgを超えて添加し続けた場合、120分(2時間)後以降、反応が急に停止した。
【0066】
180分後には、CHBNは0.298mol/kg、その光学純度は92.0%e.e.のR体過剰であり、収率は21.6%であった。
<比較例2>
【0067】
実施例1〜4の4つ口フラスコに、0.1mol/kgリン酸緩衝液(pH7.5)125.09g、DCP10.00g(0.0775mol)を入れ、均一に溶解するまで攪拌した。
調製例1の菌体懸濁液20.00g (8.00kU)を加えた後、HCNを0.20g(0.0369mol)加えて、20℃で反応を開始した。系内のpHを7.5〜7.6に維持するよう、30%NaOHを投入するようにpHコントローラーを設定し、投入されたNaOHとほぼ等モルの割合でDCP、HCNを追加していくことで、系内のDCPの濃度を0.5mol/kgを超えないようにした。また、このとき、系内のシアンイオン濃度は0.05mol/kgを超えることはなかった。反応結果を表13に示す。
【表13】


【0068】
上記の結果より、反応開始から180分経過しても、CHBNは0.145mol/kgしか蓄積せず、反応が円滑に進行しなかった。光学純度は92.0%e.e.のR体過剰であった。収率は28.9%であった。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】プラスミドpST111の構成図である。
【出願人】 【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱レイヨン株式会社
【出願日】 平成19年6月14日(2007.6.14)
【代理人】
【公開番号】 特開2008−17838(P2008−17838A)
【公開日】 平成20年1月31日(2008.1.31)
【出願番号】 特願2007−157567(P2007−157567)