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【発明の名称】 低摩擦摺動部材
【発明者】 【氏名】加納 眞
【氏名】熊谷 正夫
【氏名】滝川 浩史
【氏名】瀧 真
【氏名】長谷川 祐史
【氏名】ジャン ミシェル マルタン
【課題】従来の摺動部材に較べてさらに摩擦係数が低く、耐摩耗性に優れ、相手部材の摩耗量をも大幅に低減可能な低摩擦摺動部材を提供する。

【解決手段】基材上に、実質的に水素を含有しないDLC膜として、ta−Cから成るDLC膜を形成し、このDLC膜を潤滑材の存在下において相手部材と相対的に摺動させるに際して、DLC膜の表面粗さを算術平均粗さRaで0.01μm以下とすると共に、DLC膜の表面における異物粒子の付着及び/又は脱離に起因する凹凸の射影面積率が0.4%以下となるようにする。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上に実質的に水素を含有しないダイヤモンドライクカーボン膜を形成して成り、該ダイヤモンドライクカーボン膜が潤滑材の存在下で相手部材と相対的に摺動する摺動部材であって、
上記ダイヤモンドライクカーボン膜の表面粗さが算術平均粗さRaで0.01μm以下であると共に、当該ダイヤモンドライクカーボン膜の表面における異物粒子の付着及び/又は脱離に起因する凹凸の射影面積率が0.4%以下であることを特徴とする低摩擦摺動部材。
【請求項2】
上記基材の成膜前における被成膜面の算術平均粗さRa(s)に対する上記ダイヤモンドライクカーボン膜表面の算術平均粗さRa(d)の比Ra(d)/Ra(s)が1.2以下であることを特徴とする請求項1に記載の低摩擦摺動部材。
【請求項3】
上記基材の成膜前における被成膜面の算術平均粗さRa(s)が5〜50nmであって、上記ダイヤモンドライクカーボン膜表面の算術平均粗さRa(d)が上記算術平均粗さRa(s)よりも小さいことを特徴とする請求項1に記載の低摩擦摺動部材。
【請求項4】
上記ダイヤモンドライクカーボン膜の表面における異物粒子の付着及び/又は脱離に起因する凹部及び凸部の個数がそれぞれ50,000個/mm未満及び2,000個/mm未満であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つの項に記載の低摩擦摺動部材。
【請求項5】
上記ダイヤモンドライクカーボン膜がta−Cに分類されるダイヤモンドライクカーボンから成り、sp/(sp+sp)構造比が0.5〜0.9、水素含有量が0〜5原子%、ナノインデンテーション硬さが40GPa以上、密度が2.8〜3.4g/cmであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1つの項に記載の低摩擦摺動部材。
【請求項6】
上記ダイヤモンドライクカーボン膜がフィルタードアーク蒸着法により成膜されていることを特徴とする請求項5に記載の低摩擦摺動部材。
【請求項7】
上記ダイヤモンドライクカーボン膜の電子エネルギー損失分光法によるプラズモン励起スペクトルのピーク値が28〜33keVであることを特徴とする請求項5又は6に記載の低摩擦摺動部材。
【請求項8】
上記ダイヤモンドライクカーボン膜の摺動表面上に潤滑材由来のトライボフィルムが形成されることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1つの項に記載の低摩擦摺動部材。
【請求項9】
上記トライボフィルムの厚さが10nm以下であることを特徴とする請求項8に記載の低摩擦摺動部材。
【請求項10】
上記潤滑材が有機系含酸素化合物から成る潤滑材又は有機系含酸素化合物を含有する潤滑材であって、エーテル残基、オキシド残基及びアルコール残基から成る群より選ばれた少なくとも1種の官能基を有するトライボフィルムを形成することを特徴とする請求項8又は9に記載の低摩擦摺動部材。
【請求項11】
上記ダイヤモンドライクカーボン膜の表面に付与された少なくとも1個のOH末端と上記含酸素化合物中のOH基との水素結合相互作用によりトライボフィルムを形成することを特徴とする請求項10に記載の低摩擦摺動部材。
【請求項12】
上記含酸素化合物がグリセロールモノオレエート、グリセロール、エチルアルコール、メチルアルコール、過酸化水素及びヒアルロン酸からなる群より選択される少なくとも1種であることを特徴とする請求項10又は11に記載の低摩擦摺動部材。
【請求項13】
上記基材が炭素鋼、合金鋼、超硬合金、アルミニウム合金、マグネシウム合金、ガラス、樹脂及びゴムのいずれかであることを特徴とする請求項1〜12のいずれか1つの項に記載の低摩擦摺動部材。
【請求項14】
上記ダイヤモンドライクカーボン膜が基材上に直接形成されていることを特徴とする請求項1〜13のいずれか1つの項に記載の低摩擦摺動部材。
【発明の詳細な説明】【技術分野】
【0001】
本発明は、相手部材との摺動面にダイヤモンドライクカーボン(Diamond−like Carbon:以下、「DLC」と略記する)膜を備え、当該DLC膜が潤滑材の存在下で相手部材と摺動する摺動部材に係わり、特に、水素含有量が少なく、表面平滑性に優れたDLC膜を備え、摩擦特性、耐摩耗性に優れた低摩擦摺動部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
地球温暖化やオゾン層破壊のような地球環境問題が注目されており、とりわけ地球温暖化にはCO放出量の影響が大きいとされており、CO放出量の削減については、CO放出基準の設定がいずれの国においても重要な関心事となってきている。
CO削減については、自動車の燃費の削減を図ることが大きな課題の1つであり、摺動材料と潤滑油の果たす役割が大きい。
【0003】
現今の先端技術において、潤滑試験において低摩擦を得るには、CH末端トライボフィルムを形成させるか、例えばMoSやホウ酸のような固体の成層化合物を介在させることが行われているが、これによって得られる摩擦係数の典型例は、0.04以上0.1未満程度が大半であって、0.04未満のものは現在のところほとんど報告されていないのが実情である。
【0004】
例えば、特許文献1には、摺動面の少なくとも一部に、例えばDLCのような硬質カーボン薄膜が形成された低摩擦摺動部材が開示されており、この硬質カーボン薄膜を有機含酸素化合物の存在下で相手部材に摺動させると、硬質カーボン薄膜の上に、エーテル結合、オキシド及びヒドロキシル基からなる群より選択される少なくとも1種の官能基を有するトライボフィルムが形成されることが記載されている。
【特許文献1】欧州特許出願公開第1510592号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記特許文献1記載の摺動部材においても、MoSよりも優れた低せん断力を有するものの、摩擦低減効果が十分に発揮されているとは言えず、摩擦係数のさらなる低減が要望されている。
【0006】
本発明は、従来の摺動部材における上記課題に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、従来の摺動部材に較べてさらに摩擦係数が低く、耐摩耗性に優れ、相手部材の摩耗量をも大幅に低減可能な低摩擦摺動部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題の解決に向けて、DLCの種類や膜質、膜表面形状、成膜方法、成膜条件などについて、鋭意検討を繰り返した結果、基材上に形成するDLC膜の表面形状を限りなく平滑にすると共に、水素含有量を実質的にゼロレベルまで低減することによって、上記課題が解決できることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0008】
本発明は上記知見に基づくものであって、本発明の低摩擦摺動部材は、基材上に実質的に水素を含有しないDLC膜が形成され、このDLC膜が潤滑材の存在下で相手部材と相対的に摺動する摺動部材であって、上記DLC膜の表面粗さが算術平均粗さRaで0.01μm以下、且つ当該DLC膜の表面におけるドロップレットに起因する凹凸の射影面積率が0.4%以下であることを特徴としている。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、基材上にDLC膜を形成して成り、潤滑材の存在下でDLC膜を介して相手部材と相対的に摺動する摺動部材において、DLC膜の水素量を実質的に含有しないレベルまで低減すると共に、このDLC膜の表面の算術平均粗さRaが0.01μm以下で、しかもこの表面のドロップレットに起因する凹凸の射影面積率が0.4%以下となるような表面形状としたため、摩擦係数が低く、耐摩耗性に優れた摺動部材とすることができ、自動車を始めとする各種機械装置に適用することによって、燃費向上、省エネルギーに有効なものとなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の低摩擦摺動部材について、DLC膜の成膜要領などと共に、さらに詳細に説明する。
【0011】
本発明の低摩擦摺動部材は、上記したように、基材上に実質的に水素を含有しないDLC膜を備え、このDLC膜が潤滑材を介して相手部材と摺動するものであって、上記DLC膜の表面形状について、曲率半径2μmの触針式表面形状測定器で計測した算術平均粗さRaを0.01μm以下とし、且つドロップレットに起因する凹凸の射影面積率を0.4%以下としたことを特徴とし、各種機械装置の摺動部、例えば自動車用内燃機関の場合には、カムシャフト、バルブリフター、アジャスティングシムなどの動弁機構、ピストン、ピストンリング、シリンダライナー、コンロッド、クランクシャフト、ベアリング、軸受けメタル、チェーン、スプロケット、チェーンガイド、ギヤーなどの動力伝達機構などに適用することができる。
【0012】
一般に、DLC膜は、実質的に水素を含まないa−C(amorphous Carbon)及びta−C(tetrahederal amorphous Carbon;テトラヘドラルアモルファスカーボン)と、水素を含有するta−C:H及びa−C:Hの四つに分類され、a−Cはsp(ダイヤモンド構造)成分が少なく、sp(グラファイト構造)成分が多いのに対し、ta−Cはsp(ダイヤモンド構造)成分が多い。
本発明に用いるDLC膜としては、実質的に水素を含有しないa−C又はta−Cを用いることができるが、硬度が高く、高密度であることから、ta−Cを用いることがより好ましい。なお、DLCはi−C(iカーボン)と呼ばれることもある。
【0013】
一般に、DLCの形成には、イオン化蒸着法、スパッタ法、イオンプレーティング法、プラズマCVD法、プラズマイオン注入成膜法、ホローカソードアーク蒸着法、真空アーク蒸着法などが用いられるが、真空アーク蒸着法以外の成膜方法、例えば、イオン化蒸着法、プラズマCVD法、プラズマイオン注入成膜法、ホローカソードアーク蒸着法などでは、原料に炭化水素ガスを用いるため、原理的に水素を含む場合がほとんどであり、a−Cやta−Cの形成には、真空アーク蒸着法が用いられる。
真空アーク蒸着法は、真空中におけるアーク放電(真空アーク放電)によって発生させた真空アークプラズマを利用して薄膜を形成する方法であり、アークイオンプレーティング法、アークPVD法、陰極アーク蒸着法、陰極真空アーク法などとも呼ばれているが、真空アーク蒸着法は、ta−C,a−C,ta−C:H,a−C:Hといった各種のDLC膜をプロセス制御によって作り分けることができる唯一の方法でもある。
【0014】
真空アーク蒸着法によりDLC膜を形成する場合、プロセスチャンバ内へ水素ガスやアセチレン,メタン,エチレン,ベンゼンなどの炭化水素系物質を導入することによって、水素を含有するta−C:Hやa−C:Hが形成されるが、プロセスチャンバ内へガスを何も導入しなければ、水素を実質的に含有しないa−Cやta−Cを形成することができる。
【0015】
基板に印加するバイアス電圧を変えることによって、これらのいずれかを形成することができ、ta−C又はta−C:Hを形成するには、バイアス電圧を0〜−200V、より好適には−50〜−150V、更に好適には−100V±20Vとすることによってta−C又はa−C:Hを形成することができる。装置内へガスを何も導入しなければ、水素を実質的に含有しないta−Cを形成できる。
【0016】
また,バイアス電圧が−200V以下(絶対値で言うと、200V以上)では、a−C又はa−C:Hとなる。なお,バイアス電圧波形は、直流、直流パルス、交流パルス、RFのいずれであってもよい。
直流パルスや交流パルスは、マイナス側だけに電圧を出力する単極性(ユニポーラ)でも、マイナス側とプラス側に交互に電圧を出力する双極性(バイポーラ)でもよい。バイポーラパルスの場合、プラス側の絶対値出力電圧は、前述の好適バイアス電圧に従うマイナス側の絶対値出力電圧より小さいことが望ましい。RFバイアスの場合、RF電圧の平均値である自己バイアスが上記の値となればよい。
【0017】
なお、装置内へガスを何も導入せず、バイアスを印加しない場合、膜はta−Cに分類される膜が形成されるが、その中でも比較的柔らかく、密度の低い膜になる。
また、炭化水素ガスを導入した場合は、バイアスを印加しない場合、すなわち、浮遊電位の場合、a−C:Hとなる。
【0018】
本発明の低摩擦摺動部材に用いるDLC膜は、実質的に水素を含有しないものであるが、これは、その成膜に際して、プロセスチャンバ内に水素を含むガスを意図的に導入しないで成膜したものであることを示す。但し、もともと真空チャンバ内壁や電極内に付着・吸着していたガスやゴミ、あるいは水などがプロセス中に脱離して膜内に混入することがあるが、これらに起因するDLC膜中の水素含有量は、通常5原子%以下であって、本発明において「実質的に水素を含有しない」とは、5原子%以下(0%も含む)を意味し、この値を超えない限り、DLC膜の密度や硬さ、耐摩耗性などへの実質的な影響がないことが確認されている。
もちろん、水素含有量は0原子%により近いほうが、より優れた特性となり、より望ましいDLC膜であることは言うまでもない。また、水素含有量がより少ないほうが、基材との密着性がよい。
【0019】
なお、チャンバ内壁や電極内のガスや水分は、チャンバ内を100℃以上に加熱したり、成膜プロセス前に、真空アークプラズマを空打ち(成膜することなく、真空アークプラズマを発生させること。つまり、シャッターで成膜しないようにしたり、プラズマを曲げずに直進させたりすること。)したりすることによって除去することができる。また、このような真空アークプラズマの空打ちは、ゲッター作用により不純物ガスを除去でき、真空度を上げ、清浄なプロセス空間を得るのにも有効である。
【0020】
一方、各種の成膜装置によってDLCの成膜を繰り返し検討した結果、本発明者は、真空アーク放電による成膜装置においては、真空アーク放電の発生時に陰極から副生する陰極材料粒子(以下、「ドロップレット」という)による問題があることに着目した。
【0021】
すなわち、一般に、真空アーク放電では、陰極点から陰極材料イオン、電子、陰極材料中性粒子(原子及び分子)といった真空アークプラズマ構成粒子が放出されると同時に、サブミクロン以下から数百ミクロン(0.01〜1000μm)の大きさのドロップレットが放出され、真空アーク放電を用いた真空アーク蒸着により成膜を行う場合には、このようなドロップレットが基材表面に付着すると、DLC膜中にそのまま残存したり、膜面から脱落・脱離したり、除去したりすることによって、DLC膜の表面に凹凸が生じ、膜面の平滑性が損なわれることになる。
特に、これまではドロップレットの付着に起因する凸状の形状に起因する表面の荒れだけに着目されており、ドロップレットの脱落・脱離や除去によって生じる凹によってもたらされる平滑性の欠如の不具合問題については、これまで考慮されていなかった。なお,ドロップレットの付着や脱落が主因ではあるが、その他、基材のハンドリング中の浮遊ゴミの付着や脱離も、DLC膜の凹凸の副因であることは言うまでもなく、本発明において「異物粒子」とは、ドロップレットを主体とするが、これ以外にハンドリング中に付着するゴミ粒子をも含むものとする。
【0022】
そこで、このようなドロップレットの発生を抑えることができる成膜法として、例えばフィルタードアーク蒸着法を適用して、その限界的な表面粗さや成膜面の凹凸数を調査した結果、膜面の算術平均粗さRaを0.01μm以下とすると共に、当該膜面の異物粒子の付着や脱落に起因する凹凸の射影面積率を0.4%以下とすることによって、このようなDLC膜を基材上に成膜した摺動部材の摩擦係数を大幅に低下させることができ、耐摩耗性も向上することを見出すに到った。
なお、フィルタードアーク蒸着法は、別名、フィルタードアークイオンプレーティング,フィルタード陰極アーク蒸着,フィルタード陰極真空アーク(FCVA;Filtered Cathodic Vacuun Arc)、磁気フィルタ法、プラズマ磁気輸送法などとも呼ばれる。
【0023】
ここで、「凹凸の射影面積率」とは、表面に垂直な方向から膜面を観察した場合の凹凸の合計面積率を意味し、例えば、光学顕微鏡、より好ましくは電子顕微鏡、さらに好ましくは電解放出型電子顕微鏡によって測定することができる。
また、算術平均粗さRaについては、例えば触針式表面形状測定器を用いて、JIS B0601に基づいて測定することができる。
【0024】
なお、上記したフィルタードアーク蒸着法とは、真空アークプラズマを湾曲又は屈曲したドロップレット捕着ダクト(プラズマ磁気輸送ダクトと同一)を通して基材が配置された処理部に輸送するものであって、この方法によれば、発生したドロップレットは、ダクト内周壁に付着捕獲(捕集・捕着)され、ダクト出口ではドロップレットをほとんど含まないプラズマ流が得られる。また、ダクトに沿って配置された磁石により湾曲磁界を形成し、この湾曲磁界によりプラズマ流を屈曲させ、プラズマを効率的にプラズマ加工部に移動させるようになっている。
【0025】
本発明においては、特に、黒鉛ドロップレットの除去効率が高いことから、T字状フィルタードアーク蒸着(T−FAD)法(特許第3865570号明細書、Surface and Coatings Technology,vol.163,p.368(2003)参照)や、X字状フィルタードアーク蒸着(X−FAD)法(特開2007−9303号公報参照)を用いることが望ましい。これらの方法はいずれもフィルタードアーク蒸着法の一種である。
【0026】
通常のフィルタードアーク蒸着法では、図1(A)に示すように、発生したドロップレットを分岐がなく連続したプラズマ磁気輸送ダクト(ドロップレット捕着ダクトと同一)においてドロップレットを捕着する。金属陰極の場合、ドロップレットは溶融(つまり、液体状)しており、ドロップレットはダクト壁に到達すると、そこに固着するため、通常のフィルタードアーク蒸着装置でも、ドロップレットの除去は可能である。
しかしながら、DLCを成膜するための黒鉛陰極の場合、固体状のドロップレットが発生する。固体ドロップレットは固体表面で反射するため、連続した形状のダクトでは、ダクト自体がドロップレットの輸送ガイドになってしまい、図1(B)に示すように、成膜チャンバまで輸送されてしまう。
【0027】
そこで、ドロップレットが発生する陰極の正面に延長ダクトを設け、延長ダクトでドロップレットを捕集し、真空アークプラズマ発生部と延長ダクトと成膜チャンバとを結ぶように形成された分岐を持つT字状ダクトにおいて、プラズマを90度に曲げて成膜チャンバに輸送する方法、すなわち、図1(C)に示すようなT字状フィルタードアーク蒸着(T−FAD)装置を用いるようにすることが望ましい。
この方法では、T字ダクトはドロップレットの成膜チャンバへのガイドとはならず、延長ダクトでドロップレットを捕集することができる。
【0028】
また、X字状フィルタードアーク蒸着(X−FAD)法とは、図1(D)に示すようなX字状フィルタードアーク蒸着(X−FAD)装置を用いて成膜する手法である。
この装置は、T−FAD装置に、プラズマ流の輸送方向(基板方向)に対し、もう一つの蒸発源あるいはプラズマ発生源をクランク状に配置接続した形状の装置である(特開2007−9303号公報参照)。DLCの生成には、この装置のT字ダクトの部分が利用される。
【0029】
このとき、これらフィルタードアーク蒸着法において、ドロップレットの発生を極力抑え、ドロップレットに起因する凹凸数を少なくする観点から、プラズマ磁気輸送ダクト内にバッフルやオリフィス板を設ける、陽極形状を変更してドロップレットの反射方向が回収ダクトに向かうようにするなどの装置上の工夫、プロセスチャンバ内へ進入したプラズマを電磁界によって屈曲させ、プラズマの進入軸とオフセットした位置で成膜するなどのプラズマ制御による工夫、あるいは、アーク電流を50A以下とし、より好ましくは30A以下とし、ドロップレットの発生自体を抑制するような成膜条件を採用することが望ましい。中でも、アーク電流は低いほうがドロップレットの発生量が減るので、比較的簡単に凹凸量を少なくすることができる。
【0030】
本発明の低摩擦摺動部材においては、基材の成膜前における被成膜面の算術平均粗さをRa(s)とし、この上に成膜されたDLC膜の表面の算術平均粗さをRa(d)とするとき、これらの比Ra(d)/Ra(s)が1.2以下であることが望ましい。
すなわち、この比Ra(d)/Ra(s)が1.2を超えると、せっかく基材を小さな表面粗さに仕上げた意味が無くなり、DLCコーティング後にラッピング工程(研磨仕上げ工程)を加える必要が出てしまい、生産性が大幅に低下するという不都合が生じる可能性があることによる。
【0031】
さらに、本発明の低摩擦摺動部材においては、上記DLC膜の算術平均粗さRa(d)が成膜前の基材表面(被成膜面)の算術平均粗さRa(s)よりも小さい(より平坦)ことが望ましく、これによって境界潤滑下でのフリクションを大幅に低減できる。また、Ra(d)/Ra(s)が0.9以下と、元の基材の表面粗さに対して、DLC膜コート後の表面の粗さがより小さくなることがより望ましい。
【0032】
また、本発明の低摩擦摺動部材においては、ドロップレットに起因する凹凸の合計射影面積率が0.4%以下であることが必要であるが、それぞれの発生個数については、凹部については1mm当たり50,000個未満、凸部については1mm当たり2,000個未満であることが望ましい。これは、凹部の個数が1mm当たり50,000個以上となると、相手材との高面圧を受け持つ平坦なDLC面積が少なくなり、その結果、境界潤滑下の油膜(または油系潤滑材でない場合は液膜)が薄くなり、ところどころで油膜または液膜が切れるために安定的なトライボフィルムが維持されなくなることに伴って摩擦の増加につながる。一方、凸部の個数が1mm当たり2,000個以上となると、局所的な油膜切れ(または液膜切れ)が多発することに伴って相手部材の摩耗が急増する傾向があることによる。
なお、ここで言う凹凸の個数は、DLC表面を走査電子顕微鏡で拡大撮影した3500倍の画像を用いて、直径1mm以上の凸部、凹部の数量をカウントし、1mm当たりの数量に換算した個数を意味する。
【0033】
また、本発明の低摩擦摺動部材に用いるDLC膜としては、a−Cやta−Cを用いることができるが、上記したように、ta−Cが最も硬く、高密度であることから、ta−Cから成るものとすることが望ましく、そのsp/(sp+sp)構造比が0.5〜0.9、水素含有量が0〜5原子%、ナノインデンテーション硬さが40GPa以上、密度が2.8〜3.4cmであることが望ましい。
【0034】
すなわち、上記sp/(sp+sp)構造比が0.5に満たない場合は、実質的にta−Cではなくなって、密度が低くなり、硬さ、耐摩耗性などが劣化する傾向があり、当該構造比が0.9より大きくなると、ダイヤモンド結晶に近づいて、表面粗さが大きくなり、摩擦係数が大きくなる傾向がある。
なお、sp/(sp+sp)構造比は、X線吸収端近傍微細構造解析法(NEXAFS:Near−Edge X−ray Absorption Fine Structure)によって求められる。このNEXAFSの測定は必ずしも容易ではないが、ナノインデンテーション硬さが40〜100GPaで、しかも、密度が2.8〜3.4g/cmであるDLC膜は、当該構造比が0.5〜0.9であるDLC膜であることとは同義であることは周知であり、あえて測定の必要はない。また、sp/(sp+sp)構造比はNMR(核磁気共鳴法)でも求められることが知られている。
【0035】
水素含有量としては、少ない方が望ましく、上記したように5原子%を超えると、膜の密度や硬さが劣化し、耐摩耗性が損なわれる可能性があることによる。
また、ナノインデンテーション硬さは、ナノインデンターを用いたナノインデンテーション法によって測定することができ、この値が40GPaに満たない場合には、膜としての強度が損なわれ、耐摩耗性が得られない傾向がある。このナノインデンテーション硬さについては、60GPa以上であることがより望ましい。
【0036】
さらに、ta−Cから成るDLC膜の密度については、2.8g/cmに満たないと、DLC膜が柔らかくなって摩耗が顕著となり、3.4g/cmを超えると、基材との密着性が低下したり、ダイヤモンド結晶となって表面粗さが増加したりすることから、上記した2.8〜3.4g/cmの範囲内、さらには2.9〜3.3g/cmの範囲内であることがより好ましい。
【0037】
本発明の低摩擦摺動部材において、上記DLC膜はta−Cから成るものとすることが望ましく、ドロップレットの付着による膜面の凹凸を少なくする観点から、例えばT字状フィルタードアーク蒸着法やX字状フィルタードアーク蒸着法などの方法によって成膜することができるが、このように形成されたDLC膜については、電子エネルギー損失分光法(EELS:Electron Energy−Loss Spectroscopy)で計測されるプラズモン励起スペクトルのピーク値が28〜33keVであることが望ましく、できるだけ大きいことがさらに好ましい。これによって、密度の高いDLC膜となり、そのDLC膜をコートした低摩擦摺動部材が実現できる。
【0038】
すなわち、電子エネルギー損失分光法(EELS)とは、数百eVのエネルギーの電子を試料表面に入射すると、入射電子は固体の電子密度や原子の並びによって非弾性散乱し、エネルギーを損失するため、その電子エネルギーの損失を分光する方法である。EELSで計測されるスペクトルをEELSスペクトルと言い、10〜50eVの範囲に現れる自由電子の集団振動に起因するプラズモン励起によるスペクトルをプラズモン励起スペクトルと呼ぶ。プラズモン励起スペクトルのピーク位置は、電子密度の平方根に比例するため、ピーク位置が高いということは、電子密度が高く、引いては、原子密度が高いことを示す。
従って、プラズモン励起スペクトルのピーク位置が28〜33keVであるということは、高密度の膜であるということを示すことになる。グラファイト及びダイヤモンドのプラズモン励起エネルギーのピーク位置が、それぞれ、26eVおよび33.7eVであることから、水素などの不純物元素や比較的低密度の不純物であるドロップレットを含まないDLCの場合に限り、プラズモン励起スペクトルのピーク位置が28〜33keVとなる。さらには、この値がより高いほうがより高密度のta−Cであり、本発明のDLCとして好適である。
【0039】
なお、EELSは、通常、透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Eelectron microscope)やオージェ電子分光装置(AES:Auger Electron Spectroscopy)の付属設備である。
また、EELSスペクトルと同じ電子エネルギー損失スペクトルは、X線吸収スペクトルの吸収端付近のスペクトルであるXANESスペクトルからも求められる。
【0040】
本発明の低摩擦摺動部材においては、DLC膜の摺動表面上に潤滑材(潤滑油、潤滑液)由来のトライボフィルムが、望ましくは10nm以下の厚さに形成されることが望ましく、これによって低剪断力を有する薄いトライボフィルム層内での破断による超低摩擦を発生させることができる。
ここで、トライボフィルムとは、摩擦時に化学反応を伴って形成される被膜を言い(Proceedings of ASIATRIB 2006 KANAGAWA,Japan,p.407参照)、図2に示されるように、ta−C表面に吸着したOH基とアルコール構成成分が水素結合したトライボフィルムが摩擦面の両側に形成され、界面となる水素同士の非常に弱い面で剪断を生ずるという推定メカニズムの世界先端の報告例である。このトライボフィルムがない場合、摩擦界面の剪断力が高くなり大幅な摩擦低減が生じず、一方、10nmを越えると摩擦低減効果が得られなくなるという不都合を生じる。
【0041】
本発明の低摩擦摺動部材に用いる液体状の潤滑材としては、有機系含酸素化合物から成る潤滑材、あるいは有機系含酸素化合物を含有する潤滑材を用いることができ、このような潤滑材を使用することによって、その成分に応じて、エーテル残基、オキシド残基、若しくはアルコール残基、又はこれらの2種以上の組合せから成る官能基を有するトライボフィルムが形成される。
このとき、上記トライボフィルムは、DLC膜の表面に付与された少なくとも1個のOH末端と潤滑材中の含酸素化合物中のOH基との水素結合相互作用により形成されることが望ましい。
【0042】
そして、潤滑材を構成する、あるいは潤滑材に含まれる有機系含酸素化合物としては、例えばグリセロールモノオレエート(GMO)、グリセロール(グリセリン)、エチルアルコール、メチルアルコール、過酸化水素又はヒアルロン酸を単独で、あるいはこれらを任意に組合せて使用することができる。
【0043】
本発明の低摩擦摺動部材の基材としては、炭素鋼、合金鋼、超硬合金、アルミニウム合金、マグネシウム合金、ガラス、樹脂、あるいはゴムを用いることができ、このとき、当該基材上に、中間層を介することなく、DLC膜を直接成膜することが可能である。
すなわち、従来のDLC膜の成膜においては、基板との密着力を確保するためにSiC,Si,Cr,W等から成る中間層を介して成膜する必要があったのに対して、本発明においては、DLC膜を基材上に直接成膜しても強固な密着性が得られる。なお、この詳細メカニズムは今のところ必ずしも明らかになってはいないが、DLC膜中にドロップレットがほとんど存在しないことが一因と考えられる。
【0044】
もちろん、中間層(基材とDLC膜との間に入れる膜。通常1nm〜50nmの厚さ。)を形成しても差し支えないことは言うまでもない。
このような中間層としては、金属、ケイ素、あるいはこれらの窒化物、炭化物、酸化物が利用できる。当然のことながら、生産コストや生産工程を減少するためには、中間層を設けないことが望ましい。
【実施例】
【0045】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明する。なお、本発明は、これらの実施例に限定されないことは言うまでもない。
【0046】
JIS G4805にSUJ2として規定される鋼炭素クロム軸受鋼(1%C−1.5%Cr)、又は超硬合金から成る径33mm、厚さ3mmのディスク状基材を用意し、この表面をRaで0.011μmの表面粗さに研磨したのち、この上に、フィルタードアーク蒸着法(表中には「FAD」と略記する)、アークイオンプレーティング法(フィルタ無し、表中には「NFA」と略記する)又はプラズマCVD法(表中には「PECVD;Plasma Enhanced Chemical Vapor Deposition」と略記する)を用いて、種々のDLC膜を形成し、図2に示すようなボールオンディスク式摩耗試験を実施し、後述する条件の下に、摩擦係数、ディスク摩耗幅、相手ボールの摩耗痕径を測定した。
【0047】
なお、超硬合金とは、炭化タングステン(WC)を主成分とする硬質相と、コバルトなどの鉄族金属を主成分とする結合相とから成るものであって、本発明において、DLC膜はダイヤモンドに次ぐ高い弾性率を示すため、従来困難であった高い靭性を持つコバルト量の多い超々微粒子超硬基材へも適用できる。DLC膜が剥離せずに安定した密着性を示す基材のコバルト含有量は0%〜25%である。より好ましいCo含有量は、5〜15重量%である。
【0048】
ボールオンディスク式摩耗試験は、図3に示すように、回転するディスク上に固定されたボールを摺動させることにより、摩擦特性を評価するものであって、ここでは、ボールとして、SUJ2鋼又はA4032合金(Al−10%Si−0.9%Cu−1%Mg)から成り、表面をRa0.02μmの粗さに研磨した径9mmのボール、あるいはSUJ2鋼から成る上記ボールの表面にフィルタードアーク蒸着法(FAD)、アークイオンプレーティング法(NFA)、又はプラズマCVD法(PECVD)を用いて、ta−C又はta−C:Hから成るDLC膜を形成したボールを用いることとした。
【0049】
試験条件としては、室温、大気中において、上記ボールを、表面に各種DLCを成膜して成る上記ディスクに600MPaの面圧で接触させると共に、0.05m/sの滑り速度で15分間摺動させた時の摩擦係数、摩耗量などを調査した。このとき、潤滑材としては、0.1ccのグリセリン(グリセロール)又はポリアルファオレフィン(PAO)基油に1mass%のグリセロールモノオレエート(GMO)を添加した油をディスク表面に予め塗布した状態で試験を開始し、試験中の潤滑剤補給はしないこととした。
これらの結果を、各DLC膜の水素含有量や硬さ、密度、表面形状等と共に、表1及び表2に示す。なお、表中において、摩擦係数の低減率は、比較例1を基準(100%)とした低減割合を示した。
【0050】
【表1】


【0051】
【表2】


【0052】
表1及び2の結果から、水素を実質的に含まないta−Cから成るDLC膜をFAD方式で形成した実施例1〜11においては、密度が高く、ナノインデンテーション硬さについても40GPa以上の値が得られ、表面粗さについてもRa0.01μm以下で、コーティング前の基材表面粗さよりも良好な平滑面が得られている。
さらに、凹凸の面積率も0.4%以下であると共に、その数についても、全般に低いものとなっており、極めて低い摩擦係数と、優れた耐摩耗性を有していることが確認された。
【0053】
また、実施例8〜11の結果からは、ボール材の側にもDLCコートを施すことによって、さらなる摩擦係数の低減と耐摩耗性の向上が確認され、DLC膜同士の摺動性能が優れることが判明した。
【0054】
これに対して、同じくta−Cから成るDLC膜であるものの、フィルタ方式(FAD)ではないアークイオンプレーティング法(NAF)によって成膜した比較例1〜5においては、DLC膜の密度が低く、ナノインデンテーション硬さが40GPaを割込むばかりでなく、表面粗さもコーティング前の基材表面よりも粗くなり、凹凸数においても上記実施例よりも大幅に増加し、摩擦係数は0.04を超える結果となり、相手ボールの摩耗量が多くなることが判明した。
また、比較例2のようにSiC中間層を省略すると、基材ディスクとの密着性が得られず、早期にDLC膜が剥離する減少が確認され、フィルタ方式(FAD)ではないアークイオンプレーティング法(NFA)によるta−Cの成膜の場合、中間層が必須であることが判明した。
【0055】
さらに、プラズマCVD法(PECVD)を用いて成膜した水素を含有するa−C:Hから成るDLC膜を備えた比較例6〜8においては、原料にアセチレン等のガスを用いるために、表面粗さや凹凸状態については上記実施例と実質的に変わりがないものの、密度やナノインデンテーション硬さが低く、摩擦係数が大きくなること、耐摩耗性が大幅に低下すること、水素含有のために顕著な摩擦低減効果が得られないことが確認された。
【0056】
なお、従来、ドロップレットが脱落した微小の凹部が、油だまり・液だまりとなり摩擦係数が低下すると言われていたが、本発明における実験の結果、凹部の個数や面積率の高い比較例1〜5の結果に示すように、この試験条件の範囲では、凹部を大幅に減少させた摺動面の方がさらに大幅な摩擦低減が図れることが分かった。実のところ、境界潤滑下においては、凹部が存在することにより高面圧を受け持つDLC平坦部の面積が減少し、結果として油膜または液膜が薄くなり、ところどころで油膜又は液膜が切れるために安定的なトライボフィルムが維持されず、摩擦抵抗を減少させるどころか、摩擦抵抗を増加させる原因となり、ta−C本体の低摩擦の発現を阻止していたことが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】(a)〜(d)は各種フィルタードアーク蒸着法の構成及び原理を示す概略説明図である。
【図2】グリセロール潤滑下におけるトライボフィルムのメカニズムを示す概念図である。
【図3】ボールオンディスク式摩耗試験の要領を示す概略図である。

特許の図
【出願人】 【識別番号】000192903
【氏名又は名称】神奈川県
【識別番号】304027349
【氏名又は名称】国立大学法人豊橋技術科学大学
【識別番号】501377645
【氏名又は名称】株式会社オンワード技研
【出願日】 平成19年6月1日(2007.6.1)
【代理人】 【識別番号】100102141
【弁理士】
【氏名又は名称】的場 基憲
【公開番号】 特開2008−297477(P2008−297477A)
【公開日】 平成20年12月11日(2008.12.11)
【出願番号】 特願2007−146541(P2007−146541)