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【発明の名称】 多糖類の解重合を抑制する方法
【発明者】 【氏名】河本 晴雄

【氏名】坂 志朗

【氏名】齊藤 真也

【要約】 【課題】本発明は、非水系における多糖類の解重合を抑制する方法、具体的には多糖類の熱及び/又は酸による解重合を抑制する方法を提供する。また、非水系において解重合に対する安定性が付与された多糖類材料及びその製造方法を提供する。

【解決手段】耐解重合性が付与された多糖類の製造方法であって、多糖類を、それに含まれる単糖類単位当たり0.01〜2.0モル当量のホウ酸又はその誘導体で処理することを特徴とする製造方法、及び該製造方法により得られる耐解重合性が付与された多糖類。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐解重合性が付与された多糖類の製造方法であって、多糖類を、それに含まれる単糖類単位当たり0.01〜2.0モル当量のホウ酸又はその誘導体で処理することを特徴とする製造方法。
【請求項2】
前記請求項1に記載の製造方法により製造される耐解重合性が付与された多糖類。
【請求項3】
前記請求項2に記載の耐解重合性が付与された多糖類を、非水系において300℃程度以下で加熱処理及び/又は酸処理することを特徴とする多糖類の処理方法。
【請求項4】
多糖類に耐解重合性を付与する方法であって、該多糖類を、それに含まれる単糖類単位当たり0.01〜2.0モル当量のホウ酸又はその誘導体で処理することを特徴とする方法。
【請求項5】
多糖類の解重合を抑制する方法であって、多糖類を、それに含まれる単糖類単位当たり0.01〜2.0モル当量のホウ酸又はその誘導体で処理して、非水系において300℃程度以下の加熱処理及び/又は酸処理することを特徴とする方法。
【発明の詳細な説明】【技術分野】
【0001】
本発明は、多糖類(特にセルロース)の解重合を抑制する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロースはヘミセルロース、リグニンとともに木材の主要構成成分であり、木材中に30〜50%含まれる多糖である。その構造はD-グルコピラノースがβ-1,4結合した直鎖状高分子であり、分子が一定の配列をした結晶領域とそれ以外の非晶領域からなる。結晶領域の分子構造を図1に示した。グルコースユニット間での分子内水素結合のためセルロース分子鎖は剛直であり、さらにその分子鎖が水素結合を含む分子間相互作用をすることにより強固な結晶構造を有する。X線回折法によるセルロースの結晶構造解析によれば、その結晶領域の構造は直鎖状分子が平行に規則正しく配列しているとされる。このような強固な結晶構造のために、セルロースは他の多糖類と比較して熱的、化学的、生物学的安定性が極めて高い。
【0003】
セルロースの熱分解については、熱重量分析(TGA)、示唆熱分析(DTA)を用いた研究が広く行われている(非特許文献1〜4)。図2にセルロースのTGAおよびDTA分析の一例を示した。セルロースは300℃までは目立った重量減少を示さないが、300℃以上の高温になると重量減少が始まる。350℃前後で大きな吸熱ピークを示すとともに急激に重量減少が起こり、少量の炭化残渣が生成される。したがって、セルロースの主要な分解反応は、300〜400℃の温度域で進行するものと考えられる。
【0004】
セルロースの熱分解では、まず解重合が進行することが知られている。この解重合は、硫酸等の酸性触媒の添加により著しく促進されることも知られている。例えば、硫酸を添加したセルロースは、室温程度の低温でも解重合が進行し、単量体であるレボグルコサン(1,6-アンヒドロ-β-D-グルコピラノース)及びその他の低分子化生成物を与える。
【0005】
ところで、ホウ酸(H3BO3)は本来弱いルイス酸であるが、水溶液中では以下の式で示すように極めて弱いブレンステッド酸として作用する[B(OH)3+2H2O→H3O++B(OH)4pKa=9.2]。
【0006】
セルロースがこのホウ酸水溶液中でホウ酸エステル錯体を形成することは広く知られている。ホウ酸は脱水や炭化を促進するとされており、セルロース系材料や木材の難燃化剤として多くの検討例があり、セルロースについては分解温度の低下、炭化物の増大、レボグルコサンの生成抑制等が報告されている(非特許文献5及び6)。これは、ホウ酸がセルロースの炭化を促進し、表面に炭化層を形成することで内部の燃焼が抑制されることに起因すると考えられているが、その作用機構は明らかではない。
【非特許文献1】J. Polym. Chem., 6, 3217 (1968)
【非特許文献2】Advances Carbohyd. Chem., 23, 419 (1968)
【非特許文献3】Forest Chem., 16, 461 (1970)
【非特許文献4】J. Anal. Appl. Pyrolysis, 8, 41 (1985)
【非特許文献5】Int. Eng. Prod. Res. Dev., 21, 97 (1982)
【非特許文献6】Thermochimica Acta, 193, 99 (1991)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記したように、セルロースは分子鎖が水素結合を含む分子間相互作用をすることにより強固な結晶構造を有しており、他の多糖類と比較して熱的、化学的、生物学的安定性が極めて高いため、紙、繊維、衣料品、フィルタ、フィルム、増粒剤、逆浸透膜、繊維強化プラスチック材料、コンデンサー絶縁材料等の広範な用途に用いられている。しかし、熱及び酸に対しては不安定であるため、耐熱性及び耐酸性の向上が課題となっている。
【0008】
本発明は、非水系においてセルロース等の多糖類の解重合を抑制する方法、具体的には多糖類の熱及び/又は酸による解重合を抑制する方法を提供することを目的とする。また、非水系において解重合に対する安定性が付与された多糖類材料及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記の課題に鑑みて鋭意研究を行った結果、セルロースを含む酸性スルホラン中に所定量のホウ酸を添加して加熱処理を行ったところ、300℃程度までの加熱に対して、セルロースのトランスグリコシレーションによる低分子量化や炭化が顕著に抑制されることを見いだした。かかる知見に基づき、さらに研究を重ねた結果本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明は、以下の多糖類の解重合を抑制する方法、及び耐解重合性が付与された多糖類を提供する。
【0011】
項1. 耐解重合性が付与された多糖類の製造方法であって、多糖類を、それに含まれる単糖類単位当たり0.01〜2.0モル当量のホウ酸又はその誘導体で処理することを特徴とする製造方法。
【0012】
項2. 前記項1に記載の製造方法により製造される耐解重合性が付与された多糖類。
【0013】
項3. 前記項2に記載の耐解重合性が付与された多糖類を、非水系において300℃程度以下で加熱処理及び/又は酸処理することを特徴とする多糖類の処理方法。
【0014】
項4. 多糖類に耐解重合性を付与する方法であって、該多糖類を、それに含まれる単糖類単位当たり0.01〜2.0モル当量のホウ酸又はその誘導体で処理することを特徴とする方法。
【0015】
項5. 多糖類の解重合を抑制する方法であって、多糖類を、それに含まれる単糖類単位当たり0.01〜2.0モル当量のホウ酸又はその誘導体で処理して、非水系において300℃程度以下の加熱処理及び/又は酸処理することを特徴とする方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明では、非水系において所定量のホウ酸又はその誘導体を多糖類(特にセルロース含有材料)に添加することにより、加熱処理や酸処理による多糖類の解重合を顕著に抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明は、熱や酸による解重合が抑制された多糖類を提供し、これは多糖類(特にセルロース含有材料)を、それに含まれる単糖類単位(特にセルロース中のグルコース単位)当たり0.01〜2.0モル当量のホウ酸又はその誘導体で処理することにより製造できる。なお、本明細書では、解重合が抑制されることを「耐解重合性」と表記することがある。
【0018】
多糖類として典型的にはセルロース含有材料が挙げられるが、それ以外にもデンプン(アミロース、アミロペクチン)、ヘミセルロース(キシラン、グルコマンナン、ガラクタン)、マンナン、キチン、キトサンなどが挙げられる。特にセルロース又はセルロース含有材料が好適である。セルロース含有材料とは、セルロースを含有する材料を意味する。セルロースの形態は、粉末状、繊維状、粒状、フィルム状等のいずれであってもよい。
【0019】
ホウ酸とはHBO(オルトホウ酸)を意味する。ホウ酸の誘導体としては、メチルホウ酸、フェニルホウ酸、4−O−メチルフェニルホウ酸などの有機ホウ酸化合物、及びそれらの塩等が挙げられ、このうち価格の点からホウ酸が好ましい。
【0020】
多糖類をホウ酸又はその誘導体で処理する方法としては、多糖類を、それに含まれる単糖類単位当たり0.01〜2.0モル当量のホウ酸又はその誘導体で処理する。より具体的には次のような方法が挙げられる。
【0021】
多糖類を非プロトン性溶媒に分散乃至懸濁させて、これにホウ酸又はその誘導体を加えて溶解する。非プロトン性溶媒を用いるのは、ホウ酸と多糖類中の水酸基との反応を促進させるためである。非プロトン性溶媒の具体例としてスルホラン、ジメチルスルホキシド、N,N−ジメチルホルムアミド、N−メチルピロリドン等の非プロトン性極性溶媒が例示される。ホウ酸又はその誘導体の添加量は、多糖類に含まれる単糖類単位当たり0.01〜2.0モル当量、好ましくは0.5〜1.0モル当量である。かかる添加量であれば、ホウ酸又はその誘導体のほとんどは多糖類の表面で多糖類の水酸基とエステル形成に消費され、熱や酸に対して安定なホウ酸エステルの皮膜が形成される。溶媒中には過剰のホウ酸又はその誘導体がほとんど存在しない。
【0022】
或いは、多糖類をホウ酸又はその誘導体を含む水溶液に加えた後、これを乾燥して、ホウ酸又はその誘導体を含浸した多糖類を得る。この場合も、ホウ酸又はその誘導体の添加量は、多糖類に含まれる単糖類単位当たり0.01〜2.0モル当量、好ましくは0.5〜1.0モル当量である。多糖類を含む水溶液の乾燥は、通常、100〜120℃で10〜40時間程度行えばよい。この乾燥処理により、ホウ酸又はその誘導体のほとんどは多糖類の表面における水酸基とのエステル形成に消費される。
【0023】
なお、多糖類に含まれる単糖類単位のモル数は、通常、含有する多糖類(例えばセルロース)の重量を単糖類の分子量(例えばグルコース単位の分子量:162)で除することにより求めることができる。求まった単糖類単位のモル数に対して、上記したように、ホウ酸又はその誘導体0.01〜2.0モル当量を用いて処理する。この範囲をはずれると、多糖類の優れた耐解重合性は発揮されない。この場合、過剰のホウ酸が溶媒中に存在したり、或いは多糖類上に固体で存在することになり、解重合を逆に促進すると考えられる。
【0024】
上記ホウ酸又はその誘導体で処理された多糖類は、非水条件下で、加熱処理及び/又は酸処理しても解重合がほとんど進行せず安定化される。加熱処理としては、温度が300℃程度以下で処理した場合、有効に解重合が抑制される。また、酸処理としては、硫酸、塩酸、リン酸、硝酸、臭化水素酸等の無機酸、酢酸、トリフルオロ酢酸等の有機酸を挙げることができる。酸処理する場合も、温度が300℃程度以下であれば、有効に解重合が抑制される。
【0025】
例えば、実施例1にあるように、ホウ酸及び硫酸を添加したスルホランのセルロース懸濁液を200℃で6分間加熱処理した場合でも、セルロースの95重量%以上が回収される。
【0026】
なお、加熱処理及び/又は酸処理の条件は、非水系の条件下であれば特に限定されず、例えば、多糖類をホウ酸又はその誘導体が溶解した非プロトン性溶媒に分散乃至懸濁させたものを、そのまま加熱処理する、酸を添加する、酸を添加して加熱処理するなどが挙げられる。或いは、乾燥して得られるホウ酸又はその誘導体を含浸した多糖類を、そのまま加熱処理する、酸を添加する、酸を添加して加熱処理するなどが挙げられる。さらに、該多糖類を、他の材料(樹脂等)と混合、混練等する場合において加熱処理することも可能である。雰囲気は空気中、不活性ガス中等のいずれでもよいが、窒素等の不活性ガス中で処理することが好ましい。
【0027】
本発明の多糖類材料によれば、300℃程度以下の加熱処理及び/又は酸処理による解重合を効果的に抑制することができる。これにより、例えば多糖類としてセルロースを用いた場合には、セルロース本来の強度等の物理的特性が好適に維持される。
【0028】
本願明細書において解重合とは、熱及び酸により重合体が単量体に分解する化学反応を意味する。例えば、多糖類としてセルロースを用いた場合、セルロースがグルコース、レボグルコサン、レボグルコセノン、フルフラール等の低分子単量体に分解される反応を意味する。
【0029】
本発明の処理により得られる多糖類は、未処理の多糖類に比べて飛躍的に熱安定性及び酸安定性が高い。これは、多糖類界面分子の水酸基とホウ酸がエステルを形成して、単糖類ユニット間及び多糖類分子間を強固に連結しているためであると考えられる。例えば、多糖類としてセルロースを用いた場合、結晶性セルロースの界面分子の水酸基とホウ酸がエステルを形成して、グルコースユニット間及びセルロース分子間を強固に連結しているためであると考えられる。セルロース表面分子は、内側からは水素結合によって、外側からはホウ酸エステルによって、両面から固定されることになり、トランスグリコシレーションにおいて必要なコンフォメーション変化(イス型→半イス型)が著しく抑制されるために低分子化および熱分解が抑制されたものと考えられる。例えば、図3に模式図を示す。
【0030】
得られる多糖類は広範な用途に用いられる。例えば、分離膜、リアクター等の用いるセルロース及びデンプン系フィルムの熱安定化、セルロースを強化繊維としたFRP(繊維強化プラスチック)製造における強度低下抑制、セルロース系材料の高温下での着色防止剤などとして用いることができる。また、セルロースを含む材料(例えば、紙、フィルム等)の長期安定保存が可能である。
【実施例】
【0031】
本発明を、実施例を用いて更に詳述するが、これに限定されるものではない。
[セルロース試料]
セルロース試料として、セルロース粉末(東洋濾紙製、200〜300メッシュ)を用いた。その含水率は4.66%(絶乾標準)であり、収率の算出に際して含水率補正を行った。
[加熱処理の基本操作]
方法I:フラスコ中での加熱処理(図4)
30mlナス型フラスコに所定量のセルロース、所定量の硫酸を含むスルホラン、攪拌子を加え、スターラーで攪拌してセルロースを懸濁させた。冷却管、窒素の風船のついた三方コックをフラスコに取り付け、フラスコ及び冷却管内を窒素で置換した後、スターラーで攪拌しながら、常圧下で所定温度に調温したオイルバスに浸すことで加熱処理を行った。一定時間反応させた後、ドライヤーで15秒間風冷、氷水中で1分間冷却した。炭酸水素ナトリウム50mgを加えて中和する後処理を行った。
【0032】
方法II:アンプル中での加熱処理(図5)
片側を閉じ、洗浄(1N HClaq1.0ml×2、蒸留水1.0ml×5)、乾燥したパイレックス(登録商標)ガラス管に所定量のセルロースを加え、系内を窒素置換したアンプル(長さ6.0cm×内径1.0cm)を作成した。作成したアンプルは、針金(0.45mmφ)で吊り下げ、所定温度に設定したマッフル炉の上部より挿入して所定時間加熱処理した。加熱処理温度はマッフル炉上部より挿入した水銀温度計の示す値を用いた。水銀温度計の測定部はアンプルの試料部と同じ高さ(マッフル炉上側壁より6.5cm)とした。加熱処理後は、ドライヤーで30秒間風冷、氷水中で1分間冷却した。
[加熱処理後のスルホラン可溶部の分析]
(1)GPC分析
加熱処理後のスルホラン溶液をTHFで4倍に希釈してゲル濾過クロマトグラフィー(GPC分析)に供し、RID(示唆屈折率検出器)における分子量分布を得た。なお、スルホラン中の不純物(3,3’,4,4’-テトラヒドロキシビフェニル)によるピークによって分子量分布の解析が困難になるため、GPC分析に供するサンプルには、減圧蒸留を2回行って不純物を除去した精製スルホランを用いた。分析条件は以下の通りである
装置:Shimadz LC-10A,カラム:Shodex KF801+KF802,溶媒:THF,流速:1.0ml/分,検出器:示唆屈折率検出器(RID)、カラム室温度:40℃。
(2)1H-NMR分析
得られたスルホラン可溶部1.0mlに内部標準として7.48mg/mlのp-ジブロモベンゼン/スルホラン溶液100μlを加え、うち0.15mlを0.45mlの重クロロホルムおよびDMSO-d6にそれぞれ溶解させ、綿詮濾過したものをプロトン核磁気共鳴スペクトル(1H-NMR)分析に供した。分析にはBruckerAC-400(400MHz)を用いた。
(3)11B-NMR分析
加熱処理後のスルホラン溶液0.15mlに0.45mlのDMSO-d6を加え、綿詮濾過したものを外部標準法を用いて11B核磁気共鳴スペクトル(11B-NMR)分析した。分析にはBruckerAC-500(500MHz)を用いた。外部標準試料としては、ホウ酸(0.6wt%)を含むスルホラン0.15mlに0.45mlのDMSO-d6を加えて、綿詮濾過したものを用いた。
[実施例1]ホウ酸存在下のスルホラン中におけるセルロースの加熱処理
ホウ酸(0.9wt%)と硫酸(0.1wt%)を添加したスルホラン1.0mlにセルロース10.0mg(グルコースユニット換算で62μmol)を懸濁させ、上記の方法Iで200℃、2〜6分間加熱処理した。セルロースに対するホウ酸の添加量はグルコースユニット換算で3.0モル当量である。
【0033】
硫酸のみを添加したスルホラン中でのセルロースの加熱処理も併せて行った。
【0034】
スルホラン可溶部については各分析にそのまま供し、スルホランに不溶のセルロース残渣は、桐山ロートでろ過、洗浄(飽和炭酸水素ナトリウム水溶液1.0ml×2、蒸留水1.0ml×5)した後、ろ紙ごと105℃で24時間乾燥させ、重量を測定した。
【0035】
図6に、6分間加熱処理した後のスルホラン可溶部とスルホランに不溶の残渣の様子、残渣の回収率、スルホラン可溶部におけるレボグルコセノンとフルフラール類の生成量をまとめて示す。
【0036】
硫酸のみを添加した系では、セルロースは完全に可溶化し、スルホラン溶液は濃褐色へと変化した。これに対し、ホウ酸添加系では、セルロースはまったく可溶化せず、95%が淡褐色の残渣として回収され、スルホラン溶液も無色透明のままであった。スルホラン可溶部におけるレボグルコセノンおよびフルフラール類の生成量に注目すると、硫酸のみを添加した系では、これらの総収率は35.5%に達するのに対し、ホウ酸添加系では0.5%と著しく生成が抑制されていることが分かる。
【0037】
また、スルホラン可溶部のGPC分析結果を図7に示す。硫酸添加系においてはレボグルコセノンやフルフラール類などの低分子生成物およびそれらが重合したと考えられるピークが確認されたのに対し、ホウ酸添加系では、それらはいずれも確認されないことがわかった。また、スルホラン可溶部の1H-NMR分析[スルホラン可溶部/DMSO-d6=1/3(v/v)]においても、生成物は全く認められず、未反応のホウ酸のシグナルのみ(ホウ酸の回収率:81.2%)が確認された。すなわち、ホウ酸添加系においては、セルロースは全く可溶化していないことが明らかとなった。
【0038】
なお、ホウ酸の回収量が81.2%より、セルロースに作用したホウ酸の量は、セルロースのグルコースユニット換算で0.564モル当量[3.0×(1-0.812)]である。
【0039】
以上、硫酸添加系では、プロトン酸のトランスグリコシレーションに対する酸触媒効果により200℃という低温においてもセルロースはすみやかに可溶化されて、レボグルコセノンやフルフラール類およびそれらの重合物を与えるのに対して、ホウ酸の存在する系では、プロトン酸が存在するにもかかわらず、可溶化物は全く認められず、セルロースは未反応の残渣として回収されたことから、ホウ酸の存在によって、セルロースは可溶化に対し著しく安定化されていることが明らかとなった。
【0040】
ホウ酸がセルロースの可溶化を抑制するのは、ホウ酸が反応することでセルロース表面分子が安定化し、可溶化の進行を抑制しているからと考えられる。ホウ酸による安定化がセルロース表面分子への作用であることは、ホウ酸の80%以上が消費されず、未反応のまま回収されていることからも支持される。セルロース表面に対するホウ酸の作用機構は、セルロース表面の水酸基とのホウ酸エステル形成によるものと考えられる。
[実施例2]ホウ酸を含浸させたセルロースの加熱処理
(1)200→340℃、5℃/分
セルロース10.0mg(グルコースユニット換算で62μmol)に所定量のホウ酸、蒸留水150μlを加え、105℃で24時間乾燥させることでホウ酸含浸セルロース試料を調製した。ホウ酸の添加量は、セルロースのグルコースユニットに対して0.2モル当量(0.77mg)又は3.0モル当量(11.5mg)とした。調製した試料を、上記の方法IIで、アンプル中、180℃より昇温速度5℃/分で340℃まで加熱処理した。温度が200、220、240、260、280、300、320、340℃に達した時点で、アンプルをマッフル炉上部より10秒間取り出し、試料の様子を写真撮影した(図8)。
【0041】
図8によれば、未添加セルロースでは、240〜260℃から黄色化が始まり、300℃を越えたあたりから急激に黒色化(炭化)が進行する。これに対し、ホウ酸を0.2モル当量添加したセルロースでは、特に300℃以下の温度域において炭化が著しく抑制されていることがわかる。一方、ホウ酸を3.0モル当量添加したセルロースでは、逆に、炭化温度が低温にシフトし、220℃付近から黒色化(炭化)が始まるという興味深い結果が得られた。
【0042】
このような挙動は、上で述べたホウ酸の作用機構によって有意に説明することができる。ホウ酸を含浸させたセルロースの加熱処理においても、スルホラン系と同様にセルロースの表面分子がホウ酸と反応してエステルを形成すると考えられる。一方で、ホウ酸は弱いながらも酸としての作用をもつ。一般に、セルロースの熱分解では、硫酸、塩酸、塩化亜鉛などの酸性物質の添加により熱分解温度が著しく低温側にシフトすることが知られており、ホウ酸を3.0当量添加した系の挙動と合致する。ホウ酸は、水溶液中では極めて弱いブレンステッド酸であるが(pKa=9.2)、本来は弱いルイス酸とされる。熱分解においてホウ酸はルイス酸として作用するものと考えられるが、セルロース表面分子と反応してエステルを形成したホウ酸分子は、4価となる、あるいは固定されることによって酸としての作用を失う。ホウ酸の添加量が少ない場合には、系中の大部分のホウ酸がセルロース表面分子との反応で消費されるため、酸触媒としての作用は示さず、ホウ酸エステルの形成による安定化作用によって熱分解が抑制されたものと考えられる。一方、ホウ酸添加量が過剰な条件では、未反応のまま高濃度で存在するホウ酸が酸触媒として作用し、それがホウ酸エステル形成による熱分解抑制作用に勝った結果、炭化を進行したと考えられる。
(2)300℃
セルロース10.0mgより調製したホウ酸含浸セルロース試料を(II)の方法で、アンプル中、300℃で2〜10分間加熱処理した。ホウ酸の添加量は、セルロースのグルコースユニットに対して0〜3.0モル当量(0〜11.5mg)とした(図9)。
【0043】
図9より、ホウ酸添加量が0.5〜1.0当量のときに、炭化抑制効果が最も大きいことがわかる。また、添加量が少ない(0.05、0.2モル当量)の場合には、長時間の加熱での炭化抑制作用は相対的に小さいが、加熱初期ではむしろ相対的に大きな安定化作用を示すことも明らかになった。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】セルロースの結晶領域の分子構造の模式図である。
【図2】セルロースの熱重量分析(TGA)及び示唆熱分析(DTA)分析の一例を示す。
【図3】セルロースの解重合に対するホウ酸による安定化の機構を示す。
【図4】方法Iで用いる装置の模式図である。
【図5】方法IIで用いる装置の模式図である。
【図6】実施例1におけるセルロースの熱分解挙動を示す表である。
【図7】実施例1におけるスルホラン可溶部のGPC分析結果を示すグラフである。
【図8】実施例2において、セルロース、セルロース+ホウ酸(0.2mol eq)及びセルロース+ホウ酸(3.0mol eq)の各試料を、200〜340℃に昇温した時の経時写真を示す。
【図9】実施例2において、ホウ酸の含有量を変化させた各試料を(0.05〜3.0mol eq)、300℃で0〜10分処理した時の経時写真を示す。
【出願人】 【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
【出願日】 平成18年12月26日(2006.12.26)
【代理人】 【識別番号】100065215
【弁理士】
【氏名又は名称】三枝 英二

【識別番号】100076510
【弁理士】
【氏名又は名称】掛樋 悠路

【識別番号】100115484
【弁理士】
【氏名又は名称】林 雅仁


【公開番号】 特開2008−163053(P2008−163053A)
【公開日】 平成20年7月17日(2008.7.17)
【出願番号】 特願2006−350471(P2006−350471)