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【発明の名称】 新規蛍光性アミノ酸誘導体およびその製造方法
【発明者】 【氏名】瀧 真清

【氏名】宍戸 昌彦

【要約】 【課題】簡便な工程にて合成することができ、可視光のうち特に青色レーザー光領域で励起可能であり、光安定性がより高い新規蛍光性アミノ酸誘導体を提供することを課題とする。さらにその製造方法を提供することを課題とする。

【構成】アミノ酸で置換されたアクリドン誘導体であって、アミノ酸とアクリドン誘導体の間に求電子置換基を含む蛍光性アミノ酸誘導体による。従来のアミノフェニルアラニンを出発原料としてカップリング反応および分子内環化反応を経て蛍光団を形成させるかわりに、蛍光性のアクリドン誘導体を出発原料として用い、この物質に位置特異的な求電子置換反応を行わせて反応点をもたせ、この反応点を有するアクリドン誘導体と、アミノ酸誘導体とをカップリングさせることによる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミノ酸で置換されたアクリドン誘導体であって、アミノ酸とアクリドン誘導体の間に電子吸引基を含み、可視光で励起可能な新規蛍光性アミノ酸誘導体。
【請求項2】
電子吸引基がスルホニル基である請求項1に記載の蛍光性アミノ酸誘導体。
【請求項3】
水・エタノール(体積比1:1)の混合溶液中での極大吸収波長が370〜420nmの範囲である請求項1又は2に記載の蛍光性アミノ酸誘導体。
【請求項4】
アミノ酸で置換されたアクリドン誘導体が、アラニンで置換されたアクリドン誘導体である請求項1〜3のいずれか1項に記載の蛍光性アミノ酸誘導体。
【請求項5】
前記アラニンで置換されたアクリドン誘導体が、以下の式(I)で表される化合物である請求項4に記載の蛍光性アミノ酸誘導体。
【化1】


[式(I)において、Rは、水素原子、又はアミノ保護基、Rは、水素原子、又はカルボン酸エステル構造を表す。Rは、水素原子又は直鎖状若しくは分岐状の飽和若しくは不飽和脂肪族炭化水素基、置換基を有していてもよいシクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、アルキルオキシ基、アルケニルオキシ基、アルキニルオキシ基、アリールオキシ基若しくはアラルキルオキシ基、あるいは糖の残基を表す。]
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の蛍光性アミノ酸誘導体を含む試薬。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の蛍光性アミノ酸誘導体が、C末端、N末端又は内部に組み込まれてなる蛍光性ペプチド鎖あるいはタンパク質。
【請求項8】
さらに、請求項1〜5のいずれか1項に記載の蛍光性アミノ酸誘導体と干渉作用を有する他の蛍光物質又は消光物質を含んでなる請求項7に記載のペプチド鎖あるいはタンパク質。
【請求項9】
アクリドン誘導体を出発原料とし、該アクリドン誘導体に求電子反応基を付加して反応点をもたせる工程、および該反応点を有するアクリドン誘導体と、アミノ酸誘導体とをカップリングする工程を含む請求項1〜5のいずれか1項に記載の蛍光性アミノ酸誘導体の製造方法。
【請求項10】
求電子反応基がハロゲン化スルホニル基である請求項9に記載の蛍光性アミノ酸の製造方法。
【発明の詳細な説明】【技術分野】
【0001】
本発明は、光安定性に優れ、可視光のうち特に青色レーザー光領域で励起可能な新規蛍光性アミノ酸誘導体およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質などの生体分子の動態を調べる場合や生体分子間の相互作用は、蛍光体あるいは蛍光色素で分析対象物を標識する蛍光強度測定法が多く用いられている。このような蛍光色素としては、Alexa Fluor、BODIPY FL、Cascade Blue、FITC、Oregon Green、RITC、Texas Red、TRITC、Coumarin Maleimide、Cy Dye、Dansyl Chloride、Dansyl Hydrazineなどを用いることができる。
【0003】
機能側鎖を持つ非天然アミノ酸を合成し、それらを天然のアミノ酸と同様に位置特異的に導入したり、ペプチド合成系に導入することで、タンパク質の機能をほとんど損なわずにさまざまな機能基を導入することができる。例えば、タンパク質の特定部位に蛍光性物質を結合した非天然アミノ酸を組込んだり、蛍光性非天然アミノ酸をペプチド合成系に適用することができれば、生体分子の動態解析や生体分子間の相互作用の解析が、簡便かつより的確に行われることが期待される。
【0004】
アクリジン骨格を有する蛍光性アミノ酸の合成に関する報告がある(非特許文献1)。特徴的な蛍光寿命を有する新規アクリドン色素誘導体が開示されている(特許文献1)。また、特許文献1には、異なる蛍光性アクリドン色素誘導体セットに関し、各色素の蛍光寿命が変化する特徴を有し、マルチパラメーター分析に特に有用であるアクリドン色素誘導体についても報告されている。しかし、これらに報告された蛍光性アミノ酸あるいはアクリドン色素誘導体は、主に紫外光で励起して使用するのに適切な蛍光物質である。一方、可視光で励起可能であり、光安定性を高めた蛍光物質として、BODIPY(R)(Molecular Probes社)骨格を有する化合物が市販されている。該化合物は、モル吸光係数および蛍光の分子収率が大きいため、強い蛍光を発するものの、側鎖のサイズが大きく、タンパク質導入によりタンパク質の高次構造を破壊してしまうため、タンパク質内部への導入が困難である。
【0005】
生体分子の動態解析や生体分子間の相互作用の解析には、可視アルゴンレーザーを光源とする共焦点顕微鏡やマイクロプレートリーダーなどの汎用の測定器が用いられている。近年、青色半導体レーザーの開発が進み、この青色レーザーを光源とする非常にコンパクトな測定機器が使用に供されてきた。この測定機器を用いて上記の解析を行うには、青色レーザー光を効果的に吸収する、紫外領域から短波長可視域に吸収を有する蛍光色素が必要となる。
【0006】
青色レーザー光を用いる測定機器に対応する蛍光性アミノ酸として、蛍光プローブであるアクリドニル基を側鎖にもつ非天然アミノ酸の一種であるL-2-acridonyl Alanine(acdAla)が候補として挙げられる。acdAlaはタンパク質の蛍光ラベルに必要な、(1)トリプトファンなどの蛍光性アミノ酸よりも長波長側に吸収と蛍光波長をもつ、(2)蛍光量子収率が高い、(3)蛍光性側鎖のサイズが小さい、という条件を比較的満たしている。しかし、Boc保護されたBoc−acdAlaは、製造時(合成時)に6段階の反応工程が必要であり、そのうちのいくつかの反応において収率が低下してしまうという問題点があった。そのため製造に手間と時間がかかるだけでなく、収率も低いものであった。
【非特許文献1】Helvetica Chimica Acta., 86, 3326 (2003)
【特許文献1】特表2005-500406号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、簡便な工程にて製造することができ、かつペプチド合成系に適用可能な非天然アミノ酸からなり、可視光のうち特に青色レーザー光領域で励起可能であり、光安定性が高い新規蛍光性アミノ酸誘導体を提供することを課題とする。さらにその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは鋭意研究を重ねた結果、従来のアミノフェニルアラニンを出発原料としてカップリング反応および分子内環化反応を経て蛍光団を形成させるかわりに、蛍光性のアクリドン誘導体を出発原料として用い、この物質に位置特異的な求電子置換反応を行わせて反応点をもたせ、この反応点を有するアクリドン誘導体と、アミノ酸誘導体とをカップリングすることで、簡便にアクリドン骨格を有する新規蛍光性アミノ酸誘導体を得ることに成功し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち本発明は以下よりなる。
1.アミノ酸で置換されたアクリドン誘導体であって、アミノ酸とアクリドン誘導体の間に電子吸引基を含み、可視光で励起可能な新規蛍光性アミノ酸誘導体。
2.電子吸引基がスルホニル基である前項1に記載の蛍光性アミノ酸誘導体。
3.水・エタノール(体積比1:1)の混合溶液中での極大吸収波長が370〜420nmの範囲である前項1又は2に記載の蛍光性アミノ酸誘導体。
4.アミノ酸で置換されたアクリドン誘導体が、アラニンで置換されたアクリドン誘導体である前項1〜3のいずれか1項に記載の蛍光性アミノ酸誘導体。
5.前記アラニンで置換されたアクリドン誘導体が、以下の式(I)で表される化合物である前項4に記載の蛍光性アミノ酸誘導体。
【化1】


[式(I)において、Rは、水素原子、又はアミノ保護基、Rは、水素原子、又はカルボン酸エステル構造を表す。Rは、水素原子又は直鎖状若しくは分岐状の飽和若しくは不飽和脂肪族炭化水素基、置換基を有していてもよいシクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、アルキルオキシ基、アルケニルオキシ基、アルキニルオキシ基、アリールオキシ基若しくはアラルキルオキシ基、あるいは糖の残基を表す。]
6.前項1〜5のいずれか1項に記載の蛍光性アミノ酸誘導体を含む試薬。
7.前項1〜5のいずれか1項に記載の蛍光性アミノ酸誘導体が、C末端、N末端又は内部に組み込まれてなる蛍光性ペプチド鎖あるいはタンパク質。
8.さらに、前項1〜5のいずれか1項に記載の蛍光性アミノ酸誘導体と干渉作用を有する他の蛍光物質又は消光物質を含んでなる前項7に記載のペプチド鎖あるいはタンパク質。
9.アクリドン誘導体を出発原料とし、該アクリドン誘導体に求電子反応基を付加して反応点をもたせる工程、および該反応点を有するアクリドン誘導体と、アミノ酸誘導体とをカップリングする工程を含む前項1〜5のいずれか1項に記載の蛍光性アミノ酸誘導体の製造方法。
10.求電子反応基がハロゲン化スルホニル基である前項9に記載の蛍光性アミノ酸の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の新規蛍光性アミノ酸誘導体は、可視光のうち特に青色レーザー光領域で励起可能であり、光安定性がより高い蛍光物質である。以下、本発明の新規蛍光性アミノ酸誘導体を、単に「本発明の蛍光物質」という場合がある。本発明の蛍光物質は、Boc又はFmoc保護蛍光アミノ酸などとして利用することができ、ペプチド自動合成機を用いて蛍光性ペプチドを大量に合成することができる。蛍光性ペプチドは、各種分析、検査等に広く活用される。例えば、異なる波長領域に吸収および発光波長を有する既存の蛍光物質と、本発明の蛍光物質を1分子のペプチド又はタンパク質に組み込むことで、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)を起こすことができる。また、既存の電子受容性物質と、本発明の蛍光物質とを1分子のペプチド又はタンパク質に組み込むことで、分子内電子移動消光を起こすことができる。このような電子移動消光を用いてセンシングやプロテアーゼ作用解析などを行うことができる。この場合、ペプチド又はタンパク質が切断を受けることで、蛍光が回復する。
【0011】
さらに、本発明の蛍光物質は、光安定性の高い市販の蛍光性物質(例えばBODIPY FL(R), Invitrogen社)や、既に開発されているアクリドン骨格を有する蛍光性アミノ酸誘導体などの光安定性と同等であり、かつ従来の蛍光性アミノ酸誘導体に比べて合成の手間が大幅に削減され、コストの低減化が可能である。さらに本発明の蛍光物質は、蛍光性アミノ酸誘導体として大量合成(製造)が可能なため、ペプチド自動合成器を用いて様々な蛍光性ペプチドを簡便に製造することができる。さらに、タンパク質生合成系の拡張により、タンパク質に本発明の蛍光性アミノ酸誘導体を組み込むことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の蛍光物質は、アミノ酸で置換されたアクリドン誘導体であって、アミノ酸とアクリドン誘導体の間に、求電子反応基を含む新規蛍光性アミノ酸誘導体である。本発明の蛍光物質において置換されているアミノ酸は、特に限定されないが、中性アミノ酸が好適であり、さらには分子量の比較的小さいアミノ酸が好適である。このようなアミノ酸として最も好適にはアラニンが挙げられる。また、置換されるアミノ酸は、アミノ酸そのものであっても良いが、安定性、取扱いの容易さ等を考慮し、保護基や各種置換基を有するアミノ酸誘導体であっても良い。また、本発明の蛍光物質において含まれる求電子反応基は、製造工程においてアクリドン誘導体に付加されたときに、求電子反応点を含むものであれば良く、特に限定されないが、例えばハロゲン化スルホニル基が好適であり、特に好適には塩化スルホニル基である。
【0013】
本発明の蛍光物質は、以下の式(I)で表されるアミノ酸で置換されたアクリドン誘導体である。
【化2】


【0014】
式(I)において、Rは、水素原子、又はアミノ保護基、Rは、水素原子、又はカルボン酸エステル構造を表す。アミノ保護基は、特に限定されないが、例えばアセチル基、ベンゾイル基、ベンジルオキシカルボニル基、トシル基又はt-ブトキシカルボニル(Boc)基、9-フルオレニルメトキシカルボニル(Fmoc)基等により保護される。カルボン酸エステル構造は、特に限定されないが、例えば置換された若しくは未置換のアルキルエステル(例えばメチルエステル、エチルエステルなど)、アリールアルキルエステル(例えばベンジルエステル、p−メトキシベンジルエステルなど)が挙げられ、ニトロ基、シアノ基等を含んでいてもよい。Rは、水素原子又は直鎖状若しくは分岐状の飽和若しくは不飽和脂肪族炭化水素基、置換基を有していてもよいシクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、アルキルオキシ基、アルケニルオキシ基、アルキニルオキシ基、アリールオキシ基若しくはアラルキルオキシ基、あるいは糖の残基を表す。合成(製造)効率を高めるため、Rが水素原子の場合に、アクリドン誘導体のNH基が反応点となるのを回避するために、RはCHなどで保護されていても良い。ここで、糖の反応残基とは糖とアクリドン誘導体との反応により糖分子から一個の水酸基が脱離した構造の糖をいう。糖としては、単糖類、二糖類および多糖類が挙げられ、具体的にはグルコース、フラクトース、ガラクトースなどの単糖類や、マルトース、スクロース、ラクトース、トレハロースなどの二糖類が好ましい。式(I)で表される化合物として、L体、D体又はラセミ体が挙げられ、好ましくはL体が挙げられる。
【0015】
上記で示される化合物のうち、acdAlaの光物理化学的特性を保持し、かつ短いステップで製造可能な非天然アミノ酸として、最も好適には2-tert-ブトキシカルボニルアミノ-3-(10-メチル-9-オキソ-9,10-ジヒドロ-アクリジン-2-スルホニルアミノ)-プロピオン酸(2-tert-Butoxycarbonylamino-3-(10-methyl-9-oxo-9,10-dihydro-acridine-2-sulfonylamino)-propionic acid (SacdAla))を例示することができる。
【0016】
本発明の蛍光物質は、可視光のうち特に青色レーザー光領域で励起可能であり、光安定性がより高い蛍光物質である。例えば水・エタノール(体積比1:1)の混合溶液中で、極大吸収波長が370〜420nm、好適には380〜410nmの範囲で励起可能であり、具体的には波長405nmでの励起が可能である。また本発明の蛍光物質の蛍光スペクトルは410nm以上であり、特に420〜500nmの蛍光を発する。
【0017】
本発明の蛍光物質は、さまざまな標的生物材料を標識し、蛍光特性を与えることができる。本発明の蛍光物質は、アラニンなどのアミノ酸で置換されているため、Boc又はFmoc保護蛍光アミノ酸として利用することができ、ペプチド自動合成機を用いて蛍光性ペプチドを大量に合成することができる。ペプチドの合成方法は、自体公知の方法を用いて行うことができる。さらに、自体公知の方法により、タンパク質に導入することもできる。本発明の蛍光物質、すなわち非天然アミノ酸を導入する方法として、具体的には、岡山大学の宍戸研究室での非天然アミノ酸をタンパク質合成系に組み込むため方法(http://www.biotech.okayama-u.ac.jp/labs/sisido/sisido1.html、http://www.biotech.okayama-u.ac.jp/labs/sisido/sisido2.html)を適用することができる。
【0018】
蛍光性ペプチドは、例えば蛍光性ペプチドプローブ、合成基質、消光性蛍光基質等として利用することができる。例えば、蛍光性ペプチドプローブの場合は、ペプチドの構造変化を蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)の特性変化として検出するセンサー分子として利用することができる。また、既存の電子受容性物質と、本発明の蛍光物質とを1分子のペプチド又はタンパク質に組み込むことで、分子内電子移動消光を起こすことができる。このような電子移動消光を用いてセンシングやプロテアーゼ作用解析などを行うことができる。この場合、ペプチド又はタンパク質が切断を受けることで、蛍光が回復する。さらに、蛍光性ペプチドプローブを抗原として抗原抗体反応をさせることで、抗体と抗原の相互作用を解析することができ、同様に特定のタンパク質受容体と該タンパク質の相互作用等を解析することもできる。
【0019】
FRET用蛍光基質については、本発明の蛍光物質をC末端、N末端又はペプチド鎖内部に組み込み、さらに前記蛍光物質と干渉作用を有する他の蛍光物質を含む蛍光性ペプチド鎖を合成することにより調製することができる。本発明の蛍光物質に対して、干渉作用を有する他の蛍光性物質の例として、極大吸収波長が420nmよりも短い波長領域にあり、発光波長が420〜500nmの蛍光物質が挙げられる。具体的にはアントラセン骨格、10H-アクリジン-9-オン(10H-acridin-9-one)骨格、2-(メチル)アミノ-ベンズアミド(2-(Methyl)amino-benzamide)骨格(Taki et al.,Nuc.Acid.Res.Supl., 203-204 (2002))、あるいは2-アミノ-ベンズアミド(2-aminobenzamide)骨格(Taki et al., FEBS Lett., 35-38, 507 (2001))を含む蛍光物質などが挙げられる。また、本発明の蛍光物質に対して、干渉作用を有する他の蛍光性物質の別の例として、本発明の蛍光物質よりも長波長側の領域に極大吸収波長を有するものであってもよい。本発明の蛍光物質と、干渉作用を有する他の蛍光物質の間に、例えば特定のプロテアーゼにより切断されるようなアミノ酸配列を設けたペプチドを合成することで、両蛍光物質の干渉作用を利用し、プロテアーゼの作用を解析することができる。
現在、既存の蛍光物質を組み込んだ蛍光性ペプチドは、既に実用化されているものの、本発明の蛍光物質により、さらに有用な蛍光性ペプチドを製造することができる。
【0020】
タンパク質の位置特異的に非天然アミノ酸である本発明の蛍光物質を導入するためには、まずタンパク質生合成の原理を考えなくてはならない。タンパク質生合成は、DNAに書き込まれた遺伝情報がそれに対応するアミノアシルtRNAに結合し、tRNAに結合していたアミノ酸がペプチド鎖に取り込まれていくことにより行われる。このことを利用して、特別なコドンを本発明の蛍光物質に割り当てることで、位置特異的に本発明の蛍光物質(非天然アミノ酸)をタンパク質に取り込むことができる。
【0021】
非天然アミノ酸を、タンパク質合成系に導入するために、tRNAに非天然型アミノ酸を結合したものを使用することができる。アミノアシル化tRNAは、通常用いられるアミノアシルtRNA合成酵素(ARS)を用いることなく行うことができる。例えば、tRNAの末端付近とだけ対合するようなペプチド核酸を作製し、その末端にアミノ酸活性エステルを結合させておく。すると、ペプチド核酸はtRNAに結合し、アミノ酸はペプチド核酸からtRNAの方に移動し、特定のtRNAに特定のアミノ酸を結合することができる。
【0022】
非天然アミノ酸は、4塩基コドンを用いて特定することができる。使用可能な4塩基コドンはすでに公表されている。mRNA上の特定の4塩基コドンをそれに対応する4塩基アンチコドンをもつtRNAで読み取ることで、非天然アミノ酸をタンパク質生合成系に取り込むことができる。例えば、アルギニンのマイナーコドンであるCGGの後ろにGをつけた4塩基コドンCGGGを用いることができる。CGGGコドンは、アンチコドンCCCGをもつフレームシフト抑制tRNAで読み取られる。しかし、アルギニンを担持する内在性のtRNAが結合し、3塩基CGGとして翻訳された場合には、読み枠が1塩基分ずれ、その下流で現れる終止コドンによって、合成は終結し、途中で停止した短いペプチドとなる。よって、4塩基コドンとして翻訳された場合のみ完全長のタンパク質として発現できる。この方法によると、終結因子との競合がないため、非天然アミノ酸を導入した完全長のタンパク質の発現効率が高く、また複数の別々の4塩基コドンを用いて、別々の非天然アミノ酸の同時導入が可能である。
【0023】
本発明の蛍光物質は、上述したように可視光のうち特に青色レーザー光領域で励起可能であるので、汎用されている測定機器を用いて、各種測定および検出することができる。また、生体試料は夾雑物質を多く含み、測定対象物以外の夾雑物質には蛍光性物質が含まれている可能性があり、測定系においてバックグラウンドノイズを低減化させることは重要な課題であった。生体試料中の夾雑物質が発する蛍光の蛍光寿命は、0〜5ナノ秒程度であり、本発明の蛍光物質の蛍光寿命は、13〜14ナノ秒程度である。本発明の蛍光物質を各種測定、検出等の分析に利用すると、夾雑物質の蛍光が消光した後に、本発明の蛍光物質で標識された測定対象物の蛍光を検出することができる。これにより、バックグラウンドノイズが軽減された状態で、特異性があり、感度の高い検出系を確立することができる。
【0024】
本発明の蛍光物質は上述の蛍光性ペプチドや蛍光物質を導入したタンパク質を調製するための蛍光性試薬としても提供することができる。また、本発明は、本発明の蛍光物質をC末端、N末端又は内部に組み込まれてなる蛍光性ペプチド鎖あるいはタンパク質にもおよび、さらには本発明の蛍光物質と干渉作用を有する他の蛍光物質又は消光物質を含んでなるペプチド鎖あるいはタンパク質にも及ぶ。
【実施例】
【0025】
以下実施例を示して、製造方法、本蛍光物質の特性等を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲内で種々の応用が可能である。本発明の蛍光物質の製造方法の代表的なスキームを図1に示す。
【0026】
(実施例1)アラニン置換アクリドン誘導体(2-tert-Butoxycarbonylamino-3-(10-methyl-9-oxo-9,10-dihydro-acridine-2-sulfonylamino)-propionic acid (SacdAla))の製造
【0027】
1)スルホニル基を含むアクリドン誘導体の合成
(10-メチル-9-オキソ-9,10-ジヒドロ-アクリジン-2-スルホニル クロリド(10-Methyl-9-oxo-9,10-dihydro-acridine-2-sulfonyl chloride))(2)の合成について、以下に示す。
【0028】
【化3】


【0029】
【表1】


【0030】
氷冷したフラスコに、HSOCl(和光純薬)約3mLを加えた。そこに、表1に示す材料、10-メチル-9(10H)-アクリジン(10-methyl-9(10H)-acridine) (1)200mgを少量ずつ加え、攪拌した。 薄層クロマトグラフィー(TLC) で様子をみながら氷冷下で一時間ほど攪拌した。得られた反応物を、氷を含む容器に滴下して反応を止め、沈殿物を形成させた。
【0031】
前記沈殿物を吸引ろ過し、テトラヒドロフラン(Tetrahydrofuran :THF)で軽く水を洗い流し、真空ポンプで乾燥させた。10-メチル-9(10H)-アクリジン(1)および得られた化合物10-メチル-9-オキソ-9,10-ジヒドロ-アクリジン-2-スルホニルクロリド(2)をH−NMRにより分析した。その結果を図2および図3に示し、さらに6.5−9.5ppmのNMRのスペクトルをさらに図4および図5に示した。
【0032】
図4および図5を比較すると、ピーク数が4本から7本に増加しており、電子吸引性であるSOClの付加により、シグナルh,gは低磁場へとシフトした。また、図5より、積分比からもシグナルhが1プロトン分だと仮定すると、この分子の持つ芳香環プロトンは全部で7プロトン分存在することがわかるので、目的の化合物だと判断した。収率は、60%であった。
【0033】
2)Boc保護アラニンを置換したアクリドン誘導体の合成1
(2-tert-ブトキシカルボニルアミノ-3-(10-メチル-9-オキソ-9,10-ジヒドロ-アクリジン-2-スルホニルアミノ)-プロピオン酸(2-tert-butoxycarbonylamino-3-(10-methyl-9-oxo-9,10-dihydro-acridine-2-sulfonylamino)-propionic acid))(3)の合成について、以下に示す。
【0034】
【化4】


【0035】
【表2】


【0036】
表2に示す材料(2)110mgをジクロロメタン(DCM)(和光純薬)12mLに溶かした。それに、Boc−Dap−OH(Bachem社) 80mgを加え、トリエチルアミン(TEA)(和光純薬)6mLを少量ずつ加え、室温で終夜攪拌した。反応終了後、溶媒をエバポレータで除去し、5%NaHCO(aq)を加えた。さらに、酸性になるまで0.3N HClを加え、沈殿物を形成させた。得られた沈殿物を吸引ろ過し、デシケータで乾燥させた。Boc−Dap−OHおよび得られた化合物(3)2-tert-ブトキシカルボニルアミノ-3-(10-メチル-9-オキソ-9,10-ジヒドロ-アクリジン-2-スルホニルアミノ)-プロピオン酸をH−NMRにより分析した。その結果を図6および図7に示した。さらに、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製して得られた物質についてのH−NMRによる分析結果を図8に示した。
【0037】
3)Boc保護アラニンを置換したアクリドン誘導体の合成1
(2-tert-ブトキシカルボニルアミノ-3-(10-メチル-9-オキソ-9,10-ジヒドロ-アクリジン-2-スルホニルアミノ)-プロピオン酸シアノメチルエステル(2-tert-butoxycarbonylamino-3-(10-methyl-9-oxo-9,10-dihydro-acridine-2-sulfonylamino)-propionic acid cyanomethyl ester))(4)の合成について、以下に示す。
【0038】
【化5】


【0039】
【表3】


【0040】
表3に示す材料(3)10mgをアセトニトリル(MeCN)(和光純薬)600μL、TEA(和光純薬) 300μLに溶かした。それに、クロロアセトニトリル(Cl−CH−CN)(ナカライテスク)100μLをゆっくり滴下し、室温にて終夜攪拌した。得られた化合物2-tert-ブトキシカルボニルアミノ-3-(10-メチル-9-オキソ-9,10-ジヒドロ-アクリジン-2-スルホニルアミノ)-プロピオン酸シアノメチルエステル(4)をH−NMRにより分析した。その結果を図9に示した。
【0041】
その結果、3−7ppm付近にBoc−Dap−OHの特徴的なピークは、電子吸引基であるSOと結合することにより低磁場へシフトしていることが確認された。7−9ppm付近の芳香環のピークも図5のように帰属できる。シグナルhがプロトン1つ分だと仮定すると、プロトン比が構造と一致している。これにより目的の化合物(SacdAla)が得られたことが確認された。
【0042】
(実験例1)Boc−SacdAla−OHの吸収スペクトル
実施例1で調製したBoc−SacdAla−OHを、1.0×10-5Mの濃度で、(1)PBS(pH7.0)、(2)PBSおよびエタノールを1:1の割合で混合した溶液、(3)エタノール、(4) KHSO(aq)および(5) NaHCO(aq)の5種の各液に溶解し、吸収スペクトルを日本分光社JASCO「V560」を用いて室温にて測定した。その結果、Boc−SacdAla−OHの極大吸収波長は390〜405nm付近であり、405nmのレーザー光光源を用いた励起が可能であることが示唆された(図10)。
【0043】
(実験例2)Boc−SacdAla−OHの蛍光スペクトル
実施例1で調製したBoc−SacdAla−OHを、1.0×10-8Mの濃度で、(1)PBS(pH7.0)、(2)PBSおよびエタノールを1:1の割合で混合した溶液、(3)エタノール、(4) KHSO(aq)および(5) NaHCO(aq)の5種の各液に溶解し、励起波長390nmとしたときの蛍光スペクトルを、Jobin-Yvon/堀場製作所ISA 「FluoroMax-2」を用いて室温にて測定した。その結果、Boc−SacdAla−OHは430nm付近で蛍光を発することが確認された(図11)。
【0044】
(実験例3)Boc−SacdAla−OHの光安定性
実施例1で調製したBoc−SacdAla−OHを、1.0×10-8Mの濃度で、超純水(milliQ)に溶解したときの光安定性スペクトルについて、励起波長390nm、蛍光波長430nmの条件で測定した。その結果を図12に示した。60時間経過後であっても、90%以上の蛍光強度が維持されており、安定であることが確認された。
【0045】
(実験例4)蛍光寿命について
実施例1で調製したBoc−SacdAla−OHを、1.0×10-8Mの濃度で、超純水(milliQ)およびエタノールを1:1の割合で混合した溶液で溶解し、励起波長390nm、蛍光波長430nmの条件で測定したときの蛍光強度を、−30℃に冷却した浜松ホトニクス社 Hamamatsu 「microchannel photomultiplier tube」を用いて室温にて測定し、蛍光寿命を計測した。
その結果、得られた蛍光寿命は、τ=13.6ナノ秒であった。
【産業上の利用可能性】
【0046】
以上詳述したように、本発明の蛍光物質は、Boc又はFmoc保護蛍光アミノ酸などとして利用することができ、ペプチド自動合成機を用いて蛍光性ペプチドを大量に合成することができる。蛍光性ペプチドは、各種分析、検査等に広く活用される。
【0047】
例えば、異なる波長領域に吸収および発光波長を有する既存の蛍光物質と、本発明の蛍光物質を1分子のペプチド又はタンパク質に組み込むことで、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)を起こすことができる。また、既存の電子受容性物質と、本発明の蛍光物質とを1分子のペプチド又はタンパク質に組み込むことで、分子内電子移動消光を起こすことができる。このような電子移動消光を用いてセンシングやプロテアーゼ作用解析などを行うことができる。この場合、ペプチド又はタンパク質が切断を受けることで、蛍光が回復する。
【0048】
本発明の蛍光物質は、光安定性の高い市販の蛍光性物質(例えばBODIPY FL(R), Invitrogen社)や、既に開発されているアクリドン骨格を有する蛍光性アミノ酸誘導体などの光安定性と同等であり、かつ従来の蛍光性アミノ酸誘導体に比べて、合成の手間が大幅に削減可能であり、コスト削減が可能である。本発明の蛍光物質は、蛍光性アミノ酸誘導体として大量合成が可能なため、ペプチド自動合成器を用いて様々な蛍光性ペプチドを簡便に合成することができ、タンパク質への導入も可能である。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の新規蛍光性アミノ酸誘導体の合成スキームを示す図である。
【図2】10-メチル-9(10H)-アクリジンのH−NMRでの解析結果を示す図である。(実施例1)
【図3】10-メチル-9-オキソ-9,10-ジヒドロ-アクリジン-2-スルホニル クロリドのH−NMRでの解析結果を示す図である。(実施例1)
【図4】6.5ppm-9.5pmでの10-メチル-9(10H)-アクリジンのH−NMRでの解析結果を示す図である。(実施例1)
【図5】6.5ppm-9.5pmでの10-メチル-9-オキソ-9,10-ジヒドロ-アクリジン-2-スルホニル クロリドのH−NMRでの解析結果を示す図である。(実施例1)
【図6】Boc−Dap−OHのH−NMRでの解析結果を示す図である。(実施例1)
【図7】2-tert-ブトキシカルボニルアミノ-3-(10-メチル-9-オキソ-9,10-ジヒドロ-アクリジン-2-スルホニルアミノ)-プロピオン酸のH−NMRでの解析結果を示す図である。(実施例1)
【図8】2-tert-ブトキシカルボニルアミノ-3-(10-メチル-9-オキソ-9,10-ジヒドロ-アクリジン-2-スルホニルアミノ)-プロピオン酸の精製物のH−NMRでの解析結果を示す図である。(実施例1)
【図9】2-tert-ブトキシカルボニルアミノ-3-(10-メチル-9-オキソ-9,10-ジヒドロ-アクリジン-2-スルホニルアミノ)-プロピオン酸シアノメチルエステルのH−NMRでの解析結果を示す図である。(実施例1)
【図10】Boc−SacdAla−OHの吸収スペクトルを示す図である。(実験例1)
【図11】Boc−SacdAla−OHの蛍光スペクトルを示す図である。(実験例2)
【図12】Boc−SacdAla−OHの安定性を示す図である。(実施例3)
【出願人】 【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
【出願日】 平成18年7月4日(2006.7.4)
【代理人】 【識別番号】100088904
【弁理士】
【氏名又は名称】庄司 隆

【識別番号】100124453
【弁理士】
【氏名又は名称】資延 由利子

【識別番号】100135208
【弁理士】
【氏名又は名称】大杉 卓也


【公開番号】 特開2008−13456(P2008−13456A)
【公開日】 平成20年1月24日(2008.1.24)
【出願番号】 特願2006−184294(P2006−184294)