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【発明の名称】 切削工具用硬質皮膜
【発明者】 【氏名】目崎 俊介

【氏名】中村 宗宏

【氏名】佐藤 彰

【要約】 【課題】密着性及び硬度が改善され、高硬度焼入鋼に対する耐摩耗性が飛躍的に向上した極めて実用性に秀れた切削工具用硬質皮膜の提供。

【解決手段】超硬合金から成る切削工具用基材上に形成され、金属元素及び半金属元素として少なくともTiとSiを含む窒化物若しくは炭窒化物を2層以上積層させて成る切削工具用硬質皮膜であって、この硬質皮膜を、前記基材直上に設けられるTiを主成分とする窒化物若しくは炭窒化物から成る第一皮膜層と、この第一皮膜層上に設けられる柱状組織を有する第二皮膜層と、この第二皮膜層上に設けられる粒状の微細結晶及び非晶質部が混在した第三皮膜層とで形成し、この第二皮膜層と第三皮膜層の含有成分の種類は同一とし、更に、この第二皮膜層と第三皮膜層とは互いに接した状態で設ける。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
WCを主成分とする硬質粒子とCoを主成分とする結合材とで構成された超硬合金から成る切削工具用基材上に形成され、金属元素及び半金属元素として少なくともTiとSiを含む窒化物若しくは炭窒化物を2層以上積層させて成る切削工具用硬質皮膜であって、この硬質皮膜は、前記基材直上に設けられるTiを主成分とする窒化物若しくは炭窒化物から成る第一皮膜層と、この第一皮膜層上に設けられる柱状組織を有する第二皮膜層と、この第二皮膜層上に設けられる粒状の微細結晶及び非晶質部が混在した第三皮膜層とで形成され、この第二皮膜層と第三皮膜層の含有成分の種類は同一であり、更に、この第二皮膜層と第三皮膜層とは互いに接した状態で設けられていることを特徴とする切削工具用硬質皮膜。
【請求項2】
請求項1記載の切削工具用硬質皮膜において、前記第三皮膜層の粒状微細結晶は平均粒径が1nm以上50nm以下であり、前記第一皮膜層,前記第二皮膜層及び前記第三皮膜層は夫々NaCl型結晶構造を有することを特徴とする切削工具用硬質皮膜。
【請求項3】
請求項1,2いずれか1項に記載の切削工具用硬質皮膜において、前記第三皮膜層内に粒状微細結晶に比べて相対的に大きな粒径の結晶粒が集まった領域があり、その領域が前記第二皮膜層と前記第三皮膜層の境界部から前記第三皮膜層の内部に向かって突起状に存在し、その突起状領域の大きさが皮膜厚さ方向に50nm以上あることを特徴とする切削工具用硬質皮膜。
【請求項4】
請求項1〜3いずれか1項に記載の切削工具用硬質皮膜において、前記第一皮膜層と前記第二皮膜層との間に、Tiを主成分とする窒化物若しくは炭窒化物から成る第一中間皮膜層と、金属元素及び半金属元素として少なくともTiとSiを含む窒化物若しくは炭窒化物から成る第二中間皮膜層とを、夫々厚さ50nm以下で計20層以上積層して形成された第四皮膜層が設けられていることを特徴とする切削工具用硬質皮膜。
【請求項5】
請求項1〜4いずれか1項に記載の切削工具用硬質皮膜において、前記第二皮膜層及び前記第三皮膜層は、金属及び半金属成分が原子%で、
Ti(100-X-Y)Cr(X)Si(Y)
ただし、10≦Cr≦30,10≦Si≦40
であり、非金属元素としてN,Cのうち1つ以上を含み、不可避不純物を含むものであることを特徴とする切削工具用硬質皮膜。
【発明の詳細な説明】【技術分野】
【0001】
本発明は、エンドミル,ドリル等の切削工具に被覆して耐摩耗性を向上させるための硬質皮膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、金属切削用工具に被覆する硬質皮膜としては主にTiN,TiCN若しくはTiAlNが採用されている。特に、特開昭62−56565号公報(特許文献1)及び特開平2−194159号公報(特許文献2)等に開示されるTiAlN系皮膜は、TiNにAlを添加することで硬度と耐熱性を改良したもので、耐摩耗性の良さから、焼入れ鋼を含む鉄鋼材料を加工するための切削工具用硬質皮膜として広く用いられている。
【0003】
ところで、近年では更に高硬度な材料の切削を実現するための工具が求められてきており、例えば特許第3248897号公報(特許文献3)や特許第3248898号公報(特許文献4)等には、TiAlN皮膜とTiSiN系皮膜とを積層して成る切削工具用硬質皮膜が開示されている。
【0004】
【特許文献1】特開昭62−56565号公報
【特許文献2】特開平2−194159号公報
【特許文献3】特許第3248897号公報
【特許文献4】特許第3248898号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、SKD11などに代表される高硬度焼入鋼の切削においては、上記特許文献3,4に開示される皮膜でも耐摩耗性が十分とは言えず、更に耐摩耗性能を向上させた切削工具用硬質皮膜の提供が課題となっている。
【0006】
本発明は、上述のような現状に鑑み、皮膜組成と皮膜の結晶性及び皮膜層構成について鋭意研究した結果、基材と皮膜との密着性を向上させることにより上記課題を解決できるとの知見を得て完成したもので、基材上に積層される多層皮膜を所定の組織構造とすることにより、皮膜の密着性及び硬度が改善され、高硬度焼入鋼に対する耐摩耗性が飛躍的に向上する極めて実用性に秀れた切削工具用硬質皮膜を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
添付図面を参照して本発明の要旨を説明する。
【0008】
WCを主成分とする硬質粒子とCoを主成分とする結合材とで構成された超硬合金から成る切削工具用基材上に形成され、金属元素及び半金属元素として少なくともTiとSiを含む窒化物若しくは炭窒化物を2層以上積層させて成る切削工具用硬質皮膜であって、この硬質皮膜は、前記基材直上に設けられるTiを主成分とする窒化物若しくは炭窒化物から成る第一皮膜層と、この第一皮膜層上に設けられる柱状組織を有する第二皮膜層と、この第二皮膜層上に設けられる粒状の微細結晶及び非晶質部が混在した第三皮膜層とで形成され、この第二皮膜層と第三皮膜層の含有成分の種類は同一であり、更に、この第二皮膜層と第三皮膜層とは互いに接した状態で設けられていることを特徴とする切削工具用硬質皮膜に係るものである。
【0009】
また、請求項1記載の切削工具用硬質皮膜において、前記第三皮膜層の粒状微細結晶は平均粒径が1nm以上50nm以下であり、前記第一皮膜層,前記第二皮膜層及び前記第三皮膜層は夫々NaCl型結晶構造を有することを特徴とする切削工具用硬質皮膜に係るものである。
【0010】
また、請求項1,2いずれか1項に記載の切削工具用硬質皮膜において、前記第三皮膜層内に粒状微細結晶に比べて相対的に大きな粒径の結晶粒が集まった領域があり、その領域が前記第二皮膜層と前記第三皮膜層の境界部から前記第三皮膜層の内部に向かって突起状に存在し、その突起状領域の大きさが皮膜厚さ方向に50nm以上あることを特徴とする切削工具用硬質皮膜に係るものである。
【0011】
また、請求項1〜3いずれか1項に記載の切削工具用硬質皮膜において、前記第一皮膜層と前記第二皮膜層との間に、Tiを主成分とする窒化物若しくは炭窒化物から成る第一中間皮膜層と、金属元素及び半金属元素として少なくともTiとSiを含む窒化物若しくは炭窒化物から成る第二中間皮膜層とを、夫々厚さ50nm以下で計20層以上積層して形成された第四皮膜層が設けられていることを特徴とする切削工具用硬質皮膜に係るものである。
【0012】
また、請求項1〜4いずれか1項に記載の切削工具用硬質皮膜において、前記第二皮膜層及び前記第三皮膜層は、金属及び半金属成分が原子%で、
Ti(100-X-Y)Cr(X)Si(Y)
ただし、10≦Cr≦30,10≦Si≦40
であり、非金属元素としてN,Cのうち1つ以上を含み、不可避不純物を含むものであることを特徴とする切削工具用硬質皮膜に係るものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明は上述のように構成したから、皮膜の密着性及び硬度が改善され、高硬度焼入鋼に対する耐摩耗性が飛躍的に向上する極めて実用性に秀れた切削工具用硬質皮膜となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
好適と考える本発明の実施形態を、図面に基づいて本発明の作用を示して簡単に説明する。
【0015】
基材直上に設けられる第一皮膜層により、基材と第二皮膜層は良好に密着し、更に、第二皮膜層を柱状組織とし第三皮膜層を粒状の微細結晶と非晶質部とが混在した組織とすることで同一成分の第二皮膜層と第三皮膜層も良好に密着する。従って、各層の基材への密着性を向上させることで硬度を改善でき、高硬度焼入鋼に対する耐摩耗性を向上させることが可能となる。
【実施例】
【0016】
本発明の具体的な実施例について図面に基づいて説明する。
【0017】
本実施例は、WCを主成分とする硬質粒子とCoを主成分とする結合材とで構成された超硬合金から成る切削工具用基材上に形成され、金属元素及び半金属元素として少なくともTiとSiを含む窒化物若しくは炭窒化物を2層以上積層させて成る切削工具用硬質皮膜であって、この硬質皮膜は、前記基材直上に設けられるTiを主成分とする窒化物若しくは炭窒化物から成る第一皮膜層と、この第一皮膜層上に設けられる柱状組織を有する第二皮膜層と、この第二皮膜層上に設けられる粒状の微細結晶及び非晶質部が混在した第三皮膜層とで形成され、この第二皮膜層と第三皮膜層の含有成分の種類は同一であり、更に、この第二皮膜層と第三皮膜層とは互いに接した状態で設けられているものである。
【0018】
各部を具体的に説明する。
【0019】
第一皮膜層としては、TiN系皮膜若しくはTiCN系皮膜が採用されている。
【0020】
第二皮膜層及び第三皮膜層としては、金属及び半金属成分が原子%で、
Ti(100-X-Y)Cr(X)Si(Y)
ただし、10≦Cr≦30,10≦Si≦40
であり、非金属元素としてN,Cのうち1つ以上を含み、不可避不純物を含むものが採用されている。
【0021】
また、第三皮膜層の粒状微細結晶は平均粒径が1nm以上50nm以下に設定され、第一皮膜層,第二皮膜層及び第三皮膜層は夫々NaCl型結晶構造を有するように形成されている。
【0022】
更に、第三皮膜層内には、粒状微細結晶に比べて相対的に大きな粒径の結晶粒が集まった領域があり、その領域が第二皮膜層と第三皮膜層との境界部から該第三皮膜層の内部に向かって突起状に存在し、その突起状領域が皮膜厚さ方向に50nm以上にわたって存在するように形成されている。
【0023】
また、第一皮膜層と第二皮膜層との間には、Tiを主成分とする窒化物若しくは炭窒化物から成る第一中間皮膜層と、金属元素及び半金属元素として少なくともTiとSiを含む窒化物若しくは炭窒化物から成る第二中間皮膜層とを、夫々厚さ50nm以下で計20層以上積層して形成された第四皮膜層が設けられている。
【0024】
上記構成を採用した理由及び上記構成による作用効果を以下に説明する。
【0025】
はじめにTiSiN系皮膜の特徴と課題について述べる。Veprekら(S.Christiansen, M.Albrecht, H.P.Strunk, and S.Veprek, J.Vac.Sci.Technol. B16(1), Jan/Feb 1998.)によれば、TiSiN皮膜は粒状のTiN微細結晶とSi−N非晶質部が混在した組織となり、非常に高い硬度が得られる皮膜であると言われている。本発明者らは、超硬合金基材切削工具にTiSiN皮膜を被覆して切削試験を試みたが、皮膜の硬度自体は高いものの超硬合金基材と皮膜との密着性が悪く、切削時に皮膜剥離が生じてしまい、十分な切削性能が得られないことを確認した。
【0026】
そこで、基材直上に超硬合金との密着性に優れるTiN皮膜を形成し、その上にTiSiN皮膜を成膜して切削工具を作成したところ、切削時に皮膜が基材から剥離する現象が少なくなり、工具の耐摩耗性が大幅に向上した。
【0027】
しかしながら、切削試験後の被覆工具を仔細に観察したところ、TiN層とTiSiN層との界面に微小な剥離が生じる場合があることを発見した。本発明者らは、この皮膜層間の密着性を高めることで、TiSiN系皮膜を被覆した切削工具の耐摩耗性をさらに高めることができると考え、研究を行った。
【0028】
本発明者らは、TiSiN系皮膜について、種々の成膜条件で皮膜を作成して研究を行ったところ、成膜条件をコントロールすることで、皮膜の破断面形態と皮膜硬度を大きく変動させて制御できることを発見した。図1,2に実験結果の一例を示す。図1,2は比較としてTiN皮膜の破断面形態と皮膜硬度も示している。破断面形態は成膜された基材を皮膜表面に対して垂直に破断し、その破断面をSEMで観察したものである。皮膜硬度は圧子荷重を0.98Nとしてビッカース法で測定した。
【0029】
実験では、成膜装置としてアーク放電式イオンプレーティング装置を用い、金属及び半金属成分の蒸発源としてTi80Si20若しくはTiターゲットを成膜装置内に取り付け、また、反応ガスとしてNガスを成膜装置内に導入し、ガス圧を1.4Paとし、バイアス電圧を−100V〜−300Vとして、成膜基材としての超硬合金板に膜厚が2.0〜2.5μmになるように成膜した。
【0030】
図1,2から、No.1の試料とNo.2の試料は、同一組成のTiSiターゲットを使用しているにもかかわらず、破断面形態と皮膜硬度に大きな差異があることがわかる。No.1の試料では破断面が柱状形態であるのに対し、No.2の試料ではガラス破面のような形態となっている。硬度は、No.1の試料に比べてNo.2の試料の方が格段に高い。No.1の試料は破断面形態がTiN皮膜(No.3)に良く似ている。このことは、成膜条件を適正に設定することにより、TiSiN系皮膜の破断面形態をTiN皮膜に似た形態にすることも、ガラス破面のような形態にして硬度を高くすることも、どちらにも制御できることを意味している。尚、X線回折装置による分析から、No.1〜No.3の皮膜がいずれもNaCl型結晶構造を有することを確認している。
【0031】
更に、本発明者らは、柱状型の破断面形態のTiSiN系皮膜とガラス破面型の破断面形態のTiSiN系皮膜、そして、TiN系皮膜(炭窒化物を含む第一皮膜層)とを種々に組み合わせ積層して超硬合金基材切削工具に被覆し、切削試験を行った。切削試験の事例は後述するが、基材直上にTiN系皮膜を形成し、そのすぐ上にガラス破面型の破断面形態のTiSiN系皮膜を形成するよりも、TiN系皮膜の上に柱状型の破断面形態のTiSiN系皮膜を形成し、さらにその上にガラス破面型の破断面形態のTiSiN系皮膜を形成した多層型皮膜の方が、切削時の層間微小剥離が生じにくく、耐摩耗性が高くなることを突き止めた。即ち、基材直上にTiを主成分とする窒化物若しくは炭窒化物から成る第一皮膜層を形成し、この第一皮膜層上に、成膜条件(例えば、バイアス電圧)をコントロールして柱状型破断面形態のTiSiN系皮膜(第二皮膜層)とガラス破面型破断面形態のTiSiN系皮膜(第三皮膜層)とを順次成膜するのが望ましい。
【0032】
次に、柱状型の破断面形態のTiSiN系皮膜とガラス破面型の破断面形態のTiSiN系皮膜を断面TEM法で観察し、その組織を調べたところ、柱状型の破断面形態のTiSiN系皮膜では、皮膜厚さ方向に伸びた繊維状のものが密に集まったような組織(柱状組織)を呈していることを確認した(第二皮膜層)。一方、ガラス破面型の破断面形態のTiSiN系皮膜では、粒状の微細結晶と非晶質部が混在した組織を呈していることを確認した(第三皮膜層)。
【0033】
上述のように、X線回折装置による分析から、ガラス破面型の破断面形態のTiSiN系皮膜でもNaCl型結晶構造を有することを確認しているが、非晶質部からは結晶部から生ずるような鋭い回折ピークが現れないので、粒状の微細結晶がNaCl型結晶構造をとることを意味している。粒状微細結晶の粒径を大きくすると、微細結晶が塑性変形しやすくなり皮膜の硬度が低下してくる。一方、粒状微細結晶を小さくしすぎると、皮膜の単位体積当たりにおける微細結晶粒の数が多くなり、即ち、微細結晶の表面積の総和が大きくなりすぎて、結晶粒間に非晶質部を安定して分散させることが難しくなる。そのため、粒状微細結晶の大きさは平均粒径の値で1nm以上50nm以下とすることが望ましい。
【0034】
更に、第二皮膜層の上に第三皮膜層を積層させた多層皮膜を断面TEM法で観察したところ、後述の観察事例(図3)に見られるように、粒状微細結晶に比べて相対的に大きな粒径の結晶粒が集まった領域が第二皮膜層と第三皮膜層の境界部から第三皮膜層の内部に向かって突起状に存在する場合があることがわかった。突起状領域の生成メカニズムや役割については十分な解析がなされておらず、今後の研究が待たれるところであるが、第三皮膜層の下側(第二皮膜層との界面近傍部)の内部応力を緩和し、第二皮膜層と第三皮膜層の密着性を高める効果があるものと考える。突起状領域の大きさが小さすぎると、内部応力を緩和して層間の密着性を高める効果が小さくなると考えられるので、その領域の大きさは皮膜厚さ方向に50nm以上あることが望ましい。尚、本発明者らは、第一皮膜層のすぐ上に第三皮膜層を積層した場合でも、突起状領域が生成される場合があり、突起状領域が生成されない場合に比べて、切削工具の耐摩耗性が向上することを確認している。
【0035】
次に、第四皮膜層について述べる。上述したように、第一皮膜層のすぐ上に第三皮膜層を形成する場合よりも、第一皮膜層と第三皮膜層の間に第二皮膜層を配置させた方が、切削時の層間微小剥離が生じにくく、耐摩耗性が高くなる。
【0036】
これは、第二皮膜層を配置することで、層間の密着性が高まったことによるものと考えられる。しかし、その皮膜でも、切削試験の条件によっては、層間の微小剥離が生じる場合があった。そこで、皮膜の耐摩耗性をさらに向上すべく、第一皮膜層と第二皮膜層の密着性を高めるための研究を行った。
【0037】
その結果、第一皮膜層と同様の構成の第一中間皮膜層と第二皮膜層と同様の構成の第二中間皮膜層とを交互に積層させた第四皮膜層、即ち、金属元素が第一皮膜層の金属元素と同一の窒化物若しくは炭窒化物の極薄い第一中間皮膜層と金属元素及び半金属元素が第二皮膜層の金属元素及び半金属元素と同一の窒化物若しくは炭窒化物の極薄い第二中間皮膜層とを交互に積層させた第四皮膜層を、第一皮膜層と第二皮膜層の間に配置することで、切削時の層間微小剥離がさらに生じにくくなり、耐摩耗性がより高くなることがわかった。
【0038】
これは、第四皮膜層を配置することで、第一皮膜層と第二皮膜層の界面近傍に生じる内部応力が緩和されるためと考える。第一中間皮膜層と第二中間皮膜層が厚すぎると、第四皮膜層内の内部応力が膜厚方向で不均一となり、第一皮膜層と第二皮膜層の間の内部応力を緩和する効果が小さくなるので、第一中間皮膜皮膜層と第二中間皮膜層の膜厚は50nm以下にすることが望ましい。また、第一中間皮膜層と第二中間皮膜層の積層数が少なすぎる場合も、第一皮膜層と第二皮膜層の間の内部応力を緩和する効果が小さくなるので、第一中間皮膜層と第二中間皮膜層の積層数は20層以上にすることが望ましい。
【0039】
次に、第二皮膜層及び第三皮膜層の組成について述べる。本発明は、金属元素及び半金属元素として少なくともTiとSiを含む窒化物若しくは炭窒化物を発明の範囲としているが、そのベースとなる組成はTiSiNである。本発明者らはTiSiNをベースに、皮膜の耐摩耗性をさらに向上すべく、様々な種類の第4元素の添加を試みた。その結果、Crを所定量含有させることで潤滑性が向上し、皮膜の耐摩耗性が向上することを確認した。
【0040】
即ち、金属及び半金属のみの原子%でCr量が10%に満たない場合、その効果は小さいが、10%以上で潤滑性の向上効果が現れ、その皮膜を被覆した超硬合金基材切削工具の高硬度被削材に対する耐摩耗性が向上することが確認された。
【0041】
また、Cr含有量を多くしすぎると皮膜の硬度が低下し、その皮膜を被覆した超硬合金基材切削工具の高硬度被削材に対する耐摩耗性が低下してくることも確認された。これらのことから、Crの含有量は金属及び半金属のみの原子%で10%以上30%以下が望ましい。
【0042】
一方、Siの含有については、その含有量を多くすると、皮膜の耐酸化性と硬度が向上する。即ち、金属及び半金属のみの原子%でSi量が10%に満たない場合、その効果は小さいが、10%以上で耐酸化性と硬度の向上効果が現れ、その皮膜を被覆した超硬合金基材切削工具の高硬度被削材に対する耐摩耗性が向上することが確認された。これは、Si量が少なすぎると、第三皮膜層内の非晶質部の割合が少なくなり、結晶粒間に非晶質部を安定して分散させることが難しくなるためと考える。
【0043】
また、Si含有量を多くしすぎると、その皮膜を被覆した超硬合金基材切削工具の高硬度被削材に対する耐摩耗性が低下してくることも確認された。これは、Si量が多すぎると、皮膜の内部応力が大きくなり、また、第三皮膜層内の非晶質部の割合が多くなりすぎることで、皮膜内に微小亀裂が生じやすくなるためと考える。これらのことから、Siの含有量は金属及び半金属のみの原子%で10%以上40%以下が望ましい。
【0044】
更に、第二皮膜層及び第三皮膜層にCを適量添加させると、皮膜硬度を向上させる効果がある。そのため、第二皮膜層及び第三皮膜層を炭窒化物としても良い。
【0045】
本発明の一例を断面TEM法で観察した結果を図3,4に示す。実験では、成膜装置としてアーク放電式イオンプレーティング装置を用い、金属及び半金属成分の蒸発源としてTi62Cr15Si23及びTiターゲットを成膜装置内に取り付け、また、反応ガスとしてNガス,CHガスの内1種類若しくは2種類のガスを成膜装置内に導入し、ガス圧を1.4Paとし、バイアス電圧を−100V〜−300Vとして、成膜基材としての超硬合金板に成膜した。
【0046】
第一皮膜層にはTiCNを形成させたが、基材直上部のC量を0とし、即ちTiNとし、表層部に向かって徐々にC量を増やして成膜した。第四皮膜層は、TiN(第一中間皮膜層)と(Ti62Cr15Si23)N(第二中間皮膜層)とを交互に積層させて形成した。また、第二皮膜層と第三皮膜層は(Ti62Cr15Si23)Nを成膜した。図4は第三皮膜層を拡大観察したものである。
【0047】
図3,図4から、第二皮膜層と第三皮膜層とは形態が大きく異なり、第二皮膜層では皮膜厚さ方向に伸びた繊維状のものが密に集まったような組織(柱状組織)を呈していることが確認できる。一方、第三皮膜層では粒状の微細結晶と非晶質部が混在した組織を呈していることが確認できる。また、粒状微細結晶に比べて相対的に大きな粒径の結晶粒が集まった領域が第二皮膜層と第三皮膜層の境界部から第三皮膜層の内部に向かって突起状に存在していることも確認できる。
【0048】
本実施例は上述のように構成したから、少なくともTiとSiを含む窒化物若しくは炭窒化物の硬質皮膜において、基材との密着性及び皮膜層間の密着性を高めることで、高硬度焼入鋼に対する耐摩耗性を向上させ、優れた特性を発揮する切削工具用多層型硬質皮膜となる。
【0049】
従って、本実施例は、皮膜の密着性及び硬度が改善され、高硬度焼入鋼に対する耐摩耗性が飛躍的に向上した極めて実用性に秀れた切削工具用硬質皮膜となる。
【0050】
本実施例の効果を裏付ける実験例について以下に説明する。
【0051】
成膜装置としてアーク放電式イオンプレーティング装置を用い、金属及び半金属成分の蒸発源として各種組成のターゲットを成膜装置内に取り付け、また、反応ガスとしてNガス,CHガスのうち、1種類若しくは2種類のガスを成膜装置内に導入して、成膜基材としての超硬合金基材2枚刃ボールエンドミル(外径3mm)に所定の皮膜を成膜した。成膜に当たっては、ガス圧1.4Pa、バイアス電圧−100V〜−300Vの条件とし、全皮膜の膜厚が3.2〜3.8μmになるように基材エンドミルに成膜した。所定の皮膜を被覆したエンドミルを用いて、次の切削条件で切削試験を行い、エンドミル逃げ面の摩耗幅を測定した。即ち、被削材をSKD11焼入材(60HRC)とし、外径3mmのエンドミルを19000min−1の回転速度で回転させ、送り速度1440mm/min,切り込み量Ad=0.15mm,Pf=0.45mmとし、エアーブローをクーラントとして試験を行った。切削試験の結果を表1に示す。表1では本実施例とともに、従来の硬質皮膜や本発明の範囲外の硬質皮膜を実施例と同様な手段で被覆したエンドミルで切削試験を行った結果を比較例として記載している。
【0052】
【表1】


※No.4〜10,No.13,14の第一皮膜層のTiCNは基材直上部のC量を0とし、即ち、TiNとし、表層側に向かって徐々にC量を増やして成膜した。
※No.6〜9の第四皮膜層は、極薄いTiN層を第一中間皮膜層とし、この第一中間皮膜層と、第二皮膜層と同一組成の極薄い第二中間皮膜層とを交互に積層して成膜した。
※No.10の第四皮膜層は、極薄いTiCN層を第一中間皮膜層とし、この第一中間皮膜層と、第二皮膜層と同一組成の極薄い第二中間皮膜層とを交互に積層して成膜した。
※No.4〜10の第二皮膜層は柱状組織を有し、第三皮膜層は粒状の微細結晶と非晶質部が混在した組織を有している。
※No.4〜10の第三皮膜層には、第二皮膜層との境界部から内部に向かって、50nm以上の大きさで突起状領域が生成した。
【0053】
表1から、本実施例は比較例に比べてエンドミル逃げ面摩耗幅の低減、即ち、高硬度焼入鋼に対する耐摩耗性の向上が認められた。尚、No.11の比較例では、切削時にエンドミル基材と皮膜とが大きく剥離して、エンドミル逃げ面が異常に大きく摩耗した。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】成膜条件と皮膜硬度との関係を調べた実験条件及び結果を示す表である。
【図2】図1のサンプルの破断面形態を示す断面図である。
【図3】本実施例の断面図である。
【図4】本実施例の第三皮膜層の拡大表面図である。
【出願人】 【識別番号】000115120
【氏名又は名称】ユニオンツール株式会社
【出願日】 平成18年9月27日(2006.9.27)
【代理人】 【識別番号】100091373
【弁理士】
【氏名又は名称】吉井 剛

【識別番号】100097065
【弁理士】
【氏名又は名称】吉井 雅栄


【公開番号】 特開2008−80447(P2008−80447A)
【公開日】 平成20年4月10日(2008.4.10)
【出願番号】 特願2006−263326(P2006−263326)