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【発明の名称】 硬質被覆層が高速重切削加工ですぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具
【発明者】 【氏名】冨田 興平

【氏名】長田 晃

【氏名】中村 惠滋

【氏名】本間 尚志

【要約】 【課題】硬質被覆層が高速重切削加工ですぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具を提供する。

【構成】WC基超硬合金またはTiCN基サーメットで構成された工具基体の表面に、(a)下部層としてTi化合物層、(b)中間層として、特定の組成式:(Ti1−X−YAlCr)Cαβγを満足するTiとAlとCrの複合炭窒酸化物層、(c)上部層として、化学蒸着した状態でα型の結晶構造を有し、特定の組成式:(Al1−QCrを満足するAlとCrの複合酸化物層を設け、さらに、該上部層は、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)が特定の構成原子共有格子点分布グラフを示すAlとCrの複合酸化物層で構成する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、
(a)下部層が、3〜20μmの全体平均層厚を有するTiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層、および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなるTi化合物層、
(b)中間層が、0.2〜2μmの平均層厚を有し、さらに、
組成式:(Ti1−X−YAlCr)Cαβγ、(但し、X:0.003〜0.1、Y:0.01〜0.1であり、また、α:0.3〜0.6、β:0.3〜0.6、γ:0.05〜0.3で、かつ、α+β+γ=1)
を満足するTiとAlとCrの複合炭窒酸化物層、
(c)上部層が、1〜15μmの平均層厚、および化学蒸着した状態でα型の結晶構造を有し、さらに、
組成式:(Al1−QCr、(ただし、原子比で、Q:0.01〜0.1)、
を満足すると共に、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、表面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面および(10−10)面の法線がなす傾斜角を測定し、この場合前記結晶粒は、格子点にAl、Cr、および酸素からなる構成原子がそれぞれ存在するコランダム型六方最密晶の結晶構造を有し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出し、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(ただし、Nはコランダム型六方最密晶の結晶構造上2以上の偶数となるが、分布頻度の点からNの上限を28とした場合、4、8、14、24、および26の偶数は存在せず)存在する構成原子共有格子点形態をΣN+1で現した場合、個々のΣN+1がΣN+1全体に占める分布割合を示す構成原子共有格子点分布グラフにおいて、Σ3に最高ピークが存在し、かつ前記Σ3のΣN+1全体に占める分布割合が60〜90%である構成原子共有格子点分布グラフを示すAlとCrの複合酸化物層、
以上(a)〜(c)で構成された硬質被覆層を蒸着形成してなる、硬質被覆層が高速重切削加工ですぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】【技術分野】
【0001】
この発明は、各種の鋼や鋳鉄などの被削材の切削加工を、高い発熱を伴うとともに切刃に高負荷がかかる高送り、高切り込みの高速重切削条件で行った場合にも、硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、一般に、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金または炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットで構成された基体(以下、これらを総称して工具基体という)の表面に、
(a)下部層が、Tiの炭化物(以下、TiCで示す)層、窒化物(以下、同じくTiNで示す)層、炭窒化物(以下、TiCNで示す)層、炭酸化物(以下、TiCOで示す)層、および炭窒酸化物(以下、TiCNOで示す)層のうちの1層または2層以上からなり、かつ3〜20μmの全体平均層厚を有するTi化合物層、
(b)上部層が、1〜15μmの平均層厚、および化学蒸着した状態でα型の結晶構造を有し、さらに、
組成式:(Al1−QCr、(ただし、原子比で、Q:0.01〜0.1)、
を満足するAlとCrの複合酸化物[以下、α型(Al,Cr)23で示す)層、
以上(a)および(b)で構成された硬質被覆層を蒸着形成してなる被覆工具が知られており、この被覆工具が、例えば各種の鋼や鋳鉄などの連続切削や断続切削に用いられることも良く知られるところである。
【0003】
また、上記の被覆工具において、これの硬質被覆層の構成層は、一般に粒状結晶組織を有し、さらに、下部層であるTi化合物層を構成するTiCN層を、層自身の強度向上を目的として、通常の化学蒸着装置にて、反応ガスとして有機炭窒化物を含む混合ガスを使用し、700〜950℃の中温温度域で化学蒸着することにより形成して縦長成長結晶組織をもつようにすることも知られている。
【0004】
さらに、上記の被覆工具の硬質被覆層を構成するα型(Al,Cr)23層が、格子点にAl、Cr、および酸素からなる構成原子がそれぞれ存在するコランダム型六方最密晶の結晶構造、すなわち図1にα型(Al,Cr)23の単位格子の原子配列が模式図[(a)は斜視図、(b)は横断面1〜9の平面図]で示される結晶構造を有する結晶粒で構成されることも知られている。
【特許文献1】特開昭52−66508号公報
【特許文献2】特開平6−8010号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の切削装置の高性能化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴い、切削加工は高速化の傾向にあるが、上記の従来被覆工具においては、これを鋼や鋳鉄などの通常の条件での連続切削加工や断続切削加工に用いた場合には問題はないが、特にこれを高い発熱を伴うと共に、切刃に高負荷がかかる高送り、高切り込みの高速重切削加工条件で行うのに用いた場合には、硬質被覆層を構成するα型(Al,Cr)23層が高温強度が十分でないために、前記硬質被覆層がチッピングを起こし易くなり、この結果比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで、本発明者等は、上述のような観点から、上記のα型(Al,Cr)23層が硬質被覆層の上部層を構成する被覆工具に着目し、特に前記α型(Al,Cr)23層の高温強度の向上を図るべく研究を行った結果、
(a)従来被覆工具の硬質被覆層を構成する上部層としてのα型(Al,Cr)23層は、すぐれた高温硬さ、高温強度、耐熱性を備えているが、この層は、例えば、通常の化学蒸着装置にて、
反応ガス組成:容量%で、AlCl:2.3〜4%、CrCl:0.04〜0.26%、CO:6〜8%、HCl:1.5〜3%、H2S:0.05〜0.2%、H2:残り、
反応雰囲気温度:1020〜1050℃、
反応雰囲気圧力:6〜10kPa、
の条件(通常条件という)で、Ti化合物層(従来被覆工具の下部層)上に蒸着形成される。
しかし、これを、
反応ガス組成:容量%で、AlCl:6〜10%、CrCl:0.1〜0.65%、CO:10〜15%、HCl:3〜5%、H2S:0.05〜0.2%、H2:残り、
反応雰囲気温度:1020〜1050℃、
反応雰囲気圧力:3〜5kPa、
の条件、すなわち上記の通常条件に比して、反応ガス組成では、AlCl、CrCl、CO、およびHClの含有割合を相対的に高く、かつ雰囲気圧力を相対的に低くした条件(反応ガス成分高含有調整低圧条件)でTi化合物層(従来被覆工具の下部層)上に蒸着形成すると、この結果の反応ガス成分高含有調整低圧条件で形成したα型(Al,Cr)23層(以下、「改質α型(Al,Cr)23層」という)は、従来被覆工具の硬質被覆層の上部層を構成するα型(Al,Cr)23層(以下、「従来α型(Al,Cr)23層」という)に比べて、高温強度は一段とすぐれたものになること。
【0007】
(b)上記の従来α型(Al,Cr)23層と、上記(a)の改質α型(Al,Cr)23層について、
電界放出型走査電子顕微鏡を用い、図2(a),(b)に概略説明図で例示される通り、表面研磨面の測定範囲内に存在する結晶粒個々に電子線を照射して、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面および(10−10)面の法線がなす傾斜角[図2(a)には前記結晶面の傾斜角が0度の場合、同(b)には傾斜角が45度の場合を示しているが、これらの角度を含めて前記結晶粒個々のすべての傾斜角]を測定し、この場合前記結晶粒は、上記の通り格子点にAl、Cr、および酸素からなる構成原子がそれぞれ存在するコランダム型六方最密晶の結晶構造を有し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出し、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(ただし、Nはコランダム型六方最密晶の結晶構造上2以上の偶数となるが、分布頻度の点からNの上限を28とした場合、4、8、14、24、および26の偶数は存在せず)存在する構成原子共有格子点形態をΣN+1で表し、個々のΣN+1がΣN+1全体に占める分布割合を示す構成原子共有格子点分布グラフを作成した場合(この場合前記の結果から、Σ5、Σ9、Σ15、Σ25、およびΣ27の構成原子共有格子点形態は存在しないことになる)、上記従来α型(Al,Cr)23層は、図5に例示される通り、Σ3の分布割合が30%以下である構成原子共有格子点分布グラフを示すのに対して、前記改質α型(Al,Cr)23層は、図4に例示される通り、Σ3の分布割合が60〜80%という高い分布割合の構成原子共有格子点分布グラフを示し、この高いΣ3の分布割合は、反応ガスを構成するAlCl、CrCl、COおよびHClの含有割合、また、雰囲気反応圧力によって変化するばかりでなく、さらに、Ti化合物層(下部層)と改質α型(Al,Cr)23層との間に中間層(後記)を介在させることによっても変化すること。
なお、上記の改質α型(Al,Cr)23層および従来α型(Al,Cr)23層において、相互に隣接する結晶粒の界面における構成原子共有格子点形態のうちのΣ3、Σ7、およびΣ11の単位形態を模式図で例示すると図3(a)〜(c)に示される通りとなる。
【0008】
(c)上記のとおり、改質α型(Al,Cr)23層は、従来α型(Al,Cr)23層の備えるすぐれた高温硬さと耐熱性に加えて、さらに、一段とすぐれた高温強度を具備しているため、改質α型(Al,Cr)23層をTi化合物層上に直接蒸着形成した被覆工具であっても、鋼や鋳鉄などの通常の条件での切削加工に用いた場合には特別の問題は生じない。しかし、このような被覆工具を、高い発熱を伴いまた高負荷がかかる高速重切削という厳しい条件の切削加工に用いた場合には、下部層(Ti化合物層)に対する上部層(改質α型(Al,Cr)23層)の密着性が十分とはいえないため、特に、硬質被覆層の下部層と上部層の層間での剥離を生じやすい。
しかし、下部層と上部層の間に、例えば、通常の化学蒸着装置にて
反応ガス組成(容量%);TiCl:2〜4%、AlCl:0.1〜0.5%、CrCl:0.1〜0.5%、CH:2.5〜4%、CO:0.02〜0.05%、N2:15〜20%、H2:残り、
反応雰囲気温度;980〜1020℃、
反応雰囲気圧力;5〜8kPa、
の条件で、組成式:(Ti1−X−YAlCr)Cαβγ、(但し、X:0.003〜0.1、Y:0.01〜0.1であり、また、α:0.3〜0.6、β:0.3〜0.6、γ:0.05〜0.3で、かつ、α+β+γ=1)を満足するTiとAlとCrの複合炭窒酸化物層(以下、(Ti,Al,Cr)CNO中間層と記す)を中間層として化学蒸着で形成すると、
(Ti,Al,Cr)CNO中間層が介在することにより、下部層(Ti化合物層)と上部層(改質α型(Al,Cr)23層)との密着強度、接合強度が大幅に改善され、下部層と上部層との層間での剥離発生が防止されること。
【0009】
(d)上記(Ti,Al,Cr)CNO中間層は、上部層と下部層の層間の密着強度、接合強度を高め、その結果として、下部層と上部層層間での剥離発生が防止され、層構造からなる硬質被覆層の接合強度を向上させるが、これに加え、上記(Ti,Al,Cr)CNO中間層は、この上に蒸着形成される上部層(改質α型(Al,Cr)23層)のΣ3の分布割合を高めることにも寄与するため、(Ti,Al,Cr)CNO中間層を介在させた上部層(改質α型(Al,Cr)23層)では、Σ3の分布割合の上限値は90%にまで高められる(上記中間層がない場合には、Σ3の分布割合上限値は80%)。したがって、Ti化合物層(下部層)、(Ti,Al,Cr)CNO中間層(中間層)および改質α型(Al,Cr)23層(上部層)の積層構造で硬質被覆層を構成した被覆工具は、Ti化合物層(下部層)が具備するすぐれた高温強度、(Ti,Al,Cr)CNO中間層(中間層)が具備するすぐれた密着強度、接合強度と相俟って、高い発熱を伴い高負荷のかかる高速重切削という厳しい条件下での切削加工に用いた場合にも、中間層を有さず従来α型(Al,Cr)23層を上部層として形成した従来被覆工具に比して、硬質被覆層が一段とすぐれた耐チッピング性を発揮し、また、長期にわたってすぐれた耐摩耗性を発揮すること。
以上(a)〜(d)に示される研究結果を得たのである。
【0010】
この発明は、上記の研究結果に基づいてなされたものであって、WC基超硬合金またはTiCN基サーメットで構成された工具基体の表面に、
(a)下部層が、3〜20μmの全体平均層厚を有するTiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層、および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなるTi化合物層、
(b)中間層が、0.2〜2μmの平均層厚を有し、さらに、
組成式:(Ti1−X−YAlCr)Cαβγ、(但し、X:0.003〜0.1、Y:0.01〜0.1であり、また、α:0.3〜0.6、β:0.3〜0.6、γ:0.05〜0.3で、かつ、α+β+γ=1)
を満足するTiとAlとCrの複合炭窒酸化物層、
(c)上部層が、1〜15μmの平均層厚、および化学蒸着した状態でα型の結晶構造を有し、さらに、
組成式:(Al1−QCr、(ただし、原子比で、Q:0.01〜0.1)、
を満足すると共に、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、表面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面および(10−10)面の法線がなす傾斜角を測定し、この場合前記結晶粒は、格子点にAl、Cr、および酸素からなる構成原子がそれぞれ存在するコランダム型六方最密晶の結晶構造を有し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出し、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(ただし、Nはコランダム型六方最密晶の結晶構造上2以上の偶数となるが、分布頻度の点からNの上限を28とした場合、4、8、14、24、および26の偶数は存在せず)存在する構成原子共有格子点形態をΣN+1で現した場合、個々のΣN+1がΣN+1全体に占める分布割合を示す構成原子共有格子点分布グラフにおいて、Σ3に最高ピークが存在し、かつ前記Σ3のΣN+1全体に占める分布割合が60〜90%である構成原子共有格子点分布グラフを示すAlとCrの複合酸化物層、
以上(a)〜(c)で構成された硬質被覆層を蒸着形成してなる、硬質被覆層が高速重切削加工ですぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具に特徴を有するものである。
【0011】
以下に、この発明の被覆工具の硬質被覆層の構成層において、上記の通りに限定した理由を説明する。
(a)下部層(Ti化合物層)
Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層、および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなるTi化合物層は、硬質被覆層の下部層として存在し、自身の具備するすぐれた高温強度によって硬質被覆層の高温強度向上に寄与するほか、工具基体と(Ti,Al,Cr)CNO中間層のいずれにも強固に密着し、よって硬質被覆層の工具基体に対する密着性を向上させる作用を有するが、その平均層厚が3μm未満では、前記作用を十分に発揮させることができず、一方その平均層厚が20μmを越えると、特に高熱発生を伴なう高速重切削では熱塑性変形を起し易くなり、これが偏摩耗の原因となることから、その平均層厚を3〜20μmと定めた。
【0012】
(b)中間層((Ti,Al,Cr)CNO層)
(Ti,Al,Cr)CNO中間層は、下部層(Ti化合物層)および上部層(改質α型(Al,Cr)23層)のいずれとも強い密着性を有し、また、その接合強度も高いため、この(Ti,Al,Cr)CNO中間層を介在することによって、硬質被覆層全体としてすぐれた高温強度を備えた層が形成されるが、(Ti,Al,Cr)CNO中間層の上部に、改質α型(Al,Cr)23層を蒸着形成したことによって、中間層を設けず直接下部層上に改質α型(Al,Cr)23層を蒸着形成した場合に比べて、改質α型(Al,Cr)23層におけるΣ3の分布割合はさらに高められ、改質α型(Al,Cr)23層は、より一段とすぐれた高温強度を備えたものとなる。
(Ti,Al,Cr)CNO中間層における構成成分であるAl成分の含有割合(原子比)を示すX値が0.003未満の場合、あるいは、Cr成分の含有割合(原子比)を示すY値が0.01未満の場合には、上部層である改質α型(Al,Cr)23層との密着性、接合強度が低下し、一方、X値が0.1を超えた場合、Y値が0.1を超えた場合には、下部層であるTi化合物層との密着性、接合強度が低下するため、上部層及び下部層のいずれともすぐれた密着性および接合強度を確保するという観点から、(Ti,Al,Cr)CNO中間層におけるAl成分の含有割合を示すX値を0.003〜0.1、また、Crの含有割合を示すY値を0.01〜0.1の範囲に定めた。
また、同じく(Ti,Al,Cr)CNO中間層における構成成分であるCの含有割合(原子比)を示すα値、Nの含有割合(原子比)を示すβ値、Oの含有割合(原子比)を示すγ値についても、下部層であるTi化合物層、あるいは、上部層である改質α型(Al,Cr)23層との密着性、接合強度の観点から、それぞれを所定の数値範囲に定めた。すなわち、α値、β値が0.3未満の場合には、下部層であるTi化合物層との密着性、接合強度が低下し、一方、α値、β値が0.6を超えると、相対的にOの含有割合が減少するため、上部層である改質α型(Al,Cr)23層との密着性、接合強度が低下すること、さらに、γ値が0.05未満の場合には、上部層との密着性、接合強度が低下し、一方、γ値が0.3を超える場合には、下部層との密着性、接合強度が低下することから、α値、β値およびγ値を、それぞれ、0.3〜0.6、0.3〜0.6、0.05〜0.3という数値範囲に定めた。
また、(Ti,Al,Cr)CNO中間層の層厚については、その層厚が0.2μm未満では、層厚が薄すぎて密着性、接合強度の確保を期待することはできず、一方、2μmを超えると、硬質被覆層全体としての耐摩耗性が低下傾向を示すようになることから、(Ti,Al,Cr)CNO中間層の層厚を、0.2〜2μmの範囲に定めた。
【0013】
(c)上部層(改質α型(Al,Cr)23層)
上記の改質α型(Al,Cr)23層において、これの構成成分であるAlは層の高温硬さおよび耐熱性を向上させ、同Cr成分にはAl成分との共存において、さらに一段と耐熱性を向上させる作用を有するが、Crの含有割合を示すQ値が原子比で0.01未満では前記作用に所望の向上効果を確保することができず、一方同Q値が0.1を越えると高温強度に低下傾向が現れるようになることから、前記Q値を0.01〜0.1と定めた。
また、上記の改質α型(Al,Cr)23層の構成原子共有格子点分布グラフにおけるΣ3の分布割合は、(Ti,Al,Cr)CNO中間層上に改質α型(Al,Cr)23層を化学蒸着で形成すること、反応ガスを構成するAlCl、CrCl、COおよびHClの含有割合、さらに雰囲気反応圧力を調整することによって60〜90%とすることができるが、この場合Σ3の分布割合が60%未満では、高速重切削加工で、硬質被覆層にチッピングが発生しないようなすぐれた高温強度向上効果を期待することができず、したがってΣ3の分布割合は高ければ高いほど望ましいが、Σ3の分布割合を90%を越えて高くすることは層形成上困難であることから、Σ3の分布割合を60〜90%と定めた。
さらに、上記改質α型(Al,Cr)23層は、従来α型(Al,Cr)23層自体のもつすぐれた高温硬さと耐熱性に加えて、さらに一段とすぐれた高温強度を有するようになるが、その平均層厚が1μm未満では前記改質α型(Al,Cr)23層の有する前記の特性を硬質被覆層に十分に具備せしめることができず、一方その平均層厚が15μmを越えると、偏摩耗の原因となる熱塑性変形が発生し易くなり、摩耗が加速するようになることから、その平均層厚を1〜15μmと定めた。
【0014】
なお、切削工具の使用前後の識別を目的として、黄金色の色調を有するTiN層を、必要に応じて硬質被覆層の最表面層として蒸着形成してもよいが、この場合の平均層厚は0.1〜1μmでよく、これは0.1μm未満では、十分な識別効果が得られず、一方前記TiN層による前記識別効果は1μmまでの平均層厚で十分であるという理由からである。
【発明の効果】
【0015】
この発明の被覆工具は、硬質被覆層が、下部層と上部層(改質α型(Al,Cr)23層)間に(Ti,Al,Cr)CNO中間層を介在させた構造のものとして構成されているため、各種の鋼や鋳鉄などの切削加工を、高い発熱を伴いかつ高負荷がかかる高速重切削条件で行うのに用いた場合にも、(Ti,Al,Cr)CNO中間層の存在により硬質被覆層の層間密着性、接合強度が確保されるばかりか、改質α型(Al,Cr)23層が、従来(Al,Cr)23自身のもつすぐれた高温硬さと耐熱性に加えて、より一段とすぐれた高温強度を具備することにより、すぐれた耐チッピング性を発揮し、使用寿命の一層の延命化を可能とするものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
つぎに、この発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0017】
原料粉末として、いずれも2〜4μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr32粉末、TiN粉末、TaN粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、切刃部にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO・CNMG160412に規定するスローアウエイチップ形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A〜Fをそれぞれ製造した。
【0018】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、Mo2C粉末、ZrC粉末、NbC粉末、TaC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1540℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO規格・CNMG160412のチップ形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体a〜fを形成した。
【0019】
ついで、これらの工具基体A〜Fおよび工具基体a〜fのそれぞれを、通常の化学蒸着装置に装入し、まず、表3(表3中のl−TiCNは特開平6−8010号公報に記載される縦長成長結晶組織をもつTiCN層の形成条件を示すものであり、これ以外は通常の粒状結晶組織の形成条件を示すものである)に示される条件にて、表4に示される組み合わせおよび目標層厚でTi化合物層を硬質被覆層の下部層として蒸着形成し、ついで、同じく表3に示される条件で(Ti,Al,Cr)CNO中間層(a)〜(e)のうちのいずれかを同じく表4に示される組み合わせおよび目標層厚で硬質被覆層の中間層として蒸着形成し、さらに、同じく表3に示される条件で改質α型(Al,Cr)23層(a)〜(e)のうちのいずれかを同じく表4に示される組み合わせおよび目標層厚で硬質被覆層の上部層として蒸着形成することにより本発明被覆工具1〜13をそれぞれ製造した。
【0020】
また、比較の目的で、表5に示される通り、硬質被覆層の上部層として、表3に示される条件で従来α型(Al,Cr)23層(a)〜(e)のうちのいずれかを、直接下部層(Ti化合物層)上に形成した従来被覆工具1〜13をそれぞれ製造した。
【0021】
ついで、上記の本発明被覆工具1〜13および従来被覆工具1〜13の硬質被覆層の上部層を構成する改質α型(Al,Cr)23層および従来α型(Al,Cr)23層のそれぞれについて、電界放出型走査電子顕微鏡を用いて、構成原子共有格子点分布グラフをそれぞれ作成した。
すなわち、上記構成原子共有格子点分布グラフは、上記の改質α型(Al,Cr)23層および従来α型(Al,Cr)23層の表面を研磨面とした状態で、電界放出型走査電子顕微鏡の鏡筒内にセットし、前記研磨面に70度の入射角度で15kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、前記表面研磨面の測定範囲内に存在する結晶粒個々に照射して、電子後方散乱回折像装置を用い、30×50μmの領域を0.1μm/stepの間隔で、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面および(10−10)面の法線がなす傾斜角を測定し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出し、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(ただし、Nはコランダム型六方最密晶の結晶構造上2以上の偶数となるが、分布頻度の点からNの上限を28とした場合、4、8、14、24、および26の偶数は存在せず)存在する構成原子共有格子点形態をΣN+1で現した場合、個々のΣN+1がΣN+1全体に占める分布割合を求めることにより作成した。
【0022】
この結果得られた各種の改質α型(Al,Cr)23層および従来α型(Al,Cr)23層の構成原子共有格子点分布グラフにおいて、ΣN+1全体(上記の結果からΣ3、Σ7、Σ11、Σ13、Σ17、Σ19、Σ21、Σ23、およびΣ29のそれぞれの分布割合の合計)に占めるΣ3の分布割合をそれぞれ表4,5にそれぞれ示した。
【0023】
上記の各種の構成原子共有格子点分布グラフにおいて、表4,5にそれぞれ示される通り、本発明被覆工具の改質α型(Al,Cr)23層は、いずれもΣ3の占める分布割合が60〜90%である構成原子共有格子点分布グラフを示すのに対して、従来被覆工具の従来α型(Al,Cr)23層は、いずれもΣ3の分布割合が30%以下の構成原子共有格子点分布グラフを示すものであった。
なお、図4は、本発明被覆工具7の改質α型(Al,Cr)23層の構成原子共有格子点分布グラフ、図5は、従来被覆工具7の従来α型(Al,Cr)23層の構成原子共有格子点分布グラフをそれぞれ示すものである。
【0024】
また、この結果得られた本発明被覆工具1〜13および従来被覆工具1〜13の硬質被覆層の構成層の厚さを、走査型電子顕微鏡を用いて測定(縦断面測定)したところ、いずれも目標層厚と実質的に同じ平均層厚(5点測定の平均値)を示した。
【0025】
つぎに、上記の本発明被覆工具1〜13および従来被覆工具1〜13の各種の被覆工具について、いずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、
[切削条件A]
被削材:JIS・S25Cの丸棒、
切削速度: 440 m/min、
切り込み: 2.5 mm、
送り: 0.7 mm/rev、
切削時間: 8 分、
の条件での炭素鋼の乾式連続高速高送り切削試験(通常の切削速度および送りは、それぞれ250m/min、0.3mm/rev)、
[切削条件B]
被削材:JIS・SCr420Hの丸棒、
切削速度: 420 m/min、
切り込み: 5.0 mm、
送り: 0.35 mm/rev、
切削時間: 5 分、
の条件での合金鋼の乾式連続高速高切り込み切削試験(通常の切削速度および切り込みは、それぞれ250m/min、2mm)、
[切削条件C]
被削材:JIS・FC250の丸棒、
切削速度: 550 m/min、
切り込み: 6.0 mm、
送り: 0.4 mm/rev、
切削時間: 5 分、
の条件での鋳鉄の湿式連続高速高切り込み切削試験(通常の切削速度および切り込みは、それぞれ250m/min、2.5mm)
を行い、いずれの切削試験でも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。この測定結果を表6に示した。
【0026】
【表1】


【0027】
【表2】


【0028】
【表3】


【0029】
【表4】


【0030】
【表5】


【0031】
【表6】


【0032】
表4〜6に示される結果から、本発明被覆工具1〜13は、硬質被覆層の中間層として(Ti,Al,Cr)CNO中間層が蒸着形成され、これを介して、Σ3の分布割合が60〜90%の構成原子共有格子点分布グラフを示す改質α型(Al,Cr)23層が上部層として蒸着形成されているため、高い発熱を伴い、かつ、切刃に対する負荷のきわめて大きい鋼や鋳鉄の高速重切削でも、前記(Ti,Al,Cr)CNO中間層の有する高い密着性、接合強度とともに、前記改質α型(Al,Cr)23層が自身の具備するすぐれた高温硬さおよび耐熱性に加えて、より一段とすぐれた高温強度を有することにより、すぐれた耐チッピング性を発揮することから、硬質被覆層のチッピング発生が著しく抑制され、長期にわたってすぐれた耐摩耗性を示すのに対して、下部層(Ti化合物層)上に直接Σ3の分布割合が30%以下の構成原子共有格子点分布グラフを示す従来α型(Al,Cr)23層が蒸着形成された硬質被覆層を備えた従来被覆工具1〜13においては、いずれも高速重切削では硬質被覆層の層間接合強度、高温強度が不十分であるために、硬質被覆層にチッピングが発生し、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
【0033】
上述のように、この発明の被覆工具は、各種の鋼や鋳鉄などの通常の条件での切削加工は勿論のこと、特に高い高温強度が要求される高速重切削加工でも硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を示し、長期に亘ってすぐれた切削性能を発揮するものであるから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】α型(Al,Cr)23層を構成するコランダム型六方最密晶の単位格子の原子配列を示す模式図にして、(a)は斜視図、(b)は横断面1〜9の平面図である。
【図2】α型(Al,Cr)23層における結晶粒の(0001)面および(10−10)面の傾斜角の測定態様を示す概略説明図である。
【図3】相互に隣接する結晶粒の界面における構成原子共有格子点形態の単位形態を示す模式図にして、(a)はΣ3、(b)はΣ7(c)はΣ11の単位形態をそれぞれ示す図である。
【図4】本発明被覆工具7の改質α型(Al,Cr)23層の構成原子共有格子点分布グラフである。
【図5】従来被覆工具7の従来α型(Al,Cr)23層の構成原子共有格子点分布グラフである。
【出願人】 【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
【出願日】 平成18年7月14日(2006.7.14)
【代理人】 【識別番号】100076679
【弁理士】
【氏名又は名称】富田 和夫

【識別番号】100094824
【弁理士】
【氏名又は名称】鴨井 久太郎

【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一


【公開番号】 特開2008−18503(P2008−18503A)
【公開日】 平成20年1月31日(2008.1.31)
【出願番号】 特願2006−193493(P2006−193493)