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【発明の名称】 脳血管性認知症モデルマウス及びその作製方法
【発明者】 【氏名】吉崎 嘉一

【氏名】脇田 英明

【要約】 【課題】手術手技が簡便であって、動物への負担が軽く、効率的に脳血管性認知症モデルマウスを作製する方法、及び大脳白質に病変を有する脳血管性認知症モデルマウス及びその使用方法等を提供する。

【解決手段】片側の総頸動脈が永久閉塞されており、物体認識試験による識別指数が対照動物と比較して有意に低いことを特徴とする、認知症モデルマウス、およびその作成方法。該マウスの術後の大脳半球の血流量は術前の50%以上であり、大脳白質に病変を有する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
片側の総頸動脈が永久閉塞されており、物体認識試験による識別指数が対照動物と比較して有意に低いことを特徴とする、認知症モデルマウス。
【請求項2】
片側総頸動脈閉塞後の同側性大脳半球の血流量が術前の血流量の50%以上である、請求項1記載の認知症モデルマウス。
【請求項3】
大脳白質に病変を有する、請求項1又は2記載の認知症モデルマウス。
【請求項4】
マウスの片側の総頸動脈を永久閉塞することを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項記載の認知症モデルマウスの作製方法。
【発明の詳細な説明】【技術分野】
【0001】
本発明は、脳血管性認知症モデル動物に関する。より具体的には、本発明は、大脳白質病変を有する認知症モデル動物、その作製方法及びその使用方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
認知症は、変性型認知症及び脳血管性認知症に大別される。欧米ではアルツハイマー病等の変性型認知症が主流であるが、日本では約半数が皮質下血管性認知症等の脳血管性認知症であり、その中でも特に大脳白質の変性を伴うタイプの症例が主である。
【0003】
脳血管性認知症モデル動物の作製は、主にラットや砂ネズミを用いて行なわれてきた。例えば、ラット又は砂ネズミに対して両側総頸動脈永久閉塞を行なうことにより、慢性の脳虚血又は大脳白質病変が生じ、認知機能の低下又は学習機能の低下が認められることが報告されている(非特許文献1〜4:Tomimoto, H. et al., 2003; Kudo, T. et al., 1990; Wakita, H., et al., 1994; Hattori, H., et al., 1992)。
【0004】
マウスは、遺伝子改変動物が利用できる点、成長が早く、多くの個体を容易に扱える点などにおいてこれらの動物よりも有利である。そこで、マウスについても同様の両側総頸動脈永久閉塞システムの導入が試みられたが、マウスは側副血行路の発達が不十分であること等により24時間以内に死亡してしまい、成功しなかった(非特許文献5,6:Yang, G., et al., 1997; Wellons, JC et al., 2000)。別の研究者によってマイクロコイルを用いるマウスの両側総頸動脈永久狭窄システムが開発され、この方法で慢性の脳虚血及び大脳白質病変を生じさせ得ることが判明した。しかし、この方法は施術に熟練を要するうえ、この方法によっても術後1週間までの死亡率が13〜18%と高率であった。また、この両側総頸動脈永久狭窄システムによる認知機能への影響及びこのマウスの認知症モデルとしての利用の可能性は検討されていない(非特許文献7:Shibata et al., 2004)。
【0005】
従来、認知症モデル作製の目的ではマウスの片側総頸動脈閉塞は試みられていなかった。マウスにおいて片側ではなく両側総頸動脈永久閉塞が行なわれてきた理由の一つは、ラットにおける研究において両側総頸動脈永久閉塞を施しても大脳白質病変の形成まで長期間が必要であることが知られていたことである。すなわち、寿命の短いマウスではより短期間に病変を形成しなければならないが、片側総頸動脈閉塞では両側総頸動脈閉塞よりも病変の形成に時間がかかるため、病変の形成が困難又は不可能であると考えられていた。
【0006】
マウスに対する片側総頸動脈閉塞は、別の目的で、すなわち脳に病変を生じないように軽度の脳虚血を起こし、側副循環の回復を調べることを目的として行なわれた(非特許文献8:Kitagawa, K., et al., 2005)。この研究においては、いったんマウスに片側総頸動脈閉塞を施した後、同じ側の中大脳動脈を永久閉塞しているが、片側総頸動脈永久閉塞のみ施した場合、脳血流量が40%以上であれば病変が生じず、ほとんどのマウスで28日後までの間の脳血流量が約50%以上であったとされている。また、脳血流量が35%以下であったマウスは50匹中6匹で、そのうち1匹に脳梗塞、2匹に海馬の病変が見られたとされている。
【0007】
したがって、マウスの片側総頸動脈閉塞によって大脳白質病変又は認知機能もしくは学習機能の低下が起こるとは一般に考えられておらず、また、それが確認された例は報告されていない。
【0008】
【特許文献1】特開2005−13120
【非特許文献1】Tomimoto, H. et al., Acta Neuropathol (Berl). (2003) 106:527-534
【非特許文献2】Kudo, T. et al., Stroke. (1990) 21:1205-1209
【非特許文献3】Wakita. H. et al., Acta Neuropathol (Berl). (1994) 87:484-492
【非特許文献4】Hattori. H. et al., Acta Neuropathol (Berl). (1992) 84:437-442
【非特許文献5】Yang. G. et al., Brain Res. (1997) 752:209-218
【非特許文献6】Wellons. JC. et al., Brain Res. (2000) 868:14-21
【非特許文献7】Shibata, M. et al., Stroke (2004) 35:2598-2603
【非特許文献8】Kitagawa, K., et al., Stroke (2005) 36:2270-2274
【非特許文献9】Bothe, HW. et al., Stroke (1986) 17:1160-1163
【非特許文献10】De Ley, G. and Nshimyumuremyi, JB, Stroke (1985) 16:69-73
【非特許文献11】Hachinski, V. et al, Stroke (2006) 37:2220-2241
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、手術手技が簡便であって、動物への負担が軽く、効率的に脳血管性認知症モデルマウスを作製する方法、及び大脳白質に病変を有する脳血管性認知症モデルマウス及びその使用方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明によれば、
〔1〕 片側の総頸動脈が永久閉塞されており、物体認識試験による識別指数が対照動物と比較して有意に低いことを特徴とする、認知症モデルマウス;
〔2〕 片側総頸動脈閉塞後の同側性大脳半球の血流量が術前の血流量の50%以上である、前記〔1〕記載の認知症モデルマウス;
〔3〕 大脳白質に病変を有する、請求項1又は2記載の認知症モデルマウス。
〔4〕 マウスの片側の総頸動脈を永久閉塞することを特徴とする、前記〔1〕〜〔3〕のいずれか1項記載の認知症モデルマウスの作製方法、
が提供される。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、簡便な手術手技により熟練者でなくても容易に、しかも比較的短期間で脳血管性認知症モデルマウスを作製することができる。また、本発明の方法は動物に対する負担が少なく、術後の死亡率がゼロ又は非常に低いため、効率的に所望のモデルマウスを作製することができる。さらに、マウスを用いているため、種々の遺伝的変異を有する動物を容易に選択して使用することができ、多数の動物を容易に維持・管理できるため、有利である。
【0012】
また、本発明のモデルマウスは、大脳白質に病変を有し、脳血管性認知症の主要なタイプの病態を非常によく再現している。さらに、ヒトにおける総頸動脈閉塞は片側に生じるので、その状態をも再現している。したがって、本発明のモデルマウスは、認知症の治療薬又は治療方法の探索、認知症における生理的変化やそれらの変化が認知機能に与える影響の解明などを含む、各種の研究・開発における使用に特に適している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の認知症モデルマウスを作製するための動物は、マウスであればよく、人為的又は自然の遺伝的変異を有している系統であってもよい。認知症症状の発生の点から見て、成体マウス(例えば12週齢)が好ましく、また、女性ホルモンの一種(エストロゲン)が神経保護作用を持つことが知られているため、雄マウスが好ましい。C57B6/J系統は、他のマウス系統と比較して側副血行路の発達が悪く(上記非特許文献6参照)、脳虚血に対して脆弱であると考えられるので、特に好ましい。動物の維持・管理については、特に制限はなく、通常の飼育(例えば自由摂食・飲水)を行なうことができる。
【0014】
本発明の方法においては、マウスの片側総頸動脈を永久閉塞する。具体的には、麻酔下でマウスの頸部を切開し、右又は左いずれか一方の総頸動脈を閉塞する。この閉塞は手段を問わないが、一般的には、糸で縛ること(結紮)が特殊な器具を必要とせず、簡便であり、特別な熟練を要しないので、有利である。総頸動脈上の閉塞ヵ所は1ヵ所以上であればよく、2ヵ所〜3ヵ所程度であることが好ましい。最も好ましくは2ヶ所である。これは、総頸動脈の2ヵ所結紮は1ヵ所結紮よりもより高い精度で脳虚血を誘導できる利点が考えられるうえ、2ヵ所結紮は、1ヵ所結紮と比較して手術手技的な負担増は小さいためである。その後、切開部を閉じ、飼育を続ける。なお、ここで、「永久閉塞」とは、一過性の閉塞に対峙する用語であり、閉塞した後に閉塞手段を除く措置を積極的には行なわないことを意味する。
【0015】
本発明の方法によれば、上記のような片側総頸動脈閉塞術後、同側性大脳半球における脳血流量は術前の約65%程度まで低下し、その後上昇傾向となるが、少なくとも術後28日までは術前より低い状態を保つことがわかっている。したがって、本発明のモデルマウスは、術後28日までの任意の時点で、片側総頸動脈閉塞後の同側性大脳半球の脳血流量が術前の脳血流量の40%以上、好ましくは50%以上、さらに好ましくは60%以上である。典型的には、術後28日までの任意の時点で、片側総頸動脈閉塞後の同側性大脳半球の脳血流量が術前の脳血流量の65%以上100%以下(後述の実施例においては65%以上88%以下であった)である。
【0016】
脳血流量の測定は、術前・術後のマウスについて、麻酔薬イソフルランを1.5%の濃度で用いた麻酔下で、レーザードップラー脳血流計を用いて、頭蓋骨前頂(Bregma)部より後方1mm、正中より側方2.5mmの大脳皮質の血流を、頭蓋骨を通して測定することにより行なうことができる。より正確な測定のためには、同一個体について得た少なくとも10回、好ましくは20回以上の測定値を平均してその個体の脳血流量とする。例えば、後述の実施例においては、30秒間に1.5秒間隔で21回測定し、その平均値を個体の脳血流量とした。術前に対する術後の相対的な脳血流量(%)は以下の式によって算出する:
脳血流量(%)=(術後の脳血流量)/(術前の脳血流量)×100
同様に測定した場合、対側性大脳半球における脳血流量は、術後28日までの任意の時点で、約60〜140%、より一般的には約80〜120%程度である。典型的には、術後28日までの任意の時点で、片側総頸動脈閉塞後の対側性大脳半球の脳血流量が術前の脳血流量の90%以上120%以下(後述の実施例においては92%以上116%以下であった)である。
【0017】
また、本発明の方法によれば、脳血流量が上記のように保たれているにもかかわらず、片側総頸動脈閉塞術後30日以内にマウスの大脳白質病変及び/又は認知機能の低下が生じることがわかっている。
【0018】
大脳白質の病変は、一般的な方法によって脳切片試料を作製し、顕微鏡観察することによって定性的に、又は顕微鏡像を画像解析することにより定量的に確認することができる。本発明のモデルマウスは、例えば、術後30日の時点で、対照群(本明細書においては、特に示さない限り「偽手術群」、すなわち動脈の閉塞を施さないこと以外は同一の手術を行なった群を意味する)と比較して、(1)総頸動脈閉塞側脳梁における神経線維密度の有意な低下、(2)脳梁における軸索数の減少、という特徴の少なくとも一つを呈する。なお、一般に、結紮反対側においては、脳梁、線条体とも神経線維密度の有意な変化は見られない。
【0019】
また、認知機能は、例えば物体認識試験(object recognition test)によって行動評価を行なうことにより確認することができる。この試験は動物が一度記憶した対象物に比べて、新規の対象物に対してより関心を示す性質を利用したもので、前頭葉皮質下回路に関連性のある非空間的作業記憶を評価するものである(Ennaceur A., Delacour J, Behav Brain Res. 1988; 31: 47-59)。具体的には、以下のようにして行なうことができる。
【0020】
実験装置(例えば縦30cm、横45cm、高さ30cmのガラス箱)及び動物が記憶する複数の対象物(object)を用意する。試験前日、マウスを対象物のない状態で実験装置内を10分間自由探索させて環境に馴化させておく。試験当日、試行間隔60分間で以下の2回の試行を行なう。1回目の試行では、2つの同一の対象物を実験装置の両端に置き、マウスを10分間自由探索させる。2回目の試行では、1回目の試行で用いた対象物の1つを別種の対象物と置き換え、マウスを5分間自由探索させる。各試行において、対象物から1cm以内に鼻を近づけたり、対象物を鼻や髭で触れている状態を探索行動と定義して探索時間を計測する。識別指数は以下のようにして算出する:
識別指数=N−F/N+F
(式中、Fは一度記憶した対象物(1回目の試行で用いた対象物と同じ種類の対象物)の探索に費やした時間、Nは新しい対象物(1回目の試行と異なる種類の対象物)の探索に費やした時間をそれぞれ表す)
識別指数は、新規対象物の探索により多く割かれた時間の全探索時間に対する割合であり、一度探索した対象物を動物が記憶していれば値が大きくなり、記憶していなければ値が小さくなる。本発明のモデルマウスは、一般に、上記の試験において対照動物(この場合は「無手術群」、すなわち手術を全く行なわない同等の動物群を使用)と比較して有意に識別指数が低い。なお、この場合の有意差検定はt検定による。
【0021】
本発明のモデルマウスは、一般的に実験動物を用いて行なわれる任意の実験に用いることができる。例えば、新規の認知症治療又は改善薬の候補物質を投与することにより、その効果を判定するために用いることができる。同様に、新規の治療法などが認知症の個体に与える影響について、本発明のモデルマウスを用いて試験することができる。さらに、本発明のモデルマウスそのものをより詳しく調べることにより、認知症における生理的変化(たとえば脳内サイトカイン産生量の変化)や認知機能とそれらの生理的変化との関連性について解明を進めることができる。当業者は、これら以外にも本発明のモデルマウスを用いた各種の有用な研究を容易に企図することができる。
【実施例】
【0022】
動物の準備
すべての実験は国立長寿医療センター研究所実験動物委員会における「動物実験のためのガイドライン」に従って行った。実験動物は体重20〜24gの12週齢オスのC57BL/6J系マウス(使用総数65匹)(日本SLC社より購入)を用いた。
【0023】
片側総頸動脈閉塞術による認知症モデルマウスの作製
1週間環境に馴化させたマウスは、フェイスマスクを用いて30% O/70% NOの混合ガスに、終濃度5%の麻酔薬イソフルランを用いて麻酔導入を行った。吸入麻酔で麻酔導入した後、1.5%のイソフルラン濃度で麻酔状態を維持し、手術を行った(総数65匹)。頸部を正中線で切開し、右総頸動脈を迷走神経から分離した後、6号の絹糸(ブレード絹製縫合糸、夏目製作所製)を用いて右総頸動脈を二重結紮した。すなわち、約5mmの間隔を空けて右総頸動脈の2ヵ所を結紮した。血管閉塞した後、切開部を縫合・消毒し、すぐにケージに戻した。麻酔薬イソフルランからの覚醒を確認した後、飼育施設に戻した。
【0024】
手術前後とも、すべてのマウスを自由摂食・飲水で飼育した。
【0025】
比較のため、右総頸動脈の結紮を行う以外全く同じ手術手順を行った動物を作製し、対照群(偽手術群)として以下の実験に用いた(総数20匹)。
【0026】
統計学的解析
すべてのデータは平均±標準偏差で表示した。有意差検定はt検定を用いた。p<0.05を統計学的に有意であると定義した。
【0027】
脳血流の経時的変化の測定
総頸動脈の閉塞側(右側)と反対側(左側)の大脳皮質の血流を測定した。各マウスについて、1.5%イソフルラン麻酔下で、直径2.0mmのレーザードップラー脳血流計プローブ(OmegaFLO-N1、ニューロサイエンス・イデア社製)を用いて、頭蓋骨前頂部より後方1mm、正中より側方2.5mmの頭蓋骨上の脳血流を測定した。あらかじめ手術前のマウスで基準となる脳血流を測定し、結紮後の変化を右総頸動脈結紮後2時間、1日、3日、7日、14日、28日後に測定した。脳血流量(CBF)は上述のとおり手術前の基準値に対する百分率で表記した。
【0028】
結果を図1に示す。図1において、白四角は対側性(contralateral)、黒丸は同側性(ipsilateral)の大脳半球における血流量(8匹の平均値±標準偏差)を表し、**はp<0.05、***はp<0.01を表す。
【0029】
片側総頸動脈閉塞後の平均脳血流は動脈閉塞側(同側性)大脳半球において基準値と比較して有意な低下が認められた。結紮2時間後では脳血流は手術前の約65.5±10.3%(平均±標準偏差)にまで低下した。これが最も低下の大きかった時点であり、その後それ以下になることはなかった。結紮3日後、脳血流は回復し始めたが、結紮28日後まで有意に低値を示した。一方で、動脈閉塞と反対側の(対側性)大脳半球における脳血流は手術前の約92.0%〜115.6%の間で推移したが、手術前と比較して有意な変化ではなかった。
【0030】
本実験において、対照群(総数20匹)及び片側総頸動脈結紮(閉塞)群(総数45匹)のいずれにおいても死亡例はなかった。すなわち、対照群、片側総頸動脈結紮群のいずれにおいても死亡率は0%であった。
【0031】
白質病変及びグリア細胞の活性化の組織学的解析
右総頸動脈結紮30日後、マウスをジエチル・エーテルで深麻酔した後、0.01Mリン酸緩衝生理食塩水で経心臓的に灌流し、その後、4%(W/V)パラフォルムアルデヒド/0.1Mリン酸バッファーを含む固定液で灌流した。線条体を含む脳ブロックをパラフィン包埋した。ミクロトーム(SM2000R、LEICA社製)を用いて2μm厚のパラフィン切片を作製した。大脳白質の病理変化(脱髄)はルクソール・ファーストブルー染色した切片の線維密度により評価した。具体的には、尾状核被殻の横断線維束及び脳梁の写真画像をデジタルカメラ(Fujix HC-2500、FUJIFILM社製)に接続した顕微鏡を用いて40倍対物レンズで撮影した(400倍)。これらの写真画像を、「NIH image」画像処理・解析ソフトウェアを用いて解析した。
【0032】
軸索損傷は、抗汎神経細糸(pan-neuronal neurofilament)抗体を用いて免疫細胞化学的に評価した。前記の2μm厚のパラフィン切片を、脱パラフィンした後、抗汎神経細糸抗体(SMI311, Convance; 1:500希釈)を用いて、一晩反応させた。その後、ビオチン化した抗マウスIgG(Vector Laboratories; 1:200希釈)を用いて1時間反応させ、続いてアビジン−ビオチン ペルオキシダーゼ試薬(Vector Laboratories; 1:100希釈)を用いて1時間反応させた。最後に、免疫反応産物を、ジアミノベンジジン(Vector Laboratories)を用いて可視化した。
【0033】
結果を図2に示す。パネル(A)はルクソール・ファーストブルー染色した閉塞側の光学顕微鏡像の写真、パネル(B)は解析ソフトによって定量化されたその神経線維密度(即ちルクソール・ファーストブルー染色陽性面積/全面積(%))を表し、**はp<0.05を表す。パネル(C)は、SMI311抗体で染色した閉塞側脳梁の光学顕微鏡像の写真である。
【0034】
結紮30日後、片側総頸動脈結紮群では、対照群と比較し、閉塞側の脳梁内側部における髄鞘染色の低下(神経線維密度の有意な低下)が認められた。しかし、線条体では変化は認められなかった。反対側の大脳半球においては、脳梁、線条体とも神経線維密度の有意な変化はなく、白質病変は検出されなかった。
【0035】
さらに、片側総頸動脈結紮群では脳梁における軸索数の減少が認められた。すなわち、片側総頸動脈永久閉塞を施したマウスでは、総頸動脈閉塞側脳梁内側部におけるSMI311陽性軸索数の低下が認められた。
【0036】
行動評価
片側総頸動脈結紮群及び対照群のマウスについて、術後30日目に、物体認識試験により行動評価を行った。この実験においては対照群として無手術群を用いた。
【0037】
実験装置としては縦30cm、横45cm、高さ30cmのガラス箱(水槽)を用いた。動物が記憶する対象物としてはプラスチック製の高さ6cmの赤色立方体、緑色角錐、青色円柱を用いた。
【0038】
環境に馴化させるため、試験前日、マウスを対象物のない状態でガラス箱を10分間自由探索させた。試験当日は試行間隔60分間の2回の試行を行なった。1回目の試行では、2つの同一の対象物をガラス箱の両端に置き、マウスを10分間自由探索させた。対象物から1cm以内に鼻を近づけたり、対象物を鼻や髭で触れている状態を探索行動と定義して探索時間を計測した。2回目の試行では、1回目の試行で用いた対象物の1つを別種の対象物と置き換え、マウスを5分間自由探索させた。一度記憶した対象物(1回目の試行で用いた対象物と同じ種類の対象物)の探索に費やした時間(F)、新しい対象物(1回目の試行と異なる種類の対象物)の探索に費やした時間(N)をそれぞれ計測した。記憶機能を評価する指数である識別指数(N−F/N+F)の値を算出し、群間で比較した。
【0039】
なお、本実験では、各試行間で対象物の位置や役割(1回目の試行に用いるか、2回目の試行に用いるか)を無作為的に変更することや対象物、ガラス箱を70%エタノールで十分に洗浄することによって、場所嗜好性や嗅覚刺激による実験結果への影響を排除した。
【0040】
結果を図3に示す。1回目の試行において、片側総頸動脈結紮群と対照群とで識別指数の有意な変化は認められなかった。2回目の試行において、対照群は見慣れた物体よりも新しい物体を探索することに多くの時間を費やした。すなわち、手術後の識別指数では、対照群は対象物を記憶していたが、片側総頸動脈閉塞群では、記憶能力が有意に低下していた。なお、手術前の試行において、片側総頸動脈閉塞群、対照群間で識別指数の有意な差はなく、両者とも対象物を記憶していることが確認された。
【0041】
従来、認知症モデルラットについては、術後60日〜90日での認知機能が検討されていた。片側総頸動脈閉塞を施した本発明のマウスは、遅くとも術後30日という従来と比較して極めて早い時点で既に認知症の症状を呈することが確認された。
【0042】
サイトカインの免疫学的測定
特異性の高い抗体及び高感度のELISA法を用いて、右総頸動脈結紮後の閉塞側脳(大脳右半球)における炎症性及び抗炎症性サイトカインの産生を定量化した。
【0043】
結紮後2時間、1日後、3日後、7日後、2ヵ月後、及び偽手術群のマウスからサンプル脳を得た。各マウスから全脳を大脳半球ごとに回収し、1mlの2%(w/v)SDS含有TBS(10mM Tris−HCl(pH8.0)、150mM NaCl)で均質化した後、100,000×g(重力)、1時間、4℃の条件で遠心分離した(BECKMAN社、Optima(登録商標)TLX Ultracentrifuge)。得られた上清(可溶性画分)中のTNF−α、IL−1β、IL−6、IL−4、IL−10濃度を、マウスELISAキット(ENDOGEN社製)を用いて高感度ELISA法で測定した。
【0044】
結果を図4に示す。図4は、片側総頸動脈結紮後の脳内の炎症性サイトカイン(TNF−α(パネルA)、IL−1β(パネルB)、IL−6(パネルC))及び抗炎症性サイトカイン(IL−4(パネルD)、IL−10(パネルE))濃度をそれぞれ表す。また、S:偽手術群、2H:片側総頸動脈結紮後2時間でサンプリング、D1:同1日でサンプリング、D3:同3日でサンプリング、D7:同7日でサンプリング、M2:同2ヵ月でサンプリングしたサンプルをそれぞれ表す。急性期(結紮3日以内)では、閉塞群は対照群と比較して、総頸動脈閉塞側大脳半球の炎症性サイトカイン(TNF−α、IL−1β、IL−6)の有意な産生亢進と抗炎症性サイトカイン(IL−4、IL−10)の有意な産生低下が確認された。その後、全てのサイトカイン濃度の変化は7日以内に基準値に戻った。しかし、IL−6のみが再び慢性期(7日以降)に閉塞群において有意に産生が亢進した。
【0045】
これまでに、中枢神経系の疾患患者でIL−6産生が亢進すること(Benveniste EN, Cytokine Growth Factor Rev. 1998;9:259-75; Gruol DL and Nelson TE., Mol Neurobiol. 1997;15:307-39)や末梢血中のIL−6産生量と認知機能との間に負の相関があることが報告されている(Weight CB et al., J Stroke Cerebrovasc Dis. 2006;15:34-38)が、サイトカインの産生亢進が認知機能にどのように影響するかについては分かっていない。本発明のモデルマウスは、脳虚血後慢性期にIL−6の産生亢進が確認されたことから、IL−6と認知機能との関連性について検討できる研究ツールとしても有用であることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】図1は、本発明のモデルマウスにおける脳血流量の経時的変化を表す図である。白四角は対側性、黒丸は同側性の大脳半球における血流量(8匹の平均値±標準偏差)を表す。**:p<0.05、***:p<0.01。
【図2】図2は、本発明のモデルマウスにおける大脳白質病変を示す図である。パネル(A)は同側性大脳半球由来のルクソール・ファーストブルー染色した脳組織切片の顕微鏡写真、パネル(B)は各顕微鏡像を画像処理して得た神経線維密度を表す図、パネル(C)はSMI311抗体で染色した閉塞側脳梁の光学顕微鏡像の写真である。**:p<0.05。
【図3】図3は、本発明のモデルマウスにおける認知機能の低下を示す行動評価試験の結果を表す図である。
【図4】図4は、本発明のモデルマウスにおける脳内(同側性大脳半球)サイトカイン産生量の経時変化を表す図である。パネルAはTNF−α、パネルBはIL−1β、パネルCはIL−6、パネルDはIL−4、パネルEはIL−10。各パネルにおいて、S:偽手術群、2H:片側総頸動脈結紮後2時間でサンプリング、D1:同1日でサンプリング、D3:同3日でサンプリング、D7:同7日でサンプリング、M2:同2ヶ月でサンプリングしたサンプルである。**:p<0.05、***:p<0.01。
【出願人】 【識別番号】803000056
【氏名又は名称】財団法人ヒューマンサイエンス振興財団
【出願日】 平成19年2月13日(2007.2.13)
【代理人】 【識別番号】100113402
【弁理士】
【氏名又は名称】前 直美


【公開番号】 特開2008−193941(P2008−193941A)
【公開日】 平成20年8月28日(2008.8.28)
【出願番号】 特願2007−31706(P2007−31706)