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【発明の名称】 高周波熱処理方法、高周波熱処理設備、薄肉部材およびスラスト軸受
【発明者】 【氏名】前田 喜久男
【住所又は居所】三重県桑名市大字東方字尾弓田3066 NTN株式会社内
【氏名】藤田 工
【住所又は居所】三重県桑名市大字東方字尾弓田3066 NTN株式会社内
【課題】被処理物の変形を抑制し、かつ厳密な温度制御が可能な高周波熱処理方法、高周波熱処理設備、変形が抑制されかつ品質が安定した薄肉部材および長寿命でかつ品質の安定したスラスト軸受を安価に提供する。

【解決手段】本発明の高周波熱処理方法は、焼入用温度制御工程と、焼入時期制御工程と、焼入冷却工程とを備えている。焼入用温度制御工程は、焼入用加熱工程と、焼入温度制御用測温工程と、焼入用温度調節工程とを含んでいる。焼入時期制御工程は、焼入時期制御用測温工程と、焼入時期調節工程とを含んでいる。焼入冷却工程では、金型を用いて被処理物を拘束しながら冷却が実施されている。冷却は被処理物から熱を除去するための冷却部材として金型を用いることにより、被処理物をAc1点以上の温度からM点以下の温度に冷却することにより実施される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被処理物の温度を調節する焼入用温度制御工程と、
前記焼入用温度制御工程により温度を制御された被処理物を冷却して焼入硬化するための焼入時期を調節する焼入時期制御工程と、
前記焼入時期制御工程において調節された焼入時期に前記被処理物を冷却する焼入冷却工程とを備え、
前記焼入用温度制御工程は、
高周波加熱により前記被処理物を加熱する焼入用加熱工程と、
前記被処理物の温度データである焼入温度制御用温度データを取得する焼入温度制御用測温工程と、
前記焼入温度制御用測温工程において取得された前記焼入温度制御用温度データに基づき、焼入温度制御用信号を電源に出力して電源出力を制御することにより前記被処理物の加熱温度を調節する焼入用温度調節工程とを含み、
前記焼入時期制御工程は、
前記被処理物の温度データである焼入時期制御用温度データを取得する焼入時期制御用測温工程と、
前記焼入時期制御用測温工程において取得された前記焼入時期制御用温度データに基づき加熱時間を調節して焼入開始信号を出力する焼入時期調節工程とを含み、
前記焼入冷却工程では前記焼入開始信号の出力に基づいて、前記冷却が金型を用いて前記被処理物を拘束しながら実施されており、
前記冷却は前記被処理物から熱を除去するための冷却部材として前記金型を用いることにより、前記被処理物をAc1点以上の温度からM点以下の温度に冷却することにより実施される、高周波熱処理方法。
【請求項2】
前記焼入冷却工程よりも後に実施される焼戻工程をさらに備え、
前記焼戻工程は、
前記被処理物の温度を調節する焼戻用温度制御工程と、
焼戻終了時期を調節する焼戻終了時期制御工程とを含み、
前記焼戻用温度制御工程は、
前記被処理物を加熱する焼戻用加熱工程と、
前記被処理物の温度データである焼戻温度制御用温度データを取得する焼戻温度制御用測温工程と、
前記焼戻温度制御用測温工程において取得された前記焼戻温度制御用温度データに基づき、焼戻温度制御用信号を電源に出力して電源出力を制御することにより前記被処理物の加熱温度を調節する焼戻用温度調節工程とを有し、
前記焼戻終了時期制御工程は、
前記被処理物の温度データである焼戻終了時期制御用温度データを取得する焼戻終了時期制御用測温工程と、
前記焼戻終了時期制御用測温工程において取得された前記焼戻終了時期制御用温度データに基づき加熱時間を調節して焼戻終了信号を出力する焼戻終了時期調節工程とを有する、請求項1に記載の高周波熱処理方法。
【請求項3】
請求項1に記載の高周波熱処理方法に使用される高周波熱処理設備であって、
前記被処理物の温度を調節するための焼入用温度制御手段と、
前記被処理物の前記焼入時期を調節するための焼入時期制御手段と、
前記被処理物から熱を除去するための焼入冷却手段とを備えており、
前記焼入冷却手段は、前記被処理物を拘束しながら前記被処理物から熱を除去することにより前記被処理物をAc1点以上の温度からM点以下の温度に冷却するための冷却部材として使用される金型を含んでいる、高周波熱処理設備。
【請求項4】
前記被処理物の温度を調節するための焼戻用温度制御手段と、
前記被処理物の前記焼戻終了時期を調節する焼戻終了時期制御手段とをさらに備える、請求項3に記載の高周波熱処理設備。
【請求項5】
請求項1または2に記載の高周波熱処理方法を用いて製造された、薄肉部材。
【請求項6】
請求項5に記載の前記薄肉部材である軌道輪と、
前記軌道輪の転走面上に配置されている転動体とを備える、スラスト軸受。
【発明の詳細な説明】【技術分野】
【0001】
本発明は高周波熱処理方法、高周波熱処理設備、薄肉部材およびスラスト軸受に関し、より特定的には焼入硬化工程を備えた高周波熱処理方法、その高周波熱処理方法に使用される高周波熱処理設備、その高周波熱処理方法を用いて製造された薄肉部材およびその薄肉部材を備えたスラスト軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
軸受が使用される自動車などの製品はますます高性能化、高機能化している。このような状況の下、軸受に対しても高性能化、たとえば長寿命化が求められている。また、価格競争力向上の観点から、軸受にも低価格化が求められている。
【0003】
一方、軸受に使用される軸受用薄肉軌道部材はその製造工程における焼入の際、変形を生じやすい。軌道部材の変形が大きい場合、その軌道部材を備えた軸受は寿命が低下する。
【0004】
一般に、軸受用薄肉軌道部材である薄肉軸受軌道輪においては、素材として低炭素鋼であるSPCC(JIS G3141に規定)やSCM415(JIS G4053に規定)などが採用されている。そして、これらの素材が必要な形状に成形された後、短時間の浸炭処理後に焼入を行なうことにより焼入硬化されて、軌道輪として必要な硬度が確保されている。また、高炭素鋼、たとえばSUJ2(JIS G4805に規定)、SAE1070などが素材として採用される場合もある。この場合、これらの素材が必要な形状に成形された後、雰囲気炉において加熱された後に急冷されることにより焼入硬化されて、軌道輪として必要な硬度が確保されている。上記焼入硬化における冷却は、被処理物である軌道輪を焼入油に浸漬して冷却する油焼入、あるいは軌道輪に風を吹きつけて冷却する衝風焼入が一般的である。しかし、厚さの小さい薄肉軸受軌道輪は上述した従来の焼入硬化方法では焼入の際に変形を生じやすい。
【0005】
これに対し、鋼材を焼入れる際の鋼材の変形を抑制する方法として、鋼板をプレス焼入する際の鋼板表面のスケール厚を10μm以下とする方法が提案されている。これにより、形状精度のよい成形部品を製造することができる(たとえば特許文献1参照)。また、鋼材のプレス焼入法において、鋼材を金型を用いて拘束した状態で冷却液の中に浸漬する方法が提案されている(たとえば特許文献2参照)。これにより、焼入の際に発生する変形や曲がりを高硬度の鋼材においても低減することができる。また、薄肉リングの外径と幅方向の端面とをコレット(拘束用部材)により拘束して焼入を行なう方法が提案されている。これにより、焼入の際に発生する変形が抑制される(たとえば特許文献3参照)。
【特許文献1】特開2003−231915号公報
【特許文献2】特開平7−157822号公報
【特許文献3】特開平5−33060号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上述の焼入の際に発生する変形を抑制する方法を軸受用薄肉軌道部材に適用して軸受を作製した場合でも、近年の高い要求特性を考慮すれば軸受の寿命は十分とはいえない。また、これらの対策によりコストが上昇すれば、前述の低価格化の要求に反するものとなる。さらに、近年注目されている高周波焼入を軸受用薄肉軌道部材の焼入硬化に用いる場合、加熱温度が過剰または不足となりやすい。そのため、軸受用薄肉軌道部材の品質を安定させるためには厳密な温度制御が必要となるが、現在のところそのための処理方法や装置は確立されていない。
【0007】
そこで、本発明の目的は、被処理物の変形を抑制し、かつ厳密な温度制御が可能な高周波熱処理方法、その熱処理方法を実施するための高周波熱処理設備、その熱処理方法を用いて製造されることにより変形が抑制されかつ品質が安定した薄肉部材およびその薄肉部材を軌道輪として備えることにより長寿命でかつ品質の安定したスラスト軸受を安価に提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に従った高周波熱処理方法は、被処理物の温度を調節する焼入用温度制御工程と、焼入用温度制御工程により温度を制御された被処理物を冷却して焼入硬化するための焼入時期を調節する焼入時期制御工程と、焼入時期制御工程において調節された焼入時期に被処理物を冷却する焼入冷却工程とを備えている。焼入用温度制御工程は、高周波加熱により被処理物を加熱する焼入用加熱工程と、被処理物の温度データである焼入温度制御用温度データを取得する焼入温度制御用測温工程と、焼入温度制御用測温工程において取得された焼入温度制御用温度データに基づき、焼入温度制御用信号を電源に出力して電源出力を制御することにより被処理物の加熱温度を調節する焼入用温度調節工程とを含んでいる。焼入時期制御工程は、被処理物の温度データである焼入時期制御用温度データを取得する焼入時期制御用測温工程と、焼入時期制御用測温工程において取得された焼入時期制御用温度データに基づき加熱時間を調節して焼入開始信号を出力する焼入時期調節工程とを含んでいる。焼入冷却工程では焼入開始信号の出力に基づいて、金型を用いて被処理物を拘束しながら冷却が実施されており、冷却は被処理物から熱を除去するための冷却部材としてその金型を用いることにより、被処理物をAc1点以上の温度からM点以下の温度に冷却することにより実施される。
【0009】
一般に高周波焼入においては、まず加熱条件として電力と時間とのパラメータからなる電源出力の推移(電源出力パターン)が決定される(電力制御)。加熱条件は、被処理物の形状、材質等を考慮しつつ電力と時間とを変化させて被処理物のサンプルを実際に熱処理して決定される。ここで、鋼製品の焼入においては、被処理物を所定温度に所定時間以上保持した後、急冷する必要がある。しかし、上記方法(電力制御)では被処理物の加熱履歴を正確に把握することは困難である。そのため、実際に熱処理を実施して得られた被処理物の硬さ、ミクロ組織等の品質を調査することにより加熱条件が実験的に決定されている。このように、被処理物の加熱履歴が正確に把握できない点および加熱条件の決定に経験と手間を要する点が高周波熱処理の問題点であった。
【0010】
これに対し本発明の高周波熱処理方法では、温度と時間とをパラメータとして被処理物の加熱が制御される(温度制御)。そのため、被処理物の加熱履歴を正確に把握することが可能であり、被処理物に必要な加熱履歴を与えた後、急冷することで焼入を行なうことができる。その結果、加熱条件を決定するために熱処理を実施して得られた被処理物の硬さ、ミクロ組織等の品質の調査を行なう必要がなく、前述の高周波熱処理の問題点が解消されるとともに、被処理物の品質を安定させることができる。
【0011】
さらに、焼入冷却工程において金型を用いて被処理物を拘束しながら冷却が実施されるため、焼入の際に発生する被処理物の変形を抑制することができる。
【0012】
さらに、焼入冷却工程における冷却は被処理物から熱を除去するための冷却部材として上述の金型を用いることにより、被処理物をAc1点以上の温度からM点以下の温度に冷却することにより実施される。したがって、油などの冷却媒体を使用する必要がないため、作業環境を清浄に保つことが容易となる。
【0013】
なお、Ac1点とは鋼を連続的に加熱する際に、鋼がフェライトからオーステナイトに変態を開始する温度に相当する点をいう。また、M点とはオーステナイト化した鋼が冷却される際に、マルテンサイト化を開始する温度に相当する点をいう。
【0014】
上記高周波熱処理方法において好ましくは、焼入時期制御用測温工程において取得される焼入時期制御用温度データは、被処理物において温度の上がりにくい部位の温度データである。
【0015】
被処理物が高周波加熱により急速に加熱された場合、被処理物の温度は必ずしも均一になっていない。このような場合に、被処理物において相対的に温度が低い部位に十分な加熱履歴が与えられないまま冷却(焼入)が実施された場合、当該部位は不十分な焼入硬化状態となり、被処理物が不具合品となるおそれがある。これに対し、被処理物において温度の上がりにくい部位の温度データに基づいて被処理物の焼入時期を調節することにより、不具合品の発生を抑制することができる。
【0016】
なお、被処理物において温度の上がりにくい部位とは、被処理物全体の中で、被処理物の形状、および被処理物と高周波加熱装置との位置関係などから決定される磁束の侵入量が相対的に少ない部位、好ましくは最も少ない部位をいう。たとえば、高周波加熱装置の誘導コイルに平面形状が円環状の平板の軌道輪の上面を対向させ、かつ下面を治具で保持して誘導加熱を行なう場合、温度の上がりにくい部位は下面、特に下面における治具と接触している付近である。
【0017】
上記高周波熱処理方法において好ましくは、焼入温度制御用測温工程において取得される焼入温度制御用温度データは、被処理物において温度の上がりやすい部位の温度データである。
【0018】
上述のように、被処理物が高周波加熱により急速に加熱された場合、被処理物の温度は必ずしも均一になっていない。このような場合に、被処理物において相対的に温度が高い部位において、極端に温度が高くなった場合(オーバーヒート)、焼入後の当該部位の残留オーステナイト量が極端に多くなる、ミクロ組織に異常を生じるなどの不具合が生じるおそれがある。これに対し、被処理物において温度の上がりやすい部位の温度データに基づいて被処理物の加熱温度を調節することにより、不具合品の発生を抑制することができる。
【0019】
なお、被処理物において温度の上がりやすい部位とは、被処理物全体の中で、被処理物の形状、および被処理物と高周波加熱装置との位置関係などから決定される磁束の侵入量が相対的に多い部位、好ましくは最も多い部位をいう。たとえば、高周波加熱装置の誘導コイルに平面形状が円環状の平板の軌道輪の上面を対向させ、かつ下面を治具で保持して誘導加熱を行なう場合、温度の上がりやすい部位は上面、特に上面におけるコイルと対向している付近である。
【0020】
上記高周波熱処理方法において好ましくは、焼入冷却工程よりも後に実施される焼戻工程をさらに備えている。焼戻工程は、被処理物の温度を調節する焼戻用温度制御工程と、焼戻終了時期を調節する焼戻終了時期制御工程とを含んでいる。焼戻用温度制御工程は、被処理物を加熱する焼戻用加熱工程と、被処理物の温度データである焼戻温度制御用温度データを取得する焼戻温度制御用測温工程と、焼戻温度制御用測温工程において取得された焼戻温度制御用温度データに基づき、焼戻温度制御用信号を電源に出力して電源出力を制御することにより被処理物の加熱温度を調節する焼戻用温度調節工程とを有している。焼戻終了時期制御工程は、被処理物の温度データである焼戻終了時期制御用温度データを取得する焼戻終了時期制御用測温工程と、焼戻終了時期制御用測温工程において取得された焼戻終了時期制御用温度データに基づき加熱時間を調節して焼戻終了信号を出力する焼戻終了時期調節工程とを有している。
【0021】
鋼製品の焼戻においては、焼入硬化された被処理物に所定の熱量を与えて軟化させることで、被処理物の靭性および寸法安定性の向上が図られる。これに対し、上記のような温度制御による熱処理が行なわれることで、被処理物の加熱履歴を正確に把握することが可能である。その結果、焼戻に必要な加熱条件などを正確に決定できるので、確実な焼戻を行なうために見込んでいた加熱時間などの余裕代を少なくすることができる。このため、必要最低限の時間で焼戻を完了することが可能となり、生産性の向上が図られる。
【0022】
本発明に従った高周波熱処理設備は、上述の高周波熱処理方法に使用される高周波熱処理設備である。この高周波熱処理設備は、被処理物の温度を調節するための焼入用温度制御手段と、被処理物の焼入時期を調節するための焼入時期制御手段と、被処理物から熱を除去するための焼入冷却手段とを備えている。焼入冷却手段は、被処理物を拘束しながら被処理物から熱を除去することにより被処理物をAc1点以上の温度からM点以下の温度に冷却するための冷却部材として使用される金型を含んでいる。
【0023】
本発明の高周波熱処理設備によれば、上述の高周波焼入方法を実施することができるので、処理条件の決定に時間と経験を要さず、かつ被処理物の品質を安定させることができる。さらに、被処理物の変形を抑制することができる。さらに、作業環境を清浄に保つことが容易となる。
【0024】
上記高周波熱処理設備において好ましくは、焼入時期制御手段は、被処理物の温度データである焼入時期制御用温度データを取得する焼入時期制御用測温手段と、焼入時期制御用測温手段に接続して、焼入時期制御用測温手段からの焼入時期制御用温度データに基づき加熱時間を調節して焼入開始信号を焼入冷却手段に出力する焼入時期調節手段とを有している。
【0025】
これにより、一層処理条件の決定が容易で、かつ被処理物の品質を安定させることが可能となる。
【0026】
上記高周波熱処理設備において好ましくは、焼入用温度制御手段は、高周波加熱により被処理物を加熱する焼入用加熱手段と、被処理物の温度データである焼入温度制御用温度データを取得する焼入温度制御用測温手段と、焼入温度制御用測温手段に接続して焼入温度制御用測温手段からの焼入温度制御用温度データに基づき焼入温度制御用信号を焼入用加熱手段に出力する焼入用温度調節手段とを有している。
【0027】
これにより、一層処理条件の決定が容易で、かつ被処理物の品質を安定させることが可能となる。
【0028】
上記高周波熱処理設備において好ましくは、焼入時期制御用測温手段が取得する焼入時期制御用温度データは、被処理物において温度の上がりにくい部位の温度データである。
【0029】
これにより、被処理物において温度の上がりにくい部位の温度データに基づいて被処理物の焼入時期を調節することにより、不具合品の発生を抑制することができる。
【0030】
上記高周波熱処理設備において好ましくは、焼入温度制御用測温手段が取得する焼入温度制御用温度データは、被処理物において温度の上がりやすい部位の温度データである。
【0031】
これにより、被処理物において温度の上がりやすい部位の温度データに基づいて被処理物の加熱温度を調節することにより、不具合品の発生を抑制することができる。
【0032】
上記高周波熱処理設備において好ましくは、被処理物の温度を調節するための焼戻用温度制御手段と、被処理物の焼戻終了時期を調節する焼戻終了時期制御手段とをさらに備えている。
【0033】
これにより、焼戻工程においても温度制御による熱処理が行なうことが可能となり、被処理物の加熱履歴を正確に把握することができる。その結果、必要最低限の時間で焼戻を完了することが可能となり、生産性の向上が図られる。
【0034】
上記高周波熱処理設備において好ましくは、焼戻用温度制御手段は、被処理物を加熱する焼戻用加熱手段と、被処理物の温度データである焼戻温度制御用温度データを取得する焼戻温度制御用測温手段と、焼戻温度制御用測温手段に接続して焼戻温度制御用測温手段からの焼戻温度制御用温度データに基づき焼戻温度制御用信号を焼戻用加熱手段に出力する焼戻用温度調節手段とを有している。さらに、焼戻終了時期制御手段は、被処理物の温度データである焼戻終了時期制御用温度データを取得する焼戻終了時期制御用測温手段と、焼戻終了時期制御用測温手段に接続して焼戻終了時期制御用測温手段からの焼戻終了時期制御用温度データに基づき加熱時間を調節して焼戻終了信号を出力する焼戻終了時期調節手段とを有している。
【0035】
これにより、一層処理条件の決定が容易で、かつ必要最低限の時間で焼戻を完了することが可能となり、生産性の向上が図られる。
【0036】
上記高周波熱処理設備において好ましくは、焼戻終了時期制御用測温手段が取得する焼戻終了時期制御用温度データは、被処理物において温度の上がりにくい部位の温度データである。
【0037】
これにより、被処理物において温度の上がりにくい部位の温度データに基づいて被処理物の焼戻終了時期を調節することにより、当該部位が焼戻不十分となることを回避し、不具合品の発生を抑制することができる。
【0038】
本発明の薄肉部材は、上述の高周波熱処理方法を用いて製造されている。本発明の薄肉部材によれば、処理条件の決定が容易であるため低価格化が可能であり、焼入の際に発生する変形が抑制され、かつ安定した品質の薄肉部材を提供することができる。
【0039】
ここで、本発明において薄肉部材とは最も厚さが大きい部分の厚さが3mm以下である部材をいうものとする。
【0040】
上記薄肉部材はスラスト軸受の軌道輪として用いられてもよい。上記薄肉部材は上述したように優れた特徴を有するため、スラスト軸受の軌道輪として好適である。
【0041】
本発明のスラスト軸受は、上記薄肉部材である軌道輪と軌道輪の転走面上に配置されている転動体とを備えている。
【0042】
本発明のスラスト軸受によれば、上記の優れた特徴を有する薄肉部材を軌道輪として備えているため、長寿命でかつ品質の安定したスラスト軸受を安価に提供することができる。
【発明の効果】
【0043】
以上の説明から明らかなように、本発明の高周波熱処理方法によれば、被処理物の変形を抑制し、かつ厳密な温度制御を可能とする高周波熱処理方法を提供することができる。また、本発明の高周波熱処理設備によれば、本発明の高周波熱処理方法を実施するための高周波熱処理設備を提供することができる。また、本発明の薄肉部材によれば、変形が抑制されかつ品質が安定した薄肉部材を提供することができる。また、本発明のスラスト軸受によれば、長寿命でかつ品質の安定したスラスト軸受を安価に提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0044】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付しその説明は繰返さない。
【0045】
(実施の形態1)
図1は、本発明の一実施の形態である実施の形態1の熱処理方法の概略を示す図である。また、図2は、実施の形態1の高周波熱処理設備のうち焼入用高周波加熱装置の概略を示す図である。図3は、実施の形態1の熱処理設備のうち焼入冷却手段としての金型拘束冷却装置の概略を示す図である。図4は、実施の形態1の高周波熱処理設備のうち焼戻用高周波加熱装置の概略を示す図である。図1〜図4を参照して、実施の形態1の高周波熱処理方法および高周波熱処理設備(スラスト軸受の軌道輪が熱処理される場合)について説明する。
【0046】
図2を参照して、実施の形態1の高周波熱処理設備に含まれる焼入用高周波加熱装置2は、加熱される被処理物としての軌道輪11の温度を調節するための焼入用温度制御手段と、軌道輪11の焼入時期を調節するための焼入時期制御手段とを備えている。焼入用温度制御手段は、焼入用加熱手段としての焼入用誘導コイル22および電源27と、焼入温度制御用測温手段としての焼入温度制御用温度計23と、焼入温度制御用温度計23および電源27に接続して焼入温度制御用温度計23からの焼入温度制御用温度データに基づき焼入温度制御用信号を電源27に出力する焼入用温度調節手段としての焼入用温度調節装置25(たとえばパソコンなど)とを備えている。
【0047】
さらに、焼入時期制御手段は、焼入時期制御用測温手段としての焼入時期制御用温度計24と、焼入時期制御用温度計24および焼入冷却手段としての金型拘束冷却装置3に接続して焼入時期制御用温度計24からの焼入時期制御用温度データに基づき加熱時間を調節し、焼入開始信号を金型拘束冷却装置3に出力する焼入時期調節手段としての焼入時期調節装置26(たとえばパソコンなど)とを備えている。
【0048】
さらに、焼入用高周波加熱装置2は、断熱性および絶縁性を有する素材(たとえばセラミックなど)で作製された焼入用回転テーブル21を備えている。また、焼入用回転テーブル21は被処理物としての軌道輪11をセットするための突出部21Aを有している。
【0049】
図3を参照して、実施の形態1の高周波熱処理設備に含まれる焼入冷却手段としての金型拘束冷却装置3は下部拘束金型31と上部拘束金型32とを備えており、上部拘束金型の上方からプレス用錘、油圧シリンダなどにより、下向きの荷重を負荷することができる構成となっている。
【0050】
図4を参照して、実施の形態1の高周波熱処理設備に含まれる焼戻用高周波加熱装置5は、加熱される被処理物としての軌道輪11の温度を調節するための焼戻用温度制御手段と、軌道輪11の焼戻終了時期を調節するための焼戻終了時期制御手段とを備えている。焼戻用温度制御手段は、焼戻用加熱手段としての焼戻用誘導コイル52および電源57と、焼戻温度制御用測温手段としての焼戻温度制御用温度計54と、焼戻温度制御用温度計54および電源57に接続して焼戻温度制御用温度計54からの焼戻温度制御用温度データに基づき焼戻温度制御用信号を電源57に出力する焼戻用温度調節手段としての焼戻用温度調節装置56(たとえばパソコンなど)とを備えている。
【0051】
さらに、焼戻終了時期制御手段は、焼戻終了時期制御用測温手段としての焼戻終了時期制御用温度計54(焼戻温度制御用温度計を兼ねている)と、焼戻終了時期制御用温度計54および電源57に接続して焼戻終了時期制御用温度計54からの焼戻終了時期制御用温度データに基づき加熱時間を調節し、焼戻終了信号を電源57に出力する焼戻終了時期調節手段としての焼戻終了時期調節装置56(焼戻用温度調節装置を兼ねている)とを備えている。
【0052】
さらに、焼戻用高周波加熱装置5は、断熱性および絶縁性を有する素材(たとえばセラミックなど)で作製された焼戻用回転テーブル51を備えている。また、焼戻用回転テーブル51は被処理物としての軌道輪11をセットするための突出部51Aを有している。
【0053】
次に、図1〜4を参照して、高周波熱処理の手順を説明する。図1に示すように、実施の形態1の熱処理方法においては、まず焼入硬化工程のうち焼入用温度制御工程と焼入時期制御工程とが実施される。具体的には、図2を参照して、軌道輪11は焼入用回転テーブル21の突出部21Aの上方に接触するようにセットされる。次に、焼入用誘導コイル22には高周波電流が通電され、軌道輪11は誘導加熱される。この際、均一な加熱を行なうため、軌道輪11は焼入用回転テーブル21により回転される。
【0054】
このとき、焼入用温度調節装置25は、軌道輪11において最も温度が上がりやすい部位である上面内周部11Bの温度データ(焼入温度制御用温度データ)を焼入温度制御用温度計23を介して取得する。そして、焼入用温度調節装置25は目標温度および焼入温度制御用温度データから必要な電源出力を判断し、電源27から焼入用誘導コイル22に必要な電力を出力させる。これにより、軌道輪11は目標温度に加熱される。
【0055】
一方、焼入時期調節装置26は、軌道輪11において最も温度が上がりにくい部位である下面治具接触部11Cの温度データ(焼入時期制御用温度データ)を焼入時期制御用温度計24を介して取得する。そして、焼入時期調節装置26は軌道輪11に与えられるべき加熱履歴および既に与えられた加熱履歴から焼入時期を判断し、焼入開始信号を金型拘束冷却装置3に出力する。これにより、図1の焼入用温度制御工程および焼入時期制御工程が終了する。
【0056】
次に、図1に示すように焼入冷却工程が実施される。具体的には、図3を参照して、焼入用温度制御工程および焼入時期制御工程が実施されてAc1点以上の温度に加熱された軌道輪11は図示しない移動手段により焼入用高周波加熱装置2から金型拘束冷却装置3に運ばれる。そして、軌道輪11は直ちに金型拘束冷却装置3の下部拘束金型31と上部拘束金型32との間に挟まれ、さらに上部拘束金型32にはプレス用錘が載せられる。これにより、軌道輪11は下部拘束金型31と上部拘束金型32とにより拘束されながら、冷却部材としての下部拘束金型31および上部拘束金型32により熱を除去されることによりM点以下の温度まで急冷される。これにより、図1の焼入冷却工程が終了する。
【0057】
ここで、軌道輪11の厚さは3mm以下であり、熱容量が小さいため、油および水などの冷却媒体を使用することなく、下部拘束金型31および上部拘束金型32に接触させることにより十分に急冷することが可能である。
【0058】
次に、図1に示すように焼戻工程が実施される。具体的には、図4を参照して、軌道輪11は焼戻用回転テーブル51の突出部51Aの上方に接触するようにセットされる。次に、焼戻用誘導コイル52には高周波電流が通電され、軌道輪11は誘導加熱される。この際、均一な加熱を行なうため、軌道輪11は焼戻用回転テーブル51により回転される。
【0059】
このとき、焼戻用温度調節装置56は、軌道輪11の温度データ(焼戻温度制御用温度データ)を焼戻温度制御用温度計54を介して取得する。そして、焼戻用温度調節装置56は目標温度および焼戻温度制御用温度データから必要な電源出力を判断し、電源57から焼戻用誘導コイル52に出力させる。これにより、軌道輪11は目標温度に加熱される。
【0060】
一方、焼戻用温度調節装置を兼ねた焼戻終了時期調節装置56は、軌道輪11において最も温度が上がりにくい部位である下面治具接触部11Cの温度データ(焼戻終了時期制御用温度データ)を焼戻温度制御用温度計を兼ねた焼戻終了時期制御用温度計54を介して取得する。そして、焼戻終了時期調節装置56は軌道輪11に与えられるべき加熱履歴および既に与えられた加熱履歴から焼戻終了時期を判断し、焼戻終了信号を電源57に出力することで加熱が停止される。これにより、図1の焼戻工程が終了する。
【0061】
次に、上記の金型拘束冷却装置3を用いて軌道輪11を焼入硬化する場合における好ましい条件について、具体例に基づいて説明する。
【0062】
たとえばSAE1070を素材とする内径60mm、外径85mm、厚さ1mmの軌道輪11を上記の金型拘束冷却装置3を用いて焼入硬化する場合の処理条件としては、加熱温度は900℃〜1050℃、加熱時間は0.5秒〜5秒、拘束(プレス)圧力は11.7kPa以上、拘束時間は2秒以上とすることが好ましい。また、上部拘束金型32の上部拘束金型拘束部32Aおよび下部拘束金型31の下部拘束金型拘束部31Aの材料は、上部拘束金型拘束部32Aおよび下部拘束金型拘束部31Aの表面の損傷を防止する観点から、焼入硬化された軌道輪11と同等以上の硬さを有するものであることが好ましく、たとえば焼入硬化された軸受鋼、炭素鋼、ステンレス鋼とすることが好ましい。また、下部拘束金型31および上部拘束金型32の材料は熱伝導度および耐食性の高いものが好ましい。
【0063】
さらに、下部拘束金型31および上部拘束金型32の大きさについては、焼入硬化される軌道輪11との熱容量差が大きいことが必要であり、下部拘束金型31および上部拘束金型32のそれぞれの体積は軌道輪11の体積の50倍以上であることが好ましい。なお、金型内に水などの冷却媒体を流すといった冷却媒体流通手段を含む冷却手段を用いることで下部拘束金型31および上部拘束金型32と焼入硬化される軌道輪11との必要な体積比を小さくすることが可能であり、これにより金型拘束冷却装置3をコンパクト化することができる。また、下部拘束金型31および上部拘束金型32に空気などの気体を吹き付けて冷却するための冷却用気体の供給部材を含む冷却手段を用いることで、同様の効果を得ることができる。この場合、気体を吹き付けることで、下部拘束金型31および上部拘束金型32に付着したごみ等を除去することもできる。
【0064】
また、下部拘束金型拘束部31Aおよび上部拘束金型拘束部32Aの精度は焼入硬化される軌道輪11の精度に影響するため高いことが好ましい。すなわち反りおよびうねりが小さく、かつ表面粗さが小さい(研磨仕上げレベル)ことが好ましい。
【0065】
また、焼入硬化処理における加熱および冷却は空気雰囲気中で行なうことができるが、好ましくは酸化を抑制する雰囲気中、たとえば窒素などの反応性に乏しい気体雰囲気中で行なう。
【0066】
通常、上記条件の下で軌道輪11を製造した場合、焼戻温度が150℃以下であれば、表層硬度730HV、軌道輪の反りが30μm以下の軌道輪11を製造することができる。
【0067】
次に、上記の焼入用高周波加熱装置2を用いて軌道輪11に対して図1の焼入硬化工程を実施する場合における好ましい条件について、具体例に基づいて説明する。
【0068】
図5はJIS SUJ2材のTTA(Time Temperature Austinitization)線図である。また、図6は炭素の拡散距離Depの値を温度推移から積算する方法を説明するための焼入温度と保持時間との関係を示す説明図である。図6の上段左のグラフにおいては横軸を時間t、縦軸を温度Tとして焼入温度制御側および焼入時期制御側における温度推移が示されている。また、上段右の図は上段左のグラフの領域αの部分を拡大して示した図である。また、下段には補正Depの値を温度推移から積算するための計算式が示されている。図5および図6を参照して、SUJ2材製の軌道輪を上記の焼入用高周波加熱装置2を用いて焼入硬化する場合の具体例について説明する。
【0069】
たとえばSUJ2を素材とする内径60mm、外径85mm、厚さ1mmの軌道輪11を上記の焼入用高周波加熱装置2を用いて焼入硬化する場合の規格値として、強度の観点から、180℃で焼戻した場合の焼戻硬度がHRC58以上であり、寸法安定性の観点から残留オーステナイト量が12%以下と設定する。この規格を満たすために必要な焼入温度と保持時間との関係を示したSUJ2材のTTA(Time Temperature Austinitization)線図を図5に示す。図5における領域Aは硬度規格を満足しない範囲であり、領域Bは残留オーステナイト量が規格を満足しない範囲であり、領域Cはいずれの熱処理規格をも満足する範囲である。硬度は焼入温度と時間が大きくなるにつれて規格を満たしやすくなる。これに対して、オーステナイト量は焼入温度と時間が大きくなるにつれて規格を満たさなくなる。
【0070】
図5のTTA線図から明らかなように、熱処理品質規格を満たすためには、比較的低温で長時間の条件設定の方が熱処理品質を制御しやすい。高周波熱処理の短時間処理という利点を生かすためには、できるだけ高温、短時間での処理が望ましい。焼入温度制御用温度計の測温位置におけるヒートパターンは、熱処理工数の低減と制御の容易さの兼ね合いから決定することができる。材料の種類に応じた熱処理品質に対する加熱時間と保持時間の関係図(TTA線図)を作成することができれば、その線図に応じて条件を決定すればいいので、本発明の熱処理装置は材料の種類を問わず利用することができる。
【0071】
図2を参照して、決定された加熱条件を、パソコンなどの焼入用温度調節装置25に入力する。焼入用温度調節装置25は、焼入温度制御用温度計23および電源27に接続されており、焼入温度制御用温度計23からの焼入温度制御用温度データに基づき、PID(Proportional Integral Differential)制御により焼入温度制御用信号を電源27に出力して焼入用誘導コイル22に流れる高周波電流を制御することができる。これにより、軌道輪11において最も温度が上がりやすい部位である上面内周部11Bのヒートパターンを制御することができる。このとき同時に、焼入時期制御用温度計24が取得した焼入時期制御用温度データをパソコンなどの焼入時期調節装置26に取り込み、そのヒートパターンから加熱が十分であるかどうかを判断し、焼入の時期を調節する。焼入の時期の判断は、軌道輪11において最も温度が上がりにくい部位である下面治具接触部11CのヒートパターンがTTA線図上で規格内におさまったかどうかで行なう。
【0072】
TTA線図上で規格内におさまったかどうかの判断には、たとえば以下の式(1)および式(2)を用いることができる。
【0073】
【数1】


【0074】
鋼の焼入前の組織は、若干の炭素が固溶した鉄と、炭化物が分布したものになっている。焼入では、炭化物中の炭素を鉄中に溶け込ませる必要があるが、炭素を鉄中に均一に固溶させる時間は、炭素の拡散距離Depに対応していると考えることができる。この考え方から、焼入は、このDepの値がある値D*epに達した時に行なうものとすることができる。
【0075】
実際には、軌道輪11において最も温度が上がりにくい部位である下面治具接触部11Cのヒートパターンは刻一刻と変化するので、Depの値は、図6に示すように、積算する必要がある。軌道輪11の昇温を開始すると、焼入時期制御側(図2に示す軌道輪11の下面治具接触部11C)の昇温パターンは、磁束の侵入が焼入温度制御側(図2に示す軌道輪11の上面内周部11B)より少ないので、焼入温度制御側に比べて遅れて温度が上昇する。通常、温度が723℃を越えると、鉄のオーステナイト化が始まるが、昇温速度が速いと鉄の加熱変態温度は変化するので、拡散距離を計算する温度は、昇温速度によって変化させなくてはならない。
【0076】
図2を参照して、昇温速度は、電源27の能力、焼入用誘導コイル22と軌道輪11の形状などによって異なるので、焼入用高周波加熱装置2と軌道輪11の種類によって適宜変更するのが好ましい。焼入時期制御側の温度が加熱変態温度を越えたところから、図6に示すように、図中の式によって領域α拡散距離を計算する。任意の時間におけるDepがD*epを越えると、ただちに焼入を開始する。D*epの値は、所定の熱処理品質を維持できる範囲で、できるだけ小さな値である方が、熱処理時間短縮という観点からは望ましい。しかし、品質安定という観点からは、ある程度安全をみた設定値とするのが望ましい。
【0077】
上述の方法で高周波熱処理を実施した実施の形態1の薄肉部材である軌道輪11と軌道輪11の転走面上に配置される転動体とを組み合わせることにより、実施の形態1のスラスト軸受である薄肉スラストころ軸受を製造することができる。
【0078】
図7は実施の形態1のスラスト軸受である薄肉スラストころ軸受の構成を示す概略断面図である。図7を参照して本実施の形態1のスラスト軸受の構成を説明する。
【0079】
図7に示すように、薄肉スラストころ軸受1は、たとえば一対の軌道輪11、11と、複数の転動体としてのころ12と、環状の保持器13とを備えている。ころ12は一対の軌道輪11、11の間において、軌道輪11、11の転走面11A、11Aに接触して配置されている。さらに、ころ12は保持器13により周方向に所定のピッチで配置され、かつ転動自在に保持されている。これにより、軌道輪11、11の各々は互いに相対的に回転することができる。
【0080】
(実施の形態2)
図8は、本発明の一実施の形態である実施の形態2の高周波熱処理設備のうち金型拘束焼戻装置の概略を示す図である。図8を参照して、実施の形態2の高周波熱処理方法および高周波熱処理設備(スラスト軸受の軌道輪が熱処理される場合)について説明する。
【0081】
実施の形態2における高周波熱処理方法、高周波熱処理設備、薄肉部材およびスラスト軸受は、実施の形態1における高周波熱処理方法、高周波熱処理設備、薄肉部材およびスラスト軸受と基本的に同様の構成を有している。しかし、実施の形態2では、実施の形態1の焼戻用高周波加熱装置5に代えて、金型拘束焼戻装置を使用する点で実施の形態1とは相違している。
【0082】
図8を参照して、実施の形態2の高周波熱処理設備に含まれる金型拘束焼戻装置6は焼戻用下部拘束金型61と焼戻用上部拘束金型62を備えており、焼戻用上部拘束金型の上方からプレス用錘、油圧シリンダなどにより、下向きの荷重を負荷することができる構成となっている。さらに、軌道輪11を拘束する部分である焼戻用下部拘束金型拘束部61Aおよび焼戻用上部拘束金型拘束部62Aと軌道輪11との接触部分にはそれぞれ拘束部測温手段としての熱電対63、64の一端が接続されて軌道輪11の温度である焼戻用温度データ(焼戻温度制御用温度データおよび焼戻終了時期制御用温度データ)が取得可能となっている。そして、熱電対63、64の他端は、熱電対からの焼戻用温度データを受けて金型の加熱を制御するパソコンなどの金型加熱制御装置65と接続されており、金型加熱制御装置65は焼戻用下部拘束金型61および焼戻用上部拘束金型62と接続された金型を加熱するための金型加熱手段としての金型加熱装置66と接続されている。金型加熱装置66としては、たとえば電熱線などに電力を供給することにより、焼戻用下部拘束金型61および焼戻用上部拘束金型62を加熱する装置を用いることができる。また、金型加熱装置66としては、たとえば誘導加熱により焼戻用下部拘束金型61および焼戻用上部拘束金型62を加熱する装置を用いてもよい。
【0083】
次に、金型拘束焼戻装置6を用いた焼戻工程について説明する。焼入硬化工程が実施された軌道輪11は図示しない移動手段により金型拘束冷却装置3から金型拘束焼戻装置6に運ばれる。そして、軌道輪11は金型加熱装置66により加熱された焼戻用下部拘束金型61および焼戻用上部拘束金型62の間に挟まれ、さらに焼戻用上部拘束金型62にはプレス用錘が載せられる。これにより、軌道輪11は焼戻用下部拘束金型61と焼戻用上部拘束金型62とにより拘束されながら、加熱される。ここで、金型加熱制御装置65は焼戻用温度データに基づいて金型加熱装置66の出力を制御しつつ、焼戻工程で軌道輪11に与えられた熱量から焼戻終了時期を決定する。そして、焼戻終了時期に到達した時点で、加熱が中止されるとともに焼戻用下部拘束金型61と焼戻用上部拘束金型62とによる軌道輪11の拘束が解除され、軌道輪11は金型拘束焼戻装置6から取り出される。これにより、図1の焼戻工程が終了する。
【0084】
なお、実施の形態1および2において、焼入用高周波加熱装置2、焼戻用高周波加熱装置5および金型拘束焼戻装置6は測温手段としての温度計を備えている。この温度計は、放射温度計などの非接触式温度計であってもよいし、装置のレイアウト上可能であれば熱電対などの接触式温度計であってもよい。また、この温度計は少なくとも1つあればよいが、装置のレイアウト上可能であれば、複数設けることが好ましい。また、温度計を複数設けた場合、各温度計により測定される温度の差を小さくしつつ短時間で熱処理が終了するように装置を制御することが好ましい。また、パソコンなどの焼入用温度調節装置25、焼入時期調節装置26、焼戻終了時期調節装置56、焼戻用温度調節装置56、金型加熱制御装置65は必要に応じてそれぞれ設けてもよいし、1台のパソコンなどで複数の装置を兼ねてもよい。
【実施例1】
【0085】
以下、本発明の実施例について説明する。SUJ2を素材とする内径60mm、外径85mm、厚さ1mmのスラスト軸受用軌道輪に対して、上記の実施の形態1で説明した図2の焼入用高周波加熱装置2および図3の金型拘束冷却装置3を用いて図1の焼入硬化工程を実施した。焼入温度制御側の温度は950℃に設定した。一方、同様のスラスト軸受用軌道輪に対して、従来の高周波焼入を実施した。具体的には、作業者が加熱中の軌道輪の色から最適であると判断した誘導コイルへの出力および加熱時間(1.5秒)の条件で加熱した後、図3の金型拘束冷却装置3を用いて冷却することにより焼入硬化した(比較例)。
【0086】
上記の実施例および比較例の軌道輪を各10個ずつ作製し、硬度、残留オーステナイト量、焼入前後の寸法変化量、軌道輪の反り量の測定、および不完全焼入組織発生の有無の調査を行なった。測定および調査の結果を表1に示す。
【0087】
【表1】


【0088】
表1において、最高硬度とは各10個のサンプル中の硬度の最高値である。また、硬度むらとは各サンプル中の最高硬度と最低硬度との差を測定し、各10個のサンプル中における最大値を示している。また、残留オーステナイト量の差とは軌道輪の表面から0.05mmの位置における残留オーステナイト量を各10個のサンプルについて測定し、最大値と最小値との差を示したものである。外径寸法差の最大値とは焼入前後における外径寸法の変化を測定し、各10個のサンプル中における最大値を示したものである。反りの最大値とは水平面上に軌道輪の転走面が対向するように軌道輪を置いた場合の、水平面から軌道輪の上面までの高さの最大値と最小値との差を測定し、各10個のサンプル中における当該差の最大値を示したものである。また、不完全焼入組織発生の有無の調査は、焼入後の各10個のサンプルのミクロ組織を調査し、マルテンサイト組織となっていない部分(不完全焼入組織)の有無を調査した結果である。
【0089】
表1を参照して、実施例の軌道輪と比較例の軌道輪とを比較すると、実施例の軌道輪は比較例の軌道輪よりも最高硬度が高いにもかかわらず、硬度むらは小さくなっている。また、実施例は比較例に比べて残留オーステナイト量の差が小さく、焼入による外径寸法の変化および反りの発生量も小さい。さらに、実施例では不完全焼入組織は発生しなかったのに対し、比較例では軌道輪を保持するための治具が軌道輪に接触する部位において不完全焼入組織が発生していた。
【0090】
このような実施例と比較例との差異は、加熱時における各軌道輪の中での温度のばらつき、および軌道輪の間での加熱条件のばらつきに起因するものと考えられる。具体的には、実施例においては、加熱中における軌道輪の実際の温度が測定されて、それに応じた加熱が行なわれている。また、軌道輪において温度の上がりにくい部位の加熱が十分であることを確認しつつ、温度の上がりやすい部位と温度の上がりにくい部位との温度差が小さくなるように加熱が制御されている。そのため、温度の上がりにくい部位においても不完全焼入組織が発生せず、かつ品質(硬度、残留オーステナイト量、寸法)のばらつきも小さい。
【0091】
これに対し、比較例においては、作業者が加熱中の軌道輪の色から最適であると判断した一定の条件で加熱される。従って、軌道輪内のすべての部位における温度を考慮することは困難である。そのため、軌道輪の中での品質の差が生じやすくなっており、軌道輪において温度の上がりにくい部位においては、加熱が不十分となって不完全焼入組織が発生している。また、電源出力および加熱時間を一定として加熱が行なわれるため、軌道輪を加熱装置にセットする際、セットの位置に差が生じると、実際の加熱温度に差が生じる。そのため、軌道輪の間で品質の差も生じやすくなっている。
【0092】
以上の結果より、本発明の高周波焼入方法によれば、従来の高周波焼入方法に比べて軌道輪間および軌道輪内での品質のばらつきを小さくできることが分かる。また、本発明の高周波焼入方法によれば、不完全焼入組織の発生などの不具合も抑制できることが分かる。
【0093】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明の高周波熱処理方法、高周波熱処理設備、薄肉部材およびスラスト軸受は、被処理物の温度に基づき加熱を制御する高周波熱処理方法、高周波熱処理設備およびこれを用いて製造される薄肉部材およびスラスト軸受に特に有利に適用される。
【図面の簡単な説明】
【0095】
【図1】実施の形態1の熱処理方法の概略を示す図である。
【図2】実施の形態1の高周波熱処理設備のうち焼入用高周波加熱装置の概略を示す図である。
【図3】実施の形態1の熱処理設備のうち焼入冷却手段としての金型拘束冷却装置の概略を示す図である。
【図4】実施の形態1の高周波熱処理設備のうち焼戻用高周波加熱装置の概略を示す図である。
【図5】JIS SUJ2材のTTA(Time Temperature Austinitization)線図である。
【図6】炭素の拡散距離Depの値を温度推移から積算する方法を説明するための焼入温度と保持時間との関係を示す説明図である。
【図7】実施の形態1のスラスト軸受である薄肉スラストころ軸受の構成を示す概略断面図である。
【図8】実施の形態2の高周波熱処理設備のうち金型拘束焼戻装置の概略を示す図である。
【符号の説明】
【0096】
1 薄肉スラストころ軸受、2 焼入用高周波加熱装置、3 金型拘束冷却装置、5 焼戻用高周波加熱装置、6 金型拘束焼戻装置、11 軌道輪、11A 転走面、11B 上面内周部、11C 下面治具接触部、12 ころ、13 保持器、21 焼入用回転テーブル、21A 突出部、22 焼入用誘導コイル、23 焼入温度制御用温度計、24 焼入時期制御用温度計、25 焼入用温度調節装置、26 焼入時期調節装置、27 電源、31 下部拘束金型、31A 下部拘束金型拘束部、32 上部拘束金型、32A 上部拘束金型拘束部、51 焼戻用回転テーブル、51A 突出部、52 焼戻用誘導コイル、54 焼戻温度制御用温度計(焼戻終了時期制御用温度計)、56 焼戻用温度調節装置(焼戻終了時期調節装置)、57 電源、61 焼戻用下部拘束金型、61A 焼戻用下部拘束金型拘束部、62 焼戻用上部拘束金型、62A 焼戻用上部拘束金型拘束部、63 熱電対、64 熱電対、65 金型加熱制御装置、66 金型加熱装置。
【出願人】 【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
【住所又は居所】大阪府大阪市西区京町堀1丁目3番17号
【出願日】 平成17年4月6日(2005.4.6)
【代理人】 【識別番号】100064746
【弁理士】
【氏名又は名称】深見 久郎

【識別番号】100085132
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 俊雄

【識別番号】100083703
【弁理士】
【氏名又は名称】仲村 義平

【識別番号】100096781
【弁理士】
【氏名又は名称】堀井 豊

【識別番号】100098316
【弁理士】
【氏名又は名称】野田 久登

【識別番号】100109162
【弁理士】
【氏名又は名称】酒井 將行

【公開番号】 特開2006−291248(P2006−291248A)
【公開日】 平成18年10月26日(2006.10.26)
【出願番号】 特願2005−110122(P2005−110122)