Warning: copy(htaccessbak): failed to open stream: No such file or directory in /home/jtokkyo/public_html/header.php on line 10
潤滑剤及びそれを用いた機械又は装置 - 特開2006−274109 | j-tokkyo
トップ :: C 化学 冶金 :: C10 石油,ガスまたはコ−クス工業;一酸化炭素を含有する工業ガス;燃料;潤滑剤;でい炭

【発明の名称】 潤滑剤及びそれを用いた機械又は装置
【発明者】 【氏名】柴原 隆志

【氏名】坂根 弦太

【氏名】滝 晨彦

【要約】 【課題】金属錯体の溶解した水溶液からなる、潤滑性及び難燃性に優れた潤滑剤を提供すること。

【解決手段】モリブデン及びタングステンから選択される少なくとも一種の遷移金属原子と硫黄原子とを含有し、かつ前記遷移金属原子と前記硫黄原子とが直接結合してなる錯体が0.1〜20重量%溶解した水溶液からなる潤滑剤とする。当該錯体が、複数の前記遷移金属原子同士が硫黄原子で架橋されてなる中心骨格を有する多核錯体であって、中心金属原子にアミノ酸が配位したものが好適である。また、相互に接触する可動部分及びそれを覆う容器を有し、該容器の内部に前記潤滑剤が封入されてなる機械又は装置が好適な実施態様である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
モリブデン及びタングステンから選択される少なくとも一種の遷移金属原子と硫黄原子とを含有し、かつ前記遷移金属原子と前記硫黄原子とが直接結合してなる錯体が0.1〜20重量%溶解した水溶液からなる潤滑剤。
【請求項2】
前記錯体が、複数の前記遷移金属原子同士が硫黄原子で架橋されてなる中心骨格を有する多核錯体である請求項1記載の潤滑剤。
【請求項3】
前記多核錯体が、下記式(1)で示される中心骨格を有する請求項2記載の潤滑剤。
【化1】


(式中、Mはモリブデン及びタングステンから選択される少なくとも一種の遷移金属原子である。)
【請求項4】
前記錯体が、前記遷移金属原子に対して有機化合物からなる配位子が配位したものである請求項1〜3のいずれか記載の潤滑剤。
【請求項5】
前記配位子がカルボン酸である請求項4記載の潤滑剤。
【請求項6】
前記カルボン酸がアミノ酸である請求項5記載の潤滑剤。
【請求項7】
前記錯体が、硫黄原子を含有する配位子が配位したものである請求項1〜6のいずれか記載の潤滑剤。
【請求項8】
前記錯体が、錯イオンとその対イオンとから構成される錯塩である請求項1〜7のいずれか記載の潤滑剤。
【請求項9】
前記錯塩が、前記遷移金属原子と硫黄原子とを含有する錯陰イオンと、その対イオンである陽イオンとから構成される塩である請求項8記載の潤滑剤。
【請求項10】
前記錯体の、20℃における水に対する溶解度が0.2g/100ml以上である請求項1〜9のいずれか記載の潤滑剤。
【請求項11】
相互に接触する可動部分及びそれを覆う容器を有し、該容器の内部に請求項1〜10のいずれか記載の潤滑剤が封入されてなる機械又は装置。
【請求項12】
前記潤滑剤が作動流体として機能する請求項11記載の機械又は装置。
【発明の詳細な説明】【技術分野】
【0001】
本発明は、遷移金属原子と硫黄原子とを含有する錯体が溶解した水溶液からなる難燃性の潤滑剤に関する。また、そのような潤滑剤を用いた機械又は装置に関する。
【背景技術】
【0002】
摺動部を有する機械の運転のために用いられる潤滑剤として、可燃物である鉱物油などが広く用いられている。しかしながら、高層建築物や海底トンネルといったように、消火活動が実質的に不可能な場所で機械を運転する場合などには、可燃物の使用を避けたいという要求が大きい。可燃物が燃焼することによって発生する有毒ガスや煤煙は、高層建築物や海底トンネルなどにおいては極めて危険の高いものである。そのため、そのような場所で使用される機械においては不燃物である水を主成分とする潤滑剤の使用が望まれている。しかしながら、水は鉱物油などに比べると潤滑性能が低く、潤滑剤としての使用が困難な場合が多いのが実情であった。
【0003】
天然鉱物でもある二硫化モリブデンは、固体潤滑剤として広く用いられている。二硫化モリブデンの微粒子を含有する液体を潤滑剤として用いることによって摺動部の摩擦を劇的に低下させることが可能である。これは摺動部における極圧反応によって金属表面にモリブデン及び/又は硫黄が結合することによると考えられている。しかしながら、添加される二硫化モリブデンは微細ながらも粒子であるために、長期間に亘る使用においては沈殿しやすく、安定的に潤滑性能を維持することは容易ではない。これに対し、二硫化モリブデン粒子の代わりに、油溶性のモリブデン錯体を潤滑油に配合することも提案されている。
【0004】
特許文献1には、下記式(1)で示される中心骨格(ここでのMはモリブデン原子)を有し、ジチオカルバミン酸化合物がモリブデン原子に配位した錯体を0.05〜30重量%含有する水系潤滑組成物が記載されている。しかしながら、この錯体は一般的に水には溶けないので、適当な分散剤や可溶化剤を用いて水中に分散又は可溶化させる必要がある。分散剤あるいは可溶化剤としては、タンパク質や界面活性剤が使用されることが記載されているが、本質的に水に溶解しないものを添加剤の助けを借りて水中に分散又は可溶化させるので、長期的な安定性には問題が残る。
【0005】
【化1】


【0006】
特許文献2には、金属材料を塑性加工する際に用いられる潤滑剤であって、中心金属原子を二以上有する多核錯体を水に溶解若しくは分散させてなる潤滑剤が記載されている。しかしながら、そこで用いられている錯体が水に対してどのような溶解度を有しているかは記載されていない。また、金属材料に潤滑剤を塗布した後で乾燥させてから塑性加工することは記載されているものの、機械を運転する際に液状のままで使用される潤滑剤については記載されていない。
【0007】
非特許文献1には、公知の金属錯体として、ジ−μ−チオ−ビス{(システイナト)オキソモリブデン(V)}酸ナトリウムの四水和物が記載されている。しかしながら、その用途については何ら記載されていない。
【0008】
【特許文献1】特開昭58−63794号公報
【特許文献2】特開2002−188090号公報
【非特許文献1】第4版 実験化学講座17 無機錯体・キレート錯体、丸善株式会社、平成3年3月、p.435−436
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、金属錯体の溶解した水溶液からなる、潤滑性及び難燃性に優れた潤滑剤を提供することを目的とするものである。また、そのような潤滑剤を使用する機械又は装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題は、モリブデン及びタングステンから選択される少なくとも一種の遷移金属原子と硫黄原子とを含有し、かつ前記遷移金属原子と前記硫黄原子とが直接結合してなる錯体が0.1〜20重量%溶解した水溶液からなる潤滑剤を提供することによって解決される。
【0011】
このとき前記錯体が、複数の前記遷移金属原子同士が硫黄原子で架橋されてなる中心骨格を有する多核錯体であることが好適である。また、前記多核錯体が、下記式(1)で示される中心骨格を有することがより好適である。
【0012】
【化2】


(式中、Mはモリブデン及びタングステンから選択される少なくとも一種の遷移金属原子である。)
【0013】
前記錯体が、前記遷移金属原子に対して有機化合物からなる配位子が配位したものであることが好適である。当該配位子としては、カルボン酸、なかでもアミノ酸が好適である。また、前記錯体が、硫黄原子を含有する配位子が配位したものであることも好適である。さらに、前記錯体が、錯イオンとその対イオンとから構成される錯塩であること、特に前記遷移金属原子と硫黄原子とを含有する錯陰イオンと、その対イオンである陽イオンとから構成される塩であることが好適である。前記錯体の、20℃における水に対する溶解度が0.2g/100ml以上であることが好適である。
【0014】
本発明の好適な実施態様として、相互に接触する可動部分及びそれを覆う容器を有し、該容器の内部に前記潤滑剤が封入されてなる機械又は装置が挙げられる。このとき、前記潤滑剤が作動流体として機能する機械又は装置であることが好適である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の潤滑剤は、遷移金属錯体の溶解した水溶液からなるものであり、不燃物である水を主成分とするものであるから難燃性に優れている。しかも、水溶液でありながら優れた潤滑性を有している。水溶液であるから長期間使用しても錯体の沈殿を生じることがなく、長期間に亘る潤滑性を維持することができる。そして、このような潤滑剤が封入された機械又は装置は、潤滑性と難燃性に優れているので、消火の困難な場所などでの運転に特に適している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明で使用される錯体は、モリブデン及びタングステンから選択される少なくとも一種の遷移金属原子と硫黄原子とを含有し、かつ前記遷移金属原子と前記硫黄原子とが直接結合してなるものである。モリブデンと硫黄の結合、あるいはタングステンと硫黄の結合を有することによって、摺動時の高温高圧下での極圧反応において、モリブデン化合物あるいは硫黄化合物が、摺動面に形成されやすい。このような化合物が摺動面に形成されることによって、機械装置を運転する際の焼き付きの発生などを効果的に抑制することができる。特に、荷重の大きい摩擦条件においても、摩擦係数を低く維持することができ、摩耗量を低減することができる。前記錯体が含有する遷移金属原子が、モリブデンとタングステンのいずれであってもこのような効果が発現するが、モリブデンの方がより好適である。
【0017】
前記極圧反応を効率的に進行させるためには、前記遷移金属原子に直接結合している硫黄原子の数が多いほうが好ましい。具体的には、1個の遷移金属原子に対して2個以上の硫黄原子が直接結合していることが好ましく、3個以上の硫黄原子が直接結合していることがより好ましい。
【0018】
前記錯体は、中心金属原子を1個のみ有する単核錯体であってもよいし、2個以上の中心金属原子を有する多核錯体であってもよい。単核錯体である場合には、中心金属原子に対して、配位子中の硫黄原子が配位することになる。この場合の配位子としては、S2−(硫化物イオン)や含硫黄有機化合物などが例示される。単核錯体として好適なものとしては、テトラチオモリブデン酸塩又はテトラチオタングステン酸塩が例示される。これらの錯塩はテトラチオモリブデン酸陰イオン([MoS2−)又はテトラチオタングステン酸陰イオン([WS2−)と対イオンである陽イオンとから構成される錯塩である。この錯塩は水溶性に優れていて、しかも1個の遷移金属原子に対して4個の硫黄原子が直接結合していて、極圧反応が効率的に進行すると考えられるものである。好適な化合物の具体的な例としては、テトラチオモリブデン酸アンモニウム((NH[MoS])やテトラチオタングステン酸アンモニウム((NH[WS])が例示される。
【0019】
極圧反応の進行しやすさを考慮すれば、多核錯体であることが好ましい。多核錯体としては、2核錯体(複核錯体)、3核錯体、4核錯体などを用いることができる。これらの錯体のうちでも、製造の容易さからは、2核錯体であることが好ましい。このような多核錯体に含まれる複数の遷移金属原子は、当該複数の金属原子同士が直接結合していてもよいし、硫黄原子や酸素原子を介して結合していてもよいし、多座配位子を介して結合していてもよい。中でも、複数の遷移金属原子同士が硫黄原子や酸素原子を介して架橋されてなる中心骨格を有することが好ましく、特に硫黄原子を介して架橋されてなる中心骨格を有することが好ましい。これによって、極圧反応が効率的に進行しやすくなる。多核錯体である場合の中心骨格が、異種の金属原子を含むものであっても構わない。
【0020】
複数の遷移金属原子同士が硫黄原子を介して架橋されてなる中心骨格としては、下記式(1)で示されるM、下記式(2)で示されるM(不完全キュバン型骨格)、下記式(3)で示されるM(キュバン型骨格)などの骨格が好適なものとして例示される。式(1)の中心骨格であれば、1個の遷移金属原子に対して2個の硫黄原子が直接結合していて、式(2)及び式(3)の中心骨格であれば、1個の遷移金属原子に対して3個の硫黄原子が直接結合している。1個の遷移金属原子に対して直接結合している硫黄原子の数が多いので、極圧反応の進行に有利である。
【0021】
【化3】


【0022】
【化4】


【0023】
【化5】


【0024】
上記式(1)〜(3)において、Mはモリブデン及びタングステンから選択される少なくとも一種の遷移金属原子である。本発明の金属錯体においては、上記式(1)〜(3)で示される中心骨格中の遷移金属原子Mに硫黄原子が結合しており、それに加えて配位子が配位していてもよい。遷移金属原子M1個当たりの配位結合の数は、特に限定されるものではないが、金属錯体の安定性や価数等を考慮すれば、2又は3であることが好ましい。これらのうちでも、上記式(1)で示されるM骨格が、空気中で簡便な操作により大量に合成することができる点から好適である。
【0025】
上記中心金属原子に配位する配位子は、特に限定されるものではない。アクア(水)、アンミン(アンモニア)、カルボニル(一酸化炭素)、ニトロシル(一酸化窒素)などの無機化合物であってもよいし、クロロ(塩化物イオン)、ブロモ(臭化物イオン)、チオ(硫化物イオン)などの無機イオンであってもよいし、有機化合物からなるものであってもよい。
【0026】
中でも、配位子が有機化合物であることが、水溶液中で錯イオン中の配位子が水分子と置換してヒドロキソ錯体となり多量化して沈殿してしまう反応を防ぐ観点から好ましい。配位子として使用される有機化合物は、配位可能な元素を含有する有機化合物であれば特に限定されず、カルボン酸、アルコール、ケトン、エステル、アルデヒド、エーテル、スルフィド、スルホキシド、スルホン、チオール、スルホン酸、アミン、ホスフィン、ホスフェートなどが例示される。金属イオンと配位子との結合は水素イオンと配位子との結合と同じ傾向を示すことが予想されるため、配位子のpKa値(あるいはpKa値の総和)が大きい方が安定度定数が大きくなるとの観点から、前述の有機化合物のなかでもカルボン酸、アルコールなどが好適であり、特に、水溶性に優れた錯体を得るためにはカルボン酸が好適である。
【0027】
また、キレート効果により安定度定数が大きくなるとの観点からは、多座配位子であることが好ましい。多座配位子の配位座の数は2以上であればよく、特に限定されないが、キレート環は多ければ多いほど安定度定数が大きくなるので、前記配位座の数は3以上であることが好ましい。全ての配位座が中心金属原子に配位している必要はなく、一部の配位座のみが中心金属原子に配位していてもよい。中心金属原子に配位していない配位座は水溶性に寄与することができるので好ましい。
【0028】
水溶性に優れた錯体を得ることができ、しかも天然にも存在する物質であり安全性が高いと推測できることから、多座配位子であってカルボン酸でもあるアミノ酸が、配位子として好適に使用される。使用されるアミノ酸としてはグリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、セリン、トレオニン、システイン、メチオニン、フェニルアラニン、トリプトファン、チロシン、プロリン、シスチン、グルタミン酸、アスパラギン酸、グルタミン、アスパラギン、リシン、アルギニン、ヒスチジンなどが例示される。
【0029】
また、極圧反応の進行を促進させる観点からは、配位子が硫黄原子を含有するものであることが好ましい。これによって、錯体中に中心金属原子と硫黄原子との間での配位結合が形成されることになり、極圧反応によって、摺動面に硫黄原子や金属原子を付着させることが容易になる。硫黄原子を含有する配位子としては、チオ(硫化物イオン)、チオール、チオエーテル、スルフィド、スルホキシド、ジチオカルバマート、ジチオレン、ジチオホスフェートなどが例示される。中でも、硫黄原子を含有するカルボン酸が好適であり、硫黄原子を含有するアミノ酸がさらに好適である。硫黄原子を含有するアミノ酸としては、システイン、メチオニン、シスチンなどが例示される。原料の入手の容易性や、錯体製造の容易性、得られる錯体の水溶性などの点から、システインが最適に使用される。
【0030】
一つの中心金属原子に配位する配位子の数は一分子であっても複数分子であっても構わないし、なくても構わない。また、同一の錯体内にある複数の中心金属原子に対して異なる配位子が配位しても構わない。
【0031】
中心金属原子に配位子が配位したものは、電気的に中性であってもよいし、錯イオンを形成していてもよい。錯イオンを形成する場合には、本発明で使用する錯体が、錯イオンとその対イオンとから構成される錯塩となる。このような錯塩は、水溶性が良好である場合が多いので、本発明の潤滑剤において好適に使用される。錯塩が、前記遷移金属原子と硫黄原子とを含有する錯陰イオンと、その対イオンである陽イオンとから構成される塩である場合、その対イオンとしては、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、亜鉛イオン、アンモニウムイオンなどが例示される。また錯塩が、前記遷移金属原子と硫黄原子とを含有する錯陽イオンと、その対イオンである陰イオンとから構成される塩である場合、その対イオンとしては、フッ化物イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、リン酸イオン、カルボン酸イオンなどが例示される。これらのうちでも、代表的な錯体として前記遷移金属原子と硫黄原子とを含有する錯陰イオンと、その対イオンである陽イオンとから構成される塩が挙げられる。
【0032】
本発明の潤滑剤に使用される錯体として特に好適なものは、複数の遷移金属原子同士が硫黄原子を介して架橋されてなる中心骨格を有し、配位子が硫黄原子を含有するアミノ酸であり、しかも錯陰イオンとその対イオンである陽イオンとから構成された錯塩である。そのような化合物の代表的なものとしては、ジ−μ−チオ−ビス{(システイナト)オキソモリブデン(V)}酸塩、あるいはジ−μ−チオ−ビス{(システイナト)オキソタングステン(V)}酸塩が挙げられる。これらの錯塩における錯陰イオンの構造は下記式(4)に示すとおりである。この場合、1個の遷移金属原子に対して3個の硫黄原子が直接結合しているので、極圧反応の進行に有利である。
【0033】
【化6】


【0034】
上記式(4)において、Mはモリブデン及びタングステンから選択される少なくとも一種の遷移金属原子であり、モリブデンであることが好適である。対イオンを形成する陽イオンは特に限定されないが、水溶性などの観点からは、アルカリ金属イオンであることが好ましく、ナトリウム塩であることが最適である。水に溶かす前の結晶の状態では結晶水を含有していても構わない。例えば、ジ−μ−チオ−ビス{(システイナト)オキソモリブデン(V)}酸ナトリウムは四水和物として得ることができる。
【0035】
以上説明したような錯体の製造方法は特に限定されず、従来から公知の方法を使用して製造することができる。例えば、ジ−μ−チオ−ビス{(L−システイナト)オキソモリブデン(V)}酸ナトリウム四水和物であれば、非特許文献1に記載されたような方法によって収率よく製造することができる。具体的には、モリブデン酸ナトリウムの水溶液に、塩酸、硫化ナトリウムを加えてからL−システイン塩酸塩を加えることによって容易に製造することができる。
【0036】
本発明で使用される錯体は水溶性であることが好ましい。水溶性であることによって、有機溶媒などを共存させることなく水に対して必要量を溶解させることができるからである。具体的には20℃における水に対する溶解度(水100mlに対して溶解する錯体の重量)が0.2g/100ml以上であることが好適である。溶解度は1g/100ml以上であることがより好適であり、3g/100ml以上であることがさらに好適である。
【0037】
本発明の潤滑剤は、上記錯体が0.1〜20重量%溶解した水溶液からなるものである。錯体の微粒子が分散しているのではなく、水溶液になっていることによって、機械や装置を長期間に亘って使用するような場合であっても、沈殿が発生して潤滑性能が低下するようなことはない。潤滑剤全体の重量に対する前記錯体の溶解量は、好適には0.5重量%以上であり、より好適には1重量%以上であり、さらに好適には2重量%以上であり、特に好適には4重量%以上である。水溶性を維持できるのであれば、錯体の溶解量が多いほど潤滑性能が向上する。特に、高荷重下での潤滑性能が要求される場合には錯体の溶解量が多い方が好ましい。一方、錯体の溶解量が多すぎる場合には、錯体の溶解度によっては析出するおそれがある。また同時に、潤滑剤の単位体積当たりのコストも上昇するし、難燃性能も低下するおそれがある。潤滑剤全体の重量に対する前記錯体の溶解量は、好適には15重量%以下であり、より好適には10重量%以下である。
【0038】
本発明の潤滑剤の基材は水を主成分とするものである。水以外の有機溶媒を併用することを排除するものではないが、難燃性の要求からは、水の重量の方が有機溶媒の重量よりも多いことが必要である。使用される有機溶媒は、水に溶解可能なものであることが好ましく、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリンなどのアルコールが好適である。アルコールの中でも、揮発性が低くて水への親和性に優れるポリオールが、特に好適に使用され、エチレングリコール、ジエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリンなどが例示される。水と有機溶媒の合計の重量に対する水の含有量は、好適には80重量%以上であり、より好適には90重量%以上であり、さらに好適には95重量%以上である。有機溶媒を実質的に含まないことが、特に好ましい。
【0039】
本発明の潤滑剤には、前記錯体と基材以外にも各種の添加剤を配合することができ、界面活性剤、酸化防止剤などを必要に応じて配合することができる。適当な粘性を付与するために水溶性ポリマーを溶解させることもできる。また、寒冷地で使用する場合には、凝固点を降下させるために塩やアルコールなどを溶解させることも好ましい。
【0040】
こうして得られた本発明の潤滑剤の用途は特に限定されるものではなく、潤滑性能が要求される用途であれば、どのような用途に用いてもよい。中でも、機械や装置を運転する際に使用される潤滑剤として好適に使用される。すなわち、相互に接触する可動部分及びそれを覆う容器を有する機械又は装置において、当該容器の内部に本発明の潤滑剤を封入して運転することが好適である。このときの上記可動部分は、極圧反応による潤滑効果が得られやすい点から、金属製、特に鋼製であることが好ましい。本発明の潤滑剤を使用することによって、水溶液でありながら、大きな荷重がかかるような部分に対する潤滑効果も十分に期待できる。しかも、水に対する溶解性に優れた錯体を使用しているので、長期間に亘って安定的に使用することが可能である。
【0041】
本発明の潤滑剤が好適に使用される機械や装置としては、例えば、水圧機などの流体機器;軸受、ギヤなどの機械要素;モーター、ファン、ポンプ、コンプレッサーなどが例示される。特に、長大トンネルや高層建築物など、消火のための設備が不十分になりやすく、煤煙の影響を受けやすい施設において使用される機械又は装置に対して好適に使用される。
【0042】
また、相互に接触する可動部分及びそれを覆う容器を有する機械又は装置において、当該容器の内部に本発明の潤滑剤を封入して運転する場合において、当該潤滑剤が作動流体として機能することも、本発明の好適な実施態様である。作動流体として使用される場合には、単に潤滑剤として使用される場合に比べて、多量の流体を必要とする場合が多いことから、火災時の燃焼による悪影響が大きくなりやすいので、本発明の潤滑剤を使用する利益が大きい。例えば、通常の油圧装置において、油の代わりに本発明の潤滑剤を封入することによって、液圧装置として使用することが可能である。
【実施例】
【0043】
以下、実施例を用いて本発明をさらに説明する。
【0044】
ジ−μ−チオ−ビス{(L−システイナト)オキソモリブデン(V)}酸ナトリウム四水和物(分子量:644.34)を、非特許文献1に記載された合成方法にしたがって合成した。モリブデン酸ナトリウム二水和物(4.8g、0.02mol)を蒸留水(100ml)に溶かし、濃塩酸(3.5ml)を加え、さらに、硫化ナトリウム九水和物(10g、0.042mol)を加えた。溶液の色が褐色になるまで90℃以上で約20分間加熱撹拌した後、L−システイン塩酸塩一水和物(6.0g、0.0342mol)を加えた。引き続き溶液の体積が40〜50mlになるまで、約3時間加熱濃縮を行った。一晩放置して冷却した後、吸引濾過により結晶を採取しメタノールで洗って風乾し、橙色の結晶を得た。収量4.8g、収率70%であった。得られた錯体は、下記式(5)で示されるものであり、以下「Mo−cys」と略すことがある。
【0045】
【化7】


【0046】
得られた「Mo−cys」の水に対する溶解度を、水温を変えて測定したところ、以下の通りであった。
20℃:6g/100ml
50℃:12g/100ml
55℃:13g/100ml
60℃:15g/100ml
【0047】
上記「Mo−cys」をイオン交換水に溶解して、1重量%、3重量%及び5重量%の3種の水溶液を調製した。前記3種の水溶液と、イオン交換水とを潤滑剤として用いて、潤滑性能試験を行った。鈴木式スラスト型摩擦摩耗試験機を用い、同一形状の2つの円筒の端面同士を接触させて摺動させる方法によって試験を行った。試験片の摺動面は外径が25.6mm、内径が20.0mm、幅2.8mmの環状の平面である。試験片の素材はSCM435鋼材である。当該鋼材を切削加工してから高周波焼入れをし、摺動面を研磨して試験片を作成した。上記試験片を2個使用し、前記水溶液又はイオン交換水が入った浴中で摺動面同士を上下方向に向かい合わせて接触させ、所定の設定荷重を掛けて、下側の試験片のみを868rpmの速度で回転させることによって行った。このときのピッチ点での周速は1m/秒であった。無負荷の状態から上記設定荷重までは1.96N/秒の勾配で荷重を漸増させ、設定荷重において4時間の連続運転を行った。この間の摩擦係数の変化を経時的に測定するとともに、摩耗量を測定した。
【0048】
上記方法によって、イオン交換水中での摩擦係数の時間的変化を調べたところ、荷重34.3N及び63.7Nではなじみが認められ、運転初期に0.4であった摩擦係数が3時間後には0.1〜0.2程度に落ち着いた。しかしながら、より大きい荷重(122.5N、181.3N、357.7N)では、時間経過にかかわらず、おおよそ0.4〜0.5程度の範囲で変動しており、運転初期値からわずかに低下しているものの、なじんだと言える状態ではなかった。
【0049】
一方、「Mo−cys」の1重量%水溶液中での摩擦係数の時間的変化を調べたところ、荷重122.5N及び181.3Nでは運転開始時に0.5あった摩擦係数が速やかに0.01程度にまで低下して安定した。この下がり方は、前記イオン交換水中での試験に比べて際だって小さく、流体潤滑状態(摺動面同士が液体で隔てられて、直接固体同士が接触していない状態)に近いほどである。荷重357.7Nでは、摩擦係数の変動が激しくなったものの、摩擦係数の平均(単位時間当たりの面積平均)は時間と共に低下し、4時間後には0.1程度となり、イオン交換水中での低荷重域での潤滑性能に劣らないことがわかった。より大きい荷重(416.5N、475.3N、514.5N)では、摩擦係数の変動は一層激しくなった。しかしながら、摩擦係数の変動状態を観察すると、イオン交換水の場合と同程度の摩擦係数と、その半分程度の摩擦係数との間で激しく変動していた。このことは、摺動面の真実接触点の大半に極圧剤(ここでは「Mo−cys」)が作用したときに、摩擦係数が急激に低下し、当該作用した領域が減少したときに再度イオン交換水のみの場合と同程度まで上昇したためと考えられる。「Mo−cys」の3重量%及び5重量%の水溶液中での摩擦係数の時間的変化においても、錯体濃度の上昇に伴って高荷重側にシフトするものの、同様な結果が得られた。
【0050】
以上測定した摩擦係数の4時間の平均値を縦軸に、設定荷重を横軸にプロットしたグラフを図1に示す。図1において、イオン交換水のみの場合(0重量%)には、低荷重であっても摩擦係数は0.3以上であった。これに対し、「Mo−cys」に添加することによって摩擦係数は大きく低下した。いずれの濃度においても荷重の増加に伴って摩擦係数が増加する傾向が認められたが、「Mo−cys」の濃度が高くなるにしたがって高荷重であっても低い摩擦係数を示すことがわかった。境界潤滑状態(摺動面同士が液体で隔てられることなく、直接固体同士が接触している状態)において、一般的な潤滑油の摩擦係数の値は0.1程度であることが使用の目安であるが、イオン交換水ではこのような低い摩擦係数を得ることはほとんど期待できない。一方、「Mo−cys」が溶解したものは、摩擦係数が0.1になるのは、それぞれ1重量%の濃度で250N、3重量%の濃度で450N、5重量%の濃度で850Nとなっていて、「Mo−cys」水溶液は、難燃性潤滑剤あるいは作動流体として、高荷重領域においても優れた潤滑性能を発揮していることがわかる。
【0051】
機械にとっては、摩耗しないことが信頼性を確保するためには欠かせない。上記方法で測定した摩耗率を縦軸に、設定荷重を横軸にプロットしたグラフを図2に示す。「Mo−cys」の濃度に関わらず、荷重の増加にほぼ比例して摩耗率(単位時間当たりの摩耗重量)が上昇しているが、「Mo−cys」を溶解させることによって、摩耗し始める荷重が格段に大きくなる。また、摩耗率が増加するときの荷重が、摩擦係数が増加するときの荷重とほぼ一致する点も注目される。このことにより、高荷重下においても、例えば0.1以下というような低摩擦係数において低摩耗率での運転が可能である。これは、機械設計的にも注目に値する量であり、様々な機械において本発明の潤滑剤を使用する有効性を示すものである。
【0052】
次に、試験片として高周波焼入れを行わなかった点以外は前記試験と同じ試験片を用い、1重量%の「Mo−cys」水溶液を用い、鈴木式スラスト型摩擦摩耗試験機を用いて、円筒の端面同士を接触させて摺動させた。このとき、荷重を29.4Nから269.7Nまで90分掛けてゆっくりと上昇させ、最高荷重に到達した時点で除荷した。試験した後の試験片から分析用試料を切り出して摺動面の元素分析を行った。なお、分析用試料を容易に切り出すために、本試験では高周波焼入れを行わない試験片を使用した。分析用試料を超音波洗浄して、表面を十分に洗浄してから日本電子株式会社製電子線マイクロアナライザ(EPMA:Electron Probe Micro Analysis)「WD/EDコンバインマイクロアナライザJXA8900」)にて摺動面の元素分析を行った。摺動面において、比較的白く観察される健全部と黒く観察される損傷部のそれぞれについて4箇所ずつ(n=1〜4)測定を行った結果を表1に示す。その結果、いずれの部位においてもモリブデン元素又は硫黄元素が検出され、摺動によって極圧反応が進行していることが確認された。
【0053】
【表1】


【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】摩擦係数を縦軸に、設定荷重を横軸にプロットしたグラフである。
【図2】摩耗率を縦軸に、設定荷重を横軸にプロットしたグラフである。
【出願人】 【識別番号】502169478
【氏名又は名称】財団法人岡山県産業振興財団
【出願日】 平成17年3月30日(2005.3.30)
【代理人】 【識別番号】100075960
【弁理士】
【氏名又は名称】森 廣三郎

【識別番号】100114535
【弁理士】
【氏名又は名称】森 寿夫

【識別番号】100113181
【弁理士】
【氏名又は名称】中務 茂樹

【公開番号】 特開2006−274109(P2006−274109A)
【公開日】 平成18年10月12日(2006.10.12)
【出願番号】 特願2005−97248(P2005−97248)