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【発明の名称】 食品または医薬組成物
【発明者】 【氏名】原 博

【氏名】松井 博和

【氏名】石川 弘

【要約】 【課題】イノシトールリン酸の各々の構造異性体がいかなる性質を有しているのかを明確にして、有用な適用形態を明らかにする。

【解決手段】イノシトールリン酸の各々の構造異性体を科学的手段により構造を決定するとともに、各々が有する効果を追試し得る実験系を提供する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イノシトール3リン酸を含有する、大腸癌を処置するための組成物。
【請求項2】
遊離リン酸基を中和し得る物質をさらに含有する、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
食用組成物または医薬組成物である、請求項1に記載の組成物。
【請求項4】
イノシトール6リン酸、イノシトール5リン酸またはイノシトール4リン酸を含有する、大腸癌を処置するための組成物。
【請求項5】
フィターゼをさらに含有する、請求項4に記載の組成物。
【請求項6】
遊離リン酸基を中和し得る物質をさらに含有する、請求項4に記載の組成物。
【請求項7】
腸内細菌を活性化させる物質をさらに含有する、請求項4に記載の組成物。
【請求項8】
食用組成物または医薬組成物である、請求項4に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】【技術分野】
【0001】
本発明は、イノシトールリン酸を含む、大腸癌を処置するための組成物およびキットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ゲノム研究の成果としてテーラーメード医療が求められている。しかし、疾病に最適な医薬品が開発する事が出来たとしても、それらの多くはオーファンドラッグとなり、経済的な意味で現実的とは言い難く、むしろゲノム研究の成果は病気の予防に向かうべきと考えるほうが自然である。すなわち遺伝子診断で生活習慣病に罹患する可能性、リスクを予測し、リスクの高い人は病気にかかりにくい生活習慣を身につける事が大切である。そしてそのためには、開発コストが高く、疾病罹患後を対象とする医薬品よりも、健康の維持や病気予防の目的を備えた保健機能を有する食品の方が期待は高い。そして近年、医科学の進歩とともに癌の治癒率向上には目を見張るものがあるが、まだまだ満足すべきものではない。
【0003】
ガンの予防または治癒に効果を有する保健機能物質としてイノシトールリン酸が知られている(例えば、非特許文献1〜5を参照のこと)。さらに、特許文献1には、IPを含むガン転移抑制剤、腫瘍増殖抑制剤、腫瘍血管形成抑制剤が記載されている。また、特許文献2には、IP、IPまたはIPを含む抗腫瘍剤が記載されている。
【特許文献1】特表平10−511677号公報(平成10年11月10日公表)
【特許文献2】特開2003−238414公報(平成15年8月27日公開)
【非特許文献1】E.Graf,J.W.Eaton:Free Radical Biology & Medicine,8:61(1990)
【非特許文献2】F.S.Menniti et al. TIBS 18−FEBRUARY,58(1993)
【非特許文献3】Berridge,M.J.et.al:Nature 312:315(1984)
【非特許文献4】Vallejo M.et.al:Nature 330:656(1987)
【非特許文献5】A.M.Shamsuddin:IP6 DISCOVER THE NEW ANTIOXIDANT WITH THE POWER TO PREVENT AND FIGHT CANCER(1998)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、イノシトールリン酸が非常に多くの構造異性体が存在するにもかかわらず、非特許文献1〜5は、有効とするイノシトールリン酸がどの構造であるのか、その構造であることをどのようにして特定したのか、天然にはそのままでは存在しない構造異性体をどのようにして取得したのかについて何ら説明がなされていない。また、特許文献1および2では、イノシトールリン酸をどのようにして取得したのかについては何ら記載されていない。このような開示は、漠然とした見解にすぎず、当業者は文献記載事項を容易に追試・検証することができなかった。すなわち、これらの文献は、生化学的データを細胞学的または動物学的に採取されておらず、理論的証明または実証的証明と認識するには極めて不十分なものであった。
【0005】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、イノシトールリン酸のどの構造異性体が所望の性質を有しているのかを明確にし、有用な適用形態を明らかにすることにある。すなわち、本発明は、合成したイノシトールリン酸の各種構造異性体を科学的手段により構造を決定し、その効果を追試可能な実験系において実証して、食品として使用可能な抗腫瘍活性物質を得ることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
すなわち、本発明に係る大腸癌を処置するための組成物は、イノシトール3リン酸(IP)を含有することを特徴としている。
【0007】
本発明に係る組成物は、遊離リン酸基を中和し得る物質をさらに含有することが好ましい。
【0008】
本発明に係る組成物は、食用組成物または医薬組成物であることが好ましい。
【0009】
また、本発明に係る大腸癌を処置するためのキットは、イノシトール3リン酸(IP)を備えることを特徴としている。
【0010】
本発明に係るキットは、遊離リン酸基を中和し得る物質をさらに備えることが好ましい。
【0011】
また、本発明に係る大腸癌を処置するための方法は、イノシトール3リン酸(IP)を含有する溶液を患部に適用する工程を包含することを特徴としている。
【0012】
本発明に係る方法は、上記溶液が遊離リン酸基を中和し得る物質をさらに含有することが好ましい。
【0013】
すなわち、本発明に係る大腸癌を処置するための組成物は、イノシトール6リン酸(IP)、イノシトール5リン酸(IP)またはイノシトール4リン酸(IP)を含有することを特徴としている。
【0014】
本発明に係る組成物は、フィターゼをさらに含有することが好ましい。
【0015】
本発明に係る組成物は、遊離リン酸基を中和し得る物質をさらに含有することが好ましい。
【0016】
本発明に係る組成物は、腸内細菌を活性化させる物質をさらに含有することが好ましい。
【0017】
本発明に係る組成物は、食用組成物または医薬組成物であることが好ましい。
【0018】
また、本発明に係る大腸癌を処置するためのキットは、イノシトール6リン酸(IP)、イノシトール5リン酸(IP)またはイノシトール4リン酸(IP)を備えることを特徴としている。
【0019】
本発明に係るキットは、フィターゼをさらに備えることが好ましい。
【0020】
本発明に係るキットは、遊離リン酸基を中和し得る物質をさらに備えることが好ましい。
【0021】
本発明に係るキットは、腸内細菌を活性化させる物質をさらに備えることが好ましい。
【0022】
また、本発明に係る大腸癌を処置するための方法は、イノシトール6リン酸(IP)、イノシトール5リン酸(IP)またはイノシトール4リン酸(IP)を含有する溶液を患部に適用する工程を包含することを特徴としている。
【0023】
本発明に係る方法は、フィターゼを患部に適用する工程をさらに包含することが好ましい。
【0024】
本発明に係る方法は、上記溶液が遊離リン酸基を中和し得る物質をさらに含有することが好ましい。
【0025】
本発明に係る方法は、腸内細菌を活性化させる物質を腸内に適用する工程をさらに包含することが好ましい。
【発明の効果】
【0026】
本発明を用いれば、大腸癌を処置することができる食品組成物または医薬組成物を容易に取得することができる。また、本発明を用いれば、大腸癌を容易に処置することができる。さらに本発明を用いれば、腸内細菌の活性が落ちている場合であっても、有意に大腸癌を処置することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
IPは、穀類、豆類に多く含まれる食品成分で、その強いキレート作用により亜鉛、鉄、カルシウムなどの欠乏しやすいミネラル吸収を阻害することが知られている。一方で、IP摂取は、大腸癌発症を抑制するとする実験動物モデルを使った報告がなされている。大腸癌は、近年日本でも食事の西欧化に伴い増加しており、多くの遺伝子変異が、段階的に起こって悪性化する。これら初期段階での対処は重要であるが、これには薬物や外科手術では不可能であり、ここに大腸癌リスクを減らす食品の重要性がある。IPの作用機作として、その強いキレート作用により大腸内容物中の鉄などの酸化触媒をマスクする、抗酸化剤としての作用が挙げられているが、大腸内の腸内細菌は強いIP分解(フィターゼ)活性を持ち、先の仮説には疑問がある。本発明者らは、大腸で産生されるIP部分分解物が活性本体であると考え、IPの部分分解物のスクリーニングにより、これを実証し、ミネラル吸収阻害活性を軽減しかつ大腸癌発症抑制作用をより強くした食品素材の開発を目指している。
【0028】
穀類のぬか中に含まれている有機リン化合物(フィチン酸(IP))は、カルシウムをキレートして不溶性の塩を形成し、その結果小腸でのカルシウムの吸収を阻害すると考えられている。また、家畜の排泄物に起因するリン(P)などの環境負荷物質は、環境汚染の原因となるが、ブタ、ニワトリなどの単胃動物においては、植物性飼料原料中に存在するフィチン酸を加水分解して無機リンとして遊離させる酵素(フィターゼ)の活性が低いことが知られている。
【0029】
フィターゼは、微生物、カビ類(特に麹菌類)、麦類などの植物、下等脊椎動物などに分布することが知られており、遺伝子組換え技術によってフィターゼ産生能を改善した菌を用いる製品もまた開発されている。また遺伝子組み換え技術を使用せずに、黒麹菌(Aspergillus niger)を育種改良して得たフィターゼ高生産株も利用されている(例えば、再表97/038096(平成11年6月22日公表)を参照のこと)。このグループにより生産されたフィタ−ゼは、飼料添加物としての指定を受けてすでに商品化され、飼料中に含まれるフィチン酸を分解させる目的でフィターゼを混合した飼料がすでに市販されている。
【0030】
本発明者らは、イノシトールリン酸の原料として、穀類中などの天然に豊富に存在するフィチン酸(IP)を用い、これに酵素フィターゼを作用させてIPにエステル結合しているリン酸基を部分的に加水分解して除去し、イノシトールリン酸の各種構造異性体を合成した。この酵素反応生成物は、種々のイノシトールリン酸構造異性体を含むので、カラムクロマトグラフィーを用いて構造の異なる異性体同士を分画して、純正な単一構造のイノシトールリン酸を得た。
【0031】
本発明者らはまた、上記方法によって純粋で単一な物質として得られたイノシトールリン酸を、NMR(Nucrear Magnetic Resonance,核磁気共鳴)を用いて構造決定した。
【0032】
本発明者らはさらに、細胞レベルまたは動物レベルでの実験系を用いて、イノシトールリン酸の腫瘍に対する効果を確認し、イノシトールリン酸の内でもIPが抗腫瘍活性を強く有することを確認し、本発明を完成するに至った。
【0033】
すなわち、本発明者らは、フィチン酸(IP)の加水分解産物であるIPが抗大腸癌作用を有し、しかも、遊離した無機リンが共存しない場合には、このIPの効果が格段に向上し、用量を低減させることができることを見出した。また、本発明者らは、遊離した無機リンが共存する場合であれば、対数増殖期にあるガン細胞に対して、IPが非常に効果的であることも見出した。さらに、本発明者らは、腸内細菌の活性を向上させてやればフィターゼを共存させなくても経口投与したIPが腸内細菌の存在する部位にてIPに加水分解されて、その下流側に生じている大腸癌を有意に処置し得ることを見出した。
【0034】
本発明は、上述したような本発明者らの独自の新知見に基づいて完成されてものであり、従来の技術水準からは容易にはなし得なかった画期的な発明である。
【0035】
〔1〕イノシトールリン酸
本発明は、大腸癌を処置するために有効であるイノシトールリン酸を提供する。「イノシトールリン酸」は、6員環であるイノシトール基に1〜6個のリン酸基が結合したものである。本発明は、イノシトール3リン酸、すなわち、IPが大腸癌を処置するために有効であることを見出して完成されたものであり、本明細書中において使用される場合、「イノシトールリン酸」は好ましくはIPである。しかし、IP、IPまたはIPはフィターゼ活性によって加水分解されてリン酸基を遊離させると同時にIPを生じさせる。よって、本明細書中において、加水分解によりIPを生成させる局面において使用される場合、イノシトールリン酸は好ましくはIP、IPまたはIPである。
【0036】
IPまたはIPが細胞増殖を抑制すること、IPが非興奮性細胞において形質膜を介するCa2+流入の促進作用を有すること、およびクロライドチャンネル活性を抑制すること、ならびにIP(1,4,5)が細胞内カルシウムストアからCa2+を放出させることなどがこれまでに報告されている。このようにイノシトールリン酸とはいえ、リン酸基の数およびその結合部位によってその機能は全く異なり、特定の構造異性体の機能を推定することは非常に困難である。さらにIP(1,4,5)の機能以外は、実際にはまだまだ明確には検証されていないというべきである。
【0037】
本明細書中においてイノシトールリン酸がIPであることが意図される場合、イノシトールリン酸は、IP(1,4,5)であってもよいが、IP(1,4,5)以外の構造異性体(例えば、IP(1,2,6))であってもよい。なぜなら、後述する実施例において示すように、IPにより惹起される活性は、IP(1,4,5)レセプターのブロッカーによって抑制し得るものと抑制し得ないものとがあるからである。
【0038】
〔2〕イノシトールリン酸の利用
(1)組成物
本発明は、大腸癌を処置するための組成物を提供する。本明細書中で使用される場合、用語「処置」は、症状の軽減または排除が意図され、予防的(発症前)または治療的(発症後)に行われ得るもののいずれもが包含される。
【0039】
一般に組成物は、物質A単独を含有する組成物、物質Aと物質Bとを含有する単一の組成物、または物質A単独を含有する組成物と物質B単独を含有する組成物のいずれかであり得る。これらの組成物は、物質Aおよび物質B以外に他の成分(例えば、薬学的に受容可能なキャリア)を含有してもよい。本発明に係る組成物は、物質Aとしてイノシトールリン酸を含有することを特徴としているので、イノシトールリン酸を含有する組成物を他の成分(物質B)を含有する組成物と併用する場合は、これらを全体として一組成物として認識し得ないが、この場合は、後述する「キット」の範疇に入り得、組成物としてではなくキットとして提供され得ることを当業者は容易に理解する。
【0040】
本明細書中において使用される場合、「薬学的に受容可能なキャリア」は、組成物を受容した個体において有害な抗体の産生をそれ自体は誘導しない任意のキャリアが意図される。適切なキャリアとしては、代表的には、タンパク質、多糖類、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリマーアミノ酸、アミノ酸コポリマーおよび不活性ウイルス粒子のような、大きな、穏やかに代謝される高分子である。このようなキャリアは当業者に周知である。また、薬学的に受容可能な賦形剤については、当該分野において公知であり、例えば、REMINGTON‘S PHARMACEUTICAL SCIENCES(Merck Pub.Co., N.J.1991)に十分に記載されている。薬学的に受容可能なキャリアは、塩(例えば、無機酸塩(例えば、塩酸塩、臭化水素酸塩、リン酸塩、硫酸塩など);および有機酸塩(例えば、酢酸塩、プロピオン酸塩、マロン酸塩、安息香酸塩など))を含み得る。
【0041】
本明細書中において「イノシトールリン酸」がIP、IPまたはIPであることが意図されて使用される場合、本発明に係る組成物は、イノシトールリン酸を加水分解させ得る酵素をさらに含有することが好ましい。上記酵素は、好ましくはフィターゼである。植物由来の飼料には、リンが含まれているが、そのうち50〜70%がフィチン酸(すなわち、IP)として存在しており、フィチン酸は、リン酸の主要な貯蔵物質として植物種子に多量に存在している。よって、植物飼料を用いれば、IPを容易に供給することができる。
【0042】
また、腸内細菌の活性を向上させてやればフィターゼを共存させなくても経口投与されたIPが腸内細菌の存在する部位にてIPに加水分解されて、その下流側に生じている大腸癌を有意に処置し得るという知見に基づけば、本発明に係る組成物は、腸内細菌の活性を向上させる物質をさらに含有することが好ましい。腸内細菌の活性を向上させる物質としては、公知の物質であれば特に限定されない。
【0043】
さらに、本発明に係る組成物は、水、生理食塩水、グリセロール、またはエタノールのような1つ以上の成分をさらに含み得る。さらに、湿潤剤または乳化剤、pH緩衝化物質、安定化剤、抗酸化剤などのような補助物質が、本発明に係る組成物中に存在し得る。
【0044】
本発明に係る組成物は、液体溶液もしくは懸濁液、または注射のための液体ビヒクル中の溶液もしくは懸濁液のために適切な固体形態、あるいは局所的に塗布されるクリームとしてとして調製され得る。また、本発明に係る組成物は、経口投与に好ましい錠剤、カプセルなどの形態として調製され得る。
【0045】
本発明に係る組成物の直接送達は、一般に、注射(皮下、皮内、腹腔内、管腔内、胃内、腸内、静脈内または筋肉内)により達成されるが、本発明に係る組成物の標的部位は大腸であるので、本発明に係る組成物は、経口、坐剤、または塗布の様式で幹部に送達されることが好ましい。
【0046】
一実施形態において、本発明に係る組成物は、リン酸基を中和させる目的で、陽性電荷を有するキャリアをイノシトールリン酸とともに含有することが好ましい。
【0047】
本実施形態に係る組成物が含有する陽性電荷を有するキャリアとしては、例えば、塩基性タンパク質(例えば、ヒストン、プロタミン、リボヌクレアーゼ、リゾチームなど)、ポリアミン(スペルミン、スペルミジン、プトレッシンなど)などが挙げられるが、特に限定されない。また、上記キャリアの用量は、細胞または生体に対して毒性を示さない程度であれば特に限定されないが、イノシトールリン酸とキャリアとのモル比は、「イノシトールリン酸」がIPである場合は1:1、「イノシトールリン酸」がIPである場合は1:2、「イノシトールリン酸」がIPである場合は1:3であることが好ましい。
【0048】
特許文献2は、陽性電荷を有する担体としてのヒストンを開示しており、ヒストンがIPの有するリン酸基の陰性電荷を中和してIPを細胞内に取り込まれやすくすることを目的とし、イノシトールリン酸と担体とのモル比は1:1が好ましいことを記載している。しかし、このような記載からは、本実施形態に係る組成物の奏する効果および含有される成分の好ましいモル比は全く予想することができない。
【0049】
本実施形態において、本発明に係る組成物中に含有され得る他の成分は、リンを含まない(いわゆる、ホスフェートフリーである)ことが最も好ましい。
【0050】
(1−1)食用組成物
本発明は、イノシトールリン酸を含有する、大腸癌を処置するための食用組成物を提供する。本発明は、イノシトールリン酸を含有、添加および/または希釈してなる食用組成物(すなわち、食品、飲料または飼料)を提供する。本発明に係る食用組成物は、イノシトールリン酸の生理作用によって癌の処置、特に大腸癌の処置に極めて有用である。
【0051】
本発明において、「含有」とは、食用組成物(すなわち、食品、飲料、または飼料)中にイノシトールリン酸が含まれるという態様を、「添加」とは、食用組成物の原料に、イノシトールリン酸を添加するという態様を、「希釈」とはイノシトールリン酸を、食用組成物の原料で希釈するという態様をいう。また、上述した本発明に係る化粧用組成物についての記載における「含有」の語は、本発明の態様にいう含有、添加、希釈の意を包含する。
【0052】
本発明に係る食用組成物の製造法は特に限定されるものではなく、調理、加工および一般に用いられている食品または飲料の製造法による製造を挙げることができ、製造された食品または飲料に本発明に係るイノシトールリン酸が含有、添加および/または希釈されていればよい。
【0053】
本発明に係る食用組成物としては特に限定はないが、公知のイノシトールリン酸含有食品と同様の食品が挙げられることを当業者は容易に理解する。具体的には、本発明に係る食用組成物としては、菓子類、乳製品(例えば、ヨーグルト)、健康食品(例えば、カプセル、タブレット、粉末)、飲料(例えば、清涼飲料、乳飲料、野菜飲料など)、ドリンク剤などが挙げられるがこれらに限定されない。菓子類は、携行利便性の観点から好ましく、乳製品は、菓子類と比較すると1回当たりの摂取量が多く、毎日摂取しやすいという観点からより好ましい。
【0054】
本発明に係る食用組成物におけるイノシトールリン酸の含有量は特に限定されず、その官能と作用発現の観点から適宜選択できる。
【0055】
本発明に係る食品、飲料または飼料としては、イノシトールリン酸が含有、添加および/または希釈されており、その生理作用を発現させるための有効量が含有されていれば特にその形状が限定されることはなく、タブレット状、顆粒状、カプセル状などの経口的に摂取可能な形状物も包含する。なお、本発明に係る食品、飲料または飼料は、当該生理作用と食物繊維機能とを有する健康食品素材として極めて有用である。
【0056】
(1−2)医薬組成物
本発明は、イノシトールリン酸を含有する、大腸癌を処置するための医薬組成物を提供する。
【0057】
本発明に係る医薬組成物中に使用される医薬用担体は、医薬組成物の投与形態および剤型に応じて選択することができる。本明細書中で使用される場合、用語「医薬組成物」は、上述した食用組成物として提供される組成物以外の形態を有する組成物が意図される。
【0058】
経口剤の場合、例えばデンプン、乳糖、白糖、マンニット、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチ、無機塩などが医薬用担体として利用される。また経口剤を調製する際、更に結合剤、崩壊剤、界面活性剤、潤滑剤、流動性促進剤、矯味剤、着色剤、香料などを配合してもよい。
【0059】
非経口剤の場合、当該分野において公知の方法に従って、本発明の有効成分を希釈剤としての注射用蒸留水、生理食塩水、ブドウ糖水溶液、注射用植物油、ゴマ油、ラッカセイ油、ダイズ油、トウモロコシ油、プロピレングリコール、ポリエチレングリコールなどに溶解または懸濁させ、所望により殺菌剤、安定剤、等張化剤、無痛化剤などを加えることにより調製することができる。
【0060】
本発明に係る医薬組成物は、製薬分野における公知の方法により製造することができる。本発明に係る医薬組成物におけるイノシトールリン酸の含有量は、投与形態、投与方法などを考慮し、当該医薬組成物を用いて後述の投与量範囲でイノシトールリン酸を投与できるような量であれば特に限定されない。
【0061】
本発明に係る医薬組成物の投与量は、その製剤形態、投与方法、使用目的および当該医薬の投与対象である患者の年齢、体重、症状によって適宜設定され一定ではない。一般には、製剤中に含有される有効成分の投与量で、好ましくは成人1日当り0.1〜2000mg/kgである。もちろん投与量は、種々の条件によって変動するので、上記投与量より少ない量で十分な場合もあるし、あるいは範囲を超えて必要な場合もある。投与は、所望の投与量範囲内において、1日内において単回で、または数回に分けて行ってもよい。また、本発明に係る医薬組成物はそのまま経口投与するほか、任意の飲食品に添加して日常的に摂取させることもできる。
【0062】
(2)キット
本発明はまた、イノシトールリン酸を備える、大腸癌を処置するためのキットを提供する。本明細書中において使用される場合、用語「キット」は、特定の材料を内包する容器(例えば、ボトル、プレート、チューブ、ディッシュなど)を備えた包装が意図される。好ましくは該材料を使用するための指示書を備える。本明細書中においてキットの局面において使用される場合、「備える」は、キットを構成する個々の容器のいずれかの中に内包されている状態が意図される。また、本発明に係るキットは、複数の異なる組成物を1つに梱包した包装であり得、ここで、組成物の形態は上述したような形態であり得、溶液形態の場合は容器中に内包されていてもよい。本発明に係るキットは、物質Aおよび物質Bを同一の容器に混合して備えても別々の容器に備えてもよい。「指示書」は、紙またはその他の媒体に書かれていても印刷されていてもよく、あるいは磁気テープ、コンピューター読み取り可能ディスクまたはテープ、CD-ROMなどのような電子媒体に付されてもよい。本発明に係るキットはまた、希釈剤、溶媒、洗浄液またはその他の試薬を内包した容器を備え得る。
【0063】
上記イノシトールリン酸がIPである場合は、本発明に係るキットは、少なくともIPのみを備えていればよい。上記イノシトールリン酸がIP、IPまたはIPである場合は、本発明に係るキットは、さらにフィターゼを備えることが好ましい。また、上述したように、リン酸基が存在しなければより低用量のIPによって効果が奏せられるので、本発明に係るキットは、患部およびその周囲のリン酸基を中和することのできる物質をさらに備えることが好ましい。このような物質は、イノシトールリン酸と同一容器に内包されても別々の容器に内包されてもよい。
【0064】
本発明に係るキットにおけるイノシトールリン酸およびその他の物質の使用方法は、上述した組成物の使用形態に準じればよいことを、本明細書を読んだ当業者は容易に理解する。
【0065】
(3)大腸癌を処置する方法
本発明はさらに、大腸癌を処置するための方法を提供する。本発明に係る方法は、イノシトールリン酸を含有する溶液を患部に適用する工程を包含する。
【0066】
上記イノシトールリン酸がIPである場合は、少なくともIPのみを患部に適用すればよい。上記イノシトールリン酸がIP、IPまたはIPである場合は、患部およびその周囲にフィターゼを適用することが好ましい。また、上述したように、リン酸基が存在しなければより低用量のIPによって効果が奏せられるので、患部およびその周囲のリン酸基を中和することのできる物質がさらに患部に適用されることが好ましい。このような物質は、イノシトールリン酸と同時に適用されても別々に適用されてもよい。
【0067】
本発明に係る方法におけるイノシトールリン酸およびその他の物質の適用は、上述した組成物の使用形態に準じればよいことを、本明細書を読んだ当業者は容易に理解する。
【0068】
なお、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
【0069】
本発明は、以下の実施例によってさらに詳細に説明されるが、これに限定されるべきではない。
【実施例】
【0070】
イノシトールリン酸化合物であるフィチン酸(IP)は、消化管内で、カルシウムおよび/または亜鉛などと不溶性塩を形成し、これらの吸収を阻害するとされている。フィチン酸が大腸ガン発症抑制作用を示すこともまた報告されているが、その作用機構は解明されていない。本発明者らは、フィチン酸の部分分解物(IPx)が作用本体であると考えて、細胞内Caシグナルを指標にした培養ガン細胞での実験およびIPx投与動物実験を用いて、これを検証した。
【0071】
以下に詳述するように、細胞レベルの実験を、ヒト大腸ガン由来細胞株Caco−2細胞、ヒト結腸腺ガン由来細胞株HT−29細胞をカバースリップ上に培養し、蛍光カルシウム指示薬であるfura−2−AMをローディングし、CAF−110型細胞内イオン測定装置を用いて二波長励起法により細胞内カルシウム濃度を測定することによって行った。また、IPx添加培地によるHT−29増殖を細胞数の変動を測定することによって調べた。
【0072】
その結果、細胞外からのIPx刺激により、培養2日目のCaco−2細胞では、早く強いCaシグナルが引き起こされたが、培養7日目にかけてシグナルは減弱し、分化期には消失した。HT−29細胞株ではより強いシグナルが惹起され、培地へのIPxの添加により増殖が抑制された。細胞外液のCaを除いてもシグナルは影響を受けず、シグナルは細胞内Caストアに依存した。細胞内Caストアに直接関与する、IPレセプターのアンタゴニスト処理により、初期のCa濃度上昇は消失したが、シグナルの主要部は残存した。このことより、細胞外からのIPxのよる細胞内Caシグナルの惹起には、IPレセプター及びそれへの情報伝達経路が一部関与していることが示された。
【0073】
なお、Caco−2細胞は、ヒト大腸癌由来の株細胞で、7日間程度の対数増殖期の後、コンフルエントに達し極性のある単層膜を形成、apical側(管腔側)には微絨毛が発現し、細胞間にはTight junctionが形成され小腸上皮様に分化する。Caco−2細胞は、主に分化後ヒトの小腸上皮モデルとして用いられている。HT−29細胞は、主に結腸がん細胞モデルとして用いられており、より広汎な大腸癌への作用を確かめるために用いた。
【0074】
〔実施例1:イノシトールリン酸の調製〕
本研究において使用する原料のイノシトールリン酸を、以下のように調製した。
【0075】
小麦粕(麸)250gに水中に1時間以上浸した後、塩酸を用いてpHを1以下に調整した。サンプルを90℃以上に加温して、できるだけ高温で維持した。サンプルを1〜2時間放置した後、室温まで温度を下げ、液体画分と残渣とを濾別した。液体画分にCa(OH)を添加してpHを12.5に調整し、生じた沈渣としてイノシトールリン酸のカルシウム塩を得た(乾燥重量にて16.5g)。
【0076】
〔実施例2:イノシトールリン酸の分離精製〕麸
実施例1において取得したイノシトールリン酸画分を、ダイヤイオンPK216樹脂を充填して予め調製しておいた直径55mm,長さ550mmのイオン交換樹脂カラムにアプライして脱塩した。HORIBA DS−14を用いて伝導度を測定し、脱塩の程度を測定した。この脱塩溶液を、ロータリーエバポレータを用いて50mlまで濃縮した後、pHを2.5に調整し、Aspergillus ficcum由来のフィターゼ(シグマ社)6mgを添加して37℃の恒温槽中にて4時間インキュベートした。反応液を100℃で20分間加熱失活させた後、ダウケミカル社のG1X8樹脂を充填したカラム(直径32mm,長さ1450mm)にアプライし、塩酸(0.1N〜1Nの直線濃度勾配)によって溶出してイノシトールリン酸の各構造異性体を分離分画した。ダウ樹脂カラムからの溶出画分は200μLずつ小試験管に採取し、5N硫酸および0.1N硝酸で分解および酸化した後、遊離生成したリン酸を常法に従ってFiske−Subbarowの方法で分析した(図1)。
【0077】
〔実施例3:イノシトールリン酸構造異性体の構造解析〕
実施例2において得られたクロマトグラムからのピーク画分を回収した後に濃縮したイノシトールリン酸の各構造異性体を、NMRを用いる常法に従って構造を決定した。
【0078】
〔実施例4:ヒト大腸がん細胞に対するイノシトールリン酸の効果〕
ヒト大腸がん細胞Caco−2を、5%CO存在下で15%FBS含有DMEM培地を用いて75cmの培養フラスコにて37℃で培養した。3日毎に培地交換を行い、80〜90%コンフルエントの段階で細胞を継代した。対数増殖期のCaco−2細胞に対するイノシトールリン酸の効果を、細胞内カルシウム濃度の変動を指標に観察した。細胞内カルシウム濃度を、カルシウム蛍光指示薬Fura 2を用いる従来法に従って測定した。
【0079】
コラーゲンコートしたカバーグラス(直径13.2mm)を24ウェル細胞培養プレート内に置き、その上で5.0×10個のCaco−2細胞を2日間培養した。各細胞にFura−2溶液(DMEM中10μmol/L Fura 2−AMおよび0.1g/L cremophor ELを含む)をロードして37℃で20分間インキュベートした後、カバーグラスを、2mlの測定用溶液(HBSS(pH7.4))をいれた石英セルに移した。イノシトールリン酸を含有する溶液20μlを石英セル内の測定用溶液に添加して、細胞内イオン濃度測定装置(CAF‐110、日本分光)を用いてCaco−2細胞の細胞内カルシウム濃度の変化を測定した。測定を、25℃にて400rpmで攪拌しながら行った。
【0080】
なお、本実施例にて使用したイノシトールリン酸は、イノシトール3リン酸(IP)である。
【0081】
図2に示したように、対数増殖期のCaco−2細胞において、イノシトールリン酸の添加に伴う細胞内カルシウム動態の変化が強く生じた。イノシトールリン酸の作用は、1mM〜10mMまでの濃度範囲で観察されたが、この反応性は、3mMの時に最も強く、3mMを超える濃度では低下した。
【0082】
これらの結果より、イノシトールリン酸は、増殖期のヒト大腸癌細胞に直接作用することがわかった。
【0083】
〔実施例5:ヒト結腸腺癌細胞に対するイノシトールリン酸の効果〕
ヒト結腸腺癌細胞HT−29を、5%CO存在下で15%FBS含有DMEM培地を用いて75cmの培養フラスコにて37℃で培養した。3日毎に培地交換を行い、80〜90%コンフルエントの段階で細胞を継代した。対数増殖期のHT−29細胞に対するイノシトールリン酸の効果を、細胞内カルシウム濃度の変動を指標に観察した。細胞内カルシウム濃度を、カルシウム蛍光指示薬Fura 2を用いる従来法に従って測定した。
【0084】
コラーゲンコートしたカバーグラス(直径13.2mm)を24ウェル細胞培養プレート内に置き、その上で5.0×10個のHT−29細胞を2日間培養した。各細胞にFura−2溶液(DMEM中10μmol/L Fura 2−AMおよび0.1g/L cremophor ELを含む)をロードして37℃で20分間インキュベートした後、カバーグラスを、2mlの測定用溶液(HBSS(pH7.4))をいれた石英セルに移した。イノシトールリン酸を含有する溶液20μlを石英セル内の測定用溶液に添加して、細胞内イオン濃度測定装置(CAF‐110、日本分光)を用いてHT−29細胞の細胞内カルシウム濃度の変化を測定した。測定を、25℃にて400rpmで攪拌しながら行った。
【0085】
なお、本実施例にて使用したイノシトールリン酸は、イノシトール3リン酸(IP)である。
【0086】
図3に示したように、対数増殖期のHT−29細胞において、イノシトールリン酸の添加に伴う細胞内カルシウム動態の変化が強く生じた。この変化は、実施例4において観察されたCaco−2細胞における細胞内カルシウム動態の変化より強かった。
【0087】
この結果より、イノシトールリン酸は、増殖期のヒト結腸腺癌細胞に直接作用することがわかった。
【0088】
〔実施例6:ヒト癌細胞に対するイノシトールリン酸の作用機構の解析〕
実施例4および5において観察された対数増殖期のヒト癌細胞における細胞内カルシウム動態の変化を引き起こす機構を、カルシウム蛍光指示薬Fura 2を用いて解析した。
【0089】
コラーゲンコートしたカバーグラス(直径13.2mm)を24ウェル細胞培養プレート内に置き、その上で5.0×10個のCaco−2細胞またはHT−29細胞を5日間培養した。各細胞にFura−2溶液(DMEM中10μmol/L Fura 2−AMおよび0.1g/L cremophor ELを含む)をロードして37℃で20分間インキュベートした後、カバーグラスを、2mlの測定用溶液(HBSS(pH7.4))をいれた石英セルに移した。イノシトールリン酸を含有する溶液20μlを石英セル内の測定用溶液に添加して、細胞内イオン濃度測定装置(CAF‐110、日本分光)を用いてCaco−2細胞またはHT−29細胞の細胞内カルシウム濃度の変化を測定した。測定を、25℃にて400rpmで攪拌しながら行った。
【0090】
なお、本実施例にて使用したイノシトールリン酸は、イノシトール3リン酸(IP)である。また、細胞外カルシウムの影響を取り除くために、Ca−freeの測定用溶液を用いた(図4)。さらに、細胞内セカンドメッセンジャーであるイノシトール3リン酸(1,4,5−IP)の関与を検討するために、細胞内カルシウムストアからのCa動員を生じさせる細胞内IP(1,4,5−IP)のレセプターに対するブロッカーである2−APBを石英セル中の測定用溶液に測定前に添加して、細胞を5分間前処理した(図5)。
【0091】
図4に示したように、対数増殖期のCaco−2細胞(A)またはHT−29細胞(B)において、イノシトールリン酸の添加に伴う細胞内カルシウム動態の変化が強く生じたが、Ca−freeの影響はなかった。また、図5に示したように、2−APBによる細胞の前処理によって、イノシトールリン酸によって惹起される細胞内カルシウム動態の変化のうち初期の早い反応が消失したが、約半分の反応は残存した(HT−29細胞のみ示す)。
【0092】
これらの結果より、ヒト癌細胞においてイノシトールリン酸によって惹起される反応は、細胞内カルシウムストアに依存すること、およびヒト癌細胞においてイノシトールリン酸によって惹起される反応は、IP(1,4,5−IP)依存性のものと非依存性のものとが共存しているということがわかった。
【0093】
〔実施例7:ヒト癌細胞の増殖に対するイノシトールリン酸の効果〕
1.0×10個のHT−29細胞を96穴マイクロプレートに播種し、2日後、イノシトールリン酸を添加した培地と交換した。本実施例にて使用したイノシトールリン酸は、イノシトール3リン酸(IP)、または対照実験としてのイノシトール6リン酸である。培地交換後2日目および4日目のHT−29細胞数を測定した。細胞数の測定には、Cell Counting Kit−8(同仁化学)を使用し、キットの指示書に従って450nm(参照波長:655nm)の吸光度を測定した。
【0094】
図6に示したように、イノシトール6リン酸を用いた対照群においては細胞数に差異はかったが、イノシトールリン酸は明らかに減少していた(図6A)。しかもこの効果は、高濃度(10mM)においてよりむしろ低濃度(5mM)の方が顕著であった。しかし、5mMのイノシトールリン酸ではアポトーシスを生じた細胞数に差異はなく10mMでは増加していた(図6B)。
【0095】
このことより、5mMのイノシトールリン酸による細胞数の減少は、アポトーシスによる細胞数の減少ではなくイノシトールリン酸による細胞増殖抑制に起因することがわかった。また、イノシトールリン酸を高濃度で使用すると、ヒト癌細胞のアポトーシスを誘導することもわかった。
【0096】
〔実施例8:ヒト癌細胞に対するIP特異性〕
Caco−2細胞を、5%CO存在下で15%FBS含有DMEM培地を用いて75cmの培養フラスコにて37℃で培養した。3日毎に培地交換を行い、80〜90%コンフルエントの段階で細胞を継代した。対数増殖期のCaco−2細胞に対するイノシトールリン酸の効果を、細胞内カルシウム濃度の変動を指標に観察した。細胞内カルシウム濃度を、カルシウム蛍光指示薬Fura 2を用いる従来法に従って測定した。
【0097】
コラーゲンコートしたカバーグラス(直径13.2mm)を24ウェル細胞培養プレート内に置き、その上で5.0×10個のCaco−2細胞を2日間培養した。各細胞にFura−2溶液(DMEM中10μmol/L Fura 2−AMおよび0.1g/L cremophor ELを含む)をロードして37℃で20分間インキュベートした後、カバーグラスを、2mlの測定用溶液(HBSS(pH7.4))をいれた石英セルに移した。イノシトールリン酸を含有する溶液20μlを石英セル内の測定用溶液に添加して、細胞内イオン濃度測定装置(CAF‐110、日本分光)を用いてCaco−2細胞の細胞内カルシウム濃度の変化を測定した。測定を、25℃にて400rpmで攪拌しながら行った。
【0098】
用いたイノシトールリン酸は、ミオイノシトール(IP)、イノシトール2リン酸(IP)、イノシトール3リン酸(IP)、イノシトール4リン酸(IP)、またはフィチン酸(IP)であり、いずれも高度に精製されたものである。イノシトールリン酸のセルへの添加量はいずれも20μlとした。
【0099】
図7に示したように、対数増殖期のCaco−2細胞において、IPおよびIPによって細胞内カルシウム濃度の変化は生じなかったが、IP、IP、IPによって細胞内カルシウム濃度の変化は生じた。特に、5mMの濃度で使用した場合、IPが最も高い細胞内カルシウム濃度の変化を生じさせた。
【0100】
これらの結果より、特定のイノシトールリン酸だけが増殖期のヒト癌細胞に対して効果的であり、特にIPが顕著な効果を惹起することがわかった。
【0101】
〔実施例9:大腸がんモデル動物におけるイノシトールリン酸の効果〕
Wistar/ST系雄ラットをステンレスケージに個別に入れて飼育し、飼料および水(水道水)を自由に摂取させた。毎朝同一時刻に体重および摂食量を計測した。成長の良否について、脱毛および/または下痢などを指標にして判定した。飼料を毎日、水を3日毎に交換した。なお、飼育室を、室温23±1℃、湿度60%前後、明暗周期を12時間(明期8:00〜20:00、暗期20:00〜8:00)に設定した。
【0102】
AIN93G標準精製飼料で一週間ラット飼育した後、化学発がん剤ジメチルヒドラジン20mgを含有する溶液(中性に調整済)を、一週間ごとに3回ラット皮下に投与した。1%のIPまたはIPを添加したAIN93G標準精製飼料(試験飼料群)または対照群としての無添加標準飼料を、各群8匹ずつに、3度目の投与の翌日以降に自由に摂取させた。
【0103】
これらのラットを2ヶ月間飼育した後にエーテル麻酔後放血屠殺した。ラットから結腸全長を摘出し、結腸を生理食塩水で管腔内を洗浄した後、展開して台に貼り付け、その直後に、2%パラホルムアルデヒドを含むPBS固定液を用いて固定した。固定した結腸をPBSで洗浄した後、0.2%メチレンブルーにて結腸の粘膜表面を染色した。結腸をPBSで数回洗浄した後に台よりはずし、光学顕微鏡下にて結腸全長にわたってクリプトを観察した。
【0104】
観察したクリプトのうち、周囲が濃く染まり、直径が正常クリプトの2倍以上に拡大したものを、異常クリプト(Aberrant crypy:AC)と判定した。また、異常クリプトが重なった状態のものを、多重の異常クリプト(Aberrant crypy foci:ACF)と判定した。
【0105】
表2に示すように、対照群に対して、IP含有試験飼料群では、ACおよびACFともに減少しており、IP含有試験飼料群では、ACおよびACFともにさらに減少していた。
【0106】
【表1】


【0107】
以上より、IP含有飼料によって大腸前癌病変を抑制することができるが、IP含有飼料によって大腸前癌病変をより抑制することができることがわかった。
【0108】
尚、発明を実施するための最良の形態の項においてなした具体的な実施態様および実施例は、あくまでも、本発明の技術内容を明らかにするものであって、そのような具体例にのみ限定して狭義に解釈されるべきものではなく、当業者は、本発明の精神および添付の特許請求の範囲内で変更して実施することができる。
【産業上の利用可能性】
【0109】
本発明によって、高度に精製したイノシトールリン酸を供給することができるので、医薬の開発に大いに貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0110】
【図1】図1は、カラムクロマトグラフィーを用いて分離分画したイノシトールリン酸を示すグラフである。
【図2】図2は、対数増殖期のCaco−2細胞における、イノシトール3リン酸の添加に伴う細胞内カルシウム動態の変化を示すグラフである。
【図3】図3は、対数増殖期のHT−29細胞における、イノシトール3リン酸の添加に伴う細胞内カルシウム動態の変化を示すグラフである。
【図4】図4は、対数増殖期のCaco−2細胞(A)またはHT−29細胞(B)における、イノシトール3リン酸の添加に伴う細胞内カルシウム動態の変化に対するCa−freeの影響を示すグラフである。
【図5】図5は、対数増殖期のHT−29細胞における、イノシトール3リン酸の添加に伴う細胞内カルシウム動態の変化に対する2−APBによる細胞の前処理の影響を示すグラフである。
【図6】図6は、対数増殖期のHT−29細胞における、イノシトール6リン酸またはイノシトール3リン酸の添加に伴う細胞数の変化(A)およびアポトーシス細胞数の変化(B)を示すグラフである。
【図7】図7は、対数増殖期のCaco−2細胞における、イノシトールリン酸(IP、IP、IP、IP、IP)の添加に伴う細胞内カルシウム動態の変化を示すグラフである。
【出願人】 【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人 北海道大学
【識別番号】000241968
【氏名又は名称】北海道糖業株式会社
【出願日】 平成17年2月24日(2005.2.24)
【代理人】 【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人原謙三国際特許事務所

【公開番号】 特開2006−232725(P2006−232725A)
【公開日】 平成18年9月7日(2006.9.7)
【出願番号】 特願2005−49477(P2005−49477)