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【発明の名称】 オーステナイト系ステンレス鋼板とその製造方法
【発明者】 【氏名】秦野 正治
【住所又は居所】大阪府大阪市中央区北浜4丁目5番33号 住友金属工業株式会社内
【氏名】安達 和彦
【住所又は居所】大阪府大阪市中央区北浜4丁目5番33号 住友金属工業株式会社内
【氏名】青木 正紘
【住所又は居所】新潟県上越市港町2丁目12番1号 株式会社住友金属直江津内
【氏名】平原 一雄
【住所又は居所】新潟県上越市港町2丁目12番1号 株式会社住友金属直江津内
【課題】汎用性のあるステンレス鋼板製造プロセスにおいて、汚れ落ち性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼板とその製造方法を提供する。

【解決手段】冷間圧延の後に、鋼板温度が300℃以下の温度域でガスシール帯を1秒以上通板させ、次いで窒素が20〜60体積%、露点が−50℃以下で残部が実質的に水素からなる雰囲気中で、鋼板温度が900〜1200℃の温度域で、5〜180秒間、光輝焼鈍を施す。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化皮膜を含む表面の窒素濃度が3原子%以上である、オーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項2】
酸化皮膜と鋼材母材との界面から母材側で、深さ10μmまでの表層の窒素濃度が0.15質量%以上であることを特徴とする請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
冷間圧延の後に、搬送中の鋼板表面の随伴流を遮断する工程と、その後光輝焼鈍を行う工程とを備えた、オーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項4】
冷間圧延後の鋼板を、ガスシール帯に通板し、次いで窒素が20〜60体積%、露点が−50℃以下で残部が実質的に水素からなる雰囲気中で、鋼板温度が900〜1200℃の温度域で、5〜180秒間、光輝焼鈍を施す、オーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記ガスシール帯に使用されるガスは窒素ガスである請求項4に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項6】
前記ガスシール帯を前記鋼板が通過する時間は1〜180秒である請求項4又は5に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記ガスシール帯を通過する鋼板の温度は常温〜300℃である請求項4〜6のいずれかに記載のオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、厨房、食器、浴槽、便器、家電製品、建材製品、車輌等に使用されるステンレス鋼において、特に汚染材料に対する汚れ落ち性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼板とその製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
ステンレス鋼板は、美麗な外観と優れた耐食性を有することから、厨房、食器、浴槽、便器、家電製品、建材製品、車輌等に幅広く利用されている。近年、衛生面や環境面から、無垢のステンレス鋼表面で汚れ落ち性に優れることを求める気運が高まりつつある。
【0003】
例えば、台所用のキッチンパネルやシンクには、人工大理石と比較して安価なステンレス鋼板の使用量が年々増加している。これらの機器メーカーや一般消費者からは、中性洗剤などを使用せずとも水洗いで鋼板表面に付着した汚れが落ち、表面の色調に変化を生じないことが望まれている。
【0004】
特許文献1には、0.2〜3%のTiを含むステンレス鋼を基材とし、その表面に酸化チタンを含む厚み0.1〜20μmの酸化物層が形成されており、酸化チタンとしてのTi濃度が3原子%以上で、かつ酸化チタン中のアナターゼの含有比率が1体積%以上である光触媒作用を有するステンレス鋼板が開示されている。その製造方法として、酸化性雰囲気中で400〜1200℃にステンレス鋼板を加熱する熱処理を施し、その後、水素を含む還元性雰囲気中で、400〜1200℃で熱処理することが開示されている。
【0005】
また、特許文献2には、Cr:10%以上、Si:1.0%以下、Ti:0.2%未満を含むステンレス鋼板表面にアナターゼ型チタン酸化物を含み、板厚方向に最表面から100nmまでの領域でTiを0.1%以上、板厚方向に最表面から1μmまでの領域でSiを20%以下含有する表面層を有し、大気中での水との接触角が10度超50度以下、かつ水中でのサラダ油との接触角が100度以上とする防汚性に優れたステンレス鋼板が開示されている。
【0006】
さらに、特許文献3には、Cr:10%以上、Ag:0.0001%以上1%未満を含む組成のステンレス鋼板の表面粗さを最高高さRyで1μm以上50μm未満に調整したのち、次いで鋼板表面にアナターゼ型チタン酸化物を含む無機チタン酸化物を含有する水溶液を所定量塗布し、焼き付けた防汚性に優れるステンレス鋼板が開示されている。
【特許文献1】
特開平10−121222号公報
【特許文献2】
特開2001−207243号公報
【特許文献3】
特開2002−161374号公報
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
上記に開示された技術は、Ti含有量の小さいステンレス鋼板においてチタン酸化物の光触媒作用や親水性を得るために、有効なチタン酸化物の塗布や焼き付けの後処理を行うものである。これら後処理に伴う工程増により、製品コストが著しく上昇する問題があった。さらに、これら技術においても、多量のTiを表面に含むために色調の変化が生じるという問題もあった。
【0008】
そこで本発明は、汎用性のあるステンレス鋼板製造プロセスにおいて、汚れ落ち性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼板とその製造方法を提供することを課題とする。
【0009】
【課題を解決するための手段】
特許第3297704号(特開2000−169952号公報)において、本発明者らは、耐孔食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法を提案している。これは、体積比率で、
ガス:20%以上、および
ガス:40%以上、必要により
NHガス:2%以下
含む雰囲気ガス中で、950〜1150℃の温度範囲内で光輝焼鈍を行い、鋼板表面から深さ10μmまでの表層における窒素濃度を0.15質量%以上にするオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法である。雰囲気ガスの露点は、特に限定はないものの、工業的に実施可能な−45〜−50℃の範囲を推奨した。
【0010】
本発明者らは、上記の製造方法で得られる耐孔食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼板に汚れ落ち性を付与するために、実機ラインの設備更新を実施し、種々の実験と検討を重ねた結果、以下の知見を得るに至った。
【0011】
表1に化学組成を示す1.1mm厚のSUS304冷間圧延鋼板を脱脂・洗浄した後、連続光輝焼鈍炉を通板した。
【表1】


【0012】
上記冷間圧延鋼板を、表2に示す各光輝焼鈍条件にて焼鈍を実施し、3種の供試材(試番X、Y、Z)を得た。
【表2】


【0013】
汚れ落ち性は、上記のSUS304光輝焼鈍鋼板からサンプリングした切り板を用いて、JIS K6902(1998、熱硬化性樹脂高圧化粧板試験方法)に準拠する方法で評価した。その試験法概要は次のとおりである。すなわち、試験前に、鋼板表面をエチルアルコールで洗浄し、表3左欄に列挙する汚染材料を直径20mm滴下又は塗布する。このように処理された鋼板を24時間室内に放置して、その後鋼板表面を以下に示す洗浄剤/方法により洗浄する。
水 :水道水で濡らした脱脂綿で擦り水洗いする。
中性 :中性洗剤をつけた脱脂綿で洗浄+水洗いする。
エチル:エチルアルコールをつけた脱脂綿で洗浄する。
上記洗浄の後、鋼板表面を下記評価基準により評価する。
○:変化なし。(表面の色調変化が認められない。)
△:軽微な変化あり。(表面に変色が認められる。)
×:強い変化あり。(表面にピットの発生が認められる。)
得られた結果を表3に示す。
【表3】


【0014】
試番X(露点−55℃の25%窒素−75%水素ガス雰囲気中を通板したもの)は、水洗いで汚染材料が落ち、かつその後の表面の色調変化が認められない。他方、試番Y(露点−45℃、25%窒素−75%水素ガス)や試番Z(露点−55℃、100%水素ガス)は、水洗い後、表面に変色が認められる場合があった。さらに、エチルアルコールによる洗浄後もその表面に強い色調変化が認められた試番Zでは、顕微鏡観察からピットの発生が確認された。
【0015】
試番Xが汚れ落ち性に極めて優れる原因を調べるために、鋼板表面の孔食電位と窒素含有量を測定した。孔食電位は、JIS G0577(1981、ステンレス鋼の孔食電位測定方法)に準拠する方法で測定した。光輝焼鈍により生成した酸化皮膜を含む表面の窒素含有量は、ESCA分析(X線光電子分光分析)により定量した。酸化皮膜と鋼板母材との界面から母材側で、10μmまでの表層(以下において、「表層」とのみ記すことがある。)の窒素濃度は、鋼板の断面より測定し、窒素測定専用の分光結晶LAD(人工多層膜)を有するEPMA(電子線マイクロアナライザー)装置により定量した。得られた結果を表4に示す。
【表4】


【0016】
試番Xは、試番Yや試番Zと同一素材にも関わらず、表面の孔食電位が著しく向上した。ESCA分析の結果、酸化皮膜を含む表面には、窒素が富化されている結果が得られた。この表面に富化した窒素は、有機系の化合物およびCrとの結合状態(Cr窒化物)で存在していることが示唆された。さらに、表層に固溶した窒素濃度も高いことを確認した。試番Zで表面に強い色調変化を生じた汚染材料は、食塩や油脂に加えてクエン酸などの酸味を含むものである。そのため、強い色調変化を生じた部位に観察されたピットは、酸性の腐食環境で塩の濃縮により発生した孔食と考えられる。試番Xは、表面に富化および表層に吸収した窒素により、耐孔食性が著しく向上した。これら窒素の効果により、汚染材料による孔食の発生を防止し、汚れ落ち性が向上したと推察する。
【0017】
かかる知見から、本願発明者らは、連続光輝焼鈍時の表面反応により、鋼板表面に窒素を富化させることが表面の汚れ落ち性向上に極めて有効であることを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0018】
かくして第一の本発明は、酸化皮膜を含む表面の窒素濃度が3原子%以上である、オーステナイト系ステンレス鋼板を提供するものである。ここに本発明における「表面」とは、窒素拡散層が存在し始める深さ、およそ5〜10nmよりさらに表層側をいい、酸化皮膜をも含むものである。すなわち「表面」とは、表層の酸化皮膜と該皮膜と窒素の拡散層との界面に存在する窒素濃化層を含むものをさす。また、「表面の窒素濃度」とは、上記「表面」を、ESCA(X線光電子分光分析装置)を用いて、Cを除く検出元素(N、O、Si、S、Cr、Mn、Fe、Ni)において定量分析を行い、Nの原子%として求めたものである。
【0019】
なお、酸化皮膜の厚さは、光輝焼鈍で生成される20nm以下が好ましい。より好ましくは、10nm以下である。
【0020】
第一の本発明によれば、表面の窒素濃度が高いので、表面の汚れ落ち性の高いオーステナイト系ステンレス鋼板が得られる。
【0021】
上記第一の本発明において、酸化皮膜と鋼材母材との界面から母材側で、深さ10μmまでの表層の窒素濃度が0.15質量%以上であることが好ましい。ここに「表面から深さ10μmまでの表層の窒素濃度が0.15質量%以上」とは、表面から深さ10μmまでの全ての範囲において窒素濃度が0.15質量%以上であることを意味する。
【0022】
このようにすれば、表面の高い汚れ落ち性を確保するとともに、深さ10μmまでの表層の窒素濃度が0.15質量%以上であるので、表層の皮膜が破壊されても孔食の発生を抑制することができる。
【0023】
また、第二の本発明は、冷間圧延の後に、搬送中の鋼板表面の随伴流を遮断する工程と、その後光輝焼鈍を行う工程とを備えた、オーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法である。ここに「鋼板表面の随伴流」とは、鋼板が搬送される際に、鋼板の表面近傍に形成される層流により、鋼板表面との相対速度が比較的低くなる部分の流れをいう。具体的にはこの随伴流があると、その中に含まれる水分や酸素が鋼板の表面と反応して酸化物皮膜を形成し、鋼板表面へ窒素原子が接近しようとする際のバリアとなる。また、「随伴流を遮断する」とは、前記層流を破壊して、乱流を生じさせ、前記水分や酸素を鋼板表面近傍から離脱させることをいう。
【0024】
この第二の本発明によれば、搬送される鋼板表面の随伴流が遮断されるので、鋼板表面近傍に存在する水分や酸素を鋼板近傍から離脱させることができ、後の光輝焼鈍工程で鋼板表面への窒素原子の吸着を容易なものとすることができる。
【0025】
さらに第三の本発明は、冷間圧延後の鋼板を、ガスシール帯に通板し、次いで窒素が20〜60体積%、露点が−50℃以下で残部が実質的に水素からなる雰囲気中で、鋼板温度が900〜1200℃の温度域で、5〜180秒間、光輝焼鈍を施す、オーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法を提供するものである。ここに、「ガスシール帯」とは、上記で説明した鋼板表面の酸素や水分を多く含む随伴流を遮断するためのガスシール帯を指し、シール室を設けた構造の装置でも良く、また単にガスワイパーで遮断する構造でも良い。
【0026】
この第三の本発明によれば、鋼板がガスシール帯中を通過するとき、それまで鋼板表面に付着していた水分、酸素等を含む随伴流を断ち切ることができ、鋼板表面に窒素原子を到達させることが容易となる。
【0027】
上記第三の本発明にかかる製造方法において、ガスシール帯に使用されるガスは窒素ガスであることが好ましい。
【0028】
このようにすれば、次工程の光輝焼鈍炉内の雰囲気ガスとのコンタミネーションを防止することができ、ガスシール帯においても鋼板表面への窒素ガスの吸着が可能となり、安全性、さらにはコスト等の観点から有利なものとなる。
【0029】
また上記第三の本発明にかかる製造方法において、前記ガスシール帯を前記鋼板が通過する時間は1〜180秒であることが好ましい。通過時間が1秒未満では、十分な随伴流の遮断効果を得ることができない。また通過時間が180秒を超えると、随伴流の遮断は十分にできるが生産性が低下するので好ましくない。さらに好ましい通過時間は30〜90秒である。
【0030】
さらに上記第三の発明にかかる製造方法において、前記ガスシール帯を通過する鋼板の温度は常温〜300℃であることが好ましい。ガスシール帯を通過する鋼板温度が常温未満であると、鋼板表面に付着している水分や酸素が離脱しないため、後工程の光輝焼鈍において鋼板表面が酸化されるので好ましくない。また通過温度が300℃を超えると、ガスシール帯内で水分や酸素が鋼板表面と反応して鋼板表面に酸化物層を形成するので好ましくない。さらに好ましい鋼板温度は、50〜200℃である。
【0031】
本発明のこのような作用及び効果は、次に説明する実施の形態から明らかにされる。
【0032】
【発明の実施の形態】
(1)オーステナイト系ステンレス鋼の化学組成
本発明の対象は、SUS304、SUS301、SUS316に代表されるオーステナイト系ステンレス鋼板を挙げることができる。すなわち、質量%で
C:0.15%以下、
Cr:15〜25%、
Ni:6〜16%
を基本組成とするオーステナイト系ステンレス鋼である。上記以外の元素は以下の通りとする。いずれも質量%である。
【0033】
Si:Siは脱酸剤として利用され、耐酸化性の向上に有効な元素であるため、通常0.2〜1.0%含有される。しかし、SiはCrと同様に代表的なフェライト形成元素であり、過剰に含有させるとNiなどオーステナイト形成元素の含有量を増加させることになるので、その上限は2.0%とすることが好ましい。
【0034】
Mn:Mnは脱酸剤として有効であり、オーステナイト形成元素でもあるため、通常0.5〜2.0%含有される。しかし、Mnは過剰に含有させると耐食性を低下させる作用もあるので、その上限は3.0%とすることが好ましい。
【0035】
P:Pは強度を向上させる作用がある。上記の効果を得るには、0.030%以上含有させるのが好ましい。しかし、Pを過剰に含有させると溶接性が損なわれるため、上限は0.05%とすることが好ましい。
【0036】
S:Sは不純物であり、熱間加工性と靱性を低下させる作用がある。その含有量は0.030%以下とすることが好ましい。
【0037】
Mo:Moはフェライト形成元素であるとともに、耐食性を著しく向上させる作用がある。従って、必須元素ではないが、含有させても構わない。その場合は、0.2%以上とすることが好ましい。しかし、Moは高価であり過剰に含有させると経済性を損なううえ、製品の強度低下を招く恐れがあるため、その上限は3.0%とすることが好ましい。
【0038】
Cu:Cuはオーステナイト形成元素であり、オーステナイト相の強度調整や耐食性の向上に有効な元素である。従って、必須元素ではないが、含有させても構わない。その場合は0.3%以上とすることが好ましい。他方、Cuを過剰に含有させると、熱間脆性や製品の強度低下を招く恐れがあるため、その上限は3.0%とすることが好ましい。
【0039】
Nb、Ti:Nb、Tiはフェライト形成元素であるとともに、C、Nを固定して焼鈍時や溶接時の鋭敏化現象を抑制する作用がある。従って、必須元素ではないが、含有させても構わない。その場合は、Nbが0.01%、Tiが0.003%以上とすることが好ましい。他方、NbやTiを過剰に含有させると鋼中のC、N元素を固定して強度低下を招く恐れがあるため、その上限はNbが0.1%、Tiが0.05%とすることが好ましい。
【0040】
V:Vは強度を得るために効果的な元素である。従って、必須元素ではないが、含有させても構わない。その場合は0.05%以上とすることが好ましい。しかし、0.2%を超えると効果が飽和するので、その上限は0.2%以下とすることが好ましい。
【0041】
N:Nは代表的なオーステナイト形成元素であるため、通常0.02〜0.06%含有される。さらに、Nはオーステナイト相の強度や耐食性の向上に有効な元素である。従って、0.06%を越えて含有させても構わない。しかし、Nは過剰に含有させると熱間加工性を著しく損なうために、その上限は0.2%とすることが好ましい。
【0042】
Al:Alは脱酸剤として有効な元素であるため、添加しても構わない。しかし、Al系酸化物の生成による連続鋳造時のノズル閉塞や熱間および冷間圧延時に表面疵を誘発する恐れもある。その上限は0.05%とすることが好ましい。
【0043】
希土類元素:鋼の耐酸化性や熱間加工性を向上させる元素であるため含有させても構わない。しかし、合計量で0.1%を越えて含有させると効果が飽和するうえコストが高くなるので0.1%以下とすることが好ましい。
【0044】
残部はFeおよび不純物である。
【0045】
(2)製造方法
2−1.冷延鋼板の製造
上記化学組成を有する熱延鋼板は、通常の方法により製造したものでよい。例えば、転炉や電気炉で鋼を溶解した後、真空脱ガスを行い、連続鋳造によりスラブ(厚さ120〜280mm、幅700〜1200mm、長さ8〜10m程度)を製造し、この連続鋳造スラブを1100〜1300℃程度に加熱した後、熱間圧延して厚さ2〜10mm程度の熱延鋼板とする。その後、焼鈍処理と酸洗処理とを施して、さらに冷間圧延と焼鈍とを適宜繰り返し、0.2〜2.0mm程度の冷延鋼板とする。本発明では、冷延鋼板は以下に説明する光輝焼鈍に供される。
【0046】
2−2.焼鈍工程の概要
図1は、本発明を実施するための光輝焼鈍設備の一例としての、連続焼鈍設備100を示す概略図である。図の右端に表されたペイオフリール1から巻き出された冷間圧延鋼板は溶接機2の間を通過して、脱脂槽3にて鋼板表面に付着している冷間圧延油等の除去が行われる。次いで鋼板は湯洗・水洗・乾燥装置4に送られて、鋼板表面から脱脂槽において付着した脱脂液が除去され、さらに清浄なものとなる。次いで鋼板はルーパー5に送られる。ルーパー5は、ペイオフリール1の冷間圧延鋼板コイルの最終端部を次のコイルの先端部に溶接機2を用いて溶接する際に、連続焼鈍設備100全体としての連続操業を確保するための装置である。コイルの溶接中であっても、後に説明する焼鈍タワー6内に連続的に鋼板を供給するため、溶接中はルーパー5内に配置された上下のロール間の距離が変化する。
【0047】
次いで、鋼板は焼鈍タワー6に供給される。焼鈍タワー6の下部入口部にはガスシール帯10が設けられ、ガスシール帯10と焼鈍タワー6炉体との間には、入り側シール11が設けられている。入り側シール11より焼鈍タワー6の炉体内部に送られた鋼板は、そこで所定の雰囲気下、所定の温度で所定時間焼鈍される。焼鈍温度は通常オーステナイト系ステンレス鋼板の再結晶温度である900℃程度から、それより300℃ほど高い温度すなわち900〜1200℃に設定される。焼鈍を終えた鋼板は炉体上部に配置された冷却装置13にて所定の温度勾配を持って、所定の温度まで冷却される。そして出側シール14を通過して炉外へと送られて、巻き取りロール15にて巻きとられる。
【0048】
2−3.光輝焼鈍
光輝焼鈍は、鋼板の表面への窒素の富化や表層への窒素吸収(以下、「吸窒反応」と記す。)により、汚れ落ち性を向上させるために実施する。光輝焼鈍は、ガスシール帯10を保有する連続式光輝焼鈍炉により実施するのが好ましい。ガスシール帯10の詳細については後述する。
【0049】
吸窒反応を効率的に行うには、冷延鋼板の表面に残留する酸素や水分の光輝焼鈍炉内への持ち込みを極力防止しなければならない。そのため、冷延鋼板は、光輝焼鈍炉の通板に先だって、ガスシール帯を通板させることが本発明においては必須である。
【0050】
光輝焼鈍炉内の雰囲気ガスは、窒素ガスと水素ガスとの混合ガスとする。窒素ガスは、吸窒反応のために雰囲気ガス中に体積比率で20%以上とする。他方、水素ガスは雰囲気ガス中に不可避的に混入する酸素や水分を還元して、吸窒反応を促進する作用がある。従って、水素ガスの効果を得るために、窒素ガスの上限は60%(水素ガスの下限は40%)とする。
【0051】
雰囲気ガスの露点は−50℃以下とする。雰囲気ガスの露点が高いと、不可避的に混入する酸素や水分の量が多くなり、酸化皮膜の成長により吸窒反応が抑制される。吸窒反応を効率的に行うために、露点を−50℃以下とする。下限は、特に規定しない。しかし、工業的に使用されるガスの純度を考慮すると−70℃程度である。
【0052】
焼鈍温度は、900〜1200℃とする。吸窒反応が生じるために、900℃以上とする。他方、1200℃を超えると、結晶粒径が粗大化し、鋼板の機械的性質(強度、加工性、靱性)の劣化を招くことになる。
【0053】
均熱時間は、連続焼鈍炉で実施可能な5〜180秒、好ましくは20〜60秒の範囲とする。焼鈍後の冷却速度は、通常の連続焼鈍炉で実施される5〜50℃/秒の範囲が好ましい。
【0054】
2−4.ガスシール帯
鋼板表層への窒素吸収を効率的に行うには、冷延鋼板表面の酸化反応を抑制し、窒素ガスの鋼板表面への吸着を促進する必要がある。しかし、従来の方法で焼鈍を行った場合には、窒素の吸収が小さく本発明で規定する「吸窒反応」が生じず、ガスシール帯を通板させた場合のみ本願で規定する窒素の吸収が生じることが判明した。この理由については以下のように推定している。
【0055】
すなわち、従来の光輝焼鈍炉では、余熱帯、加熱帯、均熱帯と一体となった炉構造の製造装置が多い。一方、鋼板の表面には水分や酸素が付着している。これら水分、酸素は、鋼板加熱時に放出されるが、鋼板表面近傍の雰囲気は層流を構成しており、その多くは随伴流(鋼板とともに移動するガスの流れ)とともに鋼板表面近傍にとどまり、さらに高温に鋼板が加熱された際に、鋼板の表面を酸化させてしまうことになる。すなわち、焼鈍炉内の雰囲気全体を表す露点より、鋼板近傍の露点の方がかなり高くなっているものと推察される。
【0056】
そこで、随伴流の光輝焼鈍炉内への持ち込みを規制するため、遮断する必要がある。この遮断方法については、随伴流を遮断できる方法であればどのような方法でもよく、従来から使用されている公知の方法を用いても良い。例えば、ガスワイパーで、ガスを鋼板表面に吹き付け、上記層流を乱流に変えて随伴流を断ち切るようにしても良い。また、完全に仕切られたシール室中に鋼板を通板させ、出側で前記のガスワイピングを行う方法はさらに効果があり好ましい。その後の加熱および均熱帯への酸素や水分の持ち込みが少なくなり、特に露点等の雰囲気制御をより容易に行うことができるからである。また、ガスワイピング以外の方法としては、一対のロールセット間に鋼板を通板する方法がある。この場合には、ロールと鋼板の表面との間に微小な隙間が生じる可能性があるため、例えばロール出側からロールバイト部へガスを吹きつけて随伴流を完全に遮断することが望ましい。
【0057】
冷延鋼板は、光輝焼鈍炉の通板に先だって、ガスシール帯を通板させる。ガスシール帯は、大気から鋼板を遮断することができる、ガスを流通させたシール帯、あるいはガスを鋼板表面に吹きつけることができるシール帯を意味する。上記したように、これらシール帯に鋼板を通板させることで、表面に残留する酸素や水分の除去に加えて、続く光輝焼鈍において鋼板への窒素吸収を促進させることが容易となる。光輝焼鈍での窒素吸収を促進するために、ガスシール帯において、鋼板表面から離脱した酸素や水分を続く光輝焼鈍炉内へ持ち込まないことが必要である。鋼板はこれらシール部を通過後、連続式光輝焼鈍炉へと通板される。
【0058】
本発明においては、ガスシール帯に使用される雰囲気ガスの種類については、
1.鋼板表面の水分、酸素等を含む随伴流を遮断することができ、
2.続く光輝焼鈍炉内の露点に悪影響を与えないもの、
3.鋼板表面と反応をおこしたり、鋼板の性能に悪影響を与えたりするような合金化学成分を鋼板との間に生成するものではないこと。
などの条件を満たす限りにおいて、特に限定されるものではなく、窒素ガス、水素ガス、アンモニアガス、及びヘリウム、ネオン、アルゴン等の不活性ガスを制限なく使用することができる。
【0059】
これらの中でも、次工程の光輝焼鈍炉内の雰囲気ガスとのコンタミネーション防止、ガスシール帯においても鋼板表面への窒素ガスの吸着が可能であること、安全性、さらにはコスト等の観点から、窒素ガスを使用することが好ましい。
【0060】
一般的な連続光輝焼鈍炉は、均熱帯と予加熱帯が一体型の構成であり、その場合、予加熱帯を利用しても上記の効果は得られ難い。通常、予加熱帯の設定温度は均熱帯より若干低めに設定される。従って、鋼板表面温度は数秒の滞留時間で300℃を超えるため、表面に吸着した酸素や水分により酸化物が生成・成長し、均熱帯での表面反応(窒素吸収)が阻害される。仮に、設定温度を低くしても、一体型の炉では水分や酸素を多く含む随伴流を遮断できないため、鋼板表面の酸化が生じるという問題がある。
【0061】
本発明において、「ガスシール帯」とは、上記で説明した鋼板表面の酸素や水分を多く含む随伴流を遮断するためのガスシール帯を指し、前記したとおり、シール室を設けた構造の装置でも良く、また単にガスワイパーで遮断する構造でも良い。
上記のガスシール帯を通板することでの効果を得るために、ガスシール帯の通板時間は1秒以上、上限は生産性の観点から180秒以下が好ましい。その際、ガスシール帯の温度は、常温〜300℃とすることが好ましい。常温未満にしてもガスシール帯として何ら効果が増すわけではなく、次の焼鈍炉内での昇温に余分な時間とエネルギーを要してしまうばかりか、鋼板表面に吸着した水分や酸素の離脱が生じず、その後の焼鈍炉内で酸化が生じ吸窒反応を阻害する。300℃を超えると、鋼板表面の酸化皮膜の成長を促進し、続く光輝焼鈍において吸窒反応を阻害する恐れがある。
【0062】
2−5.鋼板の表面、表層
本発明の鋼板は、酸化皮膜を含む表面に窒素を3原子%以上含有することを必須とする。また、表層の窒素濃度が0.15質量%以上であることが好ましい。窒素は耐孔食性を高めて表面の汚れ落ち性を著しく向上させる効果がある。本発明が目標とする汚れ落ち性を得るためには、酸化皮膜を含む表面に3原子%以上の窒素を富化させる。表面の窒素の存在形態は、有機系の化合物およびCrとの結合状態(Cr窒化物)で存在している可能性が高い。過度に窒素を富化させると、鋼表面へのCr窒化物の析出により耐食性の劣化を招く恐れがある。従って、10原子%以下が好ましい。
【0063】
さらに、上記の表面に加えて表面から深さ10μmまでの表層の窒素濃度を0.15質量%以上とすることが好ましい。表層の窒素濃度を高めるのは、上記の表面に傷が付いても孔食の発生を抑制して優れた汚れ落ち性を保持するためである。表層の厚みを表面から深さ10μmまで、としたのは、この範囲の窒素濃度を高めておけば、人為的に表面を研磨や研削しない限り効果が得られるためである。表層の厚みは、焼鈍温度や均熱時間の上昇により増加する。連続光輝焼鈍炉を用いて鋼板を製造する場合は、生産効率の観点から、表層の厚みを50μm以下とすることが好ましい。
【0064】
また、表層の窒素濃度は、汚れ落ち性を保持するために十分な耐孔食性を付与するために0.15質量%以上であることが好ましい。より好ましくは、0.2質量%以上である。過度に窒素濃度を高めると鋼の固溶度を越えてCr窒化物として鋼中に析出する。Cr窒化物が鋼中に析出すると、その周囲においてCr欠乏を生じて耐食性が劣化する恐れがある。従って、表層の窒素濃度の上限は、鋼の窒素固溶限にもよるが、0.5%以下が好ましい。
【0065】
【実施例】
以下に実施例により本発明をより具体的に開示する。ただし本発明はこれらの実施例にのみ限定されるものではない。
【0066】
(1)供試材
実施例に供したオーステナイト系ステンレス熱延鋼板供試材の化学組成を表5に示す。表中の数字はいずれも質量%である。
【表5】


【0067】
これらオーステナイト系ステンレス熱延鋼板を冷間圧延して、板厚0.6〜1.2mmの冷延鋼板を製造した。冷延鋼板は、表6に示す各種の条件で連続光輝焼鈍炉を通板した。比較のために、光輝焼鈍条件は本発明に規定する範囲外にも設定した。
【0068】
焼鈍炉として、窒素ガスシール帯を保有する連続光輝焼鈍炉、及び窒素ガスシール帯を保有しない連続光輝焼鈍炉を用いた。窒素ガスシール帯の温度は室温〜100℃の範囲とし、通板時間は30〜90秒とした。光輝焼鈍には、NガスとHガスの混合および単独ガスを使用した。雰囲気ガスの露点は−40〜−65℃とした。ヒートパターンは、平均の加熱および冷却速度をそれぞれ10〜30℃/秒とした。均熱温度は800〜1200℃とし、均熱時間は30〜120秒とした。これらにより、冷延鋼板の表面はJIS G4305(1999、冷間圧延ステンレス鋼板及び鋼帯)に規定するBA仕様とした。
【0069】
(2)評価方法
得られた鋼板表面の汚れ落ち性、孔食電位、窒素含有量を調べた。
【0070】
2−1.汚れ落ち性
汚れ落ち性は、JIS K6902(1998、熱硬化性樹脂高圧化粧板試験方法)に準拠する方法で評価した。評価に使用した汚染材料は、前記表3に示す10品目とした。これら10品目を鋼板表面に滴下及び塗布して24時間放置後、水道水の脱脂綿で擦る水洗いにより表面の色調変化が認められないものを「○」、一品目でも変色が認められたものを「△」、エチルアルコール洗浄後も変色が認められたものを「×」とした。
【0071】
2−2.孔食電位
孔食電位は、JIS G0577(1981、ステンレス鋼の孔食電位測定方法)に準拠する方法で評価した。Ar脱気下の30℃、3.5%NaCl水溶液中で孔食発生電位V’c10を測定した。試料調整は、表面の不働態化処理(60℃−20%硝酸水溶液浸漬)を施し、電極試験片を作成し、続いて測定部をエメリー紙で研磨して不働態膜を破ることにより行った。
【0072】
2−3.窒素含有量
酸化皮膜を含む表面の窒素含有量は、脱脂・洗浄した鋼板表面のESCA分析により定量した。分析はX線源Al−Kα、検出深さ数nm、Pass Energy23.5eV、分解能0.7eVで行った。Cを除く検出元素(N、O、Si、S、Cr、Mn、Fe、Ni)において定量分析を行い、Nの原子%を求めた。
【0073】
表層の窒素濃度は、N専用の分光結晶LAD(人工コーティング多層膜)を有するEPMA装置を使用して窒素濃度と窒素濃度分布(表層の厚み)を測定した。前記測定値の検証として、以下の2方法でも測定を行い、測定精度に問題がないことを確認した。
(1)化学研磨により表層の薄片を採取し、ガス分析法によりppm精度で分析を行った。
(2)標準試料で窒素濃度と格子定数との関係を別途求めた後に、表層のX線回折法でも窒素濃度と表層の厚みを求めた。表6に調査結果を示す。
【表6】


【0074】
(3)結果
試番1、2、5、7、8、11、13は、汚れ落ち性の評価において「○」(10品目の汚染材料による色調変化なし。)となったオーステナイト系ステンレス鋼板である。試番1、2、5、7、11は、酸化皮膜を含む表面の窒素含有量が3原子%以上でかつ表層の窒素濃度が0.15質量%以上であり、鋼板表面の孔食電位は吸窒反応により顕著に上昇した。他方、試番8、13は、孔食電位の顕著な上昇は認められないものの、酸化皮膜を含む表面の窒素含有量が3原子%以上である。これらステンレス鋼板は、本発明に規定する光輝焼鈍条件を満たす条件で製造されている。
【0075】
試番4、9、10、15は、汚れ落ち性評価において「△」(10品目の汚染材料で1品目でも変色が認められたもの。)となったオーステナイト系ステンレス鋼板である。これらステンレス鋼板は、孔食電位が比較的高いものの、酸化皮膜を含む表面の窒素含有量が3原子%未満であり、本発明に規定する光輝焼鈍条件(ガスシール帯の通板を含む。)を全て満たすものではなかった。
【0076】
試番3、6、12、14、16は、汚れ落ち性評価において「×」(エチルアルコール洗浄後も変色が認められたもの。)となったオーステナイト系ステンレス鋼板である。これらステンレス鋼板は、孔食電位が比較的低く、酸化皮膜を含む表面の窒素含有量が3原子%未満であり、本発明に規定する光輝焼鈍条件を全て満たすものではなかった。
【0077】
以上、現時点において、もっとも、実践的であり、かつ、好ましいと思われる実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明は、本願明細書中に開示された実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲および明細書全体から読み取れる発明の要旨或いは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴うオーステナイト系ステンレス鋼板とその製造方法もまた本発明の技術的範囲に包含されるものとして理解されなければならない。
【0078】
【発明の効果】
以上に説明したように、本発明により、汎用性のあるステンレス鋼板製造プロセスにおいて、汚れ落ち性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼板が得られる。特に、台所用のキッチンパネルやシンクに使用されるステンレス鋼板として最適である。
【図面の簡単な説明】
【図1】光輝焼鈍設備の概略構成を示す図である。
【符号の説明】
10 ガスシール帯
【出願人】 【識別番号】000002118
【氏名又は名称】住友金属工業株式会社
【住所又は居所】大阪府大阪市中央区北浜4丁目5番33号
【出願日】 平成15年7月4日(2003.7.4)
【代理人】 【識別番号】100108800
【弁理士】
【氏名又は名称】星野 哲郎

【識別番号】100101203
【弁理士】
【氏名又は名称】山下 昭彦

【識別番号】100104499
【弁理士】
【氏名又は名称】岸本 達人

【公開番号】 特開2005−23396(P2005−23396A)
【公開日】 平成17年1月27日(2005.1.27)
【出願番号】 特願2003−192200(P2003−192200)