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【発明の名称】 植物ウイルスの接種方法
【発明者】 【氏名】塩見 寛

【氏名】住田 敦

【氏名】小坂 能尚

【要約】 【課題】熟練度等による操作のバラツキを低減でき、接種に必要な労力及びコストを低減できるとともに、植物ウイルス液の使用量を節減できる植物ウイルスの接種方法を提供する。

【解決手段】接ぎ木を行なう際、穂木1の胚軸(穂軸)の切断面を、植物ウイルス液2中に一瞬浸漬させてから、台木3の切断面に密着させて接ぎ合わせる。または、挿し木を行なう際に、挿し穂の切断面を植物ウイルス液に浸してから、苗床または培地に挿し込む。植物ウイルス液2としては、比較的高濃度のリン酸カリウム塩溶液中に、ウイルスを高濃度に分散させたものを用いる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物ウイルスを分散した植物ウイルス液を植物体に接触させて行う植物ウイルスの接種方法において、
接ぎ木を行う際に、穂木の胚軸の切断面または台木の茎の切断面に植物ウイルス液を接触させてから、これら切断面同士を密着させることを特徴とする植物ウイルスの接種方法。
【請求項2】
植物ウイルスを分散した植物ウイルス液を植物体に接触させて行う植物ウイルスの接種方法において、
挿し木を行なう際に、挿し穂の胚軸の切断面に植物ウイルス液を接触させてから、苗床または培地に挿し込むことを特徴とする植物ウイルスの接種方法。
【請求項3】
前記胚軸の切断面もしくは台木の茎の切断面を植物ウイルス液中に浸漬するか、または、前記胚軸の切断面もしくは台木の茎の切断面の個所に、植物ウイルス液を滴下もしくは注入することを特徴とする請求項1または2記載の植物ウイルスの接種方法。
【請求項4】
接ぎ木を行う植物が、ナス科あるいはウリ科の植物である請求項1に記載の植物ウイルスの接種方法。

【発明の詳細な説明】【技術分野】
【0001】
本発明は、植物体にウイルスを接種する方法に関する。詳しくは、例えば、ウイルス病抵抗性品種を育成する目的で植物ウイルスを植物株に接種する方法や、ウイルス性伝染病を防除する目的で弱毒性の植物ウイルスを植物株に接種する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
園芸作物のみならず、ほとんどの農作物において、植物ウイルスの感染及び発病が見られる。作物の品質低下や収量低下などの直接的な被害が生じるのみならず、防除に多額の経費を要し、農家の生産意欲の低下を招くなど、植物ウイルスによる経済的な損失は大きい。他の植物病害と異なり、植物ウイルスに対しては直接に有効な薬剤、すなわち抗ウイルス剤というべきものがないのが現状である。このため、ウイルスの防除は、媒介生物に対する薬剤による防除、物理的障壁の設置や付与による感染の回避、無病の種子や苗の使用などといった、ウイルスの伝染自体を防ぐ手段が主として採られてきた。
【0003】
しかし、これらの伝染防止の手段だけでウイルスの伝染を完全に防ぐことは、技術面のみならず、経済・労力の面からも困難である。
【0004】
植物ウイルス病に対する最も有効な防除手段として、ウイルス抵抗性品種の利用がある。ところが、現状では、全ての作物について重要なウイルスに対する抵抗性品種が育成されているわけではない。このような抵抗性品種を早期に効率的に育成するためには、大量の系統・個体に対して、いかにして安定かつ確実に植物ウイルスを接種するのかということが重要な問題となっている。
【0005】
さらに、植物ウイルス病に対する別の効果的な防除方法として、弱毒ウイルスの利用がある。作物の全ての部位(全身)にわたって感染するものの、病徴を生じないか、または実害を与えない程度のウイルス分離株(弱毒株)を準備しておく。そして、このような弱毒株、すなわち一種のワクチンをあらかじめ接種しておくことで、同種ウイルスの強毒株に対する抵抗性を付与し、感染を防止するのである。この防除方法においても、弱毒ウイルスをいかして大量の植物体に安定かつ確実に接種するかということが重要な問題となる。
【0006】
植物ウイルスは、それぞれ様々な方法で伝染するが、ウイルス感染植物組織からのウイルスを含んだ汁液が、健全な植物に接触し、その傷口から入って伝染することを汁液伝染という。自然条件下では風で植物が触れ合ったり、感染植物に触れた手や農機具が健全植物に触れることで、この伝染が起こる。植物ウイルスには、この汁液伝染性のものが多い。
【0007】
汁液伝染性ウイルスの実際の接種方法としては、接種植物の葉面に、ウイルスを含んだ接種源液(以下植物ウイルス液)を、綿棒、指などを用いて、カーボランダム(炭化ケイ素の粒子)などの研磨剤とともに人為的に擦り付けるという方法が一般に採用されている(非特許文献1:大木 理、1997、「植物ウイルス同定のテクニックとデザイン」、日本植物防疫協会、p26-36)。しかし、このような「擦り付け接種法」は、人手によるため、労力、時間を要する他、作業者の熟練度等で感染が左右されるという問題がある。例えば、手で葉を撫でる加減や撫で方には個人差がある。
【0008】
この接種の操作をより簡便にするために、農薬散布に用いる肩掛け噴霧器で、植物ウイルス液をカーボランダムと共に圧力をかけて噴霧する方法が、トマト苗にタバコモザイクウイルス(TMV)の弱毒ウイルスを接種するのに用いられてきた(非特許文献2:長井雄治、1981 千葉県農業試験場特別報告p58-61)。この場合、噴霧した後、さらに植物体表面を稲わら束で撫(な)ぜて付傷させると感染率が高まることも知られている。
【0009】
また、接種作業を自動化するため、カーボランダムを懸濁させた植物ウイルス液を、ターンテーブルの上に載せた植物体に、スプレーガンにより一定圧力で噴霧して、植物を被傷させると同時に植物ウイルスの接種を同時に行なう方法も提案されている(特許1129704号(特公昭52-12795号))。しかし、この方法は、大きなポット苗が対象であり、大量の苗への接種には適さない。
【0010】
さらに、現在の育苗方法の主流であるセルトレー育苗に適した方法として、植物体表面に植物ウイルス液を噴霧した後、研磨剤を付着させたローラーを圧接回転させ、植物体表面を被傷させると共に植物ウイルスを接種する方法(特許2908594号(特開平4-33005号))や、このローラーの代わりにブラシを用いる方法(特開2000-201535号)などが考案されている。しかし、これらの方法では、いずれも、植物体表面、さらには周りの土の上まで広く植物ウイルス液を噴霧しており、植物ウイルス液を多量に用いる必要がある。接種に用いる植物ウイルス液の調製には、手間と経費がかかることから、植物ウイルス液を大量に使うことは、大量の苗へ接種する場合に好ましくない。
【特許文献1】特許1129704号(特公昭52-12795号)
【特許文献2】特許2908594号(特開平4-33005号)
【特許文献3】特開2000-201535
【非特許文献1】大木 理、1997、「植物ウイルス同定のテクニックとデザイン」、日本植物防疫協会、p26-36
【非特許文献2】長井雄治、1981 千葉県農業試験場特別報告p58-61
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記従来技術の植物ウイルスの接種方法は、いずれも、研磨剤等により傷を付けて、その部位に植物ウイルス液を接触させるものである。しかも、確実な接種を行うためには広い面積で行う必要から、もっぱら葉面からの接種が行われていた。すなわち、汁液伝染性の植物ウイルスの接種方法においては、葉面からの擦傷による接種以外に、信頼性の高い方法がないと考えられていた。例えば茎や根からの接種は現実的でないと信じられていた。
【0012】
本件発明者らは、上記従来技術の問題に鑑み種々検討する中で、野菜もしくは花卉栽培における接ぎ木や挿し木の作業工程中に、植物ウイルス接種の操作を組み込むことができるのではないかという全く新しい着想を得るに至った。例えばナス科、ウリ科などの野菜類を栽培する際、土壌病害防除や栽培性向上などの目的で接ぎ木苗を用いることが多いことに注目し、鋭意検討を重ねた。
【0013】
本発明は、熟練度等による接種操作のバラツキを低減でき、接種に必要な労力及びコストを低減できるとともに、植物ウイルス液の使用量を節減できる植物ウイルスの接種方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の植物ウイルスの接種方法は、植物ウイルスを分散した植物ウイルス液を植物体に接触させるにあたり、接ぎ木を行なう際、穂木の胚軸の切断面または台木の茎の切断面に植物ウイルス液を接触させてから、これら切断面同士を密着させることを特徴とする。または、挿し木を行なう際に、挿し穂の胚軸の切断面に植物ウイルス液を接触させてから、苗床または培地に挿し込むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
熟練度等による接種操作のバラツキによる影響や植物ウイルス液の使用量を低減でき、接種に必要な労力及びコストを低減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の好ましい一態様によると、接ぎ木時に、胚軸部分で切りとった穂木の胚軸(以下穂軸)に植物ウイルス液を浸し、そのまま台木の切断面と密着させることで接ぎ木を行なう。すなわち、穂軸切り口から植物ウイルスを感染させる方法(以下、穂軸浸漬接種法と呼ぶ)を採用する。なお、接ぎ木作業において、台木を手に持って植物ウイルス液の容器のところに持ってくることが可能な場合は、植物ウイルス液に浸すのが台木であっても良い。
【0017】
穂軸への浸漬は、一瞬で十分であり、一連の接ぎ木作業の中で行なえる。そのため、先の噴霧接種のように接種作業として独立させて行なう必要がなく、かかる労力を減らすことができる。
【0018】
この穂軸浸漬接種法によると、綿棒による擦り付け接種や、噴霧接種による方法に比べて、用いる植物ウイルス液が明らかに少なくて済む。具体的には、例えばキュウリ苗への接種で比べてみると、綿棒による接種で、苗1本あたり200マイクロリットルを要するのが、穂軸浸漬では10マイクロリットル以下で済む。
【0019】
穂軸浸漬接種法によると、徒長した苗の場合にも、作業上全く支障がない。従来一般的であった噴霧接種では、徒長した苗の場合、噴霧圧で苗が倒れて確実な接種ができないことがあるが、本発明の方法ではこの様な問題が生じない。
【0020】
また、穂軸浸漬接種法によると、一定の条件(植物ウイルス液濃度、量、時間)で、穂軸に浸漬する作業ができることから、植物ウイルスの感染が安定し、感染率が高まる。
【0021】
上記のような穂軸浸漬接種法は、穂木を切り取ってから行う接ぎ木方法に適している。具体的には、挿し接ぎ、割り接ぎ、斜め合わせ接ぎ、平接ぎなどに適している(参考文献1:野菜園芸ハンドブック、養賢堂、p167)。挿し接ぎとは、台木の茎の、切断面または側面に穴を開け、これに、先端をくさび形に削った穂木の茎を挿入する方法である。また、割り接ぎは、茎を水平に切断し、切断面に縦に割り込みを入れ、これにクサビ形に削った穂木の茎を挿入してクリップ等で固定する方法である。斜め合わせ接ぎは、台木・穂木ともに茎を斜めに切断しクリップ等で固定する方法であり、平接ぎは、台木・穂木ともに茎を水平に切断し、切断面同士を瞬間接着剤等により固定する方法である。
【0022】
一方、接ぎ木には、穂木の根部を残したまま行う「呼び接ぎ」と呼ばれるものがある。これは、台木には下向きの切り込みを入れ、また、穂木には上向きの切り込みを入れた後、両者を併せてクリップ等で固定するものである。このような場合、穂木を根部から切り離さないため、ウイルス液を貯めた容器のところへと持ってくるのが不可能であるか、または非常に困難である。そのため、「呼び接ぎ」の場合は、例えば、クリップ等で固定する前に、台木と穂木との接ぎ木合わせ面をなす個所に、植物ウイルス液を滴下・注入する。
【0023】
なお、穂木を切り取ってから行う接ぎ木方法であっても、滴下・注入により穂木の切断面の個所にウイルス液を接触させることも可能である。特には、穂木を接ぎ合わせる前の台木の切断面に、植物ウイルス液を滴下・注入することも可能である。
【0024】
本発明の別の態様では、挿し木の際に、上記の接ぎ木の場合と同様に、挿し穂をウイルス液に浸漬するなどの操作を行ってから、引き続いて、挿し穂を苗床や培地に挿し込む。これにより接ぎ木の場合と同様、ウイルス接種のための労力を大幅に低減でき、使用するウイルス液その他のコストも大きく低減することができる。挿し木の場合であっても、上記に説明した接ぎ木の場合と同様の利点を得ることができる。なお、ここで、苗床や培地の語は、圃場の培土や水耕床の場合も含むものとする。
【0025】
穂軸浸漬接種法等は、接ぎ木栽培する野菜に、一般に適用可能である。具体的には、例えば、キュウリ、メロン、スイカ、カボチャ、カンピョウ、トウガン等のウリ科作物、並びに、トマト、ナス、ピーマン、トウガラシ、トルバム、アカナス等のナス科作物を挙げることができる。
【0026】
穂軸浸漬接種法を挿し木の挿し穂への浸漬接種に適用した場合は、適用可能なものとして挙げることのできる作物の範囲が広がる。まず、ナス科では上記の作物にタバコが加わる。さらに、ハクサイ、キャベツ、ブロッコリ、カリフラワー等のアブラナ科作物、イチゴなどのバラ科作物、サツマイモ等のヒルガオ科作物、エビネ、カトレア、シンビジウム、デンドロビウム、オンシジウム等のラン科作物、パンジー、ペチュニア、アスター、インパティエンス、カーネーション、キンギョソウ、サルビア、ゼラニウム、ナデシコ、ビンカ、ベゴニア、バーベナ、ユーストマ、ハボタン等の花卉類の植物種に本発明の方法を適用することができる。
【0027】
接ぎ木の際の穂軸浸漬接種法等に適用できる植物ウイルスとしては、以下のものが挙げられる。アルファモウイルス属(アルファルファモザイクウイルス)、カルモウイルス属(メロンえそ斑点ウイルス)、コモウイルス属(スカッシュモザイクウイルス)、ククモウイルス属(キュウリモザイクウイルス、キク微斑ウイルス)、ファバウイルス属(ソラマメウイルトウイルス)、ネポウイルス属(アラビスモザイクウイルス、タバコ輪点ウイルス、トマト黒色輪点ウイルス、トマト輪点ウイルス)、ポテックスウイルス属(ジャガイモXウイルス)、ポティウイルス属(パパイア輪点ウイルス、ジャガイモYウイルス、カボチャモザイクウイルス、ズッキーニ黄斑モザイクウイルス)、トバモウイルス属(タバコモザイクウイルス、キュウリ緑斑モザイクウイルス、スイカ緑斑モザイクウイルス、ペッパーマイルドモットルウイルス、トマトモザイクウイルス)、トンブスウイルス属(トマトブッシースタントウイルス)、トスポウイルス属(トマト黄化えそウイルス、メロン黄化えそウイルス、スイカ灰白色斑紋ウイルス)等の強毒株及び弱毒株である。
【0028】
挿し木の挿し穂への浸漬接種に適用する場合、上記に加えて、以下のものを挙げることができる。カルラウイルス属(カーネーション潜在ウイルス、キクBウイルス、インパチェンス潜在ウイルス)、カリモウイルス属(カリフラワーモザイクウイルス、ペチュニア葉脈透化ウイルス)、イラルウイルス属(プルヌスネクロティックリングスポットウイルス、タバコ条斑ウイルス)、ネクロウイルス属(トルコギキョウえそウイルス、タバコネクロシスウイルス)、ポティウイルス属(サツマイモ縮葉モザイクウイルス、カーネーションベインモットルウイルス、サツマイモ斑紋モザイクウイルス、タバコ脈緑モザイクウイルス、カブモザイクウイルス、トブラウイルス属(タバコ茎えそウイルス)、トスポウイルス属(インパチェンスネクロティックスポットウイルス、アイリスイエロースポットウイルス)等の強毒株および弱毒株である。
【0029】
本発明に用いる植物ウイルス液の調製は、例えば次のようにして行うことができる。植物ウイルスに感染した葉組織を、リン酸カリウムまたはリン酸ナトリウム等の緩衝液を加えてから、充分に磨砕する。得られたウイルス液中のウイルスの濃度が不足すると考えられる場合には、必要に応じて適宜濃縮する。濃縮は、例えば次のように行う。まず、感染組織を、チオグリコール酸等の還元剤を含む緩衝液を加えて磨砕し、ガーゼで漉(こ)す。次いで、クロロフォルム等の有機溶媒を加えて撹拌し遠心分離機にかける。水層を移し取り、ポリエチレングリコール(PEG)、塩化ナトリウム及びトリトンX−100("Triton X-100"; ポリエチレングリコールアルキルフェニルエーテル)を含む緩衝液を加えて撹拌した後、高速遠心分離機にかける。得られた沈澱に緩衝液を加え、十分に懸濁した後、再び、高速遠心分離機にかける。上澄みをそのまま植物ウイルス液とするか、あるいは、さらに濃縮するために超遠心分離機にかけ、得られた沈澱に少量の緩衝液を加えて溶かし、植物ウイルス液とする。
【0030】
本発明に用いる植物ウイルス液は、好ましくは高濃度のものである。詳しくは、純化ウイルスの濃度で、好ましくは0.03〜10mg/ml、より好ましくは0.05〜3mg/ml、さらに好ましくは0.1〜1mg/mlである。すなわち、従来用いられていたよりも格段に高濃度の植物ウイルス液を用いることにより、穂軸の狭小な切断面の個所を、一瞬だけ植物ウイルス液に浸漬するだけでも、感染に充分な量のウイルスを植物体に付与することが可能となっている。
【0031】
本発明に用いる植物ウイルス液を調製するための緩衝液は、好ましくはリン酸アルカリ塩からなり、生体よりも浸透圧が高いものが好ましい。詳しくは、リン酸アルカリ塩のモル濃度が好ましくは0.01〜1M、より好ましくは0.1〜0.5Mである。また、リン酸カリウム塩が、リン酸ナトリウム塩よりも好ましい。すなわち、従来一般に用いられていたものよりもモル濃度が高く細胞への浸透性の高い緩衝液を用いることにより、ごく短時間の簡単な操作のみによっても、感染に充分な量のウイルスを植物体に付与することが可能となっている。
【0032】
本発明において、台木と接ぎ木後に癒合でき、あるいは挿し木後に発根する大きさであれば、植物ウイルスを接種する穂木や挿し穂の大きさは特にこだわらない。但し、作業性や接種前の育苗期間の短縮などを考慮すると、トマトやナスなどのナス科植物では、好ましくは子葉展開期から本葉10枚展開期までの期間、より好ましくは子葉展開期から本葉3枚展開期までの期間に行うのが良い。また、キュウリ、スイカ、メロンなどのウリ科植物では、子葉展開期から本葉3枚展開期の苗に植物ウイルスを接種するのが良い。
【0033】
本発明の植物ウイルスの接種方法は、例えば以下のような場面で用いられて、効果を発揮する。
【0034】
植物ウイルス病の防除手段の一つとして用いられるウイルス病抵抗性品種を早期に育成するためには、大量の系統、個体へのウイルス接種を行なって、安定かつ確実に抵抗性を評価する必要がある。汁液接種できるウイルスについては、これまで、冒頭で説明した綿棒などによるカーボランダム擦り付け接種が用いられてきたが、穂軸浸漬接種法等の本発明の方法を用いることで、対象のウイルスを簡便かつ、安定して接種でき、ウイルス抵抗性品種の早期育成につながる。
【0035】
さらに、同じく植物ウイルス病の防除方法として有効な弱毒ウイルスの接種にも、この穂軸浸漬接種法等の本発明の方法が有用である。弱毒ウイルスをあらかじめ接種しておくことで、後から強毒ウイルスの感染を抑えるこの防除方法は、ウイルス病被害を減少させることができる。しかし、これまで、弱毒ウイルスを実用化するにおいては、大量の苗にどのように接種するかが問題であった。従来の綿棒などによるカーボランダム擦り付け接種では、大量の苗への接種をこなすことができず、たとえ接種できたとしても、接種労力がかかり、その分の人件費によって苗価格が高くなることが、弱毒ウイルスの実用化を阻んできた一因である。
【0036】
本発明がもたらすことのできる波及的な効果は、ウイルス抵抗性品種の早期育成や弱毒ウイルスの実用化による、ウイルス病の被害軽減による収量の増加、品質の向上という直接的な面だけに止まらない。ウイルス病対策の労力やコストの削減、さらに農薬使用減による環境保全型農業への貢献も期待される。
【実施例1】
【0037】
トマト苗へキュウリモザイクウイルス(CMV)弱毒株(CM95)および強毒株(Mi-1)を穂軸浸漬接種法で接種したところ、下記の表1に示すように、弱毒株で70%、強毒株で90%の感染率が得られた。
【0038】
用いた植物ウイルス液は、前述の手法により得た十分に濃縮されたウイルス液を、0.1Mリン酸カリウム緩衝液(pH7.2)中に均一に分散させたものである。接ぎ木試験の際、穂木にはトマト品種「桃太郎J」を用い、台木にはトマト品種「影武者」を用いた。
【0039】
接種及び接ぎ木の作業は、図1に示すようにして行った。(1) まず、トマトの幼苗から、カミソリで胚軸の略中央部を斜めに切断して、穂木1を得た。(2) 次いで、穂木1の切り口を植物ウイルス液2に3〜5秒程度浸漬した。(3) 一方、別のトマトの苗の茎を穂木と同様の角度で斜めに切断して、台木3とし、穂木1と台木3の切断面同士を密着させる。(4) 200穴のセル成型苗用の育苗トレイにセットして、約28℃、高湿条件に数日置き、接ぎ木面を活着させた後、温室で育苗した。
【0040】
接種及び接ぎ木を行ってから12日後に、穂木の上部の葉を回収し、「ELISA」法により、感染の有無を判定した。
【表1】


【0041】
試験の結果、既に述べたように、弱毒株及び強毒株のいずれにおいても高い感染率が得られた。また、活着率についても、強毒株を高濃度で用いた場合を除き、いずれも良好であった。ここでの活着率は、単なるリン酸カリウム緩衝液に、穂木の切り口を浸漬した場合と同程度であり、通常の接ぎ木操作の場合と大差がない。なお、強毒株を高濃度で用いた場合に少し活着率が低いのは、強毒株の感染によって、植物体の生理活性が低下する場合がある等の理由によると思われた。
【0042】
下記の表2には、トマト苗へキュウリモザイクウイルス(CMV)弱毒株(CM95)を接種するにあたり、植物ウイルス液におけるウイルス濃度、及びリン酸緩衝液の濃度及び種別(カリウム塩またはナトリウム塩)の影響について調べた結果を示す。ここでは、穂木にトマト品種「ハウス桃太郎」を用い、台木にトマト品種「アンカーT」を用いた。また、接種後、9日目に本葉一枚目について感染の有無を調べた。他の条件や手順については、上記表1の場合と同様である。
【0043】
表2に示すように、同一の緩衝液を用いても、ウイルス濃度が高い方が、高い感染率が得られた(No.1とNo.3,No.2とNo.4)。また、同一ウイルス濃度では、リン酸緩衝液の濃度が高い方が、高い感染率が得られた(No.1とNo.2,No.3とNo.4)。一方、ウイルス濃度及びリン酸緩衝液濃度が同じでも、カリウム塩を緩衝液に用いる方がナトリウム塩を用いる場合よりも高い感染率が得られた(No.1とNo.5)。
【表2】


【実施例2】
【0044】
キュウリ苗へ、ズッキーニ黄斑モザイクウイルス(ZYMV)弱毒株(2002)を接種したところ、穂軸浸漬接種法によっても、下記表3に示すように、従来の綿棒による「擦り付け接種法」と同様の100%の感染率が得られた。
【0045】
用いた植物ウイルス液は、前述の方法などで調製した植物ウイルス液を、一旦凍結乾燥し、再度、0.1Mリン酸カリウム緩衝液(pH7.2)で溶解したものである。接ぎ木試験の際、穂木にはキュウリ品種「つや太郎」を用い、台木にはカボチャ品種「シェルパ」を用いた。
【0046】
実施例2における接種及び接ぎ木の作業は、図2に示すようにして行った。(1) まず、キュウリの子葉展開の幼苗から、カミソリで胚軸の略中央部を斜めに切断して、穂木1を得た。(2) 次いで、穂木1の切り口を植物ウイルス液2に、ほんの一瞬浸漬した。(3) 一方、カボチャの苗の茎を穂木と同様の角度で斜めに切断して、台木3とした。(4) そして、穂木1及び台木3の切断面同士が密着するように接ぎ合わせた。
【0047】
一方、図3には、比較に用いた従来の「擦り付け接種法」の作業の様子について示す。(1) まず、接種する苗の葉の上面にカーボランダムの粉を薄くふりかける。このとき、カーボランダムを入れた三角フラスコを斜めにして、先端部を軽く指でたたくことで、霧状にふりかける。(2) 綿棒の先を植物ウイルス液2に浸してから、この綿棒で葉の上面を軽くこする。この操作を各苗について順次行う。なお、この「擦り付け接種法」による植物ウイルスの接種は、接ぎ木作業の前日に行った。
【0048】
植物ウイルスの接種を行ってから12日後に、穂木の上部の葉を回収し、「ELISA」法により、感染の有無を判定した。
【表3】


【0049】
既に述べたように、穂軸浸漬接種法によっても、擦り付け接種法と全く同様の100%の感染率が得られた。すなわち、穂軸浸漬接種法を採用することで、熟練を要さず、より簡便な操作で植物ウイルスの接種を行うことができる。しかも、植物ウイルス液は、綿棒中に吸収される部分や葉の表面に広がる部分がなくなり、穂軸の切断部に付着するだけであり、はるかに少量で良い。
【0050】
なお、表3中に合わせて示すように、穂軸浸漬接種法の場合、接ぎ木の活着率は、擦り付け接種法の場合よりも多少低くなった。これは、植物ウイルス液が多少は接ぎ木に悪影響を及ぼす可能性があることを示すと思われる。しかし、実施例1の場合と同様、植物ウイルス液の濃度等を最適化することにより、このような悪影響は回避可能と考えられる。
【0051】
<特記事項>:本発明は、文部科学省科学技術振興調整費・先導的研究等の推進「植物ワクチン開発とその利用システムの確立」における研究成果によるものである。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】トマト苗への、穂軸浸漬法による植物ウイルスの接種の様子について示す写真である。
【図2】キュウリ苗への、穂軸浸漬法による植物ウイルスの接種の様子について示す写真である。
【図3】従来一般的であった、研磨剤(カーボランダム)を用いた綿棒による擦り付け法により、キュウリ苗に植物ウイルスを接種する様子について示す写真である。
【符号の説明】
【0053】
1 穂木 2 植物ウイルス液 3 台木
【出願人】 【識別番号】390028130
【氏名又は名称】タキイ種苗株式会社
【識別番号】594003104
【氏名又は名称】株式会社テイエス植物研究所
【識別番号】591097702
【氏名又は名称】京都府
【出願日】 平成16年2月27日(2004.2.27)
【代理人】 【識別番号】100059225
【弁理士】
【氏名又は名称】蔦田 璋子

【識別番号】100076314
【弁理士】
【氏名又は名称】蔦田 正人

【識別番号】100112612
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 哲士

【識別番号】100112623
【弁理士】
【氏名又は名称】富田 克幸

【識別番号】100124707
【弁理士】
【氏名又は名称】夫 世進

【公開番号】 特開2005−237345(P2005−237345A)
【公開日】 平成17年9月8日(2005.9.8)
【出願番号】 特願2004−55282(P2004−55282)