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【発明の名称】 原子反射光学素子
【発明者】 【氏名】藤田 淳一

【氏名】清水 富士夫

【要約】 【課題】反射強度の強められた原子反射光学素子を提供すること。

【解決手段】原子波(ドブロイ波)の反射型光学素子である原子反射光学素子において、その反射率を上げるためには、反射表面の見かけの原子密度を少なくすればよい。例えば、多孔質表面構造や、極薄の薄膜を支持する構造、又は、反射回折格子の島状部(反射面)を狭くした構造などによって、反射表面の見かけ上の原子密度を少なくすることができる。このような構成を採用した原子反射光学素子によれば、強い原子波コヒーレント反射強度が得られる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】 入射される原子を反射するための反射部を有する原子反射光学素子において、前記反射部は、反射基部層と、該反射基部層の原子入射側に設けられた反射表面層とを備えており、前記反射表面層は、前記反射基部層よりも実効的に少ない原子密度を有することを特徴とする原子反射光学素子。
【請求項2】 前記原子密度を定義するための主たる方向は、原子の入射と反射の法線方向であることを特徴とする請求項1に記載の原子反射光学素子。
【請求項3】 入射される原子を反射するための反射部を有する原子反射光学素子において、前記反射部は、反射基部層と、該反射基部層の原子入射側に設けられた反射表面層とを備えており、前記反射表面層は、前記反射基部層よりも実効的に少ない分子密度を有することを特徴とする原子反射光学素子。
【請求項4】 前記分子密度を定義するための主たる方向は、原子の入射と反射の法線方向であることを特徴とする請求項3に記載の原子反射光学素子。
【請求項5】 前記反射表面層は、多孔質部を有することを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の原子反射光学素子。
【請求項6】 前記多孔質部における穴の大きさは、入射される原子のドブロイ波長の反射面に対する面垂直成分以下のサイズであることを特徴とする請求項5に記載の原子反射光学素子。
【請求項7】 前記反射表面層は多孔質シリコン膜からなり、前記反射基部層はシリコン層である、ことを特徴とする請求項5又は6に記載の原子反射光学素子。
【請求項8】 前記反射表面層は、薄膜が前記反射基部層上に支柱で支えられて維持された構造を備えることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の原子反射光学素子。
【請求項9】 前記薄膜はシリコン窒化膜であることを特徴とする請求項8に記載の原子反射光学素子。
【請求項10】 前記反射部は、前記反射表面層が前記反射基部層上に複数の島状部及び溝部を有するグレーティング構造を有することを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の原子反射光学素子。
【請求項11】 前記グレーティング構造は、そのグレーティング周期Lに対して各島状部の幅wが実質的にL/10000≦w≦L/2を満たすようにして構成されていることを特徴とする請求項10に記載の原子反射光学素子。
【請求項12】 前記グレーティング構造における溝部の深さは、前記島状部の表面と前記溝部の底面とからの原子反射の位相差が入射される原子のドブロイ波長以上となるようにして、選択されていることを特徴とする請求項10又は11に記載の原子反射光学素子。
【請求項13】 前記グレーティング構造は、一つのグレーティング周期内に複数の島状部が形成されてなるものであることを特徴とする請求項10乃至12のいずれかに記載の原子反射光学素子。
【請求項14】 前記反射表面層の島状部及び前記反射基部層はシリコンからなることを特徴とする請求項10乃至13のいずれかに記載の原子反射光学素子。
【請求項15】 前記反射部が曲面構造を有することを特徴とする請求項1乃至14のいずれかに記載の原子反射光学素子。
【請求項16】 請求項1乃至15のいずれかに記載の原子反射光学素子を反射ピクセルとして備えるホログラフィック原子反射光学素子。
【発明の詳細な説明】【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は原子光学素子に関し、特にコヒーレント原子を操作するための反射光学素子に関する。
【0002】
【従来の技術】近年、レーザー冷却技術が発展し、原子の波動性が実際に見えるようになってきた。レーザー冷却された極低温原子のドブロイ波長は、オングストロームオーダーであり、可視光の波長に迫るほど長い。そのため、レーザー冷却・トラップした極低温原子を線源として用いれば、原子をホログラフィックに操作することも可能となる。この種の原子線ホログラフィは、例えば、ネイチャー誌1996年Vol.380,No.6576、691〜694ページにおいても論じられており、究極の解像度と、原子を操作するレベルでの極微細加工技術への応用とにおいて期待されている。さらに、希釈原子のボーズ・アインシュタイン凝縮が実現し、原子レーザーも実証されるなど、原子ビームを用いた産業への応用技術も非常に重要となってきている。
【0003】また、このような冷却原子を用いることで、原子の共鳴を用いた原子時計や原子干渉計の精度も飛躍的に改良される。高精度の原子干渉計を用いた重力計によれば、地上や上空からのリモートセンシングで、油田や鉱床位置の高精度な場所を特定することが可能となる。さらには重力波の検出、万有引力Gの絶対測定なども可能となり、地球物理や宇宙物理などの基礎物理定数検証や物理理論の根本に遡った理論構築から、航空宇宙工学、量子演算コンピュータなどの次世代エレクトロニクスに亘る広範囲な分野での応用が期待される。
【0004】このようなコヒーレント原子を扱うための光学系におけるキーデバイスの一つとして、反射干渉素子がある。一般に、反射光学素子が、光学系の設計上、重要な機能要素であることはよく知られている。反射光学素子には、概略、受動的反射光学素子と能動的反射光学素子とがある。赤外光から可視光、紫外光などの光学系に利用される受動的反射光学素子としては、光回折格子、X線多層膜反射ミラー、凹面・凸面反射ミラーなどがあり、能動的反射光学素子としてはAOM(音響光学素子)などがある。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、キーデバイスたる反射干渉素子には、現実には解決しなくてはならない多くの問題があった。原子という粒子性の強い物体が反射面で反射する過程は、いわゆる剛体の非弾性散乱過程であり、そこではエネルギーのロスが生じ、コヒーレンスもなくなる。
【0006】本発明は、このような現状に鑑みて、反射時のエネルギーロスを抑える一方、コヒーレントな光を反射可能な反射光学素子を提供することを目的とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】本発明の発明者らは、上述した目的を達成するため研究を行い、ある条件のもとで、原子の波としての性質と位相が保持されたコヒーレント反射が起こることを見出した。更に、本発明の発明者らは、この知見に基づき研究を重ねた結果、原子波(ドブロイ波)のコヒーレント反射の条件で、かつ、その反射強度の強められた原子反射光学素子を得ることができた。
【0008】具体的には、本発明は、以下に掲げる原子反射光学素子を提供する。
【0009】本発明によれば、第1の原子反射光学素子として、入射される原子を反射するための反射部を有する原子反射光学素子において、前記反射部は、反射基部層と、該反射基部層の原子入射側に設けられた反射表面層とを備えており、前記反射表面層は、前記反射基部層よりも実効的に少ない原子密度を有することを特徴とする原子反射光学素子が得られる。
【0010】また、本発明によれば、第2の原子反射光学素子として、前記第1の原子反射光学素子において、前記原子密度を定義するための主たる方向は、原子の入射と反射の法線方向であることを特徴とする原子反射光学素子が得られる。
【0011】また、本発明によれば、第3の原子反射光学素子として、入射される原子を反射するための反射部を有する原子反射光学素子において、前記反射部は、反射基部層と、該反射基部層の原子入射側に設けられた反射表面層とを備えており、前記反射表面層は、前記反射基部層よりも実効的に少ない分子密度を有することを特徴とする原子反射光学素子が得られる。
【0012】また、本発明によれば、第4の原子反射光学素子として、前記第3の原子反射光学素子において、前記分子密度を定義するための主たる方向は、原子の入射と反射の法線方向であることを特徴とする原子反射光学素子が得られる。
【0013】また、本発明によれば、第5の原子反射光学素子として、前記第1乃至第4のいずれかに記載の原子反射光学素子において、前記反射表面層は、多孔質部を有することを特徴とする原子反射光学素子が得られる。
【0014】また、本発明によれば、第6の原子反射光学素子として、前記第5の原子反射光学素子において、前記多孔質部における穴の大きさは、入射される原子のドブロイ波長(原子波長:λ)の反射面に対する面垂直成分以下のサイズであることを特徴とする原子反射光学素子が得られる。
【0015】また、本発明によれば、第7の原子反射光学素子として、前記第5又は6の原子反射光学素子において、前記反射表面層は多孔質シリコン膜からなり、前記反射基部層はシリコン層である、ことを特徴とする原子反射光学素子が得られる。
【0016】また、本発明によれば、第8の原子反射光学素子として、前記第1乃至4のいずれかに記載の原子反射光学素子において、前記反射表面層は、薄膜が前記反射基部層上に支柱で支えられて維持された構造を備えることを特徴とする原子反射光学素子が得られる。
【0017】また、本発明によれば、第9の原子反射光学素子として、前記第8の原子反射光学素子において、前記薄膜はシリコン窒化膜であることを特徴とする原子反射光学素子が得られる。
【0018】また、本発明によれば、第10の原子反射光学素子として、前記第1乃至4のいずれかに記載の原子反射光学素子において、前記反射部は、前記反射表面層が前記反射基部層上に複数の島状部及び溝部を有するグレーティング構造を有することを特徴とする原子反射光学素子が得られる。
【0019】また、本発明によれば、第11の原子反射光学素子として、前記第10の原子反射光学素子において、前記グレーティング構造は、そのグレーティング周期Lに対して各島状部の幅wが実質的にL/10000≦w≦L/2を満たすようにして構成されていることを特徴とする原子反射光学素子が得られる。
【0020】また、本発明によれば、第12の原子反射光学素子として、前記第10又は第11の原子反射光学素子において、前記グレーティング構造における溝部の深さは、前記島状部の表面と前記溝部の底面とからの原子反射の位相差が入射される原子のドブロイ波長以上となるようにして、選択されていることを特徴とする原子反射光学素子が得られる。
【0021】また、本発明によれば、第13の原子反射光学素子として、前記第1乃至124のいずれかの原子反射光学素子において、前記グレーティング構造は、一つのグレーティング周期内に複数の島状部が形成されてなるものであることを特徴とする原子反射光学素子が得られる。
【0022】また、本発明によれば、第14の原子反射光学素子として、前記第1乃至134のいずれかの原子反射光学素子において、前記反射表面層の島状部及び前記反射基部層はシリコンからなることを特徴とする原子反射光学素子が得られる。
【0023】また、本発明によれば、第15の原子反射光学素子として、前記第1乃至144のいずれかの原子反射光学素子において、前記反射部が曲面構造を有することを特徴とする原子反射光学素子が得られる。
【0024】更に、本発明によれば、ホログラフィック原子反射光学素子として、前記第1乃至第15のいずれかの原子反射光学素子を反射ピクセルとして備えるホログラフィック原子反射光学素子が得られる。
【0025】このような構造を有することにより、原子反射光学素子の反射表面においては、原子波長程度の深さ部位で、原子波にとってインピーダンスミスマッチ、あるいは屈折率の段差が増大させられることとなる。そのため、本発明による原子反射光学素子は、従来のものより強い原子コヒーレント反射強度を有することとなる。
【0026】
【発明の実施の形態】本発明の実施の形態による原子反射光学素子について図面を用いた具体的な説明を行う前に、まず、本発明の原理及び概念について説明する。
【0027】原子は、固体表面に近づくと、通常、ファン・デア・ワールス力による引力を受け、固体表面に衝突後、その固体表面に吸着されるか、もしくは散乱される。ところが、極低温にレーザー冷却された原子では、C/rで寄与するファン・デア・ワールス力によるポテンシャルは十分に急峻であり、この急峻なポテンシャル変化は原子波に対するインピーダンス不整合を起こして、原子波は固体表面で衝突・散乱される前に反射する。すなわち、固体表面で原子の量子反射が起こる。この固体表面での反射が起こる原子の速度は、表面垂直方向の速度で数ミリから数十ミリ/秒程度である。ボーズ凝縮を起こした原子集団の速度がこのオーダーをとるため、このような原子集団のコヒーレント原子反射光学素子として固体を用いることが可能である。さらに、サーマルな原子(熱励起されている原子)であっても、入射角度の浅い場合の全反射を考え、その速度を2m/secと仮定すると(重力落下を仮定すると約40cm程度の落下に相当)、入射角度にして数十ミリラジアンのオーダーで全反射が起こることに相当する。このような量子反射は理論的に予測されており(C. Henkel, C. I. Westbrook, A. AspectQuantum reflection: atomic matter wave optics in an attractive exponential potential J. Opt. Soc. Am.B 13, 233-243 (1996))、超流動ヘリウム表面で観測されている。
【0028】原子波の反射はインピーダンスミスマッチ、あるいは屈折率の段差による反射であるから、この段差の大きさで反射率が決まる。段差が一番大きくなる位置(固体表面からの距離)は、原子の法線速度や反射係数Cの大きさで変わる。反射率を決めるには、段差が最大になる位置での段差の大きさを求める必要がある。
【0029】この段差の最大値を概算すると、ほぼC−1/2に比例する。反射係数Cが固体を構成する原子(あるいは分子)の密度に比例するから、表面から数ミクロンの位置までの部分を、密度の極めて小さい固体で構成すれば、非常に反射率の高い鏡を形成することができる。
【0030】このような原理に基づく原子反射鏡を実現するためには、原子が入射される側となる反射表面層を、例えば、多孔質(ポーラス)材料で構成することとすれば良い。多孔質材における穴の大きさは、原子波の波長程度以下であればよい。詳しくは、ボーズ・アインシュタイン・凝縮(BEC)した原子の原子波は、数ミクロンメートルの波長であるから、数百ナノメートルのポーラスな材料、例えば表面をポーラスシリコンに加工したSi板や、ランダムもしくは周期的な配置で微小穴を形成したSi基板などが、原子反射鏡(具体的には、反射部の反射表面層)として機能する。
【0031】さらに、きわめて薄い薄膜、例えば炭化珪素(シリコンカーバイト)や窒化珪素の膜を適当な支柱で支え、それを反射表面層として、原子反射光学素子を構成することも可能である。
【0032】また、上述した原子反射光学素子の設計指針は反射型回折格子にも適用できる。原子が浅い入射角で均一な固体表面及びグレーティングに入射する状態を考える。幾何学的にはグレーティングの溝部の底には原子が当たらないので、フラットな固体表面よりも回折格子の方が反射率が低いとも考えらる。しかし、もし入射角度が浅く原子が平均的な表面を見ているとすると結論は異なると予測される。つまり、回折格子で溝部の幅と島状部(反射面)の幅(山幅)が等しいとき、かつ溝部が十分深くて溝部の底面からのポテンシャルを感じないとすると、均一面からの鏡面反射と比べて実効的なポテンシャル係数Cが半分になったことになり、反射率があがる。同様に、山の幅がグレーティングピッチの1/9ならば、平均密度が1/9となるので、反射率はほぼ3倍となる。
【0033】このことから明らかなように、反射部における反射表面層と反射基部層とを同一の材質(例えば、Si)で構成した反射回折格子において、島状部(反射面)の幅を細くすると、反射率を上げることができる。即ち、島状部(反射面)の面積(反射方向の単位面積)を減らすことにより、実効的な反射係数Cを少なくし、高い反射ピーク強度を得ることができる。
【0034】但し、コヒーレント原子反射を考えると、島状部の幅wがグレーティング周期Lの1/10000より小さくならないことが望ましい。島状部の幅wがL/10000より小さいということは原子波波長とほぼ同じオーダーであるということであり、コヒーレント反射が起こらなくなるからである。また、溝部の深さは、島状部(反射面)と溝部の底面とからの反射の位相差が1λ以上となるように、選択されていることが望ましい。溝部の深さは原子反射面に対して入射原子がCasimir力を感じない程度にする必要がある。更に、溝部の底面からと島状部(反射面)からの反射原子の位相差が少なくとも2π以上となるように、溝部の深さが選択されていることが望ましい。
【0035】また、次のような変形も可能である。上述したように、原理的には、反射を起こしているポテンシャル−C/rの実効的なCを小さくすればよい。この観点からすれば、グレーティングの1周期内の反射面幅を単純に小さくする方法や、面積を小さくするとともにいくつかの小片に分割する方法などが考えられる。また、この原理は、グレーティングに限らず、例えば原子反射ホログラムを構成する反射ピクセルの形状などについても、同様に適用可能である。この場合、ホログラムの反射強度を上げるために、周期的配列をなすピクセルに対してピクセルの反射方向のサイズを小さくしたり、ピクセルを複数の矩形に分割縮小したりして、実効的な反射係数Cを小さくすることとすれば良い。但し、入射原子からみて島状部(反射面)を小さくしすぎると、平均的な反射面とみなし得なくなり、反射強度が低下する。このような反射強度低下を防止するためには、個々の島状部の幅(反射面幅)は小さくしつつも、一群の島状部を平均的な反射面とみなし得る程度に配列することとすれば良い。
【0036】なお、上述した原子反射光学素子の表面は、平面に限られず、曲面であっても良い。すなわち、原子反射光学素子表面を、曲率を持った凹面もしくは凸面とすることもできる。
【0037】更に、上述した原子反射光学素子の概念は、ホログラフィック原子反射光学素子にも適用可能である。具体的には、ホログラフィック原子反射光学素子(反射形ホログラムにおける反射ピクセルを分割し、各ピクセル表面の実効的な原子密度を低くすることとすれば良い。原子密度を低くするための手法は、上述した原子反射光学素子におけるものが適用可能である。このような構成とすることにより、原子反射ホログラムの輝度を高めることが可能である。
【0038】(第1の実施の形態)本発明の第1の実施の形態による原子反射光学素子は、図1に示された断面構造の反射部10を備えている。反射部10は、反射基部層11と、反射基部層11の原子入射側に設けられた反射表面層12とを備えている。前述したように、原子波の入射する面、すなわち反射表面層12の平均的な原子密度を従来よりも低くすることで高い反射率を得ることができる。この反射面における平均的原子密度の低レベル化を達成するために、本実施の形態による原子反射光学素子においては、反射表面層12を多孔質材としている。
【0039】ここで、多孔質層の表面は、必ずしも原子レベルで平坦である必要はなく、反射させようとする原子波の波長、ドブロイ波長レベル程度での平坦性があればよい。
【0040】本実施の形態による効果を確認するために、原子反射光学素子の反射部(基板)としてSi基板を用い、その表面を処理して、表面に多孔質層(反射表面層12)を形成した。即ち、本実施の形態においては、反射部10の材料たるSi基板のうち、多孔質化されなかった部分が反射基部層11である。表面処理に関して、具体的には、沸酸とエタノールの混合溶液中で白金を対向電極とした陽極酸化を行った。これにより、約10ミクロンの厚みを有する多孔質層を得た。このようにして形成された原子反射光学素子を用いると、ボーズ・アインシュタイン凝縮(BEC)したRb原子を量子反射させることができた。フォトン圧で押しだしたRb原子は、約3mm/secの速度でほぼ垂直に反射面に入射し、約50%の反射率を得た。
【0041】(第2の実施の形態)本発明の第2の実施の形態による原子反射光学素子は、反射表面の構造として、極めて薄い膜、たとえばシリコンカーバイド(SiC)薄膜や窒化珪素(Si)薄膜を用いたものである。この場合、このような極薄の薄膜を大面積で保持することは難しいことから、適当な位置に薄膜保持のための支柱を設けることとしても良い。
【0042】このような原子反射光学素子の例は、図2に示される。反射部20を構成するのは、反射光学素子の基板の一部であり、その一部分が図2右の円内に拡大して描かれている。拡大図を参照すると、反射表面層22は、極薄膜が反射基部層21上に支柱で維持された構造を備えている。具体的には、図2に示された例では、Si基板上にCVDで厚さ100nmのSiN膜を形成し、その後、Si基板の背面からSiをバックエッチングして得られたメンブレンを用いている。また、図示された例においては、100ミクロンピッチで幅10ミクロンの支柱が設けられている。この極薄の薄膜による反射率を測定した結果、極低温のボーズ・アインシュタイン・凝縮(BEC)したRb原子波に対する反射率として、第1の実施の形態による原子反射光学素子(ポーラスシリコンを採用したもの)と同程度の反射率を得ることができた。
【0043】(第3の実施の形態)本発明の第3の実施の形態による原子反射光学素子は、本発明の概念を反射型グレーティングに適用した例である。
【0044】図3を参照すると、第3の実施の形態による原子反射光学素子の反射部30は、反射基部層31の表面に複数の島状部(反射面)及び溝部からなる反射表面層32を有するグレーティング構造を備えている。グレーティングからの反射は、ある臨界角度までは全反射による反射であるが、臨界角以上では、ドブロイ波長をλとするとsinθ=nλ/Lで与えられる角度θに反射がおこる。このようなグレーティングに対する原子波の反射強度も、本発明の基本原理である反射面での原子密度に依存する。つまり、反射表面層32における島状部(反射面)の幅と溝部の幅との比が1:1のグレーティングよりも、図4に示されるように、溝部の幅の割合が大きいグレーティング構造の方が、平均的な表面の原子密度が低くなり、反射強度が強くなる。島状部の幅と溝部の幅との比を1:1としたグレーティング構造と比して、島状部の幅と溝部の幅の比を1:9としたグレーティング構造とすれば約3倍の反射強度が得られ、島状部の幅と溝部の幅の比を1:100にすると約10倍の反射強度が得られる。
【0045】このような知見に基づき反射率を測定した結果を図5に示す。図5に示されるグラフは、原子として約50μKのNe原子を用い、自由落下の条件で測定した時の原子反射強度を示している。なお、図示されたグラフの横軸は反射面垂直方向の速度であり、この場合、原子の入射角度θは、tanθ=(法線方向の速度(横軸))/(反射面平行方向の速度)で与えられる。図示されたグラフにおいて、四角でプロットした結果は、平坦な鏡面をもつSi基板からの反射に関するものであり、逆三角でプロットした結果は、島状部の幅wをグレーティング周期(基本ピッチ)Lの1/2としたグレーティング構造(即ち、島状部の幅と溝部の幅の比が1:1であるグレーティング構造)を有する場合の反射強度である。また、丸でプロットした結果は、島状部の幅wをグレーティング周期(基本ピッチ)Lの1/9としたグレーティング構造を有する場合の反射強度であり、菱形でプロットした結果は、島状部の幅wをグレーティング周期(基本ピッチ)Lの1/100としたグレーティング構造を有する場合の反射強度である。図示されたグラフから明らかなように、グレーティング構造を有する反射部からの反射の強度は、w/L=1/2である場合と比較して、w/L=1/9の場合で約3倍、w/L=1/100の場合で約10倍となっている。
【0046】このようなグレーティング構造を有する場合、入射原子のドブロイ波からみて、反射面となる面が平均的に見える必要がある。すなわち、反射面法線方向の速度成分に対応するドブロイ波長とグレーティング周期は、同程度である必要がある。このような条件を満たさない反射角度に対応させるためには、たとえば図6に示されるように、一つのグレーティング周期内に複数の島状部を形成することとすれば良い。この場合、一のグレーティング周期に属する複数の島状部間のピッチ(すなわち、島状部の幅wと第2の溝部の幅との和)は、グレーティングの基本ピッチ(L)より小さなピッチである。
【0047】以上、第1乃至第3の実施の形態を用いて説明したように、原子反射光学素子の見かけ上の表面原子密度が少なくなるように設計すれば、原子波(ドブロイ波)の反射強度を上げることができる。
【0048】なお、第1乃至第3の実施の形態を用いて上述した本発明の概念は、凹面や凸面のミラーを構成する上でも有効である。例えば、図7は、反射基部層41上に曲面構造を持つようにして反射表面層42が形成されてなる反射部40を有する原子反射光学素子であり、具体的には、第1の実施の形態の応用として、凹面に多孔質面を形成した集光ミラーの例を示すものである。また、図8は、反射基部層51上に曲面状の反射表面として動作する反射表面層51を形成してなる反射部50を有する原子反射光学素子であり、具体的には、第3の実施の形態の応用として、グレーティングと曲面反射面とを組み合わせたシリンドリカルミラーの例を示すものである。両者とも、単純な従来の光学反射ミラーと比較して、強い反射強度を得ることができた。
【0049】更に、上述した本発明の概念は、例えば、図9に示すような反射型原子線ホログラムにも適用することができる。具体的には、計算機シミュレーションで設計された反射型ホログラムの反射面を形成する画素(ピクセル)に対して、そのホログラムの基本周期よりも短い周期で、反射面を分割形成する。このようにして分割縮小されたピクセルの表面の見かけ上の原子密度は小さくなっており、強い反射強度を得ることができる。
【0050】なお、上述した実施の形態においては、原子反射光学素子の反射部として原子密度に着目し説明してきたが、反射部をモレキュラーウェイトの小さい分子で構成し、その反射表面層を反射基部層よりも実効的に少ない分子密度となるように構成することとしても良い。なお、分子密度を少なくするためには、上述した種々の手法を適用することができる。
【0051】
【発明の効果】以上説明したように、本発明によれば、原子ビームの量子反射を利用した原子反射光学素子において、反射表面の実効的な原子密度を少なくすることにより、強い原子コヒーレント反射強度を得ることができる。
【出願人】 【識別番号】000004237
【氏名又は名称】日本電気株式会社
【識別番号】396020800
【氏名又は名称】科学技術振興事業団
【出願日】 平成13年3月30日(2001.3.30)
【代理人】 【識別番号】100071272
【弁理士】
【氏名又は名称】後藤 洋介 (外2名)
【公開番号】 特開2002−296394(P2002−296394A)
【公開日】 平成14年10月9日(2002.10.9)
【出願番号】 特願2001−100825(P2001−100825)