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【発明の名称】 可変容量ポンプ又は可変速モータ
【発明者】 【氏名】山本 浩

【氏名】徳永 裕之

【要約】 【課題】斜板を支えるボールに所要の硬度を与えると共に、潤滑作用を良好に維持することができ、ボールの受面を構成する相手方部材の耐久性をも向上させることを可能にし、廉価で且つ簡単な構造で振動や騒音を低減可能にした斜板式可変容量ポンプ又は可変速モータを提供する。

【解決手段】支持部材12の母材は一般的な炭素鋼からなり、同母材の表面にHV2,000〜4,000の高硬度で且つ低摩擦係数をもつ炭化物又は炭窒化物からる薄膜で被覆する。この場合、前記斜板10の相手方ボール受面の硬度をHV700以上とすることが好ましい。前記ボール12に過大な集中荷重が加わり、前記斜板10の傾転に追随して微小な回転や滑り等が生じても、前記ボール受面との間の潤滑作用を保持する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】 ハウジング内に回転自在に取付けられたシャフトと、同シャフトと共に回転するシリンダブロックと、同シリンダブロック内に前記シャフトの軸方向と同一方向に往復動自在に配された複数のピストンと、前記シャフトに対する傾斜角が調整可能に前記ハウジング内に設けられ、複数の前記ピストンの先端部を摺接自在に支持する斜板と、同斜板を支える支持部材と、を備えてなり、同支持部材は0.3%以上の鋼材または浸炭処理された鋼材から構成され、同鋼材の表面が炭化物又は炭窒化物により被覆されてなることを特徴とする可変容量ポンプ又は可変速モータ。
【請求項2】 前記斜板の支持部材受面の表面硬度がHV700以上を有してなる請求項1記載の可変容量ポンプ又は可変速モータ。
【発明の詳細な説明】【0001】
【産業上の技術分野】本発明は斜板の傾斜角度に応じてピストンのストロークを変化させることにより流体の吐出し量を制御する可変容量ポンプ又は流体の押退け容積を制御する可変速モータに係わり、特に、斜板を支持する支持部材の耐磨耗性及び潤滑性を長期間にわたって保持できる可変容量ポンプ又は可変速モータに関する。
【0002】
【従来の技術】一般に広く知られている斜板式の可変容量ポンプの構造は、ハウジング内にシャフトと一体に回転するシリンダブロックが配されており、同シリンダブロックの回転軸の周囲に配され、前記シャフトの軸線と平行に順次往復動するピストンの頭部が、前記シャフトの回転と共に、前記ハウジング内に固定された斜板上を移動する。前記シャフトに対する斜板の傾斜角を調整することにより吐出し量が調整される。斜板式の可変速モータも構造は同じであり、その作動が逆になるだけであって、シャフトに対する斜板の傾斜角を調整することにより押退け容積を調整する。
【0003】この種のポンプ又はモータにあっては、高炭素クロム軸受鋼(SUJ2等)からなる2個のボール又は円筒コロ(以下、ボールという。)が前記斜板を支持する支持部材として使用されている。即ち、従来のこの種のポンプ又はモータは2個の前記金属製ボールの中心を結ぶ直線に関して前記斜板を傾転させることにより、流体の前記吐出量又は前記押退け容積を制御している。
【0004】この金属製ボールは前記斜板のシリンダブロックとは反対側の背面と前記ハウジングの内面との各受面間に介装され、前記シリンダブロックの回転軸線に直交する直線上に所定の間隔をおいて配されている。一般に、従来のポンプやモータの前記斜板は、順次往復動する複数の前記ピストンの押圧等による荷重を受ける。このため、同斜板の支持部材として使用される2個の金属製ボールと前記斜板の裏面及び前記ハウジングの内面の各ボール受面とに過大な集中荷重が作用することになる。
【0005】例えば、特許第2915559号公報によれば、軸受鋼からなる金属製ボールの受面の焼付きを防止すべく前記受面に銅合金や真鍮系の軟質材を使用すると、前述のごとき過大な集中荷重を受ける高い面圧下では、金属製ボールの傷発生、異常磨耗、異常振動及び短期のポンプ破壊を招くとして、前記金属製ボールに代えて緻密な酸化アルミニウム(アルミナ)からなるボールを斜板の支持部材として採用している。
【0006】前記特許公報に開示された可変容量ポンプによれば、前記ピストン及び同ピストンの先端部に設けられたシュー(頭部)間の面圧よりもはるかに面圧の高い前記斜板の裏面と前記ハウジングの内面との間の前記ボール収容穴内に前記ボールを使用しても、同ボールは硬度が極めて高いため、高い面圧下での磨耗がなく充分実用に供することができると共に、構造が簡単で部品点数が少なく、製作容易且つ安価であり、しかも小さいスペースしか要しないという利点を有するとしている。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】前述の特許第2915559号公報に開示された可変容量ポンプにあっては、ピストン先端部に固着された複数の上記シューと斜板との間に作用する個々の面圧の総和である面圧が、斜板の上記シリンダブロックとは反対側の背面と上記ハウジングの内面との間の各受面に加わり、その各受面の間に配されたアルミナ製ボールには、相変わらず過大な集中荷重が加わり、前記斜板の傾転に追随して前記各受面で微小な回転や滑り等が生じる。
【0008】このため、一般的な斜板式の可変容量ポンプの構造では、前記アルミナ製ボールと、前記斜板の裏面及び前記ハウジングの内面の各受面との間に潤滑油を導入して、その潤滑を図ることにより、前記アルミナ製ボール、前記斜板及び前記ハウジングの損傷や焼付き等を防止している。この潤滑油の導入機構としては、例えばシリンダブロックの回転により吐出される高圧の作動油の一部が前記シューに設けられた連通孔から前記斜板に形成された小孔を経て前記ボールに潤滑油として導入されるようにされている。
【0009】しかして、上記特許公報に開示された可変容量ポンプにあっては、前記アルミナ製ボールの表面と前記斜板及び前記ハウジングの各受面との間の相対的な滑り速度は極めて遅い。前記ボールの表面と前記各受面との間の滑り速度が速い場合には、上述したごとき潤滑機構により新しい作動油が潤滑油として前記ボールに付与されると、同潤滑油が前記ボールの全面を被覆して付着状態を作り出すことができるが、既述したごとく前記ボールの表面と前記各受面との間の相対的な滑り速度が遅く、前記ボールがほぼ静止したような状態を保つようになり、導入された潤滑油は前記ボールの全面に付着した状態を維持することができず、特にその接触面に油膜切れの現象が発生しやすい。このとき、上述のように前記アルミナ製ボールは磨耗、擦過による損傷や焼付きが生じることはないが、前記斜板と前記ハウジングの各受面には磨耗や擦過傷等が相変わらず引き起こされやすくなり、そこで発生する磨耗粉がボールと斜板と前記ハウジングの各受面との間に侵入する。
【0010】また、上述のように前記アルミナ製ボールが高い負荷圧の下で低い滑り速度の微小な回転や滑り等を生じるような環境条件下においては、前記アルミナ製ボールと前記斜板の裏面及び前記ハウジングの内面の各受面との間に高圧が作用すると、硬質のアルミナ製ボール自体には損傷は生じにくいが、前記斜板の裏面及び前記ハウジングの内面の各受面が高圧に耐えられず磨耗する。このため、油膜切れ等が発生すると振動や騒音を生じるようになり、可変容量ポンプの性能を著しく低下させることになる。
【0011】このような課題を解消するために、本発明者達は、先に前記ボールを多孔質セラミックスで形成した可変容量ポンプ及び可変速モータ(特願平11−329420号)を開発した。この多孔質セラミックス製ボールの表面の気孔は油溜まりとしての機能を有しており、同ボールに油膜保持性や自己潤滑性を付与することができるため、前記ボールの表面に開口する複数の気孔内に潤滑剤を含浸保持させることができ、常に前記ボールの表面上に連続した油膜を形成することができると共に、同ボールの潤滑特性を良好に維持することができるという利点を有している。しかして、支持部材として使用される従来の上記金属製ボールに比して製造設備費及び製造コスト等が増加するという経済的な課題が残っている。
【0012】本発明は、かかる従来の課題を解消すべくなされたものであり、その具体的な目的は、斜板を支えるボールに所要の硬度を与えると共に、潤滑作用を良好に維持することができ、前記ボールの受面を構成する相手方部材の耐久性をも向上させることを可能にし、同時に製造設備費及び製造コスト等に負担がかからない廉価で且つ簡単な構造で振動や騒音を低減可能にした可変容量ポンプ又は可変速モータを提供することにある。
【0013】
【課題を解決するための手段及び作用効果】上記課題を解決するため、本件請求項1に係る発明にあっては、ハウジング内に回転自在に取付けられたシャフトと、同シャフトと共に回転するシリンダブロックと、同シリンダブロック内に前記シャフトの軸方向と同一方向に往復動自在に配された複数のピストンと、前記シャフトに対する傾斜角が調整可能に前記ハウジング内に設けられ、複数の前記ピストンの先端部を摺接自在に支持する斜板と、同斜板を支える支持部材とを備えてなり、同支持部材は鋼材から構成され、同鋼材の表面が炭化物又は炭窒化物により被覆されてなることを特徴とする可変容量ポンプ又は可変速モータを主要な構成としている。
【0014】ここで、本発明における可変容量ポンプは、例えば入力軸として回転自在なシャフトに固着されたシリンダブロックがハウジング内に配されており、同シリンダブロック内に前記シャフトの軸方向と同一方向に往復動自在に配された複数のピストンが、前記シャフトに対する傾斜角を調整可能に前記ハウジング内に固定された斜板の傾斜角度に応じてストロークを変化することにより吸込み及び吐出しのポンプ作用を行う斜板式ピストンポンプを挙げることができる。
【0015】また、本発明の可変速モータとしては、前記ポンプと同形式の斜板式ピストンモータがある。この斜板式ピストンモータは、前記シリンダブロック内を往復動するピストンが前記斜板を押圧する力により、同シリンダブロックを介して前記シャフトにトルクを与え、モータ作用を行う。前記モータは油圧、油流量が一定であれば、斜板の傾斜角度を大きくすると、大きいトルクで低速回転し、傾斜角度を小さくすると、トルクが小さくなり高速回転する。
【0016】この発明によれば、前記斜板を支える支持部材であるボールは、球状、円筒状又は円柱状をなす炭素鋼等を母材とした表面に、従来の上記アルミナ製ボールの硬度と比較して表面硬度が極めて高く且つ摩擦係数が小さい炭化物又は炭窒化物からなる均一な膜厚の被覆層を形成している。この被覆層は、従来から広く知られた周知の成膜処理方法によって容易に形成することができる。また、炭化物又は炭窒化物からなる前記被覆層は上記アルミナ製ボールに比して磨耗量も少ない。前記ボールの表面と各ボール受面に発生する磨耗や焼付き等を効果的に阻止することができる。
【0017】このように、前記被覆層の耐磨耗性と相手方部材に対する低い攻撃性により前記ボールと前記各ボール受面の高耐久性を得ることができるようになり、しかも従来のアルミナ製ボールと比較しても製造設備費及び製造コスト等を低減させることができる。また、簡単な構造で振動や騒音を起こすこともなく、可変容量ポンプ又は可変速モータの品質性能を長期間にわたって確保することができるものである。
【0018】既述したような作用効果を顕著に現出するには、前記ボールの母材の材質や上記被覆層の膜厚寸法を適宜に選択することが有効である。即ち、本発明の対象とするボールの母材には一般的な炭化物被覆処理、浸炭窒化処理又は浸炭焼き入れ処理を施した鋼材が有効に適用され、例えば浸炭鋼、炭素鋼や炭窒化鋼等が効果的に採用できる。前記ボールの母材の材質として、少なくとも約0.3%以上の炭素を含有する鋼材を用いることが、ボールの成膜処理時に前記母材から炭素を析出、拡散できるがため特に有効である。炭素の含有量が0.3%よりも少ない場合は前記ボールの表面に所望の成膜を生成することができない。
【0019】本発明におけるボールの成膜材料である炭化物又は炭窒化物の表面硬度はビッカース硬さで約HV2,000〜4,000程度であり、従来の上記アルミナ製ボールのビッカース硬度がHV1,600であることから、非常に高い硬度をもつ。
【0020】前記ボールの母材に対する成膜材料としては、好ましくはIV−Bチタン族、V−Bバナジウム族、VI−Bクロム族の特定の遷移金属から選ばれた1つの元素を含有する炭化物系又は炭窒化物系の化合物が望ましい。具体的には、前記ボールの母材に被覆される炭化物層として、炭化チタン(TiC)、炭化バナジウム(VC)や炭化タングステン(WC)などが挙げられ、炭窒化物層としては炭窒化チタン(TiCN)などが挙げられる。このような炭化物又は炭窒化物は難焼結性物質であり、従来の上記アルミナ製ボールよりも高い強度と強い靱性を与え、前記ボールに高品質の表面が得られる。
【0021】本発明の被覆層の膜厚寸法は約0.1〜20μmであることが好ましい。同被覆層の膜厚が0.1μm以下であると摩擦損傷等を充分に阻止できず、同膜厚が20μm以上である場合には成膜生成時間がかかりすぎるため、実施化には馴染まない。
【0022】また、この発明にあっては、前記ボールの母材中に含有する炭素を使って、同母材中の炭素と、例えば成膜材料である四塩化チタン(TiCl4 )中のチタンとを反応させて従来周知の成膜処理を実施することにより、前記ボールの表面に平滑で且つ均等な膜厚寸法をなす炭化物又は炭窒化物を被覆層として安定して形成することができる。
【0023】更に、この発明によれば、例えば、一般的な成膜処理により前記ボールの表面に前記炭化物層又は炭窒化物層を形成したのち、さらに焼き入れ焼き戻し処理を実施することにより、更に一層高い強度と強い靱性が付与できる。本発明における炭化物層又は炭窒化物層を形成したのち、更に焼き入れ焼き戻し処理を実施することにより難焼結性物質である炭化物層又は炭窒化物層の物性に変化を与えることなく、前記ボールの母材の材質の強度や強靱性などを増大させることができると共に、前記ボールの品質を更に一層良好に確保することができる。
【0024】上記請求項1の作用効果を更に顕著に現出するためには、前記ボールの支持面に対する斜板の裏面であるボール受面の表面硬度を選択することが肝要である。これを受けて、請求項2に係る発明は、前記斜板のボール受面の表面硬度がHV700以上を有していることを規定している。
【0025】上記ピストンの先端部を摺接自在に支持する斜板は、上記ボールの表面硬化処理と同様に、従来から広く知られた炭化物被覆処理、浸炭窒化処理又は浸炭焼き入れ処理を施した一般的な軸受鋼を有効に採用できる。前記斜板のボール受面の表面硬度がHV700よりも小さい場合は、前記ボールが前記斜板の傾転に追随して前記斜板及び前記ハウジングの各ボール受面で微小な回転や滑り等が生じる条件下で磨耗が大きくなり、あまり実用的ではない。
【0026】この発明によれば、前記斜板のボール受面の表面硬度がHV700以上を有しているため、同斜板のボール受面の変形、損傷、焼付き等を防止することができる。その結果、前記ボールが高面圧下で回転する環境条件下で前記ボールと前記各ボール受面との間に局部的な油膜切れや油膜不足が一時的に発生しても、異常磨耗や擦過傷等を未然に防止することができる。
【0027】
【発明の実施の形態】以下、本発明の好適な実施の形態を添付図面に基づいて具体的に説明する。本発明は、図1及び図2に示された可変容量ポンプに適用される。また、本実施形態では可変容量ポンプを例に挙げて説明するが、本発明はこれに限定されるものではなく、例えば可変速モータにも適用される。このモータは可変容量ポンプの構造と同じであり、その作動が逆になるだけであるため、以下の実施形態にあっては、可変容量ポンプについて詳細に説明する。
【0028】図1は本発明の代表的な実施形態である可変容量ポンプを概略的に示す概略断面図であり、図2は図1のA−A線矢視断面図である。これらの図において、符号1は斜板式ピストンポンプであり、可変容量形の一例を示している。本実施形態におけるポンプ1のハウジング2の内部にはベアリング3を介して入力軸としてのシャフト4が回転自在に軸支されており、同シャフト4と共に回転自在にシリンダブロック5が装備されている。同シリンダブロック5には複数のシリンダ室6,6…,6が同心円上に設けられ、同シリンダ室6にはピストン7が前記シャフト4の軸方向と同一方向に摺動自在に配されている。
【0029】同シリンダ室6には高圧の作動油を吸込み及び吐出する開口穴8が穿設されており、同開口穴8から吸込み及び吐出される高圧の作動油により前記ピストン7は前記シャフト4の軸方向と同一方向に往復動されるようになっている。前記ピストン7の頭部に設けられたシュー9の摺接面を摺接自在に支持する斜板10は前記シャフト4に対する傾斜角を調整可能に前記ハウジング2の内部に備えられている。前記シリンダブロック5に介装されたスプリング11と前記シリンダ室6内の作動油とにより生じた前記ピストン7の先端部方向の推力は前記シュー9を介して前記斜板10に支持されるようになっている。
【0030】前記斜板10は一般的な炭素鋼からなり、球状、円筒状又は円柱状をなす支持部材12を介して前記ハウジング2の内面に支持されている。ここで、以下の説明にあって、前記支持部材12をボール12という。前記斜板10の前記シリンダブロック5とは反対側の背面には、同シリンダブロック5の回転軸と直交する一直線上に所定の間隔をおいて2個のボール収容孔13,13がそれぞれ穿設されている。これに対して前記ハウジング2の内面には前記斜板10の裏面側の前記ボール収容孔13,13に相対応する部位にボール収容孔14,14がそれぞれ設けられている。
【0031】いま、前記シャフト4と共に前記シリンダブロック5が回転すると、前記斜板10の傾斜角に応じて前記ピストン7を前記シリンダ室6内に往復動させて吸込み及び吐出のポンプ作用が行われる。前記斜板10は、例えば傾斜角を調整する図示を省略した傾斜角調整部材により作動され、ポンプ吐出量は前記斜板10を傾動させることにより可変される。
【0032】以上のごとく構成された斜板式ピストンポンプ1は上記特許公報に開示されたポンプと実質的に変わるところがないため、ここではその詳しい説明は省略し、本発明の特徴部をなす支持部材であるボール12の構造について以下に具体的に説明する。
【0033】前記ボール12に目的とする所要の硬度を与えて潤滑作用を良好に維持し、同時に製造設備費及び製造コストに負担がかからない廉価で且つ簡単な構造で振動や騒音を低減可能にするため、本発明の最も特徴とする構成は、前記斜板10を支えるボール12の材質とその構造にある。
【0034】図3は本発明の斜板式ピストンポンプに適用される支持部材であるボールの拡大断面を示している。同図において、本発明のボール12の母材12’は、前記斜板10やハウジング2と同様に一般的な鋼材からなり、その母材12’の表面に従来のアルミナ製ボールの硬度に比較して極めて表面硬度が高く且つ摩擦係数が小さい炭化物又は炭窒化物からなる均一な膜厚の本発明の特徴部をなす被覆層15を形成している。同被覆層15は従来から広く知られた周知の成膜処理方法により容易に形成できる。
【0035】本実施形態にあっては、径が約1インチのボールが2個採用される。本実施形態のボール12には1個当たり約3,000Kgの荷重が作用する。ボール表面の面圧は約60MPaに達してボール12の表面と前記斜板10及びハウジング2の各ボール収容孔13,14との間の滑り速度は約22mm/秒である。本発明にあって、滑り速度とは前記ボール12と各ボール収容孔13,14の各受面との間の相対滑り速度をいう。
【0036】前記ボール12の母材12’の材質は、好ましくは、少なくとも約0.3%以上の炭素を含有した鋼材が望ましい。この母材12’は炭化物被覆処理、浸炭窒化処理又は浸炭焼き入れ処理を施した鋼材、例えば浸炭鋼、炭素鋼や炭窒化鋼等が特に有効である。前記母材12’が、少なくとも約0.3%以上の炭素を含有する場合には、上記被覆層15の成膜処理時に前記母材12’から析出する炭素を効果的に利用できるため特に有効である。炭素の含有量が0.3%よりも少ない場合には前記母材12’に所望の成膜を形成することができないため、浸炭処理により前記母材12’の表面が少なくとも約0.3%以上の炭素を含有するようにしても有効である。
【0037】一方、前記ボール12に対する成膜材料としては、特に好ましくはIV−Bチタン族、V−Bバナジウム族、及びVI−Bクロム族の特定の遷移金属から選ばれた1つの元素を含有する炭化物系又は炭窒化物系の化合物からなる。本発明にあって、IV−Bチタン族として炭化チタン(TiC)、V−Bバナジウム族として炭化バナジウム(VC)、VI−Bクロム族として炭化タングステン(WC)等の炭化物、又は炭窒化チタン(TiCN)等の炭窒化物が挙げられる。このような炭化物又は炭窒化物は難焼結性物質であり、前記ボール12の母材表面に平滑で且つ均一な膜厚寸法をなす被覆層15として効果的に形成することができることに加えて、その成膜により高い硬度性や強い靱性を更に一層向上させることができる。
【0038】本発明の特徴部をなす被覆層15は約0.1〜20μmの薄膜体からなる。同被覆層15の膜厚寸法は約0.1μm以上が好ましく、更に好ましくは約20μmを越えない程度の膜厚寸法が望ましい。前記被覆層15の膜厚が0.1μm以下であると、摩擦損傷等を充分に阻止できないがためである。また、前記被覆層15の膜厚が20μm以上である場合は成膜生成時間がかかりすぎるため、実施化には馴染まない。
【0039】既述したように、前記被覆層15の成膜には従来周知の成膜技術を適宜に採用することができる。本実施形態によれば、例えばCVDによる成膜技術を使って実施される。この成膜は、例えば化学蒸着槽中に約1,100℃の成膜温度に加熱したボール12の母材12’を浸漬し、気流状の四塩化チタン(TiCl4 )をメタンガス(CH4 )及び水素ガス(H2 )と共に導入する。この混合ガスを化学蒸着槽中に導入することにより前記ボール12の母材12’中の炭素が析出して前記四塩化チタン中のチタンと置換し、前記母材12’の表面上で、目的とする極めて高い硬さをもつ被覆層15である炭化チタン(TiC)を生成する。
【0040】本発明によれば、既述したごとき四塩化チタン(TiCl4 )、メタンガス(CH4 )及び水素ガス(H2 )に窒素ガス(N2 )を添加して炭窒化チタン(TiCN)を生成することもできる。前記被覆層15の表面硬度はビッカース硬さで約HV2,000〜4,000程度であり、従来のアルミナ製ボールのビッカース硬度がHV1,600であることから、非常に高い硬度値が得られる。
【0041】更に、既述したごとき一般的な成膜処理により前記ボール12の母材表面に炭化物又は炭窒化物からなる被覆層15を形成したのち、さらに焼き入れ焼き戻し処理を実施することにより高い強度と強い靱性を更に一層高めることができる。この炭化物層又は炭窒化物層を成膜処理したのち、更に焼き入れ焼き戻し処理を実施することにより、難焼結性物質である炭化物層又は炭窒化物層の物性に変化を与えることなく、前記ボール12の強い靱性と強度を付与することができる。
【0042】これにより、前記ボール12の母材12’の材質の強度や強靱性などを確保した上で前記被覆層15の表面に非常に高い硬さの値を得ることができ、従来のアルミナ製ボールよりも高い強度と強い靱性を与え、前記ボール12の高耐久性が確保される。
【0043】上記のごとき構成を採用することにより、上記斜板10とハウジング2との各ボール収容孔13,14と前記ボール12と間に過大な面圧が加わっても、前記ボール12の表面と前記各ボール収容孔12,13の間に局部的な油膜切れや油膜不足により生じる磨耗を減少することができる。このため、前記ボール12が前記斜板10の傾転に追随して生じる微小な回転や滑り等を抑制してボール12の表面と各ボール収容孔12,13に発生する磨耗、擦過傷や焼付き等を防止することができる。
【0044】このように、前記ボール12の表面と前記ボール収容孔13,14との間に連続した油膜を形成することができるため、前記ボール12と各ボール収容孔13,14に高耐久性を付与できるようになる。しかも従来のアルミナ製ボールに比して製造設備費及び製造コスト等を低減できると共に、簡単な構造で振動や騒音を起こすこともなく、本発明の斜板式ピストンポンプ1の品質性能を長期間にわたって確保することができる。
【0045】本発明にあっては、上記のごとき作用効果を顕著に現出するため、単に前記ボール12の母材表面の硬度値を上げるだけではなく、前記ボール12の支持面に対する斜板10のボール受面の表面硬度を適宜に選択することが有効である。本実施形態では、前記斜板10のボール受面であるボール収容孔13の表面硬度はビッカース硬度でHV700以上を有している。
【0046】前記ボール12に対する一般的な上記表面硬化処理と同様に、前記斜板10は従来周知の炭化物被覆処理、浸炭窒化処理又は浸炭焼き入れ処理を施した軸受鋼等を効果的に採用できる。前記斜板10のボール収容孔13の表面硬度がHV700以上を有しているため、前記斜板10のボール受面13が前記ボール12により上述のごとき高面圧が作用しても、前記ボール収容孔13,14の表面が高面圧に打ち勝つことができ、同ボール収容孔13,14の表面は高面圧時における変形、損傷、焼付けや破損等を受けることがない。
【0047】本発明の代表的な実施形態によれば、前記ボール12と前記斜板10及び前記ハウジング2との間の潤滑機構として、例えばシリンダブロック5の回転により吐出される高圧の作動油の一部を利用する。作動油の一部が前記ボール12と前記斜板10及び前記ハウジング2との間に侵入して潤滑油として機能する。すなわち、例えば前記シリンダブロック5の回転により吐出される作動油の一部が前記ピストン7の頭部の前記シュー9に設けられた図示を省略した連通孔から前記斜板10に形成された小孔10aを経て、前記ボール12と前記斜板10及び前記ハウジング2との間に潤滑油として侵入して保持され、潤滑機能が効果的に発揮される。
【0048】上述のごとく前記斜板10の傾転に追随して前記ボール12が高い負荷圧で微小な回転や滑り等を生じるような条件下で、同ボール12の表面と前記斜板10及び前記ハウジング2のボール収容孔13,14との間に作動油が継続的に侵入保持されるため、前記ボール12や各ボール収容孔13,14に加わる強大な集中荷重により部分的に油膜切れ又は油膜不足を生じないようにしている。このため、前記ボール12とボール収容孔13,14の表面硬度を高くすることで各ボール収容孔13,14の異常磨耗、損耗や破損及び焼付け等を未然に防止することができる。
【0049】以上のごとく構成された本発明における斜板10を支える支持部材であるボール12を製作して次のような実験を行った。
(実験例1)JIS記号SKD−11として材質規格された炭素鋼からなるボール12を約10〜15%の炭酸ナトリウム水溶液中に漬けて約3〜5分間アルカリ洗浄し、前記ボール12に付着した酸化膜を吸収除去した。アルカリ洗浄したのち、同ボール12に付着したアルカリ成分を約3〜5分間水洗除去した。
【0050】次いで、約100〜150℃の温風により前記ボール12を乾燥した。乾燥後に、同ボール12をフッ素系の蒸気流中で約3〜5分間洗浄し、同ボール12に付着した油分や水分等の汚れを充分に除去した。
【0051】続いて、充分に洗浄したボール12を化学蒸着槽中に配したのち、約950〜1050℃の加熱温度に昇温し、この加熱温度を維持した状態で化学蒸着槽中に四塩化チタン、メタン及び水素の混合ガスを流して、同混合ガス雰囲気中で前記ボール12の表面を約1時間ほど化学反応させた。
【0052】これにより、同ボール12の母材表面に約5〜10μmの厚さの被覆層15である硬質の炭化チタン層を形成した。この炭化チタン層の硬さはビッカース硬度で約HV3,900であった。同様に、上記斜板の母材表面に浸炭処理を施した。その表面硬度は約HV700であった。
【0053】そして、斜板式ピストンポンプ1を制作したのち、ポンプ圧力2.5MPa、回転数2,600r.p.m.を得て、約900時間程度の連続運転を行った。前記ポンプ1の作動は良好であった。約900時間経過したのち、前記ポンプ1を分解して前記ボール12、前記斜板10及び前記ハウジング2を観察したところ、互いの磨耗粉の発生がなく、前記ボール12、前記斜板10及び前記ハウジング2の変形、磨耗や焼付き等の発生は全く認められなかった。
【0054】(実験例2)上記実験例1と同様の条件によって、化学蒸着槽中に四塩化チタン、メタン及び水素の混合ガスに窒素ガスを添加し、チタン(Ti)−炭素(C)−窒素(N)を含む炭窒化チタン(TiCN)からなる硬質の被覆膜15を前記ボール12の母材表面に形成した。この被覆膜15の厚さは約5〜10μmであることに加えて、同被覆膜15の硬さは約HV2,400であった。同様に、前記斜板の母材表面に浸炭処理を施して、その表面硬度を約HV700とした。
【0055】次に、上記実験例1と同様に、斜板式ピストンポンプ1を制作して約900時間連続運転したのち、前記ポンプ1を分解して前記ボール12、前記斜板10及び前記ハウジング2を観察したところ、互いの磨耗粉の発生がなく、前記ボール12、前記斜板10及び前記ハウジング2の磨耗、焼付きや破損等の発生は全く認められなかった。
【0056】(実験例3)上記実験例1と同様の条件によって、ボール12の表面に硬質の被覆膜15を形成したのち、さらに焼き入れ焼き戻し処理を実施した。次に、上記実験例1と同様の斜板を用いて斜板式ピストンポンプ1を制作して約900時間連続運転した。連続運転したのち、前記ポンプ1を分解して前記ボール12、前記斜板10及び前記ハウジング2を観察したところ、互いの磨耗粉の発生がなく、前記ボール12、前記斜板10及び前記ハウジング2の磨耗、焼付きや破損等の発生は全く認められなかった。
【0057】(比較例)供試材料にアルミナ製のボールと上記実験例1と同様の斜板とを用い、ボールの表面硬度を約HV1,600とした。次に、斜板式ピストンポンプ1を制作して約900時間連続運転を行った。前記ポンプ1を分解して前記ボール、前記斜板及び前記ハウジングを観察したところ、特に、前記斜板の磨耗粉が見られ、同斜板に損傷や焼付き等が認められた。
【出願人】 【識別番号】000001236
【氏名又は名称】株式会社小松製作所
【出願日】 平成12年3月9日(2000.3.9)
【代理人】 【識別番号】100091948
【弁理士】
【氏名又は名称】野口 武男
【公開番号】 特開2001−254685(P2001−254685A)
【公開日】 平成13年9月21日(2001.9.21)
【出願番号】 特願2000−64363(P2000−64363)