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【発明の名称】 ビオプテリン欠損動物
【発明者】 【氏名】一瀬 宏

【氏名】一瀬 千穂

【氏名】永津 俊治

【要約】 【課題】ビオプテリンの生合成能に欠損を有する動物固体を提供する。

【解決手段】ビオプテリン生合成酵素であるピルボイルテトラヒドロプテリン合成酵素をコードするゲノム遺伝子がその機能欠失型変異遺伝子に置換されている分化全能性細胞を発生させた非ヒト動物個体およびその子孫動物であって、ビオプテリン生合成能を持たないことを特徴とするビオプテリン欠損動物。
【特許請求の範囲】
【請求項1】 ビオプテリン生合成酵素であるピルボイルテトラヒドロプテリン合成酵素をコードするゲノム遺伝子がその機能欠失型変異遺伝子に置換されている分化全能性細胞を発生させた非ヒト動物個体およびその子孫動物であって、ビオプテリン生合成能を持たないことを特徴とするビオプテリン欠損動物。
【請求項2】 非ヒト動物が、マウスである請求項1のビオプテリン欠損動物。
【請求項3】 請求項1または2の動物由来の組織または細胞。
【請求項4】 ビオプテリン生合成酵素であるピルボイルテトラヒドロプテリン合成酵素をコードするゲノム遺伝子がその機能欠失型変異遺伝子に置換されている組換えES細胞。
【請求項5】 マウス由来である請求項4の組換えES細胞。
【発明の詳細な説明】【0001】
【発明の属する技術分野】この出願の発明は、ビオプテリン欠損動物に関するものである。さらに詳しくは、この出願の発明は、ビオプテリンの生理機能や生体内代謝機構の解明、あるいは神経精神疾患治療薬等の医薬品開発に有用な新規の遺伝子ノックアウト動物個体と、この動物の作製に用いられる組換えES細胞に関するものである。
【0002】
【従来の技術】ビオプテリン(テロラヒドロビオプテリン)は、生体内に存在する天然有機化合物で、チロシン水酸化酵素、トリプトファン水酸化酵素、フェニルアラニン水酸化酵素、一酸化窒素合成酵素等の補酵素として働いている。チロシン水酸化酵素は、ドーパミンやノルアドレナリン、アドレナリンの生合成のための律速酵素であり、トリプトファン水酸化酵素は、セロトニンやメラトニン合成の第一段階で作用する酵素である。ドーパミンやノルアドレナリン、セロトニン等は神経伝達物質やホルモンとして生体内で重要な役割を担っている。
【0003】ビオプテリンは補酵素であるが、グアノシン三リン酸(GTP)から生合成され、またその生合成はサイトカイン等の多くの因子より調節を受けており、ビオプテリンの細胞内濃度がドーパミンやノルアドレナリン、セロトニン等の合成量を調節する機構の一つであることが明らかになってきている。
【0004】感情障害(うつ病)や精神分裂病等の多くの神経精神疾患の発症原因は不明であるが、ドーパミンやノルアドレナリン、セロトニン等がこれらの神経精神疾患と深い関係にあることが指摘されており、実際に、現在使用されている抗うつ薬は脳内のノルアドレナリンやセロトニン濃度を増加させることによって薬効を発揮していると考えられている。このため、うつ病に対してビオプテリン投与が有効であるとの報告がなされている。あるいは、ドーパミンの関与が知られているパーキンソン病に対してもビオプテリンの有効性が報告されている。また、小児自閉症の一部の患者では、脳脊髄液中のビオプテリン濃度が低下しているとの報告があり、これらの患者にはビオプテリンの経口摂取の有効性が報告されている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】前記のとおり、各種の神経精神疾患に対するビオプテリンの有効性が指摘されていながら、ビオプテリン製剤は未だに臨床使用されていない。その理由は、天然型のテトラヒドロビオプテリンが不安定であることと、その合成コストが非常に高いためである。また、ビオプテリンの代謝過程や、補酵素として以外の生理機能についても未解明な点が残されていることも臨床使用がためらわれている原因である。さらに、乳幼児ではビオプテリンの脳内移行が比較的良好ではあるものの、成人では脳内移行が低いことも問題とされている。
【0006】そこで、これらの問題を克服して、うつ病や自閉症、あるいはパーキンソン病等の神経性運動障害に対する新しい治療薬を開発するためには、効率よく脳内移行され、比較的安定で生理作用のあるビオプテリン誘導体を見出す必要がある。ただし、そのような新規誘導体の探索のためには、内在性のビオプテリンが機能しない動物個体を用いたin vivo実験が不可欠である。
【0007】この出願の発明は、以上のとおりの事情に鑑みてなされたものであり、ビオプテリンが欠損した新規動物個体を提供することを課題としている。
【0008】
【課題を解決するための手段】この出願は、前記の課題を解決するための発明として、以下の(1)〜(5)の発明を提供する。
(1) ビオプテリン生合成酵素であるピルボイルテトラヒドロプテリン合成酵素をコードするゲノム遺伝子がその機能欠失型変異遺伝子に置換されている分化全能性細胞を発生させた非ヒト動物個体およびその子孫動物であって、ビオプテリン生合成能を持たないことを特徴とするビオプテリン欠損動物。
(2) 非ヒト動物が、マウスである前記発明(1)のビオプテリン欠損動物。
(3) 前記発明(1)または(2)の動物由来の組織または細胞。
(4) ビオプテリン生合成酵素であるピルボイルテトラヒドロプテリン合成酵素をコードするゲノム遺伝子がその機能欠失型変異遺伝子に置換されている組換えES細胞。
(5) マウス由来である前記発明(4)の組換えES細胞。
【0009】以下、上記の各発明について実施の形態を詳しく説明する。
【0010】
【発明の実施の形態】この出願によって提供される前記発明(1)のビオプテリン欠損動物は、ビオプテリン生合成の第二段階で作用する酵素(ピルボイルテトラヒドロプテリン合成酵素。以下、「PTPS」と記載する)をコードするゲノム遺伝子がその機能欠失型変異遺伝子に置換されている分化全能性細胞を発生させた遺伝子ノックアウト非ヒト動物である。さらに詳しくは、この発明(1)のビオプテリン欠損動物は、体細胞染色体のPTPS遺伝子がその変異配列に置換されているホモ接合体として提供される。
【0011】この発明(1)のビオプテリン欠損動物は、公知の標的遺伝子組換え法(ジーンターゲティング法:Science 244:1288-1292, 1989)により作製することができる。この標的遺伝子組換え法では、分化全能性細胞としてES(embryonic stem)細胞等を使用する。ES細胞は、マウス(Nature 292:154-156, 1981)、ラット(Dev. Biol. 163(1):288-292, 1994)、サル(Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A.92(17):7844-7848, 1995)、ウサギ(Mol. Reprod. Dev. 45(4):439-443, 1996)で確立している。また、ブタについてはEG(embryonic germ)細胞が確立している(Biol. Reprod 57(5):1089-1095, 1997)。従ってこの発明(1)のビオプテリン欠損動物は、これらの動物種を対象に作製することができるが、特に遺伝子ノックアウト動物の作製に関して技術が整っているマウスが最適である。作製の具体的手続を、前記発明(2)のマウスを例にとって説明すれば以下のとおりである。
【0012】先ず、PTPS遺伝子のゲノムDNA断片を単離し、そのDNA断片を試験管内にて遺伝子操作し、PTPSの開始コドンを含むDNA断片に対して改変を施すなどの、PTPS遺伝子の機能を欠失させるような変異DNA断片を作製する。PTPSゲノムDNAの単離は、例えば、公知のマウスPTPSのcDNA配列(GenBank Accession No. AF043225)に基づいて合成したオリゴヌクレオチドプローブを用いてマウスゲノムDNAライブラリーをスクリーニングすることにより得られる。また、このPTPScDNAの一部または両端に相当する合成オリゴヌクレオチドをプライマーとするPCR法によっても目的とするゲノムDNAを得ることができる。さらに、GenBank Accession No. AH007419には、PTPS遺伝子のエクソン1−6を含むゲノム配列が登録されており、このDNA情報を利用することもできる。なお、マウス以外の動物を対象とする場合にも、前記のcDNA配列やゲノム配列に基づいて合成されたオリゴヌクレオチドをプローブまたはプライマーとする前記の方法により、各動物のPTPS遺伝子を単離することができる。
【0013】上記のとおりの方法によって得られたマウスPTPS遺伝子のゲノムDNAの一部を改変し、全能性細胞(ES細胞)のPTPS遺伝子に変異を導入するためのターゲティングベクターを、公知の方法(例えば、Science 244:1288-1292, 1989)に準じて作製する。例えば、PTPS遺伝子のゲノムDNAの一部をジェネティシン(G418)等の細胞毒に対する耐性遺伝子(例えば、ネオマイシン耐性遺伝子)に置換することにより、もしくは細胞毒に対する耐性遺伝子をPTPS遺伝子のゲノムDNAの一部に挿入することで、PTPSをコードするゲノムDNAと相同な配列を両端に有する変異遺伝子を保有する組換えプラスミドDNA、すなわちターゲティングベクターを作製する。なお、細胞毒に対する耐性遺伝子には、その発現を制御するためのPGK1プロモーター等の配列およびPGK1ポリアデニレーションシグナル等を連結することもできる。また、細胞毒に対する耐性遺伝子により置換、または挿入されるPTPS遺伝子のゲノムDNA部位は、開始コドンを含んだエクソン領域を含むゲノムDNA領域であることが好ましい。
【0014】上記PTPS遺伝子のゲノムDNAの一部に変異を導入するためのターゲティングベクターには、PTPS遺伝子のゲノムDNAに相同な配列を有すること以外には特に制限はなく、他の薬剤耐性遺伝子や細胞選択用遺伝子(例えば、ジフテリア毒素A遺伝子やヘルペスウイルスのサイミジンカイネース遺伝子)、プロモーター、エンハンサー等の配列を適宜に組み合わせて使用することができる。
【0015】次に、このターゲティングベクターを、公知の方法に準じてマウスES細胞に導入する。このような遺伝子導入法としては、公知の電気穿孔法、リポソーム法、リン酸カルシウム法等を利用できるが、導入遺伝子の相同遺伝子組換え効率を勘案した場合、ES細胞への電気穿孔法が好ましい。
【0016】遺伝子導入された各ES細胞のDNAを抽出し、サザンブロット分析やPCRアッセイ等により、染色体上に存在する野生型PTPS遺伝子と導入したPTPS変異遺伝子断片の間で正しく相同遺伝子組換えが起こり、染色体上のPTPS遺伝子に変異が移った組換えES細胞を選択する。
【0017】こうして得た変異遺伝子を持つ組換えES細胞を野生型マウスのブラストシストに注入し、つづいてこのキメラ胚を仮親の子宮に移植する。出生した動物を里親につけて飼育させた後、PTPS変異遺伝子が生殖系細胞に入ったキメラ動物を選別する。選別は毛色の違い、または体の一部(例えば尾部先端)からDNAを抽出し、サザンブロット分析やPCRアッセイ等により行う。PTPS変異遺伝子が生殖系細胞に入ったキメラ動物と野生型動物の交配により得られる子孫について、さらに体の一部(例えば尾部先端)からの抽出DNAを材料とした、サザンブロット分析やPCRアッセイ等を行い、PTPS変異遺伝子が導入されたヘテロ接合体を同定する。作出されたPTPS変異遺伝子を保有するヘテロ接合体は生殖細胞および体細胞のすべてに安定的にPTPS遺伝子変異を保有しており、交配等により、効率よくその変異を子孫動物に伝達することができる。そして、ヘテロ接合体同士を交配することによって、PTPSが発現せず、それによってビオプテリン生合成能が欠損したノックアウト動物(ホモ接合体)が作出される。
【0018】なお、この発明(1)のビオプテリン欠損動物には、胎児および出生後の個体が含まれる。すなわち、この発明(1)のビオプテリン欠損動物は、ビオプテリン生合成能の欠損により出生直後(約1日後)に死亡するが、胎児を用いることによってビオプテリンの完全な欠損の影響を調べることができる。また、このような胎児、あるいはその組織や細胞は神経疾患の治療薬等のin vitroスクリーニング系として利用できる。
【0019】以下、実施例を示してこの発明についてさらに詳細かつ具体的に説明するが、この発明は以下の例に限定されるものではない。
【0020】
【実施例】1:ビオプテリン欠損動物の作成マウスPTPS遺伝子のエクソン1からエクソン4を含む10.2kbのDNA断片を単離し、翻訳開始コドンを有するエクソン1をネオマイシン耐性遺伝子で置換し、5'側にジフテリア毒素A遺伝子を付加したターゲティングベクターを作成した(図1参照)。このベクターを電気穿孔法により129/SVJマウス由来のES細胞に導入し、G418存在下で培養してターゲティングベクターを保有する細胞を選択した。150個のG418耐性細胞をサザンブロット解析した結果、3個の相同組換え体ES細胞を得た。これらのES細胞をC57Black/6Jマウス胚盤胞に注入して、雄3匹、雌1匹のキメラマウスを産出させた。これらのキメラマウスを交配し、PTPS変異遺伝子を2倍体染色体の一方に有するヘテロ接合体マウスを産出させ、さらにこれらのヘテロ接合体同士を交配することにより、ホモ接合体ノックアウトマウス(ビオプテリン欠損マウス)を産出させた。
【0021】なお、ホモ接合体マウスは、PTPSの発現不全によるビオプテリン欠損によって生後約1日で死亡してしまうため、定期的にビオプテリンを投与することにより生育させた。
2:PTPS遺伝子発現の確認得られたヘテロ接合体およびホモ接合体マウスの脳および肝臓をノザンブロット解析した。結果は図2に示したとおりであり、PTPSmRNA量は、ヘテロ接合型マウスでは野生型マウスの約半分、そして、ホモ接合型マウスではほとんど検出されなかった。この結果から、この発明のビオプテリン欠損動物では、PTPS遺伝子が全く発現していないことが確認された。
3:脳内ビオプテリン量の測定ヘテロ接合体同士を交配して産出させた新生仔マウスの脳内のビオプテリンおよびネオプテリン量を測定した。結果は表1に示したとおりである。ヘテロ接合体マウスでは、野生型マウスとの有意な差は見られなかったが、ホモ接合体マウスではネオプテリンが顕著に増加し、ビオプテリン量は野生型マウスの10分の1以下に減少していた。
【0022】
【表1】

【0023】前記2で確認したように、ヘテロ接合体マウスでは、野生型マウスの約半分のPTPSが発現しているので、ヘテロ接合体マウスと野生型マウスで変化が見られないのは、約半分のPTPS活性でも通常状態のビオプテリンを産生するには十分であるからと考えられる。PTPSはビオプテリン生合成の第2段階の酵素であり、第1段階酵素であるGTPシクロヒドロラーゼIによってGTPから合成されたジヒドロネオプテリン3リン酸を基質としてピルボイルテトラヒドロプテリンを合成する。PTPSが完全に発現不全であるホモ接合体マウスではPTPSの基質であるジヒドロネオプテリン3リン酸が蓄積し、その代謝物であるネオプテリンが増加したと考えられる。また、ホモ接合体マウスにおけるビオプテリンの顕著な減少は予想通りであったが、ごく僅かなビオプテリンが残存することは、食餌(ミルク)からの供給、あるいはビオプテリンを生合成する副経路の存在を示唆する。この点については、これまでビオプテリンの代謝経路として未解明な点であり、この発明のビオプテリン欠損動物はこのような経路の解明にも有用である。
4:モノアミン物質量の測定ヘテロ接合体マウスおよびホモ接合体マウスの新生仔について、脳内のドーパミン、ノルアドレナリンおよびセロトニンの含量を測定した。結果は表2に示したとおりである。ヘテロ接合体マウスでは野生型マウスと大きな差はなかったが、ホモ接合体マウスでは、3種のモノアミンの全てにおいて顕著な減少が観察された。前記のとおり、これらのモノアミンはビオプテリンを補酵素とするチロシン水酸化酵素やトリプトファン水酸化酵素により生合成されるので、ビオプテリン補酵素の顕著な減少により細胞内の生合成酵素活性が低下した結果、これらのモノアミンの生合成量が減少したものと考えられる。
【0024】そして、これらのモノアミンの減少から、この発明のビオプテリン欠損動物が、モノアミン物質の減少に起因する各種疾患のモデル動物としても有用であることが確認された。
【0025】
【表2】

【0026】
【発明の効果】以上詳しく説明したとおり、この出願の発明によって、ビオプテリンの生合成能が顕著に低下した新規動物個体が提供される。この動物個体は、ビオプテリンの生理機能や生体内代謝機構の解明、あるいは神経精神疾患治療薬等の医薬品開発に有用である。
【出願人】 【識別番号】396020800
【氏名又は名称】科学技術振興事業団
【出願日】 平成12年5月22日(2000.5.22)
【代理人】 【識別番号】100093230
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 利夫
【公開番号】 特開2001−327230(P2001−327230A)
【公開日】 平成13年11月27日(2001.11.27)
【出願番号】 特願2000−150556(P2000−150556)