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【発明の名称】 周期的振動現象監視診断方法
【発明者】 【氏名】宮本 久也

【氏名】兼本 茂

【要約】 【課題】振動データ診断時の基準データを振動モデルとして、限られた実測データより作成した教師データを学習して構築するニューラルネットワークの振動モデルを安定化し、この振動モデルより得た基準データと実測値の比較に、位相を揃えるハードウェアの改造が不要な周期的振動現象監視診断方法を提供する。

【解決手段】請求項1記載の発明に係る周期的振動現象監視診断方法は、工学システムの構成機器から観測する周期的振動監視診断方法において、観測した時系列データより再構成したトラジェクトリを基に、教師データを作成してニューラルネットワーク1による振動モデルを構築し、任意の時刻にて観測された時系列データとこの時系列データより初期値を与えられた前記ニューラルネットワーク1で構築された振動モデルの出力の時間発展を比較することを特徴とする。
【特許請求の範囲】
【請求項1】 各種プラント等の工学システムを構成する機器から観測される周期的振動に係る周期的振動現象監視診断方法において、観測された時系列データより再構成されたトラジェクトリを基にして教師データを作成すると共に、ニューラルネットワークによる振動モデルを構築して、任意の時刻において観測された時系列データとこの時系列データより初期値を与えられた前記ニューラルネットワークにより構築された振動モデルの出力の時間発展を比較することを特徴とする周期的振動現象監視診断方法。
【請求項2】 前記ニューラルネットワークによる振動モデルの構築に際して、観測からは得られない力学系のトラジェクトリの周りの吸引領域であるベイスィンの情報を空間的に対称な構造を持つリミットサイクルのベイスィンから合成すると共に、教師データを補正して、前記ニューラルネットワークによる振動モデルを安定化させることを特徴とする請求項1記載の周期的振動現象監視診断方法。
【請求項3】 前記ニューラルネットワークが獲得すべきトラジェクトリとニューラルネットワークが学習の結果獲得したトラジェクトリと比較して、それらの間に差がある場合に空間的に対称な構造を持つリミットサイクルより合成されて教師データに付加されたベクトルの勾配に相当するベイスィンの情報を修正して、前記ニューラルネットワークの学習を補正することを特徴とする請求項1記載の周期的振動現象監視診断方法。
【請求項4】 前記ニューラルネットワークによる振動モデルの出力と観測データの比較において、前記振動モデルの出力と観測データを入力して診断の基準となる位相情報を出力するニューラルネットワークにより構築される位相モデルを用いることを特徴とする請求項1記載の周期的振動現象監視診断方法。
【請求項5】 前記位相情報を出力する位相モデルを複数のニューラルネットワークにより構築することを特徴とする請求項4記載の周期的振動現象監視診断方法。
【請求項6】 前記位相情報を出力するニューラルネットワークによる位相モデルの構築に際して、前記観測からは得られない力学系のトラジェクトリの周りの吸引領域であるベイスィンの情報を空間的に対称な構造を持つリミットサイクルの位相情報より教師データを作成することを特徴とする請求項2及び請求項4記載の周期的振動現象監視診断方法。
【発明の詳細な説明】【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、発電プラント等のような工学システムにおいて観測される周期的な振動現象の監視に係り、例えば、ポンプのような回転体の軸振動等における周期的振動現象監視診断方法に関する。
【0002】
【従来の技術】各種プラント等の工学システムを構成する機器の状態に係る監視診断は、特に発電プラント等の大規模で重要なシステムを安定に、かつ長期に亘って運営するのに必要な技術である。
【0003】例えば、蒸気を用いてタービンを回すことによって発電を行うような発電プラントにおいては、蒸気の供給源とする給水のための大型ポンプは、プラントの運転中は連続して稼働し続けさせなければならない。また、その機器の状態を常に把握して、異常が発生した場合に迅速に検出することは、プラント全体の運用において異常の波及を最小限に食い止める上で重要なものである。
【0004】このような工学システムにおいて重要な回転機器類には、監視診断のための各種センサが取り付けられており、近年ではこれらセンサより得られる情報をより有効に活用するために、回転機器そのものに位相検出のための工夫が施されるようになった。
【0005】なお、ここでいう位相とは、周期的な挙動の一周期と[0,2π)を対応させて、振動を角度(位相角)によって表現することである。なお、前記センサから得られる信号の評価については、信号の振幅や周波数スペクトル、及び信号の位相情報といったものが用いられる。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】回転体等における振動データを診断の対象とするときに、基準となるデータをどのような形で提供するか、また、この基準データと測定値とをどのように比較して結論を導くかが問題となる。
【0007】基準データについては、例えば実測値を診断のための基準データとするためには、比較に耐え得るだけの細かいサンプリングによるデータの蓄積が必要であり、実際の比較においては、蓄積されたデータの検索と実測値に合わせた基準データ間の内挿が必要となる。即ち、この方法はハードウェア化に適してはおらず、リアルタイムの監視診断のための手法としては最適なものではない。
【0008】一方、実測されたデータからモデルを構築して、基準となるデータをそのモデルから得ることも考えられる。この測定された時系列からモデルを構築する手法としては、自己回帰モデル(システムの過去の履歴をシステムの説明変数とするモデル)や、GMDH(Group Method od Data Handling :ある意味で自己回帰モデルに非線形の効果を考慮したもの)等が挙げられるが、神経のモデルとして知られるニューラルネットワークもモデル構築の有効な一手法である。
【0009】このニューラルネットワークについては、現在まで色々なタイプのものが提案されているが、ニューラルネットワークに対して教師データを与え、いわゆるバックプロパゲーション(back propagation:誤差逆伝搬法)により、対象の特性を学習するというのが現在でも一般的なものである。
【0010】これは、教師データとして与えられたニューラルネットワークの入力及び出力を満足するように、ニューラルネットワークの内部状態を調整するということである。この教師データが、ニューラルネットワークによってモデルを構築しようとする関数空間内で偏った分布を持つ場合に、当然のことながらニューラルネットワークの入力に対する出力の妥当性は、教師データの取る狭い範囲にのみ限られることになる。
【0011】特に、ニューラルネットワークに微分方程式を解かせる場合は、解(軌道)が不安定になったり、たとえ、ニューラルネットワークが安定に振る舞ったとしても、目的の軌道が得られなくなる場合がある。これは、トラジェクトリ(trajectory:軌道)を安定化するための条件であるベイスィン(basin :吸引域)の特性が、教師データに含まれていないためである。
【0012】また、ベイスィンとは安定なトラジェクトリの近傍であり、このベイスィン内の状態は時間発展と共にトラジェクトリに近付いて行く。そしてこのときに、系は大域的に漸近安定であるといい、トラジェクトリをアトラクタ(attractor )と呼ぶ。
【0013】なお、工学システムおいて、観測からこのベイスィンの情報を得られない場合は少なくない。例えば、回転体の軸振動のデータであれば、その軌道から外れたところのベクトル場を観測から得るのは難しく、必然的にニューラルネットワークの教師データは得られる軌道上に制限される。
【0014】さらに、基準データと実測値との比較を行う際に、特に位相を比較する場合は、基準データと実測値の初期値の位相を揃える必要がある。このために最近では、回転体の回転軸やそれに付随する構造材に、マーカーとしての突起や、鏡及び回転角を測定するための位相角計といったものを付加あるいは装着して、測定及び異常検出を容易にしようとする試みがなされている。
【0015】しかしながら、これらの方法は既存のプラントの設備には、ハードウェアの大幅な改造や変更を伴うために、容易に導入することが困難であり、また、このようなハードウェアの導入には、コストの増加が避けられない。しかも、機器の配置の関係から構造物に埋め込まれるような機器に対しては、前記のような改造を実施することが難しい場合もある。
【0016】本発明の目的とするところは、振動データ診断時の基準データをニューラルネットワークによる振動モデルとして得て、限られた実測データより作成された教師データを学習することで、構築するニューラルネットワークの振動モデルを安定化すると共に、この振動モデルより得られる基準データと実測値との比較に際して、位相を揃えるためのハードウェアの改造を伴わない周期的振動現象監視診断方法を提供することにある。
【0017】
【課題を解決するための手段】上記目的を達成するため請求項1記載の発明に係る周期的振動現象監視診断方法は、各種プラント等の工学システムを構成する機器から観測される周期的振動に係る周期的振動現象監視診断方法において、観測された時系列データより再構成されたトラジェクトリを基にして教師データを作成すると共に、ニューラルネットワークによる振動モデルを構築して、任意の時刻において観測された時系列データとこの時系列データより初期値を与えられた前記ニューラルネットワークにより構築された振動モデルの出力の時間発展を比較することを特徴とする。
【0018】観測された時系列データより再構成されたトラジェクトリを基にして形成したた教師データによりニューラルネットワークによる振動モデルを構築し、任意の時刻において観測された時系列データと、この時系列データより初期値を与えられた前記ニューラルネットワークの振動モデルの出力の時間発展を比較すことで、各種プラントの工学システムにおける回転体等の振動データを診断する。
【0019】請求項2記載の発明に係る周期的振動現象監視診断方法は、請求項1において、ニューラルネットワークによる振動モデルの構築に際して、観測からは得られない力学系のトラジェクトリの周りの吸引領域であるベイスィンの情報を空間的に対称な構造を持つリミットサイクルのベイスィンから合成すると共に、教師データを補正して、前記ニューラルネットワークによる振動モデルを安定化させることを特徴とする。
【0020】観測からは得られない力学系のトラジェクトリの周りの吸引領域であるベイスィンの情報を、空間的に対称な構造を持つリミットサイクルのベイスィンから合成し、これにより教師データの補正することで、ニューラルネットワークにより構築される振動モデルが安定化する。
【0021】請求項3記載の発明に係る周期的振動現象監視診断方法は、請求項1において、ニューラルネットワークが獲得すべきトラジェクトリとニューラルネットワークが学習の結果獲得したトラジェクトリと比較して、それらの間に差がある場合に空間的に対称な構造を持つリミットサイクルより合成されて教師データに付加されたベクトルの勾配に相当するベイスィンの情報を修正して、前記ニューラルネットワークの学習を補正することを特徴とする。
【0022】ニューラルネットワークが獲得したトラジェクトリと、ニューラルネットワークの学習により獲得したトラジェクトリとを比較し、それらの間に差がある場合に、空間的に対称な構造を持つリミットサイクルより合成されて教師データに付加したベクトルの勾配に相当するベイスィンの情報を修正することで、前記ニューラルネットワークの学習補正を行う。
【0023】請求項4記載の発明に係る周期的振動現象監視診断方法は、請求項1において、ニューラルネットワークによる振動モデルの出力と観測データの比較において、前記振動モデルの出力と観測データを入力して診断の基準となる位相情報を出力するニューラルネットワークにより構築される位相モデルを用いることを特徴とする。
【0024】振動モデルの出力と観測データを入力して診断の基準となる位相情報を出力するニューラルネットワークにより構築される位相モデルを用いて、ニューラルネットワークによる振動モデルの出力と観測データとの比較を行う。
【0025】請求項5記載の発明に係る周期的振動現象監視診断方法は、請求項4において、位相情報を出力する位相モデルを複数のニューラルネットワークにより構築することを特徴とする。複数のニューラルネットワークにより構築した位相モデルを使用して、ニューラルネットワークによる振動モデルの出力と観測データとの比較を行う。
【0026】請求項6記載の発明に係る周期的振動現象監視診断方法は、請求項2及び請求項4において、位相情報を出力するニューラルネットワークによる位相モデルの構築に際して、前記観測からは得られない力学系のトラジェクトリの周りの吸引領域であるベイスィンの情報を空間的に対称な構造を持つリミットサイクルの位相情報より教師データを作成することを特徴とする。
【0027】観測からは得られない力学系のトラジェクトリの周りの吸引領域であるベイスィンの情報を、空間的に対称な構造を持つリミットサイクルの位相情報より教師データを作成することにより、位相情報を出力するニューラルネットワークによる位相モデルの構築をする。
【0028】
【発明の実施の形態】本発明の一実施の形態について図面を参照して説明する。周期的振動現象監視診断方法においては、ニューラルネットワークに与える教師データの補正を行い、また、比較する基準信号と実測値の2つの信号の位相を調整する必要のない評価手段を導入している。なお、いずれも、計算機化された演算手段により構成される。
【0029】(A)ニューラルネットワークによる基準モデル構築手法として、例えば、図1のニューラルネットワークによる微分方程式解法の模式構成図に示すように、階層型のニューラルネットワーク1は、入力層ユニット2と中間層ユニット3(この例では1層)、及び出力層ユニット4とから構成されている。
【0030】なお、ここで各層は同じ特性を持つユニットにより構成されていて、隣り合う階層間においてユニット同士の結合5を有すると共に、出力層ユニット4から入力層ユニット2へのフィードバック6が行われている。ここでは、入力層ユニット2に与えられた状態に対して、出力層ユニット4から得られる変化率に微少発展時間Δtを掛け、その値を入力層ユニット2にフィードバック6することによって微分方程式(正確には差分方程式)の時間発展を解くことができる。なお、この例では独立変数が3つある場合に相当する。
【0031】前記結合5は情報の伝達経路を意味し、ある重みを以て情報をユニットから他のユニットへ伝達するもので、入力層ユニット2は単に入力を他の層のユニット(この例では中間層ユニット3)に伝えるだけのものである。他の層のユニットは、一般に非線形もしくは線形の特性函数を持っており、これらの重ね合せにより、目的とする函数(学習によって獲得する)を近似するものである。
【0032】ここで例えば、中間層の1つのユニットに着目すると、入力層ユニットiにおける入力をxi ,中間層ユニットjとの結合の重みをwi とすると、中間層ユニットjの出力Yj は次の式(1)または式(2)によって表わされる。
【0033】
【数1】

【0034】
【数2】

【0035】なお、前記式(1)は線形特性、式(2)はシグモイド函数(sigmoidal function)と呼ばれる非線形特性の例で、ここでhj は、前記中間層ユニットjにおける入力に対するしきい値である。このタイプのニューラルネットワーク1において、学習とはユニット間の結合係数wi を変更して、入出力のつじつまを合わせることに相当するもので、出力層ユニット4の特性函数としてシグモイド函数を用いることもあるが、前記式(2)の取り得る範囲は[0,1]であるので、適当な換算手段が必要となる。
【0036】この型のニューラルネットワーク1は、いわゆるバックプロパゲーションにより与えられた教師データから、入出力の関係を学習する(公知文献1.日本工業技術振興協会,ニューロコンピューティングの基礎理論,海文堂(1990))。
【0037】例えば、次の式(3)に示す微分方程式の特性をニューラルネットワーク1に学習させるには、状態X(一般にXはベクトル)を入力し、その状態Xによって決定される状態の変化率dX/dtを出力とするデータ群を教師データとして作成することになる。
【0038】dX/dt=f(X) …(3)
【0039】充分学習の行われたニューラルネットワーク1を用いて前記式(3)の微分方程式の時間発展を解くには、入力層ユニット2に状態Xを与え、出力層ユニット4から得られた出力(変化率dX/dt)に適当な微少時間Δtを掛ける。その微少時間Δtにおける変化量(dX/dt Δt)を入力層ユニット2にフィードバックし、その状態の値Xに加える(X(t+Δt)=X(t)+dX/dtΔt)操作を行い、この一連の操作を繰り返せばよい。
【0040】これは連続系の上記式(3)の微分方程式を差分方程式に近似し、その解を数値積分によって求めていることになる。また、本件におけるニューラルネットワーク1の適用においては、上記微分方程式の特性を与えるための教師データを、監視診断対象の機器の観測データより作成する。
【0041】なお、以下の(B)「観測データからの教師データ作成」と、(C)「教師データの補正手法」、及び(D)「教師データの再補正(ベイスィンの情報の補正)による学習結果の制御方法」までが、振動モデルの構築手順である。
【0042】振動モデルの構築過程としては、図2の振動モデルの構築フロー図に示すように、S1 (処理ステップ)観測データからの教師データ作成と、S2 ベイスンのデータを合成して教師データに反映する、S3 ニューラルネットワークによる基準モデル構築(学習)する。
【0043】この結果が、S4 で学習誤差大の時は前記S3 へ、また学習誤差大でない場合には、S5 ニューラルネットワークの獲得したトラジェクトリと観測データより得られた基準データのトラジェクトリとの比較し、この結果が、S6 で差が大の時は、S7 教師データ(ベイスン)の補正から、前記S3 へ、また差が大でない場合は、S8 学習の終了(振動モデル構築の完了)とする。
【0044】(B)観測データからの教師データ作成は、上記図2に示す「S1 観測データからの教師データ作成」に対応するもので、不規則な時系列信号x(t)から、系の決定論的性質を抽出するカオス(Chaos )特性量解析では、観測データら時差ベクトルを構成する。また、次の式(4)から多次元のトラジェクトリX(t)を再構成する方法が一般である(公知文献2.H.D.I.Abarbanel,Analysis of Observed Chaotic Data,Springer(1995))。
【0045】
X(t)={x(t),x(t+τ),…,x(t+(m−1)τ)} …(4)
【0046】ここで、mは埋め込み次元( embedding dimension)と呼ばれる。なお、時差ベクトルを構築する際の遅れ時間τは、基本的周期の数分の1程度が適当である。
【0047】ニューラルネットワークへの教師データは、次の式(5)に示すように、この再構成されたトラジェクトリ上の状態X(t)と、その離散的な状態から評価される微少時間内の変位ΔX(t)によって与えられる。但し、前記微少時間Δtは、近似の精度の観点から充分小さい(大きくない)値とする。
【0048】
ΔX(t)=X(t+Δt)−X(t) …(5)
【0049】(C)教師データの補正手法としては、ニューラルネットワークに与える教師データが学習対象のトラジェクトリ上のベクトル場に限られている場合に、基準モデルを構築するべきニューラルネットワークの出力(上記(A)「ニューラルネットワークによる基準モデル構築手法」では微分方程式の解に相当する)は、目的のトラジェクトリを描かない場合がある。
【0050】これは、トラジェクトリを安定化させるためのベイスィンの情報が教師データとして与えられなかったためであり、図3のリミットサイクルの相図は、教師データの基となった空間的に対称なリミットサイクル7(limit cycle :極限軌道)の過渡状態及び定常状態を示す。なお、このリミットサイクル7の例は、Guckenheimer&Holmes のHopf分岐モデル(公知文献3.J.M.T.Thompson and H.B.Stewart,Nonlinear Dynamics and Chaos,John Wiley & Sons (1986))の、次の式(6),(7)から求める。
【0051】
dr/dt=r(μ−r2 ) …(6)
dθ/dt=1 …(7)
【0052】なお、上記図3では2つの異なる初期値8,9からの時間発展を示しており、どちらの場合も半径μ0.5 の極限軌道(またはアトラクタ)に吸引される様子がわかる。この例ではμ=1を採用しており、即ち、極限軌道の半径はr=1(座標の原点から軌道上の点までの距離)である。ここで各座標(x,y)は次の式(8),(9)により求められる。
【0053】
x=r cosθ …(8)
y=r sinθ …(9)
【0054】この例に示されるように、極限軌道が存在するためには、その極限軌道の回りにベイスィンと呼ばれる極限軌道に限りなく近付くためのベクトル場を持つ領域が必要である。前記式(6),(7)が示すように、同一の角度θにおいて極限軌道の半径r=1よりも半径rが小さい領域ではdrが正、極限軌道の半径r=1よりも半径rが大きい領域ではdrが負となり、この状態は時間発展と共に極限軌道の半径r=1へ近付いてゆくが、これがベイスィンの特性である。
【0055】図4はリミットサイクルの径方向の変化率分布図で、(a)は前記式(6)で示される軌道半径rの時間変化率dr/dtの絶対値を等高線10で示し、(b)は図4(a)のy軸(y=0)線上11におけるxに対する軌道半径rの時間変化率dr/dtの絶対値を示す。
【0056】上記図4(b)におけるdr=0が極限軌道12に相当し、この極限軌道12から離れるに従って、drの絶対値は大きな値を持つことがわかる。また、極限軌道12が安定に存在するためには、これまでに示したベイスィンの特性が力学系の特性として不可欠である。
【0057】ニューラルネットワークによる振動モデルの構築に際して、観測から力学系のベイスィンの特性が得られないような場合は、ニューラルネットワークに与える教師データに何らかの方法を以て、トラジェクトリを安定化させるためのベイスィンの情報を付加する必要がある。
【0058】以下、力学系の次元が2次元である場合を例に説明する。先に示した空間的に対称な構造を持つリミットサイクルのベイスィンの特性を加工し、観測からベイスィンの特性を得られない系のベイスィンの情報を作成することを考える。教師データの作成過程としては、図5の教師データの作成フロー図に示すように、A.基準データの作成は、S10(処理ステップ)データ収集→時系列データから、S11周期の評価と一周期分のデータの抽出をして、S12時差座標Xと変化率ΔX(t)/Δtを評価し、教師信号として採用する。
【0059】また、B.ベイスィンの合成は、S13標準データ作成し、S14基準データ及び標準データをNr個の区間に分割する、S15各区間について標準データを基準データに変換する写像を求める、S16各区間で求めた写像によって標準データのベイスィンを基準データ上に変換・合成する、S17変換されたベイスィンについて座標Xと変化率Δt/Δtを評価し、教師信号に反映する。さらに、C.位相情報の作成は、S18基準データの時差座標Xと対応する標準データの位相θより教師データを作成する。
【0060】なお、上記図5と共に、次の[手順C−1]から[手順C−4]にその過程を示す。
[手順C−1]観測された振動の時系列データより基準データを作成する。観測された振動の時系列データx(t)より時差座標X(t)を構築する。いま、次元は2であるので、時差座標X(t)は次の式(10)に示すようになる。
【0061】
X(t)={x(t),x(t+τ)} …(10)
【0062】なお、この中から1周期分のデータを抽出して基準データとするが、これはニューラルネットワーク1が学習すべき極限軌道であり、また、振動の周期については、周波数解析や周期点の検出によって可能である。
【0063】但し、観測値のサンプリング間隔Δtの整数倍が、振動の1周期に一致することは少ないので、抽出すべき時差座標ベクトルの数Nsは、NsΔtが振動の1周期を超える最小の数とする。さらに、この1周期分の基準データそれぞれについて、各サンプリング間隔Δtにおける偏差から変化率ΔX(t)/Δtを次の式(11)により求める。
【0064】
ΔX(t)/Δt={X(t+Δt)−X(t)}/Δt …(11)
【0065】なお、ここで求めた変化率は、上記式(3)の近似を与える。また、前記時差座標X(t)と、その点における評価された変化率ΔX(t)/Δtの組により、ニューラルネットワーク1の教師データを作成する。この時に、時差座標X(t)は、上記図1に示すニューラルネットワーク1の入力層ユニット2に、また、変化率ΔX(t)/Δtは、出力層ユニット4に対応付けられるもので、以上は前記「A.基準データの作成」に対応するものである。
【0066】[手順C−2]リミットサイクルより標準データを作成する。前記[手順C−1]において、抽出された基準データを幾つかの区間に分割するが、この分割数をNrとして番号付けを行う。各区間には観測値x(t)から構築された時差座標ベクトルX(t)が複数(ここでは2次元なので最低4つ)含まれていなければならない。
【0067】次に空間的に対称なリミットサイクル、(前記式(6),(7)に示されるGuckenheimer&Holmes のHopf分岐モデル参照)の1周期分のデータ数Nsからなる標準データを作成し、観測から得られた基準データ同様この区間をNrに分割して、同様に番号付けを行う。なお、観測から得られた基準データ、及びリミットサイクルから作成された標準データ上の同一番号の区間を対応させるが、ここで、各対応する区間内のデータ数は等しくなければならない。
【0068】以上は上記図5の「B.ベイスィンの合成」における「S13及びS14」に対応するものである。
[手順C−3]リミットサイクルから、観測より得られた時差座標ベクトルへの変換行列を求める。
【0069】前記対応付けを行った観測から得られた基準データ、及びリミットサイクルから作成された標準データ上の同一番号の区間において、リミットサイクルより作成された標準データXsから、観測より得られた基準データXoへの変換行列Aを求める。ここで、変換行列Aは、時差座標及び標準データの基となるリミットサイクルの次元Dに対して、D×D(ここでは2×2)の正方行列である。
【0070】前記[手順C−2]において、対応させる観測から得られた基準データ、及びリミットサイクルから作成された標準データ上の同一番号の区間には、同一数のデータが存在するが、この同一番号の区間内のデータ数をNeとする。また、リミットサイクルから作成された標準データXsと、観測から得られた基準データXoの関係から、次の式(12)を定義する。
【0071】
【数3】

【0072】なお、求めるべき変換行列Aは、このSdを最小にするものである。そこで、最小二乗法(この場合に変換行列Aの各要素ajkによるSdの偏微分係数∂Sd/∂ajkが0という条件を用いる)を適用して前記変換行列Aを求める。
【0073】さらに、この変換行列Aに同変換行列Aを評価した区間(観測から得られた基準データ及びリミットサイクルから作成された標準データの区間)と同一の番号付けを行う。なお以上は、上記図5の「B.ベイスィンの合成」における「S15」に対応するものである。
【0074】[手順C−4]教師データの補正(ベイスィンの情報の追加)。観測から得られた時系列データを基に作成されたニューラルネットワーク1の教師データは、前記入力層ユニット2に与えられる時差座標と出力層ユニット4が出力するべき変化率よりなる。
【0075】従って、ニューラルネットワーク1が実現すべきトラジェクトリを安定化するには、観測から得られた時系列データを基に作成された教師データと同じ形式でベイスィンの情報を作成し、教師データとしてニューラルネットワーク1へ与える必要がある。このベイスィンの情報は、空間的に対称な構造を持つリミットサイクルのベイスィンの情報を、前記[手順C−3]で求めた変換行列Aによって変換を行い作成する。
【0076】また、前記[手順C−2]でリミットサイクル上に設けられたNr個の各区間は、その上の点がr=μ0.5 ,θ∈[θa ,θb ]によって特徴付けられる。但し、0≦θa ,θb ≦2πである。なお、リミットサイクル上のどの点をθ=0とするかは任意に決定してよい。
【0077】いま、前記[手順C−2]でリミットサイクル上に設けられた1つの区間と観測から得られた、時系列データを基に作成されたトラジェクトリ上の対応する区間との関係、即ち、前記[手順C−3]で同定された変換行列Aを以てリミットサイクルのベイスィンの情報を写像し、ニューラルネットワーク1を安定化させるためのトラジェクトリのベイスィンの情報を作成して、教師データへ反映させることを考える。
【0078】前記[手順C−2]でリミットサイクル上に設けられた1つの区間に対応する領域0≦r≦cμ0.5 (c≧1.0 、cの上限は問題に依存する。本件で示す例でcは1.5 以内),θ∈[θa ,θb ]上の点(r,θ)における変化率(dr/dt,dθ/dt)を、前記式(8),(9)及びリミットサイクル上に設けられた同区間で定義された変換行列Aを以て、観測から得られたトラジェクトリの周囲の空間に点X、及びその点における変化率dX/dtとして写像する。
【0079】この時に、リミットサイクル上の点(r=μ0.5 ,θ∈[θa ,θb ])より写像された、観測から得られたトラジェクトリ上の変化率dX/dtと、式(11)によって評価される観測から得られたトラジェクトリ上の変化率ΔX(t)/Δtが、ほぼ同じ大きさを持つように調整を施す。これは、同トラジェクトリ上でΔX(t)/ΔtとdX/dtの大きさの比を求めて、変換行列Aによって写像された変化率dX/dtに、この比を掛けることによって行われる。
【0080】以上のようにして観測から得られたトラジェクトリに対し、前記式(11)によって評価される観測から得られたトラジェクトリ上の変化率ΔX(t)/Δtと、リミットサイクルのベイスィンから変換行列Aを以て作成されたベイスィンにおけるベクトル場dX/dtを、教師データとしてニューラルネットワーク1に学習させることによって安定な振動モデルを得る。
【0081】なお以上は、上記図2の「S2 ベイスィンのデータを合成し教師データに反映する」及び「S3 ニューラルネットワークによる基準モデル構築(学習)」に対応する。さらに、上記図5の「B.ベイスィンの合成」における「S16及びS17」に対応するものである。
【0082】(D)教師データの再補正(ベイスィンの情報の補正)による学習結果の制御方法。前記(C)「教師データの補正手法」によって与えられた教師データを学習することにより、ニューラルネットワーク上に構築される振動モデルは安定化することが期待される。
【0083】この一方で、学習の結果から獲得されたトラジェクトリ(ニューラルネットワークの出力の時間発展)と、実際の観測から得られるトラジェクトリとの間に無視できない差が生じることがある。
【0084】この原因としては、ニューラルネットワーク1の学習が充分でない場合と、ニューラルネットワーク1の出力層ユニット4側の教師データに問題がある場合が挙げられる。先のニューラルネットワーク1の学習が充分でない場合については、更に学習を進めることによって原理的には解決される。また、後のニューラルネットワーク1の出力層ユニット4側の教師データに問題がある場合については、教師データの再調整が必要となる。
【0085】前記(C)「教師データの補正手法」では、リミットサイクルのベイスィンを変換行列Aを以て、ニューラルネットが学習すべきトラジェクトリのある空間上に写像して教師データを作成した。このようにして補われたベイスィンは、トラジェクトリ上にない状態がトラジェクトリに限りなく近付くためのベクトル場を与えるものであり、ニューラルネットワーク1が解く微分方程式(正確には差分方程式)の解を安定化するのに必要である。
【0086】いま、2次元空間上で閉じたトラジェクトリ(本件が対象にしているニューラルネットワーク1が学習すべきトラジェクトリは閉じたものであり、トラジェクトリを境界にして内側と外側の区別が可能である)の内側と外側のベイスィンにおいて、トラジェクトリ上にない状態がトラジェクトリに近付くためのベクトル場の成分を比較する。
【0087】これら成分の大きさに違いがある場合に、ニューラルネットワーク1が描くトラジェクトリは、本来獲得すべきトラジェクトリに対し大きさが異なる場合がある。この場合には、教師データに付加したベイスィンのベクトル場を再修正して、ニューラルネットワーク1の学習を再修正された教師データに対してやり直す必要がある。
【0088】[手順D−1]修正するベイスィンの決定。ニューラルネットワーク1が獲得したトラジェクトリは、上記図1に示されるニューラルネットワーク1の入力層ユニット2に適当な初期値(観測された時系列データより作成された基準データより選んでもよい)を与えて、時間発展させることにより得ることができる。
【0089】このニューラルネットワーク1の獲得したトラジェクトリと、観測データより得られた基準データのトラジェクトリの大きさを比較する。前記したように、これらのトラジェクトリは閉じており、従って、トラジェクトリの内側にあるベイスィンと、トラジェクトリの外側にあるベイスィンを区別できるものとする。
【0090】ニューラルネットワーク1の描くトラジェクトリが基準データのトラジェクトリよりも小さい場合は、ニューラルネットワーク1の教師データとして与えられたトラジェクトリ内側のベイスィンの性質、即ち、トラジェクトリの内側の状態がトラジェクトリに近付くためのベクトル場の成分の大きさが、外側のそれよりも小さいということになる。
【0091】この場合に、トラジェクトリの内側の状態がトラジェクトリに近付くためのベクトル場の成分を大きくするか、または、トラジェクトリの外側の状態がトラジェクトリに近付くためのベクトル場の成分を小さくすればよいことになる。以下、ニューラルネットワーク1の描くトラジェクトリが基準データのトラジェクトリよりも小さく、トラジェクトリの内側の状態がトラジェクトリに近付くためのベクトル場の成分を大きくする場合について説明する。
【0092】一方、ニューラルネットワーク1の描くトラジェクトリが基準データのトラジェクトリより大きい場合は、トラジェクトリの外側の状態がトラジェクトリに近付くためのベクトル場の成分を大とするか、トラジェクトリ内側の状態がトラジェクトリに近付くためのベクトル場の成分を小さくすればよいことになる。以上については、上記図2の「S5 ニューラルネットワークの獲得したトラジェクトリと観測データより得られた基準データのトラジェクトリとの比較」に対応する。
【0093】[手順D−2]ベイスィンの修正と教師データへの反映。いま、トラジェクトリの内側の状態が、トラジェクトリに近付くためのベクトル場の成分を大きく補正して教師データに反映させる。この修正を施すべきベイスィンは、前記[手順C−4]で説明したように、空間的に対称な構造を持つリミットサイクルのベイスィンより作成されている。
【0094】また、前記(C)「教師データの補正手法」で説明したように、前記式(6),(7)のリミットサイクルの場合に、トラジェクトリ上にない状態がトラジェクトリに限りなく近付いて行く性質は、前記式(6)のdr/dtに示される性質である。
【0095】上記図3に示す例で、即ち、前記式(6),(7)においてμ=1を採用した場合に、トラジェクトリの内側である半径r<1におけるdr/dtを一律cad(cad>1、大きさは問題に依存し本件で示される例では2〜4)倍する。但し、トラジェクトリの内側における|caddr/dt|の最大値が、教師データとして採用している範囲内でトラジェクトリの外側における|dr/dt|の最大値を超えないようにする。
【0096】なお、ここで|……|は絶対値を意味する。これは極端に絶対値が大きい教師データを与えることで、ニューラルネットワーク1の学習が阻害されるのを防ぐためである。また、ニューラルネットワーク1は、その原理から(公知文献4.日本機械学会,RC112 委員会報告書(1993)にもあるように)、教師データ中の絶対値が大きいデータの学習に全体の学習が影響されることが知られている。
【0097】このような調整を行った後に、前記(C)「教師データの補正手法」の手順により教師データを作成し直すが、以上は上記図2の「S7 教師データ(ベイスィン)の補正」に対応する。
[手順D−3]再学習によるトラジェクトリの獲得。前記[手順D−2]において調整された教師データを用いてニューラルネットワーク1の学習を行う。
【0098】この結果から、ニューラルネットワーク1に獲得されたトラジェクトリと、観測データより得られた基準データのトラジェクトリとの比較→ベイスィンの調整→学習を繰り返すことによって、ニューラルネットワーク1の獲得するトラジェクトリを制御できる。なお、以上は上記図2の「S3 ニューラルネットワークによる基準モデル構築(学習)」に対応する。
【0099】(E)基準信号と実測値の比較評価手法。ニューラルネットワークによって構築された振動モデルと観測値とを比較する際に、それらの振幅の違いも重要な監視診断における情報であるが、振幅に現われない変化を検出するためには、それらの波形の間の位相のずれの評価が必要となる。上記「従来の技術」及び「発明が解決しょうとする課題」において説明したように、2つの波形の間で位相の変化を評価するためには、何らかの基準を以てある時刻における波形の位相を揃える必要がある。
【0100】本手法では疑似位相モデル構築過程としては、図6の疑似位相モデル構築フロー図に示すように、S20(処理ステップ)基準データの時差座標Xと対応する標準データの位相θより教師データを作成する。さらに、S21教師データの分割、S22複数のニューラルネットワークによる位相モデル構築(学習)し、S23で判断して、学習誤差大の時は前記S22へ、また学習誤差大でない場合は、S24学習の終了(位相モデル構築の完了)とする。
【0101】上記図6に示すように、ハードウェアの改造や拡張を伴わない位相評価手法について提案する。
[手順E−1]位相情報の作成。観測値から初期状態に与えられたニューラルネットワーク1の出力の時間発展及び観測値から時差座標により構成される位相空間上の状態Xを入力として、位相情報を出力する位相モデルを作成する。
【0102】なお、この位相モデルは、振動モデルと同様にニューラルネットワーク1によって構成される。また、前記(C)「教師データの補正手法」において、ベイスィンの情報を作成する時に用いられた、空間的に対称な構造を持つリミットサイクルをここでも用いて、前記式(7)を基にして疑似的な位相の教師データを作成し、ニューラルネットに学習させる。
【0103】この時θ=0をリミットサイクルの位相図上のどこにするかは任意である。なお以上は、上記図5「C.位相情報の作成」に対応する。前記「[手順C−4]教師データの補正」に従い、リミットサイクル上の区間と、観測から得られたトラジェクトリ上の区間とを対応付ける変換行列Aによって、観測から得られたトラジェクトリ上の点X(t)={x(t),x(t+τ)}と、リミットサイクル上の点のθを対応付けする。
【0104】即ち、変換行列Aによってリミットサイクル上の点Xsから、写像される観測から得られたトラジェクトリ上の点Xoは、リミットサイクル上の点Xsの位相情報θを持つのである。これを観測から得られたトラジェクトリ上の点Xoの疑似位相とする。
【0105】この疑似位相のモデルを構築するニューラルネットワーク1に与える教師データは、前記入力層ユニット2に対応するトラジェクトリ上の点X、出力層ユニット4に対応する位相θ(X)よりなる。この教師データを学習することによって、ニューラルネットワーク1上に目的とする疑似位相モデルが構築される。本手法における監視診断対象は周期的な振動現象であり、ニューラルネットワーク1による疑似位相モデルの構築に際しては、次のことに注意しなければならない。
【0106】前記のように位相情報を作成する際に、リミットサイクル上のどの点をθ=0とするかは任意であるが、この点は同時にθ=2πでもある。即ちこの点は、前記説明した手法に従うと、2つの解(θ=0及びθ=2π)を持つことになり、ニューラルネットワーク1においては、このような教師データを学習することはできない。
【0107】そこで、少なくとも2つのニューラルネットワークにより、疑似位相モデルを構築する必要があり、一方のニューラルネットワークはθ=0を含む領域の教師データを学習し、もう一方のニューラルネットワークがθ=2πを含む領域の教師データを学習することで、同問題を回避した疑似位相モデルを構築する。
【0108】[手順E−2]基準データと実測値の比較評価。任意の時刻において観測された時系列から、時差座標(式(4),(10)参照)により1周期分のトラジェクトリXo(t)を構成する。この観測値より構成されたトラジェクトリが監視診断対象である。次に、このトラジェクトリにおいて、一番初期の状態をニューラルネットワーク1によって構築された振動モデルの初期値とし、この時間発展により基準となるトラジェクトリXs(t)を作成する。
【0109】これら2つのトラジェクトリXo(t)及びXs(t)の形、あるいはXo(t)及びXs(t)の1成分の振幅の比較において違いが検出された場合に、何らかの異常が生じたと判断される。さらに、2つのトラジェクトリXo(t)とXs(t)の位相を、ニューラルネットワーク1によって構築された疑似位相モデルによって評価し、それら位相の間に違いが生じた場合に、たとえトラジェクトリXo(t)及びXs(t)の1成分の振幅に違いが見られなくても、何らかの異常が生じたと判断される。
【0110】次に、上記周期的振動現象監視診断手法における適用例及び手順について説明する。図7の監視診断手法適用のブロック構成図に示すように、周期的振動現象監視診断方法においては、監視診断対象13からセンサ14によって測定された信号15は、サンプリング手段16を介して時差座標によるトラジェクトリ構成に用いられる。
【0111】このトラジェクトリの一番初期の状態を、ニューラルネットワーク1により構築された振動モデル17の初期値とし、この時間発展により基準となるトラジェクトリを得る。さらに、2つのトラジェクトリの状態は、振動モデルの出力18とトラジェクトリの再編成19を介して振幅形の比較を行い、同じ特性の疑似位相モデル20,21にそれぞれ送られて、疑似位相の比較による位相情報の評価を得る。
【0112】また、前記のシステムの構築及び適用の手順は、図8の監視診断手法適用のフロー図に示すように、先ず、監視診断対象である系の正常時のデータであるS30(処理ステップ)振動現象のサンプリング(観察1)から、S31教師データの作成及びその補正により、S32振動モデル22の構築と、S33疑似位相モデル23を構築する。
【0113】次に、前記構築された振動モデル22と疑似位相モデル23を監視診断に用いて、監視診断対象である系のデータであるS34振動現象のサンプリング(観察2)と、S35振動モデル(22)の初期値から、S36振動モデルよりトラジェクトリを求める。
【0114】また、前記S34振動現象のサンプリング(観察2)より、S37時系列データからトラジェクトリを再構成し、前記2つのトラジェクトリをS38比較して、S39振幅、トラジェクトリの形の差異大を評価し、違いを検出した場合にはS40異常と判定し、違いが検出されない場合は、S41異常とはいえないと判定する。
【0115】一方、前記S37時系列データからのトラジェクトリによるS42疑似位相モデル23と、前記S36振動モデルより求めたトラジェクトリによるS43疑似位相モデル23とをS44比較して、S45疑似位相の差異大を評価し、違いを検出した場合にはS40異常と判定し、違いが検出されなかった場合には、S41異常とはいえないと判定する。
【0116】なお、前記S39振幅、トラジェクトリの形の差異大の評価、及びS45疑似位相の差異大の評価のいずれか一方で、異常と判定された場合には、監視診断対象である系に異常が発生したものと判断される。
【0117】以下、振動モデル17及び疑似位相モデル20,21について説明する。図9のトラジェクトリ図は、van der Pol の方程式(公知文献5.戸田盛和,波動と非線形問題30講,朝倉書店(1995))である次の式(13)により、x(t)を観測された信号と見立て、その時差座標により再構成されたトラジェクトリ24を示す。
【0118】
【数4】

【0119】なお、ここではパラメータε=2.0を採用し、振動モデル17を構築するニューラルネットワーク1は、このトラジェクトリ上のベクトル場とリミットサイクルのベイスィンから写像されたベイスィンを学習することになる。
【0120】図10のベイスィンの写像図は、(a)にリミットサイクル25とそのベイスィン上の点26を、また、(b)は観測から得たトラジェクトリ27と、リミットサイクルから写像されたベイスィン上の点28を示したものである。前記(C)「教師データの補正手法」において示された手法により求められた変換行列Aによって、空間的に対称な構造を持つリミットサイクルのある空間から、上記図9のトラジェクトリ29の空間への写像の様子を示している。
【0121】また、上記図10(a)のリミットサイクル25周辺の空間に点26で示される状態は、観測から得られたトラジェクトリの回りの空間の点で示される位置に写像される。ここで注目されるのは、上記図10(b)に示す観測から得られたトラジェクトリ27の構造が、複雑な所ほど写像されたベイスィン上の点28が密集していることである。
【0122】これにより、トラジェクトリ27の内側と外側のベイスィンにおいて、トラジェクトリ27上にない点がトラジェクトリ27に限りなく近付くための成分のバランスが取れていれば、ニューラルネットワーク1の解の時間発展として得られる複雑な構造のトラジェクトリを安定化することができる。
【0123】図11のトラジェクトリ図は、ニューラルネットワーク1が獲得したトラジェクトリと、教師データとして与えたトラジェクトリを示したもので、教師データとして与えたトラジェクトリ29(実線)に対する、ニューラルネットワークが獲得したトラジェクトリ30,31(破線)を示す。
【0124】なお、トラジェクトリ30(破線)は、ベイスィンを調整しなかった場合であり、本来獲得すべきトラジェクトリよりもその大きさが小さい。これは、前記の(E)「基準信号と実測値の比較評価手法」における、トラジェクトリの内側のベイスィンにおいてトラジェクトリ上にない点がトラジェクトリに限りなく近付くための成分がトラジェクトリの外側のそれに比べ小さいためである。
【0125】また、トラジェクトリ31(破線)は、トラジェクトリ29(実線)の内側のベイスィンにおいて、トラジェクトリ27上にない点がトラジェクトリ27に限りなく近付くための成分を4倍にした場合である。但し、トラジェクトリ31の外側の同成分の大きさを、絶対値において超えないように調整してある。このトラジェクトリ31の場合の同成分については、図12のトラジェクトリに限りなく近付くための成分の絶対値の分布図に示す。
【0126】なお、図12(a)はトラジェクトリ周囲の同成分の絶対値を等高線32と、x(t+τ)=0の軸線33を示し、図12(b)は(a)におけるx(t+τ)=0における断面を示していて、|dr/dt|=0の位置がリミットサイクル34となることから、ニューラルネットワークによる振動モデルの構築が実証できた。
【0127】ニューラルネットワークによる疑似位相モデル20,21については、図13のニューラルネットワークによる疑似位相モデルの構成図に示す。前記(E)「基準信号と実測値の比較評価手法」にあるように、この実施例ではニューラルネットワーク35として、第1ニューラルネットワーク36及び第2ニューラルネットワーク37の2つのニューラルネットワークと、切替手段38により構成して、同一の点がθ=0及びθ=2πといった2つの値を持つ問題を解決している。
【0128】具体的には振動モデル17であるニューラルネットワークが獲得したトラジェクトリX=(x1 ,x2 )を、x1 ≧0とx1 <0の2つの領域に分け、これらを領域1、領域2として、第1ニューラルネットワーク36と第2ニューラルネットワーク37に入力させる。
【0129】図14のトラジェクトリの分割と位相情報の対応図に示すように、トラジェクトリ上の点Xθoを領域1ではθ=0、領域2ではθ=2πとして位相情報を作成する。先ず、領域1における位相情報を、上記図13に示すニューラルネットワーク35の第1ニューラルネットワーク34への教師データとし、領域2における位相情報を第2ニューラルネットワーク35への教師データとして各々に学習を行った。
【0130】この教師データは、第1及び第2ニューラルネットワーク36,37における入力層に対応するトラジェクトリの状態X=(x1 ,x2 )と、出力層に対応する位相θより構成される。実際の位相の評価においては、入力となるトラジェクトリの状態X=(x1 ,x2 )の値に応じて、第1ニューラルネットワーク36(x1 ≧0の場合)、あるいは第2ニューラルネットワーク37(x1 <0の場合)を切替手段36により切り替えて用いる。
【0131】図15の位相評価特性図において、(a)は基準信号と評価対象信号を、(b)は前記基準信号と評価対象信号を疑似位相モデルによる評価を示している。この同ニューラルネットワークによる、疑似位相モデルを用いた信号の位相評価の例では、上記図15(a)で基準信号39(破線)に対して、評価すべき評価対象信号40(実線)の振幅に大きな変化は見られないが、図15(b)における疑似位相モデルによる評価においては、基準信号41(破線)と評価対象信号42(実線)により、その違いを明確にできる。
【0132】また、このことは、図16のトラジェクトリ形の比較図に示すように、基準信号のトラジェクトリ43と、評価対象信号のトラジェクトリ44の形からも判断することができる。以上から、疑似位相モデル20,21の導入により、位相評価手段としてハードウェアの改造なしに、基準信号と実測された信号との間の位相の差を評価できることが実証できた。
【0133】これにより本発明では、(a)観測からそのベイスィンの構造が不明な振動系のモデルをニューラルネットワークによって構築する際に、安定なリミットサイクルのベイスィン構造を基にして教師データを補うことができる。また、学習結果を教師データにフィードバックさせることによって、ニューラルネットワークが獲得した力学特性を安定化し、かつ、学習結果を観測された振動系の挙動により合わせるための補正ができる。従ってこれらにより、観測データに根ざした誤差の少ない安定なモデルを構築することができる。
【0134】(b)振動系のモデルを構築することによって、振動系の監視診断において観測信号とモデルの出力の比較を行う際に、任意の時刻の観測値をモデルの初期値とすることができる。このために、振動系の位相検出のための手段を必要としないので、ハードウェアの直接的な改造や工夫が不要となる。
【0135】(c)ベイスィン構造を作成する際に用いられたリミットサイクルの位相を基にして疑似位相モデルを構築するために、前記(b)と同様に振動系の詳細な位相検出のためのハードウェア上の手段が必要ない。また、ニューラルネットワークに疑似位相モデルを構築する際に用いる教師データを工夫することにより、監視診断対象である振動データの位相の変化に対する検出精度を向上することができる。
【0136】
【発明の効果】以上本発明によれば、各種プラントの工学システムにおいて、回転体等の振動データを診断する際の基準となるデータをニューラルネットワークによる振動モデルとして得ると共に、限られた実測データより作成された教師データを学習することで、構築するニューラルネットワークの振動モデルを安定化させることができる。
【0137】さらに、この振動モデルより得られる基準データと実測値とを比較する際に、必要な位相を揃えるためのハードウェアの改造を必要とせず、容易に高精度の周期的振動現象の監視診断が行えることから、信頼性と共に経済性も向上する。
【出願人】 【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
【出願日】 平成9年(1997)12月25日
【代理人】 【弁理士】
【氏名又は名称】猪股 祥晃
【公開番号】 特開平11−183246
【公開日】 平成11年(1999)7月9日
【出願番号】 特願平9−356674