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【発明の名称】 円盤状工具
【発明者】 【氏名】平野 豊忠

【氏名】下廣 真司

【氏名】曽我 勝明

【要約】 【課題】従来技術に係る耐摩耗性膜のコーティングを施した円盤状工具に内在する欠点に鑑み、高い耐久性を実現し得る耐摩耗性膜のコーティング技術を提供する。

【解決手段】鋼製の円盤状基板に超硬合金・サーメット・耐摩耗鋳造合金等の耐磨耗性チップが鑞付けされ、物理蒸着法による耐摩耗性膜のコーティングを施してなる円盤状工具において、前記円盤状基板の直径(D)に対し前記コーティングを施す範囲を、該直径(D)の0.75倍以上となるように設定した。この場合に、前記コーティングを施す範囲を直径(D)の0.85倍以上の大きい範囲となるよう設定してもよい。耐摩耗性膜の主体は、炭化チタン(TiC)、C/N原子比が0.5を超える炭窒化チタン(Ti-C-N)または窒化アルミチタン(Ti-Al-N)から選択された膜物質である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】 鋼製の円盤状基板に超硬合金・サーメット・耐摩耗鋳造合金等の耐摩耗性チップが鑞付けされ、物理蒸着法による耐摩耗性膜のコーティングを施してなる円盤状工具において、前記円盤状基板の直径(D)に対し前記コーティングを施す範囲を、該直径(D)の0.75倍以上となるよう設定したことを特徴とする円盤状工具。
【請求項2】 前記コーティングを施す範囲を、直径(D)の0.85倍以上の大きい範囲となるよう設定した請求項1記載の円盤状工具。
【請求項3】 前記円盤状基板に耐摩耗性チップを鑞付けするのに使用される鑞材は、その亜鉛(Zn)含有量が5%以下である請求項1または2記載の円盤状工具。
【請求項4】 前記円盤状基板の鋼材は工具鋼や構造用鋼である請求項1〜3の何れかに記載の円盤状工具。
【請求項5】 耐摩耗性膜の主体は、炭化チタン(TiC)、C/N原子比が0.5を超える炭窒化チタン(Ti-C-N)または窒化アルミチタン(Ti-Al-N)から選択された膜物質である請求項1〜4の何れかに記載の円盤状工具。
【請求項6】 耐摩耗性膜の主体は窒化アルミチタン(Ti-Al-N)であり、円盤状工具は鉄鋼切断用丸鋸である請求項1〜4の何れかに記載の円盤状工具。
【請求項7】 前記円盤状基板の直径をDとし、該基板の厚みをtとした場合に、t/D2は3.7×(1/105)以下に収まっている請求項1〜6の何れかに記載の円盤状工具。
【発明の詳細な説明】【0001】
【発明の属する技術分野】この発明は円盤状工具に関し、更に詳細には、鋼材・木質材料等の切断・溝切りに用いる付け刃丸鋸に代表される円盤状基板に刃先チップを鑞付けしてなる円盤状工具において、高い耐久性を有するチップを実現し得る耐摩耗性膜のコーティング技術に関するものである。
【0002】
【従来の技術】従来より鉄鋼切削用の工具、特にスローアウェイチップを機械的にクランプして用いる工具では、物理蒸着法により窒化チタン(TiN)、炭化チタン(TiC)、炭窒化チタン(Ti-C-N)等の膜のコーティング、或いはこれらチタン系の膜の組合せに係る積層コーティングを施したチップが広く使用されている。特に最近は、チタンアルミ系窒化物(Ti-Al-N)の膜が、前記の膜より耐久性に優れるものとして注目され、殊にTi/Al原子比で0.3〜3のものが実用化されている。
【0003】また前記のスローアウェイチップを機械的にクランプしてなる工具の外に、図1の(a)に示す如く、鋼材や木材等を切断する丸鋸に代表される鋼製の円盤状基板10に耐摩耗性のチップ12を鑞付けした円盤状工具14が広く使用されている。しかしながら、このチップ鑞付け工具14に前述した各種のコーティングを施す場合、円盤状基板10は比較的小さな熱応力によって大きな変形・座屈を生ずるため、膜質と密着性の双方において良好なコーティングを施すことは困難であった。すなわち、コーティングを施すには被コーティング部を数百℃程度の処理温度に保持して成膜を行なう必要があるが、このような高温処理では円盤状基板における不均一な温度分布に起因する熱応力により該基板に高温塑性変形が発生し、これが歪みとして残留するので高温処理ができない。そこで歪みの発生しない低温で処理すると、今度は良好な膜質と密着性が得られないことになる。
【0004】このように円盤状基板に残留歪みを生ずると、その修正は殆ど困難であるか、或いは非常に手間が掛るために実用に供し得ないものであった。殊にこのような歪みは、円盤状基板の直径寸法Dに対し該基板の厚さtが比較的に小さい、所謂薄鋸(丸鋸の場合)に関して発生し易いことが確認されている。具体的な例を挙げると、基板直径Dが200mmで厚さtが1.4mm以下、直径Dが250mmで厚さtが1.75mm以下、直径Dが300mmで厚さtが2.2mm以下、直径Dが350mmで厚さtが2.5mm以下の如き比率である。但し、本明細書で円盤状基板の直径Dとは、該基板の外周から切込みを設けている場合には(例えば丸鋸では刃室となる切込み)、その切込みの底部位置の半径の2倍、換言すれば一方の切込みの底部から対向的に位置する他方の切込みの底部までの最小径を指すものである。
【0005】またコーティングされる膜物質について観察すると、鉄鋼切削用工具に施される膜物質の中で、窒化チタン(TiN)は比較的に低い処理温度で良好な成膜が出来るのに対して、炭化チタン(TiC)は高い処理温度を必要としている。なおC/N原子比が略0.5を超える炭窒化チタン(Ti-C-N)も同様である。更に窒化アルミチタン(Ti-Al-N)の膜も、窒化チタン(TiN)に比較してより高温の処理で良好な成膜が出来る。これらの点は、例えば特許第2,560,541号公報に、超硬合金やサーメットの基材表面に対しチタン(Ti)とアルミニゥム(Al)の複合窒化物被覆層が良好に密着する工具として、基材表面と窒化アルミチタン(Ti-Al-N)膜の間に、窒化チタン(TiN)からなる密着性被覆層を設けることが提案されている事実からも窺われる。これらの難成膜性物質を成膜するには、密着強さと膜質(内部応力や靭性)の双方において、成膜時の温度(処理温度)を高くすることが必要であって、望ましくはより高温で処理される。この点は、例えば表面技術協会の発行に係る表面技術誌(vol.44、No.9 1993年)"アークイオンプレーティング膜の特性と工業的応用"の3.3 膜と基材の項に指摘がなされている。
【0006】しかし、前述した如く円盤状工具には、コーティングの際の処理温度に起因する歪みの発生という固有の問題がある。このため従来は、高速度工具鋼の円盤状基板の外周縁に直接刃先を刻み形成してなる全鋼製の丸鋸(メタルソー)に窒化チタン(TiN)をコーティングしたものや、超硬合金付け刃丸鋸で鋸径に対し比較的厚み寸法のあるものに限って、窒化チタン(TiN)や炭窒化チタン(Ti-C-N)等のコーティングを施したものがあるに過ぎない。例えば、日本金属学会誌第58巻、第6号(1994年)に掲載のイオンプレーティング低温成膜と鋸刃への応用には、外径280mmで厚さ3.7mmの超硬チップ付け刃丸鋸において、鋸刃が変形しない範囲の処理温度は250℃以下とする必要があるとの記載がなされている。この場合のコーティング膜は窒化チタン(TiN)を主体とし、膜の硬さを上げるためにTiC0.60.4を間に挟んでいる。またこの研究では、PVD装置としてアーク放電活性化反応性イオンプレーティング装置と称するやや特殊なものを用い、低温での成膜を可能にしている。
【0007】耐摩耗性膜のコーティングが施されて実用化されている全鋼製の丸鋸(メタルソー)では、該丸鋸の外周から丸鋸直径(D)の0.40〜0.6倍程度内側へ入った部分にまで成膜がなされている。その理由は、前記メタルソーは再研磨を繰返すことにより、半径で数10mm減少するまで使用するので、この範囲まで成膜を行なう必要があるからである。また超硬合金付け刃の丸鋸にも、前記のように広い範囲に亘って成膜されている理由は、■円盤状基板の耐食性向上や商品価値の向上という見地からの他に、■物理蒸着法でコーティング処理する際は多数枚の丸鋸を同軸的にセットして行なう必要のあることが挙げられる。すなわち複数の丸鋸をセットするときは、図4に示すように、丸鋸10の間にリング状の間座(シム)20を同軸的に介装してこれら丸鋸10の間に隙間を確保するが、その間座20の大きさとしては丸鋸直径の半分程度あればよい、という理由に基づく。何れにしても、成膜範囲を円盤状基板における外周の一定範囲に制限して、歪みを防止するという考えに基づく提案は従来全くなされていなかった。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】丸棒パイプ等の鉄鋼を冷間で切断する合金付け刃丸鋸(コールドソー)や、木質材料・段ボール紙等を切断するチップソーは、鋸本体をなす円盤状基板の厚みを薄く設定して、切断時における材料歩留りの向上、機械負荷の低減その他粉塵の減少等を図る必要がある。例えば、鉄鋼切断専用機はガイドを備えて丸鋸の挽き曲りを抑制し、これにより鋸刃の剛性を補って薄鋸での効率的な切断を行ない得るようになっている。他方でこれらの用途に供される丸鋸は、ランニングコストおよび生産性を向上させる見地から、刃先チップにおける耐久性の向上が求められている。このため刃先チップ材料の最適化を図る他に、その刃先チップに表面処理を施すことで耐久性を更に向上させる必要性が重要課題になっている。
【0009】この表面処理としては物理蒸着法(PVD)が好適に使用される。このPVDにおいて、コーティングによる膜質と密着性とを良好なものとするためには、成膜前にPVD装置の内部で円盤状基板にイオンボンバード(イオン衝撃)を行ない、被コーティング面の清浄化と昇温を実施する必要がある。なお円盤状基板の昇温は、PVD装置に別途内蔵したヒーターを用いて予熱してもよい。本体が円盤状基板からなる工具、特に丸鋸の如く基板の直径に対して相対的に厚みの薄い薄鋸では、僅かな温度分布の差により様々な形態の変形・座屈を生ずる。殊に円盤状基板が高温になっている状態で、このような変形や座屈が大きく生ずると塑性変形が発生し、常温に戻った後に歪みが残留してしまうことになる。この残留歪みには皿状の変形(節直径数n=0の変形)と、円盤状基板の側面が振れる変形(節直径数n=1,2,3等の変形)とが知られている。何れにしても歪みが残留すると、円盤状基板における煩わしい歪み修正が必要になったり、或いは歪み修正をなし得ない等の問題が生じる。従って強力なイオンボンバードを行なったり、或いは予熱温度を上げて被コーティング部の温度を高くして、膜質と密着強さを確保すると共に残留歪みの発生を防止することが課題であった。
【0010】
【発明の目的】丸鋸をPVD処理する場合は、円筒状の真空チャンバにおける内部中央に立設した軸(図4に符号22で示す)に該丸鋸14の中心孔24を挿通し、これにより多数枚の丸鋸14を同心的にセットする。このとき丸鋸14と丸鋸14との間に適当な間隔を確保するために、前述の間座(シム)20が同軸的に介装されるものであり、簡便には該間座としてパイプを輪切りしたリングが用いられる。これによって前記イオンボンバードは、間座の外側に集中する形となり、またコーティング層は該間座の外側だけに成膜されることになる。本発明は、この間座による成膜範囲の制限によって残留歪みの発生を有効に防止するものである。すなわち本発明は、従来技術に係る耐摩耗性膜のコーティングを施した円盤状工具に内在している前記欠点に鑑み、高い耐久性を実現し得る耐摩耗性膜のコーティング技術を提供することを目的とする。
【0011】
【課題を解決するための手段】前記課題を克服し、所期の目的を好適に達成するために本発明は、鋼製の円盤状基板に超硬合金・サーメット・耐摩耗鋳造合金等の耐摩耗性チップが鑞付けされ、物理蒸着法による耐摩耗性膜のコーティングを施してなる円盤状工具において、前記円盤状基板の直径(D)に対し前記コーティングを施す範囲を、該直径(D)の0.75倍以上となるよう設定したことを特徴とする。
【0012】
【発明の実施の形態】PVDによるコーティングの金属蒸発源としてチタンを用い、アークイオンプレーティング装置を使用して表1および表3の実験を行なった。試験に供した基板として、例えば直径Dが360mmで厚さtが2.25mm等の各種円盤や丸鋸を用い、前記間座として使用されるリングの大きさdsを変更することで、イオンボンバード処理による残留歪みを調べた。リングの肉厚は、その材料となるパイプ材の寸法の都合から7〜15mmの範囲とした。またリングの幅、すなわち積層される基板の間隔は20mmとした。イオンボンバードの強さは、供試円盤に印加される負電圧とアーク電流および時間によって決定される。表1の実験および表3の実験では、アーク電流100Aで一定としてイオンボンバードを行なった。また一部は、装置に内蔵したヒータにより予熱を60分行ない、その後直ちにイオンボンバードを行なった。予熱の欄に掲げた温度は、前記ヒータの温度である。表1の実験では、寸法20×5×2(単位mm)で、焼入れ後に180℃で焼戻し処理したJIS SKS2のテストピースを、供試円盤の最外周部およびリング直近内側に載置して同時にイオンボンバード処理し、処理後に測定した硬さの低下からイオンボンバード時の温度を推定して、これを表中に示した。ここでT1はリング直近内側の温度、T2は供試円盤における最外周の温度、△TはT2−T1の温度差である。
【0013】
【表1】

【0014】この実験により、リングの直径dsと供試円盤の直径Dとの比(ds/D)が小さい方が最外周部の温度は低くなるが、歪みが出易くなることが判った。またリング径を大きくすると、歪みのモードが高次化することにより、歪みが発生し難くなることが判った。
【0015】そこで以下の座屈解析を行なった。この解析は前記のリング直径dsと基板直径Dとの比(ds/D)を変更し、リングの内側と外側の温度差△Tを大きくしていって、供試基板が座屈する温度差△Tbとその変形のモードを有限要素法を用いて求めた。簡単化のために円盤を考え、該円盤の寸法を直径D=360、厚みt2.25、中心孔の直径φ40(寸法単位mm)とした。要素としては三角形薄肉シルを用い、鋼材の物性として縦弾性係数Ε=21,000(kgf/mm2)、ポアソン比ν=0.3、密度ρ=8g/cm3とした。間座としてのリングの肉厚は7mmに設定し、該間座の当る部分と中心孔周縁とに厚み方向の変位がないよう拘束条件を設定した。
【0016】前記の座屈解析における計算結果を図2に示す。図中の例えば(0,3)は、節円数m=0、節直径数n=3のモードでの座屈であることを示している。なお、節円数mが0でないモードの座屈は、解析結果でも実際に発生した歪みでも認められなかった。よって以下の説明では、m数を省略することにする。この図2から、リング直径dsと円盤直径Dとの比(ds/D)が0.70までの間は、■この比ds/Dが大きくなるに伴って座屈モードが高次になること、および■この間の座屈温度差△Tbは余り大きく変わらないことが判明した。またds/Dが0.70を超えると、座屈モードはn=0になり、△Tbが急に大きくなることが判明した。
【0017】この解析結果ではds/Dが0.70を超えて座屈モードがn=0になると、△Tbが500〜800℃にならないと座屈しない。実際には表1のデータから、このような温度差がPVD処理中に発生することはなく、従ってリングの大きさをds/D>0.70になるようにすれば、物理蒸着法の工程で座屈からの残留歪みが発生することはない、という解析結果を得たと云える。図2と表1の実験結果とを対照し、n=3〜5の歪みが発生した実験No.1,2,8,10,11について見ると、実験結果では解析結果の△Tbより小さい温度差で歪みが発生しているが、発生した歪みのモードと解析による座屈のモードとは略合致している。またds/Dが略0.70以上では、歪みが発生していない点でも解析と実験の結果は一致している。このことから解析結果が、相当に実際的なものであることが推定できた。
【0018】次に、円盤の直径と厚みの変化によりどうなるかを解析した。その結果は、表2に示す如く、t/D2に正比例して△Tbが大きくなることが判明した。また、この比例定数はリング直径dsと円盤直径Dの比(ds/D)によって決まるものであり、従って直径Dや厚みtが異なる場合も、共通的に図2の曲線が成り立つものである。但し、この場合の縦軸の目盛りはt/D2に正比例して増減する。
【0019】
【表2】

【0020】前述した解析結果を更に検証するために、表1の実験よりもイオンボンバード条件を強くした実験No.12〜14(表3)を行なった。この場合に、イオンボンバードは印加電圧を装置能力の上限である900Vまで高めて行なった(アーク電流は100Aとした)。この結果、実験No.3では歪みが発生しなかったリング直径dsと円盤直径Dの比(ds/D)が、0.69の条件でn=6の大きな歪みが発生した。これに対しds/Dが0.78および0.94では、前記の如き大きな歪みは発生しなかった。
【0021】次に丸鋸の円盤状基板についての実験No.15〜22を行なった。この丸鋸には刃数46個の刃室形状が形成されているので、図1の(a)および(b)に符号18で示す任意の刃底から中心孔24を通過して対向する刃底18に至るまでの直径(刃底径)をDとして、リング直径dsと刃底径Dの比(ds/D)を示した。この実験では、ds/Dが0.75以上で歪みが発生しなかった。
【0022】
【表3】

【0023】表3に示す実験No.23〜25は、略装置能力の実用的な限界で行なったもので、また実際にチップを鑞付けした鋸刃を処理すると、普通に超硬合金の鑞付けに用いた銀鑞が変質して強度が低下する程の温度になる、という意味でも限界的な条件で行なったものである。実際にこの条件の下で、最も普通に用いられるJIS BAg3相当のAg50−Cu15.5−Zn15.5−Cd16−Ni3(%)の銀鑞(固相線630℃、液相線690℃)で鑞付けした超硬付け刃丸鋸を処理すると、900Vのイオンボンバードの際に銀鑞成分からの放出ガスの発生が多くあり、かつ処理後に観察すると銀鑞層が部分的に溶融していた。また銀鑞層の強度が平均的に明らかに低下し、かつ著しく強度低下した刃も認められた。そして実際に鋼材を切断すると、簡単にチップが剥離した。
【0024】従って、前記の如き限界的な条件の下で実施する場合には、融点がもっと高く、かつ亜鉛のような蒸発し易い成分を多く含まない銀鑞を用いる必要がある。この例として、デグッサ(DEGUSSA)社製の銀鑞6488(Ag64−Cu26−Mn2−Ni2−In6、固相線730℃、液相線770℃)を用いて製作した鋸刃では、前記の限界的条件で処理しても鑞付層の溶融は見られず、鑞付強度の低下も全く起きなかった。また田中貴金属製のT−14(Ag75−Cu20−Zn5、固相線732℃、液相線774℃)も、銀鑞成分からの放出ガスの発生がなく、鑞付層の再溶融も起きなかった。この結果から再溶融は、放出ガスに起因するガス圧上昇によって鑞付層に異常放電が起きることによる、と云う事実が判明した。従って実験No.23〜25の如く強いボンバードを行なう必要がある場合には、亜鉛(Zn)が5%以下好ましくは0%である銀鑞を用いることで鑞付強度を確保し得るものである。
【0025】実験No.23中で歪みのモードの欄におけるn=0(±)の意味は、皿型の変形はあるが、これは軽い力でボコボコと変形が反転する状態で丸鋸の外周部が緊張し過ぎている状態(過腰入れ状態)にあることを示している。すなわち丸鋸の外周部は、高温により熱膨張しようとするにも拘らず、該丸鋸内部の低温部分により拘束されて完全に膨張し切れず、その結果として塑性変形による縮みが残ったものである(所謂ヒートテンション)。この状態は、例えば1,500r.p.m.以上の高回転で使用される木材や木質材料の切断用薄鋸では、却って良好な挽材性能が得られる場合があり、必ずしも悪い状態ではない。しかし鉄鋼切断用の丸鋸は一般に鋸刃の周速度が遅いので、このような状態で実用に供されることは稀である。従って修正が必要であるが、歪みではないので、外周部を円周方向に均等にハンマリング或いはショットブラストして展伸させることで容易に元に戻すことが出来る。実験No.24とNo.25の場合も、前記ヒートテンションが生じたが、過腰入れ状態には至っておらず、修正なしで使用出来る状態であった。従って生産能率からみると、鉄鋼切断用の丸鋸ではリング直径dsと円盤直径Dの比(ds/D)は0.85以上とすることが好ましい。
【0026】前記の実験に基づき、外径360(刃底径D=351.5)、鋸刃厚2.6、基板厚さt=2.25、中心孔40(何れも単位mm)で刃数100の鉄鋼切断用鋸刃について、本発明を実施した効果を以下に述べる。なお、この場合のコーティングを施した鋸刃のチップはJIS M20に相当する超硬合金であって、そのコーティング条件および成膜品質の評価を表4に示す。
【0027】
【表4】

【0028】比較用に同一チップでコーティング無しの鋸刃と、サーメットチップを付けた鋸刃(サーメット鋸刃)とを用い、実験No.27〜30に係るコーティング鋸刃の耐久切断試験を行なった。その結果を、図3に示す(図の縦軸は鋸厚1mm当たりの正味切断動力を示す)。この耐久試験では、被切断材としてJIS SCM440Hの熱間圧延鋼(ロックウル硬度C28〜35)で直径50mmの丸棒を選択し、該丸棒を軸回転数200r.p.m.、送り速度600mm/分の切削条件で切断した。この場合に使用したサーメットは強靱サーメットと称され、前記JIS M20に相当する超硬合金と共に、この種の用途に多数用いられている。刃形状は、図1の(a)に示す丸鋸14において、その図1(c)に示す如く、交互に左右にずらした位置に切粉分割溝16を設けた刃型を有し、第1すくい角がマイナス20°で外周逃げ角8°となっている。また刃先端部には、0.3Cの面取りが施されている。
【0029】従来技術に係る実験No.26では歪みの発生はなかったが、膜の密着強さが不足しており、膜応力が大きいためチップの外周面や側面に部分的に視認し得る大きさの膜剥離があり(一部は母材チップ面が露出)、コーティング性能としては充分な期待をなし得ないものであった。実験No.27に係る窒化チタン(TiN)のコーティングでは、チップ刃先のC面取りや切粉分割溝の角部に微妙な剥離が見られるが、これは膜内剥離に留まるものであって、母材チップ面の露出はなく良好であった。この膜内剥離は膜厚の一部がはじけ飛んだ状態を指称し、結果的にその部分での膜が薄くなっているものである。また実験No.28に係る窒化アルミチタン(Ti-Al-N)のコーティングも、同様のコーティング品質であった。更に実験No.29に係る炭窒化チタン(Ti-C-N)のコーティングも膜内剥離であったが、先の実験No.27およびNo.28に比べると僅かに大きく出ていた。しかし良好な範囲にあった。
【0030】これら実験No.27,No.28およびNo.29の何れも、コーティング無しの鋸刃に比較すると、特に外周逃げ面と側面の耐摩耗性が向上して、図3に示すような切断所要動力経過を示し、従ってコーティング品質が良好であることを確認できた。なお、窒化チタン(TiN)のコーティングや炭窒化チタン(Ti-C-N)のコーティングと、窒化アルミチタン(Ti-Al-N)のコーティングとの性能差は、高硬度材に対する高速微小切込み切削という本試験条件の特徴から、夫々の耐高温酸化性の差が顕著に現れて耐摩耗性に影響し、切削動力の差となったものである。実験No.30は、前記した銀鑞の変質・強度低下を防ぐために、前記デグッサ社製の銀鑞6488を用いた。図3に示した如く、実験No.30に係る窒化アルミチタン(Ti-Al-N)のコーティングが、耐久性において最も良好であった。
【0031】本発明の実施に際しては、以下の点を考慮する必要がある。すなわち、コーティングを施すために丸鋸と丸鋸との間に間座を介装させる際には、全ての部材について高い同心精度が得られるよう積層することが望ましい。リング(間座)における偏心の度合が大きいと、丸鋸におけるコーティングゾーンが円周的に不均等になり、これが歪みを生ずる別の原因になりかねないからである。但し、リングを配置する際の偏心は若干は差し支えなく、また該リングの部分的な変形その他によりコーティングゾーンが円周上的に不均等になっても、必ずしも支障を来すものではない。その場合は、円周全体の平均値で見たリング直径dsと丸鋸直径Dの比(ds/D)を考慮すればよい。また真空排気を容易にするために、このリングに通気孔を設けると、該通気孔を通してリング内部に部分的にコーティングゾーンが出来るが、その影響は小さいので支障はない。
【0032】本発明は、用途に合った耐摩耗性膜を密着性良く、また良好な膜質に成膜するためにコーティングゾーンを制限するものであるので、これとは別に耐食性や商品価値の面から必要ならば、更に広い範囲にコーティングを追加的に行なってもよい。例えば、窒化アルミチタン(Ti-Al-N)をds/Dが0.85以上の範囲にコーティングした後、別途に窒化チタン(TiN)をds/Dが0.50以上の範囲にコーティングする等である。なお、本件の実施例に係る円盤および丸鋸基板の直径D、厚さtとt/D2との関係は、表5に示す通りである。丸鋸基板の直径Dに対し厚さtが薄過ぎると、すなわちt/D2<0.9×(1/105)の場合は、丸鋸として基板の剛性が不足する。また表5からは、丸鋸基板における直径Dと厚みtの関係t/D2が3.68×(1/105)以下の場合に、本発明を応用すれば良好な状態となることが判明している。従って、これを一般的な関係に敷衍すると、円盤状基板の直径がDで該基板の厚みがtである場合に、t/D2が3.7×(1/105)以下である円盤状工具に本発明を適用すると効果的である。
【0033】
【表5】

【0034】
【発明の効果】以上に説明した如く、本発明に係る円盤状工具によれば、鋼材・木質材料等の切断・溝切りに用いる丸鋸に代表される円盤状基板に刃先チップを鑞付けしてなる円盤状工具において、該基板の直径(D)に対してコーティングを施す範囲を、該直径(D)の0.75倍以上となるように設定したことで、高い耐久性を有する耐摩耗性膜を得ることができる。
【出願人】 【識別番号】000165398
【氏名又は名称】兼房株式会社
【出願日】 平成10年(1998)12月15日
【代理人】 【弁理士】
【氏名又は名称】山本 喜幾
【公開番号】 特開平11−239915
【公開日】 平成11年(1999)9月7日
【出願番号】 特願平10−356614