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【発明の名称】 変異型平滑筋ミオシン重鎖遺伝子を有する非ヒト動物の胚幹細胞および非ヒト動物
【発明者】 【氏名】張替 貴志

【氏名】長谷川 一英

【氏名】杉山 友康

【氏名】黒尾 誠

【氏名】鍋島 陽一

【氏名】永井 良三

【要約】 【課題】平滑筋ミオシン重鎖の血管等における役割と生理機能や遺伝子発現メカニズム等の生物医学的研究に用いる新しい研究材料となり、動脈硬化等に対する薬剤の評価研究のための試験系となり、また、平滑筋ミオシン重鎖の発現細胞を同定するために有用な細胞および動物を提供する。

【解決手段】染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子(SM1あるいはSM2)の一部又は全部の削除、他遺伝子を挿入または置換したものであって実質的に平滑筋ミオシン重鎖遺伝子として機能しない変異型遺伝子を含む細胞および非ヒト動物とその子孫。
【特許請求の範囲】
【請求項1】 実質的に染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子として機能しない変異型平滑筋ミオシン重鎖遺伝子を含む非ヒト動物の胚幹細胞またはそれを由来とする細胞。
【請求項2】 該変異型遺伝子は、染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の塩基配列の少なくとも一部を削除することによって、外来遺伝子を染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子中に挿入することによって、若しくは外来遺伝子を染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の少なくとも一部と置換することによって、またはこれらの組み合わせによって得られ、かつ上記操作によって染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子としての機能が実質的に失われる、請求項1に記載の胚幹細胞またはそれを由来とする細胞。
【請求項3】 該変異型遺伝子はレポーター遺伝子を染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子中に挿入することによって得られるものである、請求項2に記載の胚幹細胞またはそれを由来とする細胞。
【請求項4】 該レポーター遺伝子はβ−ガラクトシダーゼ遺伝子である、請求項3に記載の胚幹細胞またはそれを由来とする細胞。
【請求項5】 該非ヒト動物がゲッ歯動物である、請求項1〜4のいずれかに記載の胚幹細胞またはそれを由来とする細胞。
【請求項6】 該ゲッ歯動物がマウスである、請求項5に記載の胚幹細胞またはそれを由来とする細胞。
【請求項7】 実質的に染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子として機能しない変異型平滑筋ミオシン重鎖遺伝子を含む非ヒト動物またはその子孫。
【請求項8】 該変異型遺伝子は、染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の塩基配列の少なくとも一部を削除することによって、外来遺伝子を染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子中に挿入することによって、若しくは外来遺伝子を染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の少なくとも一部と置換することによって、またはこれらの組み合わせによって得られ、かつ上記操作によって染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子としての機能が実質的に失われる、請求項7に記載の非ヒト動物またはその子孫。
【請求項9】 該変異型遺伝子はレポーター遺伝子を染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子中に挿入することによって得られるものである、請求項8に記載の非ヒト動物またはその子孫。
【請求項10】 該レポーター遺伝子はβ−ガラクトシダーゼ遺伝子である、請求項9に記載の非ヒト動物またはその子孫。
【請求項11】 該非ヒト動物がゲッ歯動物である、請求項7〜10のいずれかに記載の非ヒト動物またはその子孫。
【請求項12】 該ゲッ歯動物がマウスである、請求項11に記載の非ヒト動物またはその子孫。
【請求項13】 請求項9〜12のいずれかに記載の非ヒト動物またはその子孫より分離、培養して得た細胞。
【請求項14】 請求項13に記載の細胞にT抗原遺伝子を導入して得た細胞株。
【請求項15】 SM1BMC#1として受託番号 FERM P−16687号で寄託された骨髄細胞株である、請求項14に記載の細胞株。
【発明の詳細な説明】【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、新規な系統の動物及びその生産方法、ならびにその生産に使用される新規な胚幹細胞に関するものである。さらに詳しくは、平滑筋ミオシン重鎖の血管などにおける生理機能や遺伝子発現メカニズム等の生物医学的研究に用いる新しい研究材料として、さらには循環器疾患の病態生理の研究や治療剤開発のために有用な実験動物として使用される平滑筋ミオシン重鎖遺伝子を変異させた動物及びその生産方法、ならびにその生産に使用される新規な胚幹細胞に関するものである。
【0002】
【従来の技術】平滑筋細胞の興味深い特徴は、その中にある筋フィラメントが細胞形質に従って量的に変化するだけではなく、アイソフォームスイッチングと呼ばれる現象により、筋フィラメントを構成する構造蛋白の分子種が変化することにある。血管平滑筋細胞のミオシン重鎖は、分化した平滑筋細胞ではSM1とSM2という2種類のアイソフォームが発現しており、この2つは同一の染色体遺伝子(SM1遺伝子)から選択的スプライシングにより生じている。未分化な胎児期の平滑筋ではSM1とともにSMembと呼ばれる別の染色体遺伝子から生じたアイソフォームが発現している。重要な点は、平滑筋分化の指標としての有用性をミオシン重鎖のアイソフォームがもつと考えられているところにある。
【0003】ミオシン重鎖のアイソフォームに関する平滑筋ミオシン重鎖遺伝子に関しては、ウサギcDNA(Nagaiら、The Journal of Biological Chemistry、第264巻17号、第9734〜9737項、1989年)、およびマウスcDNA(Hasegawaら、Biochemical and Biophysical Reseach Communications、第232号、第313〜316号、1997年)などに報告されている。しかし、平滑筋ミオシン重鎖遺伝子を欠損した動物は知られていない。
【0004】一方、平滑筋の培養細胞に関しては、SV40ラージT−抗原遺伝子を導入した細胞株が確立(Hasegawaら、Journal of Moleculer and Cellular Cardiology、第29号、第2177〜2186号、1997年)されている。しかし、細胞の染色体の平滑筋ミオシン重鎖遺伝子に変異を加えることにより該遺伝子の機能を欠損させた細胞株は未だ知られていない。
【0005】このため、平滑筋ミオシン重鎖遺伝子機能が欠損した細胞や動物は、平滑筋ミオシン重鎖の血管などにおける生理機能や遺伝子発現メカニズム等を研究する上で、さらには平滑筋ミオシン重鎖から起因する循環器疾患の病態生理の研究や治療剤の開発を行うにあたって、非常に有用であると当然考えられるにもかかわらず、そのような細胞や動物は未だ開発されておらず、その開発が非常に切望されている。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】したがって、本発明の目的は、遺伝子操作技術を用いて平滑筋ミオシン重鎖遺伝子を操作し、これにより実質的に染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の機能が失われた変異型遺伝子を有する変異動物、およびこのような変異動物の生産や分化実験に応用しうる胚幹細胞を提供することである。
【0007】本発明の他の目的は、このような胚幹細胞を用いて平滑筋ミオシン重鎖遺伝子変異動物を生産する方法を提供することである。
【0008】また、本発明のさらなる目的は、上記胚幹細胞あるいは変異動物から細胞を培養して遺伝的背景の明らかな平滑筋ミオシン重鎖遺伝子に変異を持つ細胞を提供することにある。
【0009】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、マウス染色体由来の平滑筋ミオシン重鎖遺伝子と、相同組換え用に設計し調製したベクターDNAとの間で相同組換えを起こさせて、該遺伝子のDNA配列に異なる配列を挿入することにより、実質的に機能しない平滑筋ミオシン重鎖遺伝子を有し、本来の平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の代わりにレポーター遺伝子を発現する胚幹細胞および動物を人為的に作出することに成功した。これにより、本発明を完成するに到った。
【0010】また、動物の作出に伴い変異を起こした細胞を分化させるあるいは作出した動物から細胞を培養し新規の細胞を取得することにも成功し、これによっても本発明を完成するに至った。
【0011】すなわち、本発明は、以下の(1)から(15)の発明を包含する。
【0012】(1)実質的に染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子として機能しない変異型平滑筋ミオシン重鎖遺伝子を含む非ヒト動物の胚幹細胞またはそれを由来とする細胞。
【0013】(2)前記変異型遺伝子は、染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の塩基配列の少なくとも一部を削除することによって、外来遺伝子を染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子中に挿入することによって、若しくは外来遺伝子を染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の少なくとも一部と置換することによって、またはこれらの組み合わせによって得られ、かつ上記操作によって染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子としての機能が実質的に失われる、上記(1)に記載の胚幹細胞またはそれを由来とする細胞。
【0014】(3)前記変異型遺伝子はレポーター遺伝子を染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子中に挿入することによって得られるものである、上記(2)に記載の胚幹細胞またはそれを由来とする細胞。
【0015】(4)前記レポーター遺伝子はβ−ガラクトシダーゼ遺伝子である、上記(3)に記載の胚幹細胞またはそれを由来とする細胞。
【0016】(5)前記非ヒト動物がゲッ歯動物である、上記(1)〜(4)のいずれかに記載の胚幹細胞またはそれを由来とする細胞。
【0017】(6)前記ゲッ歯動物がマウスである、上記(5)に記載の胚幹細胞またはそれを由来とする細胞。
【0018】(7)実質的に染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子として機能しない変異型平滑筋ミオシン重鎖遺伝子を含む非ヒト動物またはその子孫。
【0019】(8)前記変異型遺伝子は、染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の塩基配列の少なくとも一部を削除することによって、外来遺伝子を染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子中に挿入することによって、若しくは外来遺伝子を染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の少なくとも一部と置換することによって、またはこれらの組み合わせによって得られ、かつ上記操作によって染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子としての機能が実質的に失われる、上記(7)に記載の非ヒト動物またはその子孫。
【0020】(9)前記変異型遺伝子はレポーター遺伝子を染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子中に挿入することによって得られるものである、上記(8)に記載の非ヒト動物またはその子孫。
【0021】(10)前記レポーター遺伝子はβ−ガラクトシダーゼ遺伝子である、上記(9)に記載の非ヒト動物またはその子孫。
【0022】(11)前記非ヒト動物がゲッ歯動物である、上記(7)〜(10)のいずれかに記載の非ヒト動物またはその子孫。
【0023】(12)前記ゲッ歯動物がマウスである、上記(11)に記載の非ヒト動物またはその子孫。
【0024】(13)上記(9)〜(12)のいずれかに記載の非ヒト動物またはその子孫より分離、培養して得た細胞。
【0025】(14)上記(13)に記載の細胞にT抗原遺伝子を導入して得た細胞株。
【0026】(15)SM1BMC#1として受託番号 FERM P−16687号で寄託された骨髄細胞株である、上記(14)に記載の細胞株。
【0027】
【発明の実施の形態】本発明の非ヒト動物胚幹細胞またはそれを由来とする細胞は、実質的に染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子(単に「野生型遺伝子」と称することもある)として機能しない変異型平滑筋ミオシン重鎖遺伝子(単に「変異型遺伝子」と称することもある)を含むことを特徴とするものである。
【0028】以下、本発明を詳細に説明する。
【0029】本発明において、変異型遺伝子が「実質的に染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子として機能しない」とは、変異型遺伝子の遺伝子産物(翻訳産物)が野生型の染色体由来平滑筋ミオシン重鎖と同一の構造を持つタンパク質として得られないことを意味する。具体的には、「実質的に染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子として機能しない」変異型遺伝子は、遺伝子工学的手法によって、例えば、該遺伝子の塩基配列の少なくとも一部の削除または外来遺伝子の挿入若しくは置換によって得られる。実質的に機能しない変異型遺伝子としては、例えば、プロモーター領域の塩基配列の欠失や置換によってプロモーターが破壊され転写活性が失われたもの、非翻訳領域の塩基配列の欠失や置換によって安定な転写産物が得られなくなったもの、或いは、遺伝子産物をコードする翻訳領域の塩基配列の欠失や置換または他の遺伝子の挿入によって、遺伝子産物が得られなくなったものや、遺伝子産物が得られてもそのタンパク質が平滑筋ミオシン重鎖として機能しないものなどが挙げられる。
【0030】また、本発明におけて、「実質的に染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子として機能しない変異型遺伝子を含む非ヒト動物胚幹細胞」とは、平滑筋ミオシン重鎖ゲノム遺伝子に上記したような変異を人為的に加えることにより実質的に平滑筋ミオシン重鎖遺伝子としての機能が失われた非ヒト動物胚幹細胞をいう。このような非ヒト動物胚幹細胞としては、例えば、平滑筋ミオシン重鎖遺伝子中に別の遺伝子を挿入することにより、変異型遺伝子が実質的に平滑筋ミオシン重鎖遺伝子としての機能をもたない非ヒト動物の胚幹細胞(ES細胞)が挙げられる。
【0031】さらに、本発明において、「それを由来とする細胞」とは、本発明による胚幹細胞を培養して得られた細胞系や本発明による胚幹細胞を分化誘導させて得た細胞など、本発明による胚幹細胞を源とした細胞を意味する。この際、「胚幹細胞を分化誘導させて得た細胞」とは、適当な条件により、例えば高密度に至るまで単層培養するあるいは細胞集塊を形成するまで浮遊培養することにより、頭頂筋、内蔵筋、心筋などの種々のタイプの細胞に分化(実験医学別冊バイオマニュアルシリーズ、第8巻、第147頁、1995年、相沢真一著、羊土社など)させた細胞をいう。このようにして得られた変異型ミオシン重鎖遺伝子を持つ細胞は、平滑筋ミオシン重鎖遺伝子やタンパク質の作用、機能をインビトロ(in vitro)において検討する上で有用である。
【0032】本発明の非ヒト動物には、平滑筋ミオシン重鎖遺伝子がヘテロに変異している動物およびホモに変異している動物のいずれもが含まれる。また、本発明の非ヒト動物には、その構成細胞の一部において平滑筋ミオシン重鎖遺伝子をヘテロもしくはホモに欠損しているキメラ動物も含まれる。
【0033】本発明において使用される非ヒト動物は、キメラ動物を作出できるものであれば、特に限定されず、哺乳動物、鳥類、両生類及び魚類などの、ヒト以外のすべての動物に適用できる。しかしながら、実際には、商業上の利用可能性などを考慮すると、ウサギ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウシ、ラットやマウス等の哺乳動物が好ましく使用され、さらに個体発生及び生涯のサイクルが短くかつ繁殖が比較的容易である点で、マウス、ラット等のゲッ歯動物が動物モデルを作出するのに特に好ましく使用される。
【0034】本発明の細胞を得る方法としては、変異手段によって実質的に機能しない平滑筋ミオシン重鎖遺伝子を有する細胞を作出する方法がある。また、例えば、作出した細胞が胚幹細胞であった場合には、この細胞からキメラ動物を作出することによって、本発明の動物を得ることができる。さらに、このキメラ動物を用いてその構成細胞のすべてにおいて平滑筋ミオシン重鎖遺伝子がヘテロもしくはホモで変異している動物を作出することができ、さらに、これら作出した変異型遺伝子を有する動物から細胞を単離培養し、細胞を得ることもできる。
【0035】本発明において、実質的に機能しない平滑筋ミオシン重鎖遺伝子を得る方法としては、染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の塩基配列の少なくとも一部を削除(欠失)する方法、外来遺伝子を染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子中に挿入する方法、および外来遺伝子を染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の少なくとも一部と置換する方法など、当該分野において既知の方法が使用される。この際、欠失、挿入または置換部位は、平滑筋ミオシン重鎖遺伝子産物の機能が実質的に失われる部位であれば特に限定されず、ターゲットとする部位は、平滑筋ミオシン重鎖遺伝子のプロモーター領域、非翻訳領域または翻訳領域などいずれであってもよく、また、ターゲットとする部位は一箇所であってもあるいは複数箇所であってもよく、ターゲットとする部位が複数である際には、各部位に施される遺伝子操作手段は同一であってもあるいは異なるものであってもよい。しかしながら、効率よくかつ完全に遺伝子の機能を欠損させるためには、翻訳領域をターゲットとすることが好ましい。
【0036】また、上記方法のうち、外来遺伝子を野生型遺伝子中に挿入または置換する際には、外来遺伝子としては、レポーター遺伝子、および薬剤耐性遺伝子、例えば、ネオマイシン耐性遺伝子(neo)、ヘルペスウィルスチミジンリン酸化酵素(HSV−tk)、ジフテリアトキシンAフラグメント遺伝子(DT−A)、などが挙げられ、これらのうち、レポーター遺伝子を野生型遺伝子中に挿入することが好ましい。「レポーター遺伝子」とは、目的遺伝子のプロモーターの発現を検出したり強度を測定するためにその目的遺伝子のプロモーターの下流に連結される遺伝子をいい、内因性に認められない安定でかつ測定容易な酵素の遺伝子などが用いられる。例えば、レポーター遺伝子を野生型遺伝子中に挿入して変異型遺伝子を作製した場合には、レポーター遺伝子の発現(例えば、レポーター遺伝子がlacZである場合には、基質となる色素の発色など)を指標にして目的とする遺伝子を発現する細胞を肉眼により検出することができるので、発現の有無が容易に検出でき、好ましい。したがって、レポーター遺伝子を使用することにより、変異型遺伝子を有するヘテロ型の動物の場合では、レポーター遺伝子の発現を指標にして発現細胞を検出することができると同時に、もう一方の染色体遺伝子座上で維持されている機能的な(非変異型の)平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の発現調節についても調べられることが期待される。また、ホモ型の動物では、レポーター遺伝子の発現を指標に発現細胞を検出するとともに、平滑筋ミオシン重鎖遺伝子が両遺伝子座で欠損した場合の生理機能や発現調節遺伝子の変化を調べることが期待される。上記に加えて、上記したように、レポーター遺伝子を使用すると化合物に対する平滑筋ミオシン遺伝子の発現変化を簡便に検出できるため、化合物の生物学的、医学的利用性もしくは効果の問題の研究のための便利な試験系となりうることが期待される。
【0037】本発明に用い得るレポーター遺伝子は、一般に用いられるものであればよく特に限定されないが、例えば、大腸菌由来のβ-ガラクトシダーゼ遺伝子(lacZ)、バクテリアトランスポゾン由来のクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ遺伝子(CAT)、ホタル由来のルシフェラーゼ遺伝子(Luc)、及びクラゲ由来のグリーンフルオレセントプロテイン遺伝子(GFP)等が挙げられる。これらのうち、可視光の発色基質を用いて組織学的解析が容易に行える点で、大腸菌由来のβ-ガラクトシダーゼ遺伝子(lacZ)が好ましい。
【0038】本発明において、実質的に機能しない平滑筋ミオシン重鎖遺伝子を有する細胞を作出する手段は特に限定されないが、相同組換えによるのが好ましい。
【0039】相同組換え技術は、当該分野において既知であり、特に制限されないが、例えば、以下のように行うことができる。まず最初に、平滑筋ミオシン重鎖遺伝子に変異をさせようとする動物種の染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子を、従来行われている方法により単離する。この際、染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の単離方法としては、例えば、ゲノムDNAライブラリーから、すでに塩基配列が報告されている平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の一部あるいはcDNAの一部をプローブとして用いて、プラークハイブリダイゼーションなどによりスクリーニングすることによって、非翻訳領域を含む染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子のクローンを得る方法が使用される。
【0040】次に、平滑筋ミオシン重鎖遺伝子を変異させるための相同組換え用ターゲティングベクターを作製する。相同組換え用ターゲティングベクターの設計は、野生型遺伝子の一部又は全部を欠失させるかもしくは非相同な別の塩基配列に置き換え、その欠失させるかもしくは別の配列に置換した部分(非相同な配列部分)を囲む上流及び下流の領域に平滑筋ミオシン重鎖遺伝子と相同な塩基配列を持つように設計すればよい。
【0041】平滑筋ミオシン重鎖遺伝子中にレポーター遺伝子を挿入する場合は、非相同な配列部分にそのレポーター遺伝子配列が含まれるように設計すればよい。また、この場合、平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の翻訳領域の配列を一部又は全部欠失させるかもしくは非相同な別の塩基配列に置き換えた上、レポーター遺伝子の翻訳フレームが平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の翻訳フレームと一致するように設計されることが好ましい。
【0042】また、このターゲティングベクター中には、薬剤耐性による選択が可能であるように、薬剤選択に通常用いられる遺伝子、例えば、ネオマイシン耐性遺伝子(neo)、ヘルペスウィルスチミジンリン酸化酵素(HSV−tk)、ジフテリアトキシンAフラグメント遺伝子(DT−A)等が挿入されていることが好ましい。これら遺伝子は、ベクターが取り込まれた細胞や目的とする相同組換えの起こっている可能性の高い細胞を選択するためのマーカー遺伝子として利用することができる(実験医学別冊バイオマニュアルシリーズ、第8巻、第43〜82頁、1995年、相沢真一著、羊土社など)。例えば、neoを有する場合はG418などのネオマイシンに対して耐性を示し、HSV−tkを有する場合はガンシクロヴィルなどの核酸誘導体に対して感受性を示す。
【0043】相同組換え用ターゲティングベクターは、染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子をクローニングし、これを適当な制限酵素で切断して得られる断片やこの断片をPCR(polymerase chain reaction)法などにより増幅したDNA断片などを、DNA合成機などにより合成されたリンカーDNA、レポーター遺伝子及び薬剤耐性マーカー遺伝子を含む断片などと、前記のような設計に従って適当な順序で結合(連結)させればよく、相同組換え用のベクターDNAの調製の操作は、いずれも試験管内での通常のDNA組換え技術により行うことができる。
【0044】次に、このようにして調製した相同組換え用ターゲティングベクターを、適当な細胞へ導入する。ここで用いる細胞は、作出しようとする動物と近縁関係にある動物に由来し、かつ胚幹(ES)細胞等のように通常キメラ動物の作出に用いられるものが好ましい。また、DNAを細胞中に導入する方法は、通常の方法、例えば、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法およびDEAE−デキストラン法などが挙げられ、好ましくはエレクトロポレーション法が使用できる。
【0045】相同組換え用ターゲティングベクターが取り込まれた細胞のいくつかにおいては、取り込まれた細胞由来の染色体の平滑筋ミオシン重鎖遺伝子が、ターゲティングベクターと、2つの相同な配列領域において組換えを起こし、これによりこれら領域に囲まれた配列がベクターDNAに由来する配列に置換された変異型の遺伝子座が形成される。
【0046】ターゲティングベクターが取り込まれた細胞は、ベクターDNA由来の薬物耐性遺伝子などのマーカー遺伝子の発現に基づいて、例えば適当な期間薬剤存在下で培養することにより選択することができる。選択された細胞のうち、相同組換えによる変異が生じた細胞は、PCR法(実験医学別冊バイオマニュアルシリーズ、第8巻、第83〜103頁、1995年、相沢真一著、羊土社など)やサザンブロッティング法(「発生工学実験マニュアル」、野村達次監修、勝木元也編、1987年、講談社)などにより解析して選択し、さらに目的とする変異が生じていることを確認する。このようにして、本発明の変異型遺伝子を有する非ヒト動物胚幹細胞が得られる。
【0047】本発明の他の概念によると、以上のような方法により得られた変異型の遺伝子座を生じた細胞を用いて、本発明のキメラ動物が提供される。上記概念を以下に詳細に説明する。
【0048】キメラ動物を作出する方法は、特別な方法を用いる必要はなく、注入法や凝集法など通常行われている方法に従って行えばよい(細胞工学別冊実験実験プロトコールシリーズ、分子医科学実験プロトコール、第234〜266頁、東京大学医科学研究所学友会編、1995年、秀潤社など)。
【0049】具体的には、例えば、凝集法によってキメラマウスを作出する場合、変異型の遺伝子座を生じた細胞(例えばES細胞)をトリプシン処理によりバラバラにし、透明帯を外した初期胚(8細胞期胚)に混ぜて培養し、さらに偽妊娠マウスの子宮に移植して産仔を得る。このようにして得られた産仔について、上記と同様のPCR法やサザンブロッティング法、さらには産仔の毛色やレポーター遺伝子が挿入される場合にはそのレポーター遺伝子産物の検出などにより、目的とする変異型遺伝子を有する産仔をスクリーニングする。これにより、本発明の変異型染遺伝子を含む非ヒト動物が得られる。
【0050】このようにして得られるキメラ動物は、同種の適当な系統の動物と交配させることにより産仔が得られ、上記と同様にしてこの産仔の表現型を指標として用いて、目的とするES細胞に由来する生殖細胞を有するキメラマウスを同定する。このような交配を繰り返すことにより、本発明の変異型染遺伝子を含む非ヒト動物の子孫が得られていく。
【0051】この際、上記で得られるキメラ動物を同種の適当な系統の動物と交配させることにより得られるキメラ動物の産仔からは、平滑筋ミオシン重鎖遺伝子がヘテロに変異した動物を得ることができる。また、得られたヘテロ変異動物同士を交配させると、その産仔の中からホモ変異動物を得ることができる。平滑筋ミオシン重鎖遺伝子がヘテロもしくはホモに変異した動物であることは、上記と同様にして、その染色体DNAについてPCR法やサザンブロッティング法などにより解析することにより確認できる。
【0052】本発明により生産された動物の飼育方法は、特別な方法を用いる必要はなく、正常な動物と同様な方法により飼育することができる。
【0053】本発明のさらなる他の概念によると、以上のような方法により得られたキメラ非ヒト動物またはその子孫から分離、培養されることにより得られた細胞もまた提供される。
【0054】上記概念における「細胞」は、上記で得られたキメラ非ヒト動物またはその子孫の身体の一部から分離、培養された細胞という意味であり、体細胞であっても生殖細胞であってもよいが、好ましくは、体細胞、特に、骨髄細胞及び平滑筋細胞などの、継代培養の可能な体細胞が好ましく使用される。
【0055】本発明により分離、培養された細胞は、当該分野において既知の方法を用いて培養される。
【0056】
【実施例】以下、実施例をもって、本発明をより詳細に説明する。
【0057】実験例1:組換えES細胞と該ES細胞由来マウスの作製(1)マウス染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子のクローニング本実験では、マウスの胚幹細胞に遺伝子変異を起こさせるのに、129系マウス由来のものを使用した。この系統由来のゲノム遺伝子をクローニングするために、他の系統のマウスの平滑筋ミオシン重鎖の翻訳開始点を含む染色体由来の遺伝子を調製し、この遺伝子をPstI及びSpeIで消化し、約0.8Kbの断片を得た。
【0058】このようにして得られた約0.8Kbのマウスの平滑筋ミオシン重鎖のゲノムDNA断片(ランダムプライマー法により32Pで標識した)をプローブとして用いて常法によりプラークハイブリダイゼーションを行うことにより、129SVマウスジェノミックライブラリー(Stratagene社製)から目的とするマウスの平滑筋ミオシン重鎖遺伝子をクローニングした。約100万個のクローンについてスクリーニングした結果、3個の陽性クローンを得た。これらのクローンについてファージDNAを調製したところ、いずれのクローンも約15kbのNotI切断断片を有することが分かった。これらの断片をそれぞれプラスミドBluescript II SK−(東洋紡社製)中にサブクローニングした。このプラスミドについて挿入断片の塩基配列を調べたところ、3クローンのうちの1クローンについて、挿入断片が既報のマウスの平滑筋ミオシン重鎖遺伝子(Hasegawaら、Biochemical and Biophysical Reseach Communications、第232号、第313−316号、1997年)の配列と一致していたことから、このクローンは確かに目的とする平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の翻訳開始点を含む断片を有することが確認できた。
【0059】(2)相同組換え用ターゲティングベクターの構築本実施例では、図1に示される相同組換え用ターゲティングベクターを設計した。マウスの平滑筋ミオシン重鎖遺伝子においては、平滑筋ミオシン重鎖をコードする全翻訳領域の開始コドンから終止コドンまでが一つのエクソン中には含まれてはなく、複数のエクソンに分割されている。図1のSM1遺伝子のアリルのなかの白抜きの四角部分は平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の翻訳開始点を含むエクソンを示す。なお、ターゲティングベクターの構築にあたり、転写制御システムをできるだけ破壊することなしに平滑筋ミオシン重鎖蛋白の発現を防ぐよう設計した。
【0060】以下にその調製方法は詳細するが、本実施例で作製される相同組換え用ターゲティングベクターは、図1に示されるように、平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の開始コドンの下流に大腸菌β−ガラクトシダーゼ遺伝子(図1中のlacZ)の翻訳フレームがSM1の翻訳フレームと一致するように連結され、また、ネオマイシン耐性遺伝子(図1中のneo)及びヘルペスウィルスチミジンリン酸化酵素遺伝子(図1中のtk)が順方向に連結され、さらに、β−ガラクトシダーゼ遺伝子の5’側に約4.5kb、ヘルペスウィルスチミジンリン酸化酵素遺伝子をはさんで3’側に約5kbの平滑筋ミオシン重鎖遺伝子由来の相同領域が付加され、さらに、この約4.5kbの配列の5’側にジフテリアトキシンAフラグメント遺伝子(図1中のDT−A)が連結され、その上流にBluescriptプラスミド(図示せず)の配列が連結された構造を有する。このベクターにより相同組換えが起きると、一方のアリルの平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の翻訳領域の部分に、lacZ及びneo及びtkが挿入された変異型の遺伝子座を生じることになる。
【0061】以下、本実施例による相同組換え用ターゲティングベクターの調製方法を記載する。まず、レポーター遺伝子や薬剤耐性遺伝子を挿入するために、U.S.E.Mutagenesis kit(ファルマシア社製)を用いて、Bluescriptプラスミド中にサブクローニングされた平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の翻訳開始点のすぐ下流に制限酵素切断部位(NotIサイト)ができるように変異させた。
【0062】次に、前記のようにして得たNotIサイトを利用してパーツとなる断片(すなわち、lacZ、neo及びtk)を順次、大腸菌を宿主とする遺伝子操作の常法により、連結付加し、さらに5’側の相同領域の外側にジフテリアトキシンAフラグメント遺伝子を連結し、これにより約21kbの相同組換え用ターゲティングプラスミドが得られた。
【0063】この際、相同組換え用ターゲティングプラスミドには、図1に示されるように、neoとtkの両側にCre−loxPシステム(実験医学別冊バイオマニュアルシリーズ、第8巻、第71〜82頁、1995年、相沢真一著、羊土社など)を採用して、34merのloxP配列(図1中のloxP)がある。これにより、相同組換え体が得られたあとに、バクテリオファージP1由来のCre蛋白を発現させることで、neoとtkを外すことが可能となる。
【0064】このようにして得られた相同組換え用ターゲティングプラスミドを制限酵素SrfIで切断して線状化し、これを以下のES細胞への導入に使用した。
【0065】(3)マウスES細胞の培養ES細胞は、未分化な状態を維持するためにLIF(leukemia inhibitory factor)を添加した培地を用い、フィーダー細胞上で培養した。ES細胞培養用培地(以下、単に「ES用培地」と称する)としては、ダルベッコ改変イーグル培養液(Dulbecco's modified Eagle's medium(High glucose)、ギブコ社製、Code No.11960-010)に15%牛胎児血清、5×104 U/mlのLIF(AMRAD社製)、10-4Mの2−メルカプトエタノール、非必須アミノ酸(ギブコ社製、Code No.11360-013)、ピルビン酸ナトリウム(ギブコ社製、Code No.11140-019)、及びL−グルタミン(ギブコ社製、Code No.25030-024)を添加しさらに、抗生物質としてペニシリンカリウム及び硫酸ストレプトマイシンをそれぞれ最終濃度50U/ml及び50μg/mlとなるように添加したものを用いた。フィーダー細胞としては、マイトマイシンC処理により分化停止させたマウス胚由来初代培養線維芽細胞(embryonic fibroblast cell;EF細胞、ライフテックオリエンタル社製)をコンフルエントになるまで培養したものを用いた。ES細胞は、10cm組織培養用培養シャーレあたり約3×106 細胞をフィーダ細胞上に播種して、37℃、5%CO2 で、上記培地で培養し、2〜3日毎継代培養した。なお、培地は毎日交換した。
【0066】(4)相同組換えによる変異型ES細胞の取得上記(3)のES細胞約1×107 個をエレクトロポーレーション用緩衝液(Dulbecco's modified Eagle's medium)約0.8ml中に懸濁した。この懸濁液に、上記(2)の線状化したターゲティングベクターDNA10μgを添加した後、エレクトロポーレーションを行なった。エレクトロポーレーションは、BioRad社製Gene Pulserを用いて行なった(条件:field strength 210V、path length 0.4cm、capacitance 500μF)。
【0067】エレクトロポーレーション後、室温で10分間放置した。この懸濁液を、10cmの組織培養用シャーレあたり2〜4×106 細胞となるように、上記(3)と同様のフィーダー細胞がまかれている10cmの組織培養用シャーレ上にまいた。エレクトロポレーション後、37℃、5%CO2 で、2日間、ES用培地で培養してから、300μg/mlのG418(ネオマイシン)含有ES培地に交換した。薬剤の存在下、ネオマイシン耐性EF細胞(フィーダー細胞)上で毎日培地交換をしながら10〜14日間、同条件下で培養した。生じた薬剤耐性のコロニーを、顕微鏡下で独立にピックアップし、マイクロピペットでピペッティングして単一細胞とした後、マイクロプレート中で個別に培養した。これらは、24穴プレート→6穴プレート→10cmシャーレと順次継代培養して、増殖させ、一部の細胞から染色体DNAを調製した。
【0068】薬剤耐性コロニー由来のES細胞から調製された染色体DNAについて、PCR法により相同組換えが起こっているか否かの検定を行なった。PCR法による検定は、実験医学別冊バイオマニュアルシリーズ、第8巻、第83〜103頁、1995年、相沢真一著、羊土社などに記載される公知の方法に準じて以下のように行なった。PCRに使用されるプライマーとしては、図1中に示した2つのプライマー、すなわち相同組換え用ターゲテイングベクターの5’側相同領域よりさらに上流の配列に相当するプライマー1及びターゲティングベクター内lacZ配列に相当するプライマー2をDNA合成機で合成したものを用いた。なお、上記プライマー1及び2の塩基配列は、下記のとおりである。
【0069】プライマー1:5’−TGCAGGTTCATAGGAGCAGAG−3’プライマー2:5’−GCGGATTGACCGTAATGGGATAGG−3’各ES細胞の染色体DNAを用い、PCRを、LA-PCR kit Ver.2(宝酒造社製)を用いてDNAの変性(98℃、20秒)、プライマーのアニーリングとプライマーの伸長(65℃、12分)で35サイクル行なった。さらに最後にプライマーの伸長のため、(72℃、10分)で1サイクル行なった。この後、アガロースゲル電気泳動を行った。
【0070】上記PCR法による検定の結果、薬剤耐性コロニー240個のうち、6個のES細胞の染色体DNAについて、PCR後のアガロースゲル電気泳動で約5kbのバンドが検出され、これらのES細胞は、相同組換えによる平滑筋ミオシン遺伝子の変異が起こったものと考えられた。
【0071】上記6個のES細胞について、さらに相同組換えが生じていることを確認するため、サザンブロッティング法による解析を行なった。サザンブロッティング法による解析は、「発生工学実験マニュアル」、野村達次監修、勝木元也編、1987年、講談社などに記載の方法に準じ、以下のように行なった。
【0072】野生型と変異型のES細胞の平滑筋ミオシン重鎖遺伝子を、サザンブロッティング法により調べた。特異的プローブとして図1の約0.7kbの断片を用い、以下のように行った。培養ES細胞からゲノムDNAを調製して、制限酵素BamHIで消化したあと0.8%のアガロースゲルで電気泳動し、ナイロンメンブレン(nylon membrane)(商品名:Hybond-N+、アマシャム社製)に転写した。乾燥したナイロンメンブレンを65℃のハイブリダイゼーション溶液(5×SSPE/5×デンハルト溶液/0.5% SDS/20μg/ml サケ精子DNA)50ml中で振盪させながら、32Pで標識したDNAプローブを加え、一晩反応させた。反応終了後、ナイロンメンブレンを1% SDSを含む2×SSPE中で、65℃、10分間洗浄し、0.1% SDSを含む1×SSPE中で、65℃、15分間洗浄し、さらに、0.1% SDSを含む0.1×SSPE中で、65℃、15分間洗浄した。その後、オートラジオグラフィーを行った。
【0073】この際の制限酵素BamHIで消化した際のサザンブロッティングの結果を図2に示す。図2から明らかなように、野生型ES細胞では、約20kbの野生型DNAのみが検出され、6つのES細胞のうち4つ(18−2、40−2、72−2、及び97−1)について、野生型の約20kb断片に加え、約4.0kb断片と約4.5kb断片の変異型断片が認められた。この結果から、18−2、40−2、72−2、及び97−1と称される4個の変異型ES細胞は、目的とする相同組換えが起こった変異型ES細胞であることが確認できた。
【0074】(5)変異型ES細胞からキメラマウスの作製変異型平滑筋ミオシン重鎖遺伝子をもつES細胞を用いたキメラマウスの作製を、上記(4)で得られた4個の変異型ES細胞の各々について、凝集法(細胞工学別冊実験実験プロトコールシリーズ、分子医科学実験プロトコール、第234〜266頁、東京大学医科学研究所学友会編、1995年、秀潤社やGene Targeting : A Practical Approach 、A.L.Joyner著、1993年、IRL PRESSなど)を用いて、以下のようにして試みた。
【0075】透明帯を外した初期胚(8細胞期胚)を、トリプシン処理によりバラバラにした各ES細胞に混ぜて、一緒に発生させることでキメラマウスを作製する。8細胞期胚は、過排卵処理をした採卵用マウスの卵管と子宮を摘出しその中から採取した。採卵した8細胞期胚を酸性タイロード液に移し、透明帯を溶解する。凝集に用いたES細胞は、トリプシン処理し、ある程度の細胞塊(10〜15個)となるように処理する。さらにゼラチンコートしたシャーレにまき、10〜15分間CO2 インキュベーター(37℃、5%CO2 )に静置し、シャーレに接着しなかった細胞を集める。透明帯を除去した胚を2つ用いて、この2つの胚で挟み込むようにES塊と凝集させ、CO2 インキュベーター(37℃、5%CO2 )で一晩培養し、キメラ胚を調製した。
【0076】次に、以下のようにして、このようにして培養した胚を子宮に移植する。まず、偽妊娠させたマウスの背を開き、子宮を引き出した。次に、上記で一晩培養したキメラ胚を引き出した子宮へ移植する。子宮をマウスの体内に戻して、切り口を縫合する。この後、マウスは一般的には自然分娩させるが、予定日(通常移植から17日後)に産まれない場合には帝王切開して胎児を取り出した。生まれたマウスの産仔を通常と同様にして里親に生育させた。
【0077】この結果、移植胚998個より産仔47匹が得られた。得られた産仔を、毛色(キメラマウスであれば黒色以外の毛色を呈する)により確認したところ、得られた産仔のうち、毛色からキメラマウスと判定されたものは11匹であった。
【0078】(6)キメラマウスからの子孫の生産(5)で得られたキメラマウスをC57BL/6J系マウスと交配させ、ES細胞由来の産仔が得られるか否かを検定した。キメラマウスの生殖細胞がES細胞に由来していれば、作出される産仔の毛色は黒以外を呈する。11系統のキメラマウスから1500匹以上の産仔を得たところ、その中に7仔の茶色の仔が得られた。さらに遺伝子をPCR法で確認したところ、これらのうち、4仔については変異型を確認できた。これにより、作製したキメラマウスの生殖細胞系列にES細胞が分化していたものがあることが確認された。
【0079】以上のようにして、キメラマウスから変異型平滑筋ミオシン重鎖遺伝子を持つヘテロマウスが作出された。
【0080】なお、前記で生殖細胞系列にES細胞が分化していたことが確認されたキメラマウスをC57BL/6J系マウスと交配させ得られた茶色の産仔のうちから、変異型平滑筋ミオシン重鎖遺伝子を持つヘテロマウスが得られた。野生型かヘテロマウスかは、尻尾の細胞より染色体DNAを抽出し、前記の方法に従って別のプライマーを用いたPCRあるいはサザンハイブリダイゼーションを行い、どちらかで変異型断片が検出され、さらにβ−ガラクトシダーゼ活性を有するものをヘテロマウスと判定した(詳細は実施例2を参照)。
【0081】実験例2:ヘテロマウスのレポーター遺伝子の発現細胞の同定実施例1で得られたヘテロマウスの尻尾を切り、固定液(2% ホルムアルデヒド、0.2% グルタルアルデヒド)で室温で10分間インキュベートして固定した。これをPBSで洗浄後、X−Gal反応液(5mMフェリシアン化カリウム、5mMフェロシアン化カリウム、2mM塩化マグネシウム、1mg/mlX−Gal、PBS)で37℃で0.5時間から1晩インキュベートした。その結果、平滑筋細胞に特異的にレポーター(β−ガラクトシダーゼ)活性を示す青色の染色が認められた。
【0082】実験例3:組換えES細胞をin vitroで分化誘導した時のレポーター活性の検出組換えES細胞の分化誘導はDrab, M.らの方法(FASEB J. 11,905−915,1997)に従って行った。実施例1(4)で得られた組換えES細胞40−2を支持細胞上でコンフルエントにまで培養した後、これを0.25% トリプシン及び0.04% EDTAで処理することにより、組換えES細胞をはがした。次に、この細胞を、10cm ゼラチンコートしたシャーレ1枚あたり、約4×106 個を播種した。37℃、5%CO2 で2日間、ES用培地で培養してコンフルエントに達したらPBSで細胞を洗浄後、0.25% トリプシン及び0.04% EDTAで処理した。室温で1〜2分放置し、細胞がシャーレからはがれたら、10mlの培地(DMEM,10%ウシ胎児血清)を加え、細胞浮遊液を細菌培養用皿に移した。この時10cmのシャーレ1枚から3枚の培養皿に分けた。細胞は接着できず、細胞集合塊を形成する。2日ごとに培地を交換して7日間培養を続けた。この細胞集合塊を自然沈降で集め、新しい培地を加え、ゼラチンコートした24ウエル培養皿にまいた。ウエルあたり、2〜3個の細胞集合塊が入るようにした。翌日、10-8Mレチノイン酸および0.5×10-3M ジブチルサイクリックAMP(dibutyryl-cyclicAMP) を添加して5日間培養した。通常の培地に交換してさらに、37℃、5%CO2 で12日間培養した。この間、4日に一度培地交換した。このようにして分化誘導した細胞を公知の方法(相沢慎一著、実験医学別冊、バイオマニュアルシリーズ、ジーンターゲッティング、羊土社、1995)でX−gal染色した。
【0083】その結果、上記ES細胞を由来とする分化したES細胞でβ−ガラクトシダーゼ活性を有するものが得られたことを確認した。
【0084】実験例4:骨髄細胞の単離と培養実施例1(5)で得られたキメラマウスから大腿骨を摘出してその両端をハサミで切り取った。骨髄細胞の塊の取得は、5mlの培養液(10%牛胎児血清と50mM 2−メルカプトエタノールを含有するaMEM培地)を25Gの注射針をつけた1ml用注射器を用いて骨の切り口に注射して、その内容物を吹き出させて行った。細胞の塊は1ml用注射器に通すことによってほぐした。ほぐした細胞を組織培養用の培養皿に移し、33℃のCO2 インキュベーター(5%CO2 )で同培養液で培養した。浮遊する細胞は一週間に一度の培地交換で取り除き、接着する間質系細胞を骨髄細胞として培養した。
【0085】実験例5:SM1レポーター骨髄細胞株の作製本実施例で使用したSV40ラージT抗原遺伝子を、下記のようにして調製した。温度感受性SV40ラージT抗原遺伝子発現用のプラスミドとして、帯刀らが記載のpSVtsA58ori(−)を使用し(Jpn. J. Cancer Res. 82:1344,1991年)、これを制限酵素BglIで切断して、得られたSV40ラージT抗原遺伝子を含む約7kbの断片を細胞への遺伝子導入用断片として使用した。
【0086】約1ヶ月間培養した実施例4の骨髄間質系細胞に、上記で調製した温度感受性SV40ラージT抗原遺伝子を導入して細胞株を作製した。なお、細胞への遺伝子導入は、リポフェクタミン(LIPOFECTAMINE) (GIBCO BRL社製)を用いて、付属のプロトコルに従って行った。一般に直径6cmの培養皿(約1×105 細胞)あたり、約9mgの遺伝子を用いた。遺伝子導入後3週間でコロニーを形成した細胞は、ピペットマンを用いて単離し、クローン化細胞株SM1BMC#1とした。相同組換えされたSM1レポーター遺伝子の確認はPCR反応によって行った。一般にQIAGEN Blood&Cell culture DNA kit (QIAGEN社製)で精製したSM1BMC#1の染色体遺伝子を用い、SM1レポーター遺伝子由来の配列のみを増幅できるようにデザインされたDNA配列のオリゴマーDNA(前述の実施例に記載)をプライマーとして、LA Taq DNAポリメラーゼ(TAKARA社製)で標準的なPCR反応を行った。かかる実験の結果を図3に示す。PCR反応液をアガロースゲル電気泳動して、エチジウムブロマイドで染色した。SM1BMC#1からはSM1レポーター遺伝子由来のDNAを示す5.1kbのバンドが増幅するのが確認された。すなわち、SM1BMC#1の染色体には相同組換えでSM1レポーター遺伝子を持つことが確認された。
【0087】このようにして得られた変異骨髄細胞、SM1BMC#1は、平成10年3月6日付で通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所に、受託番号FERMP−16687号で寄託された。
【0088】実験例6:β−ガラクトシダーゼ活性測定組織培養用の培養皿に培養した実施例5のSM1BMC#1をPBSで洗浄した後、固定液(2%ホルムアルデヒド、0.2%グルタルアルデヒド)で室温で10分間インキュベートして固定した。これをPBSで洗浄後、X−Gal反応液(5mMフェリシアン化カリウム、5mMフェロシアン化カリウム、2mM塩化マグネシウム、1mg/ml X−Gal、PBS)で37℃で4時間から1晩インキュベートした。β−ガラクトシダーゼ活性測定は、細胞をPBSで洗浄後、保存液(4%ホルムアルデヒド)に置換して、青く染まる細胞を陽性細胞として、陽性細胞を顕微鏡下で数えることによって行った。その結果、陽性細胞の存在が確認された。
【0089】機械的な刺激を受けた平滑筋細胞をラミニンやコラーゲンでコートした培養皿で培養すると、SM1の発現が変化することが報告されている(Circ. Res. 79(5),1046〜1053,1996年)。上記の現象を参考にして、SM1BMC#1をラミニンコートした培養皿で培養した場合、発現が変化するかどうかを調べた。その結果を図4に示す。図4に示されるように、ラミニンコートした培養皿で培養したSM1BMC#1は、コントロールの培養皿で培養したのに比べて陽性細胞が多く、これから刺激によるSM1の発現変化をβ−ガラクトシダーゼ活性として測定できることが示された。
【0090】
【発明の効果】本発明の細胞あるいは動物は、実質的に染色体由来平滑筋ミオシン重鎖遺伝子として機能しない変異型平滑筋ミオシン重鎖遺伝子を含むことを特徴とするものである。したがって、本発明の細胞あるいは動物は、平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の血管などにおける役割やその他未知の生理機能や遺伝子発現メカニズム等の生物医学的研究に用いる新しい研究材料や病態モデルとなることが期待される。例えば、平滑筋ミオシン重鎖遺伝子が変異するとともにβ−ガラクトシダーゼ遺伝子等のレポーター遺伝子が挿入された変異型遺伝子を含む動物の場合、以下のような優れた特徴を有する。すなわち、ヘテロ変異動物の場合では、片方の染色体遺伝子座上にある変異型遺伝子中のレポーター遺伝子の発現(例えば、レポーター遺伝子がβ−ガラクトシダーゼ遺伝子の場合、基質となる色素の発色など)を指標にして発現細胞を検出し得るとともに、もう一方の染色体遺伝子座上で維持されている機能的な平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の発現調節について調べることができる。
【0091】さらに、本発明による細胞あるいは動物は、動脈硬化に対する新しい薬剤の評価や動脈硬化に対する旧来の薬剤などの化合物の生物学的利用性もしくは効果の問題の研究のための便利な試験系となることが期待される。
【出願人】 【識別番号】592246875
【氏名又は名称】株式会社ベッセルリサーチ・ラボラトリー
【出願日】 平成10年(1998)3月10日
【代理人】 【弁理士】
【氏名又は名称】八田 幹雄 (外1名)
【公開番号】 特開平11−285333
【公開日】 平成11年(1999)10月19日
【出願番号】 特願平10−76583