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【発明の名称】 探索物質に基いて特異行動を示す生物体、これを用いた物質探索方法及び物質処理方法
【発明者】 【氏名】岩間 明文

【氏名】木村 哲也

【氏名】関口 達彦

【要約】 【課題】検索したい物質に対する受容体をコードする遺伝子が導入され、所望の検索物質に対する認識機能を備えた生物体を創生し、より幅広い物質の探索、処理方法を提供する。

【解決手段】本物質探索方法は、宿主生物に外来遺伝子を導入して作り出された生物体を用いて特定の物質を探索させることを基礎とする。具体的には、前記生物体には、天然には保持していない受容体をコードする遺伝子が外来から導入され、ここで導入された受容体が感覚器で発現されて本来認識し得なかった物質に対する認識機能を獲得する。この生物がこの検索物質を認識した際に、その検索物質に向かっていく正の化学走性を示す場合には、この行動を基に検索物資を探索し、処理することができる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】 探索物質を感覚器官における認識に基いて特異行動を示す生物体であって、前記生物体には、前記探索物質を認識可能な受容体を感覚器官に発現させる外来遺伝子が導入されていることを特徴とする探索物質に基いて特異行動を示す生物体。
【請求項2】 前記外来遺伝子は、前記受容体をコードする遺伝子の他に、制御遺伝子、選択マーカー遺伝子、染色体の一部配列又はベクターのうちの一以上のものから構成されていることを特徴とする請求項1に記載の探索物質に基いて特異行動を示す生物体。
【請求項3】 前記受容体は、宿主生物自身が天然に保持していない受容体または、天然に保持している受容体を遺伝子操作により修飾した変異受容体であることを特徴とする請求項1または2に記載の探索物質に基いて特異行動を示す生物体。
【請求項4】 前記生物体は、さらに探索物質を処理する処理機能を備え、この処理機能により前記探索物質を処理することを特徴とする請求項1〜3に記載の探索物質に基いて特異行動を示す生物体。
【請求項5】 探索物質を感覚器官における認識に基いて特異行動を示す生物体であって、前記生物体は天然に有する前記探索物質に対する受容体に変異が起こされ、前記特異行動が生じ、前記生物体には、さらに探索物質を処理する処理機能が備えられ、この処理機能により前記探索物質が処理可能であることを特徴とする探索物質に基いて特異行動を示す生物体。
【請求項6】 前記処理機能が、前記探索物質を処理する処理剤を用いて処理する機能であることを特徴とする請求項4または5に記載の探索物質に基いて特異行動を示す生物体。
【請求項7】 前記処理剤が、酵素である請求項6に記載の探索物質に基いて特異行動を示す生物体。
【請求項8】 前記酵素が、前記生物体から生成される酵素であり、該酵素を発現する酵素遺伝子が生物体に導入されていることを特徴とする請求項7に記載の探索物質に基いて特異行動を示す生物体。
【請求項9】 前記感覚器官が、化学感覚を担う器官であることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の探索物質に基いて特異行動を示す生物体。
【請求項10】 前記特異行動が、化学走性に基く行動であることを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載の探索物質に基いて特異行動を示す生物体。
【請求項11】 前記特異行動が、前記探索物質を探索する行為であることを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載の探索物質に基いて特異行動を示す生物体。
【請求項12】 請求項1〜11に記載の生物体を準備し、この生物体を基に増殖させることを特徴とする生物体の製造方法。
【請求項13】 前記請求項1〜11のいずれかに記載の生物体を用いて、探索物質を探索することを特徴とする物質探索方法。
【請求項14】 前記請求項4〜11のいずれかに記載の生物体を用いて、探索物質を探索し、処理することを特徴とする物質処理方法。
【発明の詳細な説明】【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、例えば微量物質、有害物質などの探索方法に関し、特に、生物が感覚器により物質を認識した際の行動に基づき物質を探索する方法、および、その生物に発現している酵素、あるいは、その生物に保持させた処理剤により探索した物質を処理する方法、とに関する。
【0002】
【従来の技術】環境中には種々の化学物質等が存在しているが、その環境中から特定の物質を検索するには、一般に、その物質の化学的特性または物理学的特性を化学的または物理的分析装置等を用いて分析することにより行なわれている。具体的には、検索を行いたい環境中の環境物質、例えば、土、水、空気などを採取して、これを化学的装置等を用いてその成分分析などが行なわれ、検索物質の有無またはその濃度等が解析される。また、化学的または物理的装置を調べたい環境中に置いて、直接その場で調査が行なわれる場合もある。
【0003】一方、生物の感覚器も環境中から特定の物質を認識し、識別する機能を備えている。この機能は主として、その生物の生存に必要な機能として発達しいるものであり、生物の種類により認識することができる物質の範囲は限られている。生物により認識可能な物質は異なるが、一般にこれらは各生物の栄養源、種の保存のため雌雄を識別する物質、天敵などを含む危険環境を察知する物質などである。
【0004】生物はこのような特定物質を認識すると、栄養源などに対しては一般にそれに向かっていく性質(正の化学走性)を示し、また、危険環境を察知する物質に対してはそれから遠ざかる性質(負の化学走性)を示す。例えば、昆虫のカイコガでは雌の発する性フェロモンであるボンビコールを認識して雄がその物質に集まるという正の化学走性が観られる。また、細菌である大腸菌では、単糖、アミノ酸などの栄養源に対しては正の化学走性を示すのに対し、酸性環境から遠ざかる負の化学走性を示すことが知られている。ここに挙げた生物に限らず、カビ等の真菌、脊椎動物など下等生物から高等動物までさまざまな生物でもこのような現象は観られる。
【0005】また、多くの生物は、特定の化学物質に対して条件付けの操作を施されると、その物質に対して上記の化学走性に類似した行動を示すことも知られている。例えば、ミツバチでは餌場に小皿を用意し、餌となる砂糖水と匂いとなるある化学物質を入れておくと、そこに集まってくるようになる。こうした上で、小皿を2つ用意し、一方には匂いとなる特定の化学物質を混ぜた砂糖水を、他方には他の匂いとなる化学物質を入れておくと、そこに集まるミツバチは最初に条件付けされた匂いのする小皿のみから砂糖水を摂取するようになる。こうした、化学物質に対する学習は、ミツバチをはじめとする種々の昆虫や、イヌなどの脊椎動物など比較的下等な生物から高等生物まで様々な種で観られる。
【0006】このような生物における特定物質の認識機能は、主として、生物が有する感覚器により行なわれている。この感覚器は、生物により異なっているが、嗅覚、味覚、接触化学覚などの化学感覚などが主としてこの機能を果たす。
【0007】近年では、分子生物学の目覚しい進展により、このような感覚器による特定物質の認識の機構が分子レベルで解析され、徐々に明らかにされようとしている。特に、脊椎動物の嗅覚器の研究が進んでおり、この研究によれば嗅覚器における物質の匂いの認識には、鼻粘膜に存在する嗅細胞上の匂い受容体というタンパク質が関与することが示されている。現在のところ、この匂い受容体は、脊椎動物では1000種程度が存在していることが示唆されている。そして、これら各受容体は、物質の特定の部位又は特定の構造等と特異的に結合することにより特定の物質を認識していると考えられている。
【0008】また、これら受容体は細胞当りいずれか一つが発現していることも示唆されている。すなわち、脊椎動物には数十万という嗅細胞が存在していることから、一つの受容体は約100個の嗅細胞に発現しているということが考えられている。
【0009】このように嗅細胞上に発現されている受容体は、特異的に特定の物質と結合し、この結合により受容体が構造変化等して細胞内電位を変化させる。
【0010】こうして、化学物質の信号から変換された電気的な信号が、脳に伝達され、脳内の情報処理過程を通して、それぞれの匂いを認識していることが示唆されている。
【0011】また、この匂い受容体の機能及び匂い検知のメカニズムを解析するために、嗅細胞を遺伝子工学技術により改良したトランスジェニックマウスが作出され、その機能解析が進められている(Zhaoら、Science 279:237−242、1998)。
【0012】一方、生物は、特定物質が栄養源となる物質である場合には、上記の感覚器により探索した環境中の物質を餌として摂取し、生物の消化器系に備わった酵素により摂取した物質を分解(消化)して、細胞中に取り込める別の物質に変換することで栄養を得ている。生物が持つ酵素は生物により異なっており、それによりその生物が分解できる物質の種類が異なっている。また、ある生物、例えば大腸菌などの細菌の中には、酵素を体内のみでなく、体外に放出し、体外で物質を分解した上で細胞内に取り込むものもある。これは、生物は、ある特定の物質を処理(分解)する手段を持っているとも解釈できる。
【0013】
【発明が解決しようとする課題】本願発明者らは、上述した生物の特性を化学的または物理的分析装置のように特定の物質の検出手段として利用することに着目した。特に、化学走性や、学習により獲得された化学走性に類似した行動を利用すれば、その生物の行動を観察することにより特定の物質を探索することが可能となる。
【0014】しかし、これら生物により認識できる物質の範囲は、その生物の感覚器に発現している受容体のレパートリーに依存する。換言すれば、これら各受容体タンパク質は生物の染色体等の上に遺伝情報として記録されていることから、この染色体上の受容体遺伝子に関する遺伝情報、および、感覚器における受容体の発現を調節している遺伝子の遺伝情報に依存することになる。
【0015】そこで、本願発明者らは、検索したい物質に対する受容体をコードする遺伝子を導入すること、あるいは検索したい物質に対する受容体を発現させる遺伝子を導入すること、あるいは検索したい物質に対する受容体をコードする遺伝子となるように突然変異を起こさせることなどにより、所望の検索物質に対する認識機能を備えた生物体を創生し、その生物の行動を基にして様々な物質の探索を行うことを可能とする方法を提供する。
【0016】一方、生物が分解できる物質はその生物に発現している酵素の種類に依存している。換言すれば、酵素タンパク質は生物の染色体等の上に記録されていることから、染色体上の酵素遺伝子に関する遺伝情報、および、消化器における酵素の発現を調節している遺伝子の遺伝情報に依存することになる。
【0017】そこで、本願発明者らは、分解したい物質に対する酵素をコードする遺伝子を導入すること、あるいは分解したい物質に対する酵素を発現させる遺伝子を導入すること、あるいは分解したい物質に対する酵素をコードする遺伝子となるように突然変異を起こさせること、あるいは触媒などの処理剤を生物の体内あるいは体表に保持させることなどにより、所望の物質を分解する機能を備えた生物体を創生し、様々な物質の処理を行う方法を提供する。
【0018】さらに、処理させたい物質に対する受容体、および、その物質を処理する酵素又は処理剤を備えた生物を創生することにより、様々な物質を探索し、処理する方法をも提供する。
【0019】
【課題を解決するための手段】以上の通り、本発明は探索物質を感覚器官における認識に基いて特異行動を示す生物体であって、前記生物体には、前記探索物質を認識可能な受容体を感覚器官に発現させる外来遺伝子が導入されていることを特徴とする。
【0020】上記発明によれば、所望の探索物質を特異的に認識することができる受容体をコードする外来遺伝子が生物体内で発現することにより、所望の受容体を感覚器官に保持させることが可能となる。これにより生物体に所望の物質を認識させる機能を付与し、探索させることが可能となる。
【0021】本発明は、さらに、前記生物体に探索物質を処理する処理機能を備え、この処理機能により前記探索物質を処理することを特徴とする。
【0022】上記発明によれば、生物体による探索物質の探索及び処理を行うことが可能となる。
【0023】尚、前記外来遺伝子には、前記受容体をコードする遺伝子の他に、制御遺伝子、選択マーカー遺伝子、ベクターに染色体の一部配列のうちの任意のものが含めることができる。すなわち、外来遺伝子の導入方法、導入する部位、導入されたことを確認する方法に従って、所望の外来遺伝子を構築することができる。
【0024】また、前記受容体は、宿主生物自身が天然に保持していない受容体、すなわち、異種生物の受容体または、宿主生物が天然に有している受容体を遺伝子操作により修飾した変異受容体であることを特徴とする。すなわち、この受容体は、所望の検索物質に対する生物体の認識を高めることができるものであれば、異種生物または同種生物の受容体であっても用いることができる。
【0025】本発明は、探索物質を感覚器官における認識に基いて特異行動を示す生物体であって、前記生物体は天然に有する前記探索物質に対する受容体に変異が挿入され、前記特異行動が強調され、前記生物体には、さらに探索物質を処理する処理機能が備えられ、この処理機能により前記探索物質が処理可能であることを特徴とする。
【0026】天然に有する受容体であっても、例えば、紫外線照射、γ線などの放射線照射、化学物質による暴露により該受容体に変異が挿入され、検索物質に対する特異性が高められる場合が認められるからである。そして、このような生物体に探索物質を処理する機能を付与することにより、探索物質の探索及び処理を実行させることが可能となる。
【0027】上述した感覚器官としては、化学感覚、例えば、嗅覚、味覚、接触化学覚などのいずれかを担う器官であることを特徴とする。これら感覚は、生物が受容体を通して物質を認識する器官として機能するためである。
【0028】また、前記特異行動は、前記探索物質を探索する行為、すなわち、探索物質の方向に向かっていく正の化学走性であることが好ましい。生物体が、探索物質に対して正の化学走性を示す場合、その生物が向かう場所に探索物質の存在することから、探索物質の検出が容易となる。
【0029】前記処理機能が、前記探索物質に作用する処理剤を用いて処理する機能であることを特徴とする。例えば、この処理剤が探索物質を分解する場合には、生物体により探索した物質を分解処理させることが可能となる。これにより、無人で探索物質の探索及びその処理を実行することができる。
【0030】前記処理剤が、酵素であることを特徴とする。酵素は、種々の化学物質に作用し、化学物質を分解、失活、変性等することが知られている。従って、目的の検索物質に作用し得る酵素を用いることにより、検索物質の処理を行うことができる。
【0031】前記における酵素は、酵素自身を生物体に担持させることもできるが、生物体から生成される酵素であってもよい。この生物体からの生成は、その生物体自身が生成する場合に限らず、生物体が保持する他の生物が生成するものであってもよい。
【0032】また、この生物体が生成する酵素は生物体内に生成するものや生物体外に生成するものも含まれる。
【0033】上記本発明の生物体は、外来遺伝子が導入された個体、または、前記受容体遺伝子に変異が挿入された個体の他、これら個体の子孫等のようにこの個体に基いて作り出されたものが含まれる。すなわち、これら生物体は、外来遺伝子が導入された親となる生物体、または、前記受容体遺伝子に変異が挿入された親生物体を準備し、これを基に増殖させることにより発生させることができる。
【0034】本発明の物質探索方法は、上記した生物体のいずれかを用いて、探索物質を探索することを特徴とする。すなわち、上記生物体の有する受容体の特異性及び特異行動に基いて検索物質の検索を行うことができる。すなわち、この生物体を検索物質に対する生物センサとして利用することにより、検索物質を検索することができる。ここで探索された探索物質は、例えば、処理剤等を用いて分解処理や、その物質を採取するなどの処理を行うことができる。
【0035】なお、上記において前記生物体自身が処理機能を保持している場合には、その処理機能に基いて生物体により探索物質の探索及び処理を行わせることもできる。
【0036】
【発明の実施の形態】[第一の実施の形態]
1.生物体の創生本発明の生物体を創生するために利用することができる宿主生物としては、一定の物質を認識してその物質に対して一定の行動を示す生物を用いることができる。この一定の行動には、その物質に向かっていく正の化学走性またはその物質から遠ざかる負の化学走性が含まれる。生物が検索物質に対して正の化学走性を示す場合には、その生物が集合している場所にその物質が存在することが検知でき、また負の化学走性を示す場合には、その生物が遠ざかろうとする場所にその物質が存在する可能性があることを検知することができる。前者は、広い領域中における特定物質の検出に好適であり、後者は、極限られた領域中における特定物質の検出に好適に利用することができる。このような正の化学走性を示す生物には、大腸菌、ガ類、シロアリ、ミツバチ、イヌなどさまざまな生物が含まれ、負の化学走性を示す生物には、大腸菌などが含まれる。
【0037】また、上記認識後の行動は、学習により獲得させることもできるが、好ましくは反射的に生じるものであることが好ましい。ここで言う「反射的に」とは、特定の感覚神経の出力信号が、それ専用の神経経路を通って運動神経系に伝達されて特定の行動を引き起こすものを意味する。このように認識した信号により反射的に行動を生じさせるものを利用すれば、探索精度を高め、また学習などの手間を省略することができる。
【0038】感覚器とは、その生物により異なるが嗅覚、味覚、接触化学覚などの化学感覚のほか温度感覚などを含めることもできる。これら感覚器は、生物が化学的な物質などを認識する際に利用される器官であり、本実施形態の物質探索方法に利用することができる。ガやミツバチなどの昆虫などでは、触角を利用することができ、また、高等動物は嗅覚や味覚などを好適に利用することができる。
【0039】「外来遺伝子」は、特定物質を認識し得る受容体タンパク質をコードする核酸を含むものであれば、その側鎖の配列は適宜定めることができる。例えば、プロモータ等の制御配列、薬剤耐性遺伝子や栄養要求性に関与する遺伝子などの遺伝子導入の指標となる選択マーカー、原核生物または真核生物におけるプラスミド配列やウイルス遺伝子などのベクター配列、相同組換えにより所望の位置に導入することを希望する場合には生物の染色体の一部等を側鎖に有していてもよい。プロモータは、受容体遺伝子を強く発現させるようなものを選択することにより、受容体遺伝子の発現量を高め、この受容体による検索物質の特異性を高めることが可能となる。
【0040】受容体遺伝子としては、所望の検索物質に対する受容体遺伝子のいかなるものをも用いることができる。具体的には以下の受容体を利用することができる。オクチルアルデヒドを特異的に認識し得るラットの匂い受容体、OR−17(Buckら、Cell65:175、1991)、セリン、アスパルテート、マルトース、リボース、ガラクトースに対する大腸菌の受容体(ParkinsonCell73:857−871、1993)、脊椎動物の匂い受容体(約1000種類)(Buckら、Cell65:175−187、1991(ラット)、Ngai et.Al.,Cell72:657−666、1993(魚)など)、脊椎動物のフェロモン受容体(百種類前後)(Dulac and Axel、Cell83:195−206、1995(ラット)、Matsunamiら、Cell90:775−784、1997(マウス)、Rybaら、Neuron19:871−879、1997(ラット)など)、線虫(Caenorhabditis elegans)の化学物質受容体(6つのgeneファミリー)(Troemel et.Al.,Cell83:207−218、1996)、線虫(Caenorhabditis elegans)の匂い受容体odr−10(Senguptaら、Cell84:899−909、1996)、多数の神経伝達物質の受容体(グルタメート、アセチルコリン、セロトニンなど)などである。また、これ以外にも新たな受容体遺伝子をクローニングし、それをこのシステムに組み込むことができる。クローニングの方法は、例えば、Maniatisらに従い実施することができる(Molecular Cloning、Cold Spring Harbor Laboratory Press、1989)。さらに、既知の受容体遺伝子に突然変異をおこさせて、新規な受容体遺伝子を得ることもできる。尚、この受容体は宿主生物と同種又は異種生物由来であるかは問われない。
【0041】このような外来遺伝子の構築は、上記したManiatisらの方法等の公知の遺伝子工学技術、簡便には市販のキットなどにより、制限酵素切断、ライゲーション等に基づき実施することができる。また、ここで構築された外来遺伝子の増幅は、例えば大腸菌内で増幅可能なpBR322等のプラスミド断片をつないだ後、公知の方法で大腸菌内に形質転換し、形質転換細胞から回収することにより実施することができる。
【0042】ここでいう生物体は、上記外来遺伝子が導入された生物体であり、この外来遺伝子は染色体内に導入されたもの、染色体外に浮遊した状態で導入されたものであってもよい。望ましくは、外来遺伝子が染色体上の天然に存在する感覚器官で発現される受容体遺伝子、さらに好ましくは、この受容体遺伝子が正の化学走性を引き起こす物質に対する受容体遺伝子に置換導入されていることが好ましい。また、この生物体は外来遺伝子が導入された個体そのもの、又はこの個体から発生した子孫も含まれる。すなわち、これら生物体は、外来遺伝子が導入された親となる生物体を準備すれば、これを基に増殖させることにより発生させることができる。
【0043】上記外来遺伝子の導入方法としては、例えば、アデノウイルス、バキュロウイルスなどのウイルスの感染力を利用した方法、マイクロインジェクション法、エレクトロポーレション法などの物理的な導入方法、リポソーム法、リン酸カルシウム法などの化学的な導入方法のいずれをも用いることができる。
【0044】一般に、高等生物の場合には、卵細胞などに上記外来遺伝子を含む核酸液をマイクロインジェクション法などにより導入する方法、アデノウイルスベクターを用いてウイルス感染により導入する方法等を好適に使用することができる。ここで外来遺伝子が導入されたか否かを解析する方法としては、ハイブリダイゼーション法などによる遺伝子解析法や上記外来遺伝子に選択マーカーが含まれている場合にはその選択マーカーによる表現型を解析することにより行うことができる。この解析により選択された細胞は、必要に応じて個体を発生させトランスジェニック生物とすることができる。
【0045】また、大腸菌などの細菌を用いる場合には、上記外来遺伝子を含む核酸液をエレクトロポレーション法などを利用して細胞内に外来遺伝子を導入することができる。導入されたか否かは、上記と同様にハイブリダイゼーション法や選択マーカーの表現型を指標に解析することができる。
【0046】得られた生物体において、その後上記外来遺伝子内に含まれる受容体タンパク質が感覚細胞または細菌の場合にはその細胞内で発現しているか否かを確認する。例えばノーザンハイブリダイゼーション法、Insituハイブリダイゼーション法などを用いて上記受容体タンパク質に対応したmRNAが検出されるか否かにより確認する。また、受容体に対する抗体が存在している場合には、感覚器を構成する細胞を一部採取等して免疫学的にその発現を解析することもできる。
【0047】さらに上記生物体に前記検索物質を認識させ、この認識後の挙動を解析する。認識後、一定の行動、例えば正の化学走性または負の化学走性に観られる行動を示すかを調べる。ここで認識後何等行動を示さない場合でも、学習により正の化学走性などの一定の行動を付与することもできる。例えば、このような学習により一定の行動を示すことが知られている生物としては、ミツバチ、イヌ等がある。ここで検索物質を認識後に一定行動を示す生物体を選び出し、後述する物質探索方法に利用する。
【0048】2.物質探索方法上記において創生された生物体を利用して物質の探索を行う。先ず、調べたい領域に上記生物体を開放し、検索物質の探索を開始させる。例えば、ここで生物体が、検出したい特定物質に対して正の化学走性を示す場合には、その領域内の検索物質の存在箇所に集中することになる。このように調べたい領域内における生物の密度から、検索物質を探索することが可能となる。
【0049】[第二の実施の形態]本実施の形態の物質処理方法は、上記生物体にさらに探索した物質を処理剤により処理させることを特徴とする。
【0050】ここで「処理」とは、その物質を化学的または生物学的な作用により変性、分解、不活性化などにより検索した特定物質を変化させることを指す。従って、「処理剤」は、検索した物質に対して化学的または生物学的な作用を与えるものをいい、化学物質、触媒、酵素などが含まれる。この酵素は、酵素そのものの他、酵素を産出する微生物などを利用してもよい。この微生物は、処理剤である酵素を天然に産生する能力を有するもの、または、この酵素を発現させるように所望の遺伝子が導入された微生物であってもよい。例えば、白色腐朽菌類などの有する酵素がダイオキシンなどの四塩化物を分解することが明らかになったことから(高田、化学 52(10):24、1997)、このようなキノコなどの菌類を用いることもできる。
【0051】生物体により処理させる場合には、検索する特定物質に対して正の化学走性、すなわち、検索する特定物質に向かっていくものを用いる。そして、この生物に検索する特定物質を処理するための処理剤を体外に塗布等しておき、その処理剤を前記特定物質の存在位置まで運ばせ、特定物質を処理させる。また、シロアリなどのような齧る習性を有する生物を利用する場合には、酵素などの処理剤を体内、例えば消化器などに保持させてもよい。
【0052】
【実施例】1.受容体遺伝子の導入雄カイコガは、雌が作り出す性フェロモンに対して正の化学走性を示す。この性フェロモンの主成分は、ボンビコールと呼ばれる物質である。雄カイコガの嗅覚器である触角上には、ボンビコールに特異的に応答する嗅細胞(以下、ボンビコール細胞)、ボンビカールと呼ばれる物質に特異的に応答する嗅細胞(以下、ボンビカール細胞)と、アミルアセテートなどの他の匂いに応答する嗅細胞(以下、アミルアセテート細胞)などがある。これらの嗅細胞の応答性は、ボンビコール細胞にはボンビコールを認識する受容体が、ボンビカール細胞にはボンビカールを認識する受容体が、そして、アミルアセテート細胞にはアミルアセテートを認識する受容体が、それぞれ発現していることを示唆する。
【0053】この内、ボンビコール細胞のみが、カイコガに化学走性を引き起こす神経系に連絡しているが、他の嗅細胞は他の行動と関連した神経系と連絡している。これは、カイコガの化学走性は、ボンビコールの存否によるというよりも、ボンビコール細胞が活動することが、引き金となって起こると解釈できる。したがって、ボンビコール細胞に、ボンビコール以外の特定の物質を認識する受容体を発現させると、ボンビコール細胞はその物質によっても活動するようになることが予想される。すなわち、雄カイコガは、その物質に対しても、化学走性を示すようになると予想される。
【0054】さて、ラットの嗅覚器には、オクチルアルデヒドを特異的に認識するOR−17と呼ばれる受容体が見つかっている。そこで、OR−17の既知の塩基配列領域を利用して、ラットの染色体からOR−17の遺伝子を取り出し、プラスミドなどに組み込み大腸菌などで増幅した後、精製する。精製した遺伝子をプロモーターおよび開始コドンを持っているベクター(pVL1393など)に組み込んだ後、さらに、バキュロウイルスなど(Autographa californicaなど)に組み込む。このバキュロウイルスをカイコガに感染させた後、オクチルアルデヒドに対する雄カイコガの行動観察を行い、OR−17が導入され、ボンビコール細胞に発現した個体をスクリーニングする。こうすることで、オクチルアルデヒドに対して化学走性を示すカイコガが得られることが期待される。
【0055】受容体遺伝子は、全塩基配列が分かっている場合には、DNA合成酵素などで合成してもよい。増幅過程には、PCR法を用いてもよい。特定のプロモーターおよび開始コドンを酵素などを用いて受容体遺伝子に組み込んでもよい。遺伝子導入の過程では、他のウイルスを用いてもよいし、卵細胞、所望の嗅細胞、所望の嗅細胞の前駆細胞などに直接注入してもよいし、細胞融合法などを用いてもよい。スクリーニングの過程は、電気生理学的測定法などのように受容体遺伝子の発現あるいは行動との相関性を示す方法ならばいずれを用いてもよい。あるいは、導入した受容体遺伝子の発現に同調してマーカーを発現するような遺伝子を用いてもよい。
【0056】上記は、新たな受容体を導入する例であるが、受容体遺伝子を導入しなくてもよい場合もある。例えば、カイコガはアミルアセテートに応答する嗅細胞を持つが、一般的にアミルアセテートでは化学走性は起こらない。これは、アミルアセテートを認識する受容体の遺伝子が、ボンビコール細胞にないからではなく、そこで発現していないからと考えられる。導入あるいは組み替えによりボンビコールの受容体遺伝子用のプロモーターをアミルアセテートの受容体遺伝子のプロモーター部位に置換すること、あるいは、強力なプロモーターをアミルアセテート受容体遺伝子のプロモーター部位に置換することなどにより、ボンビコール細胞にアミルアセテートの受容体を発現させることができれば、雄カイコガはアミルアセテートに対する化学走性を持つようになることが予想される。
【0057】ところで、一般的に検索物質と受容体の遺伝子配列との間に規則性は知られていないし、これまでに見つけられている多くの受容体について、それらが認識する物質が何かは分かっていない。脊椎動物の受容体だけでも1000種類程度あるので、その中には所望の検索物質を認識する受容体が存在する可能性がある。上記のような遺伝子導入方法を用いてスクリーニングすることで、所望の受容体を見出すことも可能と考えられる。
【0058】一方、1000種類のレパートリーをもってしても、受容体が存在しない物質もあるかもしれない。そこで、検索物質に対する受容体を突然変異を用いて作り出すことも考えられる。まず、生物に紫外線、放射線、変異原性物質などの突然変異の起こる確率を上げる処理を施し、それらの生物あるいはその子孫について、行動観察、生理学的測定などの方法により、所望の検索物質を認識する受容体を持つ個体をスクリーニングする。これで所望の個体が見つかれば、その個体あるいはその子孫を物質探索に用いることも、先に示したような方法でその受容体遺伝子を取り出し、別の生物に導入してから用いることもできる。また、あらかじめOR−17のような既知の受容体遺伝子をPCR法や、大腸菌などを用いて増幅する際に紫外線、放射線、変異原性物質などの処理をすることで、既知の受容体遺伝子に様々な突然変異を起こさせることもできる。それらの遺伝子を用いて上記のような方法でスクリーニングすることで、所望の検索物質を認識する受容体の遺伝子を探すことも可能である。
【0059】2.酵素遺伝子の導入上記の受容体遺伝子を導入したのと相同な方法を用いることで、所望の物質を分解する酵素をある生物に発現させることも可能である。
【0060】この際、やはり、所望の物質を認識する受容体を作成することに用いた方法と相同な方法を用いて所望の物質を処理する酵素を探し出したり、新たに作成することも可能である。但し、スクリーニング方法は、行動や、電気生理学的な測定ではなく、酵素活性を調べるなどの変更が必要である。
【0061】3.探索および処理上記1と2を組み合わせることで所望の物質を探索し、処理するような生物を作り出すことも可能と考えられる。例えば、同一の生物にダイオキシンを認識する受容体を上記のような方法で探し出す、あるいは、作成し、それを例えば、大腸菌に導入し、化学走性を引き起こす信号伝達系とつながるように発現させる。次に、上記と同様な方法を用いて、白色腐朽菌などからダイオキシンの酵素遺伝子を取り出し、これをダイオキシンの受容体を導入した大腸菌に導入し、発現させる。このような方法により、所望の物質(この場合は、ダイオキシン)を探索し、それを処理する生物(この場合は大腸菌)を得ることができる。
【0062】
【発明の効果】以上の通り、本物質探索方法は、宿主生物に外来遺伝子を導入して作り出された生物体を用いて特定の物質を探索させることを基礎にするものである。より具体的には、前記生物体には、天然には保持していない受容体をコードする遺伝子が外来から導入され、ここで導入された受容体が感覚器で発現されて本来認識し得なかった物質に対する認識機能を獲得させる。これによりここで創生された生物体は特定物質に対する生物センサとして機能させることが可能となる。
【0063】または、生体に変異導入して、特定の物質に対する特異性を高め特異行動を強調させた生物体をも上記生物センサとして機能させることも可能である。
【0064】従って、本発明によれば、これら生物センサを用いて、生物学的に特定物質の検索、及び検索された物質の処理に利用することが可能となる。
【出願人】 【識別番号】000001889
【氏名又は名称】三洋電機株式会社
【出願日】 平成10年(1998)1月30日
【代理人】 【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 研二 (外2名)
【公開番号】 特開平11−215934
【公開日】 平成11年(1999)8月10日
【出願番号】 特願平10−19377